聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

261 / 282
精霊の導き その二

 ガルアーノの置き土産から生まれたトウヴィル陥落作戦は狙い通りに聖女を追い詰めたが、ノーマークだった悪徳商人の奮闘によってあえなく失敗に終わった。

聖域に侵入するためにあつらえた特注のキメラは一匹も道連れにすることなく葬られ、それを聞いたアンデルは舌打ちをしたが何かに執着することのない彼はすぐに考えを切り替えた。

「ここはもういい。北の塔へ向かえ」

できることならこちらからお迎えに上がりたかったが、こうなったからには王自ら檻に手を掛けていただくしかあるまい。……そうだ、結果は何一つ変わらんのだ。

どうせキサマらは私が用意した墓標も(ないがし)ろにしてハイエナのごとく私を追ってくるのだろう?

ならば来るがいい。なにもかもが手遅れだと気づく勇者(キサマら)の絶望を王に贈る最後の余興にしてくれる。

 

大空をたゆたう漆黒の鯨は遊覧船のごとく北へゆったりと泳いでいく。眼下に広がる人間たちの世界を見下しながら。

 

 

 スメリアに設置された洗脳装置を破壊するため、打倒トッシュの狂気に囚われた紋次を退け、パレンシアタワーの最上階へと上り詰めたアーク一行はなおも敵の妨害に遭遇する。

「あの老いぼれめ、やはり手を抜いたか」

薄暗く、霧のように立ち込める「腐臭」の中、虚ろな目をした呪術師が独り佇んでいる。

その装束は毒々しく、握りしめる杖の先端には薔薇(バラ)よりも濃い真紅の鉱石をいただく。徘徊老人のごとく独りブツブツと不平を溢し、鼻や耳、口から腐臭を吸い、そして吐き出している。

 白濁した腐臭はクラゲのように纏わりつき、そっと締めつける。乱暴に払ったところで甲斐はなく、奇妙な感触は小太りの楽士の悲鳴を誘った。

「なんなの、これ?」

「案ずるな。丹田に力を入れ、気を保てばこの程度の邪気に(とら)われることなどない」

「おいおい、そりゃあまるでオヤジが腑抜けだって言ってるみてえじゃねえか、ああ?」

「話を混ぜっ返すんじゃない」

「それより丹田ってなに?」

「ああ?難しく考えてんなよ。悪霊どもに乗っ取られねえよう腹に力入れて踏ん張ってればいいんだよ!」

「……うむ、まあそういうