聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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精霊の導き その一

 スメリアの某地域上空、そこに常闇をまとう一頭の鯨が漂っている。腹に萌葱色の魔人を抱え、共に眼下にそびえる小さな村を忌々しげに見下ろしていた。

「人間と精霊ごときがこしらえた檻に3000年か……」

村はパレンシアタワーより遥か高くそびえ、毒電波も魔物も寄せ付けない純潔の結界で護られている。

「しかしキサマらはまだ理解していない。永きに渡り、檻の中の獣がなぜキサマらの平穏を静観していたのかを」

魔人が指示を出すと、悪友の残した研究員たちは(せわ)しなくパネルを叩き始める。

一つ、スイッチを入れる度に。一メモリ、ダイヤルを倒す度に、彼らの前に並ぶ地震計のような計器が鼓動を(かな)でる。

ドクン、ドクン……

まるで生誕を祝うラッパのように。おぞましく、華やかに。

 

 トウヴィル、おおよそ標高1000メートルに位置するその村には封印の(ほこら)と呼ばれる神殿が鎮座する。いわく、太陽を喰らい世界を闇で照らす暴君がそこに眠ると言われている。

その門の前に立ちはだかるは勇者の血筋を持つワイト家の末裔、ククル・リル・ワイト。

かつて世界に君臨したという王の首を押さえ、なおかつ王の再来を望む敵の襲撃を防ぐ。そんな重責をたった一人の小娘が担っていた。

 村の住人はその日もまた、ワイト家の加護により平穏であると信じていた。しかし、幸不幸は常に人の了解もなくやって来る。まるでその反応を楽しむかのように。

「ぎゃあああ!!」

「な、なに、どうしたの?!」

家の補修する男が前触れもなく悲鳴を上げた。幹に爪を立てる熊のように喉を掻きむしるその様子に周りが困惑していると、別の場所で悲鳴が上がった。一つ、また一つと悲鳴は拡散していく。

断末魔が美しい輪唱を響かせ、村の終わりを告げる。平穏の終幕を歌う。

「きゃああああっ!」

「な、なんで!?」

誰しもがいつかは来るだろうと覚悟していた。だがそれがまさか今日だとは、しかもこんな形で訪れるとは思いもしなかった。

混乱は理性を奪い、足は逃げ場も忘れて駆けずり回る。しかし、その中の一人が辛うじて彼女のことを思い出した。強大な運命に逆らう、勇気ある人を。

「ク、ククルに知らせなきゃ!あんたたちは村の人を逃がして!」

一人の巫女が仲間たちを(ふる)い立たせんと呼びかけた。

「逃げるって、どこに?!」

「それくらい自分で考えなさい!家の隅でも村の端でも、とにかくアイツらから身を隠せる場所を探すのよ!」

『アイツら』、それは突如半狂乱に(おちい)ったかつての同郷たちを指していた。

ついさっきまで親しく談笑していた彼らは今やおぞましい産声を上げ、「人」を捨てようとしている。

体は膨張し、汗でもなく血でもない。蝋のような、(うみ)のような白い粘液が肌から滲み出し、彼らを包んでいく。

やがて、下半身はロウソクのように寸胴で、顔や手は羊水の中で(うごめ)く赤ん坊のように未熟な形へと整えられていく。

「……」

彼らは『アイツら』として目を覚ました。村人だった体は人工の自我に乗っ取られ、村を第二の親にする魔人へと生まれ変わった。

膿はいまだにポタリポタリと滴り、不出来な顔に表情らしい表情は窺えない。それでも蝋人形たちは言葉を交わすこともなく、示し合わせたかのように神殿の方へと這いずっていく。

「ククル!村に、村長が、怪物が!!」

神殿へ駆け込む巫女は体力の限界も忘れてその場にへたり込んだ。警告は呂律(ろれつ)が回らず、要領も得ない。それでも封印の間に立つ聖女は彼女の様子と外の喧騒からあらかたの状況を理解し、あくまで理性的に振舞った。

「落ち着いてウララ。私は大丈夫だから」

名前で呼び合う二人は声を聞けば考えが透けて見えた。友人が無謀ともいえる覚悟に殉じようとしていることも。

「……どうしても残るつもりなの?」

「ええ。これは私が犯した罪なんだもの。罪人は責任は果たすべきでしょ?」

「いいの?アークに会えなくなるかもしれないのよ?」

無駄な遣り取りをすっ飛ばして、唯一の心残りを指摘した。それが友人を説得できる最後の手段だと信じて。

それでも彼女は穏やかに首を振り、使命に固執した。

「彼にはもう十分優しくしてもらったわ。それに、彼だって逃げずに闘ってる。だから私も一緒に闘っていたいの」

「……意地っ張り」

「そうね、私は昔から融通が利かなかった。だから皆にすごく迷惑をかけたし、損をしてばっかりの人生だったわ」

「でもね……」聖女は危機的状況とは思えないほどに満ち足りた笑みを浮かべ、愛を語る。

「『迎えに来る』って言ってくれたの。だから私はここを動かない。……彼を信じてるから」

愛を盾に、彼女は友人を説き伏せた。

「あなたが護るべき人は私じゃないでしょ?だから、早く行きなさい」

美しくも憐れな聖女の姿に友人は涙を浮かべ、抱きつく。

「ごめんなさい。力になれなくて」

巫女が泣き崩れても、聖女は微笑みを絶やさない。重ねる胸から励ましの鼓動を伝え、彼女の両足に勇気を与える。

「さようなら」

二人の絆を切り捨てる音。それを皮切りに巫女は来た時と同じように逃げ出した。背中はみるみる間に小さくなり、別の世界へと消えていく。

「……」

決別は大小を問わず幼い胸を締めつける。それでも聖女は自ら定めた覚悟に向き合い深呼吸をすると、下がっていた目尻をきつく吊り上げた。

「さあ、いつまでも隠れてないで出てきなさいよ」

彼女の気丈な声は剣のように鋭く研がれている。しかし、剣は誰もいない部屋で空を斬るばかり。褐色の岩壁がそれを受け止め、剣を折る。独り佇む少女を狂人のように仕立て上げる。無音が嘲笑い、虚空を睨む彼女をどこまでも(はずかし)めるかに思われた。

ところが、そんな岩壁からひどく見下した声が返ってきた。

「バカな女よ。身代わりとして使えば命を拾うこともできたかもしれんというのに」

岩壁の隙間から膿が滲み、滴り、蝋人形が顔を覗かせる。

それがどんなに異形の姿をしていても彼らの王を預かる聖女は怯まない。まるで彼女自身が王であるかのように睨みつける。

「お生憎様。私はアンタたちザコに殺られるほどか弱いお嬢様なんかじゃないわ。それと、アタシをバカ呼ばわりしたからにはそれなりの覚悟があるってことよね?」

体格だけをとっても彼女のニ倍はあろうかという巨体。赤ん坊がゴリラを罵っているようなもの。ゆえに『アイツら』は笑い、聖女の機嫌をなおも逆撫でする。

「そんな虚勢で誰を騙すつもりだ?この体はこの村の長だったものだぞ?封印に全精力を注ぐキサマがただの小娘同然だと知らないとでも?」

「……カーグ村長……」

ククルは年老いた元軍人の穏やかな顔を頭に浮かべた。敵の標的となる村に人を留める聖女と幾度となく言い合い、それでも聖女を想い妥協点を探す人情味のある人物だった。それが今、粘土をこねくり回したようなブサイクな目で笑っている。

「苦しいか?ならばキサマは王の苦しみを考えたか?我らはそれを知っている。だからキサマらの苦しみもがく様を見ていると思わず笑いがこぼれ出てしまう。まるで駄々をこねる幼児のようだとな」

ククルはアリバーシャの惨劇を思い出した。たった一度の爆撃で村は壊滅し、生き残ったサリュ族に癒えない傷を負わせた。その仕打ちに荒れ狂う彼に恐怖した。あの時、恐ろしいと感じたあの顔が今の自分にも現れているのがハッキリとわかった。

それでも彼女は自分に課せられた使命だけは忘れなかった。今ここで封印を弱めれば仲間たちの努力が、彼の後悔が無駄になってしまう。それだけは……

「ふん、相も変わらず強情な娘だ。どの道、王の復活は揺るがないというのに。ならばせめてその鬱憤を存分に晴らせばいいではないか」

「何度も言わせないでくれる?アンタたちザコ相手に力なんて必要ない。それともなに、もしかして私が恐いの?こんな小娘が?まったく情けないわね」

これでもかというほどに捲し立てると蝋人形たちの笑いは爆発し、岩壁もろとも震わせて部屋を響かせる。

「なにをそんなに死に急いでいるか知らんが、そこまで言うなら望み通りにしてくれる。王に捧ぐ供物としてな」

一体の蝋人形が無警戒にククルに近づくと大木のような拳を振り上げた。力を使えない小娘ごときの細腕では防げようもない。蝋人形たちは疑いもしなかった。それはククルとて同じこと。

妙案があった訳じゃない。ただ、そうしていないと闇に飲みこまれそうで耐えられなかっただけ。引き下がるつもりは毛頭ない。

 

だって私はあなたを信じているから

 

「な、なんだこれは!?」

突如として彼女の小さな影の中から蝋人形と瓜二つの剛腕が現れ、振り下ろされる拳を受け止めた。

影の中から現れたそれは結界の影響を受けない聖なる色の人形たちとは対照に、地獄の底から現れた魔物の内臓のような色をしている。

そして、影から現れた腕と比べれたなら小物としか言いようのない風体の男がなぜか誰よりも自信に満ち溢れた高笑いを上げ、尊大な態度で姿を見せた。

「まったく、近頃の化け物どもはアーク一味のなんたるかを知らんと見える。まさかあんなド派手なギンギラ銀の船を見落としたとでも言うつもりか?」

「キ、キサマは……」

戦闘に不向きな酒樽の腹を抱え、悪の貴族のような装飾過多な衣装に身を包む男が動揺する蝋人形たちをギロリと睨みつけた。

「商人が腹の探り合いで後れを取るとでも思うたか?」

「ギャアアアッ!」

言い終えるやいなや蝋人形の一体が()()()()()ピンクの巨人に丸呑みにされた。

「ヒョッヒョッヒョッ!なんて豪快な喰いっぷりじゃ!そんな不満を見せつけても飯はグレードアップしてやらんぞい」

「ギャアアアッ!」

せり上がる岩床に押され、天井に挟まれてすり潰された。男は笑う。まるでゲームを支配する悪魔のように。

「おいおい、あまり張り切り過ぎるなと言うたじゃろうが。後片付けをするもんの身にもならんかい!」

一つ一つの悲鳴を、自分たちを苦しめるものたちの苦しみもがく様を堪能する。

「ギャアアアッ!」

旋風が粉微塵に斬り刻み、雷撃が炭に変えた。影の中から全身を現した赤黒い蝋人形は白い泥人形のすべてを真似、抗う余地も与えず叩き潰した。

「よぉく覚えておけ。ワシらは全員でアーク一味じゃ。一匹とてザコはおらん」

嘲笑うものたちの息絶えた姿を見届けると男の声色は一変し、悪魔よりも悪魔しい憎悪で改めて終幕を告げた。

 

 男の下品さを象徴するような騒がしい遣り取りが収まると、男は振り返り彼女にヤニで黄ばんだ歯を見せつけた。

「さあ聖女様、危険は去りましたぞい。腰を下ろして一息ついてください。ワシは部屋をキレイに片しておきます。なんせワシらの王様は機嫌を損ねると後が面倒でかないませんからな」

「チョンガラ……」

道化を演じる男を、聖女は気の抜けた顔で見つめた。

「なんじゃいなんじゃい、柄にもなく弱々しい顔をしおって。まさかお前さんまでワシを数に入れとらんかったとか言うまいのう?」

「……ありがとう」

喉の中でつっかえていたものがポロリと外れ、ククルはチョンガラを父親のように抱きしめ、彼の服を濡らした。チョンガラもまたそれに応え、娘の背中を撫で、慰める。

「まあ、村の人間のことは残念じゃったが、それ以上にお前さんはよう頑張ったさ」

むしろ泣きたいのは彼らの方だった。なぜならこの戦争において彼女は誰よりも孤独な闘いを強いられ、なおかつ彼らにできることといえば世界中を飛び回り、一刻も早く悪の芽を摘むことのみ。

「だからそう気を負わんでくれ」

励ましながら、彼女の本当の支えになれないことに歯を食い縛ることしかできなかったのだ。

 

そうして泣きじゃくるククルを宥めると、チョンガラは村人の安否を確認しに行くと言って彼女をソッと放した。

「大将に任されたのはお前さんのお守りだけじゃないからのう」

「……さっさと行きなさいよ」

多少の怒りは恐怖を追い払う。商人はどこかの老魔導士のように人の心を操り、いつもの怒りっぽい小娘の顔を確認すると足早に去っていった。

 彼女の視界から外れるや、チョンガラは村人の下へは向かわず船を目指して走り出す。その顔には明らかな焦りの色が窺えた。

「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ……」

商人が読み合いで負ける訳がない。そう啖呵(たんか)を切ったくせに、実際、彼は一つミスを犯していた。

幸い、キメラ化した怪物の襲撃で重傷を負った村人はいなかった。だがケラックに村人の安否を確認させたところ、敵のもう一つの目的が明らかになった。

ポルタ、アークの母親が村から姿を消していたのだ。

 次の目標がアンデルだと決まった時点で彼は彼女が狙われるだろうと予測して相応の注意を払っていた。にもかかわらみすみす失態を犯してしまった。というよりも、ケラックが言うには襲撃と同時に霧のように消えてしまったのだという。

結界が張られている以上、村の中ではほとんどの魔法が制限される。瞬間移動でも幻術でもないというのならそれはもはや身代わりと差し替えられていたということ。おそらくはエルクたちが村人を救い、彼らが村に戻ってきたタイミングなのだろう。

むしろ、村人の誘拐はそのためなのかもしれないとさえ思える。

「チョピン、全速力じゃ!パレンシアタワーに向かってくれ!」

アークたちなら問題なく救出できる。そこは疑っていない。しかしもしも、彼女が彼女でなくなっていたとしたら?彼は決断を下せるだろうか?代わりに手を下そうとする仲間を許すだろうか?

……いいや、この一年で彼は信じられないほどに強くなった。きっと、自らの手でけじめをつけるだろう。それでも這い上がり、使命をまっとうしようとするだろう。

だが、そうして剣を振る彼を、ワシは素直に認められるだろうか?親に手をかけた勇者を、褒めることができるだろうか?

「親心ですか?柄にもないですね」

「バカを言うな。これだけ濃密な時間を一緒にしておれば勘違いの一つや二つするじゃろうよ」

「そうですね。私たちはあまりにも一般人とかけ離れた生き方をしている。知らぬ間に我が子が一人や二人増えたとしてもおかしくない。……本当におかしな人生ですよ」

操舵士は刻々と変化する気流を読み、機体をカジキのように泳がせる傍ら、前方に仇でもいるかのような視線を向けていた。

「なんじゃ、後悔しておるのか?」

「とんでもない。光栄ですよ。スメリア王に続き、貴方がたのような得難い人と運命を共にすることができて。ですが私だって人の子。憎しみに心(とら)われる未熟さを直せと言われてもままならないものですよ」

よく喋る。まるで戦闘に自信がないことを誤魔化す自分のようだ。

チョンガラは珍しく感情的になる相方を見てふと思い出した。彼もまたスメリア人であり、アンデルへの憎しみはアークにも劣らないと。

「アホか。人を憎んで何が悪い。人生を狂わされて笑っとるような奴に生きる資格なんかあるかい。誇りを穢されたら闘え。それが人間っちゅうもんじゃろ」

以前なら手に負えない相手には卑屈な態度を取り、ただただ生き延びる道を選んでいた。

だが、今の彼には強敵であろうと立ち向かう勇気がある。アーク一味になる切っかけを与えてくれた男から学んだ人間らしい感情が。

すると操舵士のチョピンは自分に合わせて同じく熱く語ってくれる彼を見て笑った。

「なんじゃい」

「いえ、たまにあなたが本当に艦長らしく見えてしまうもので、つい」

「……はあ」

そのあからさまな侮辱に声を上げそうになるも、まさにその笑顔のために想いを言葉にしたチョンガラは罵声を溜め息に変えるしかなく、()()ない気持ちは独り言でブツブツと処理するしかなかった。

その様子を見て操舵士はさらに笑うのだった。




※カーグ村長
181話「ラッパ吹きの行軍 その十二」辺りで登場したアンデルに囚われていたおじいちゃんです。

※悪魔しい
造語です。「悪魔らしい」くらいの意味で捉えてもらえればと思います。

※ポルタの誘拐
原作では村人を誘拐した時点でポルタも誘拐されています(ポルタだけ別の場所に幽閉されていたため、エルクたちは救出しそびれたらしいです)。すっかりそのことを忘れていたため、今回、こんな形で修正しました。

※あとがき……というか謝罪
すみません。年のせいか。2週間が早過ぎて投稿日だと気づけませんでしたm(__)m
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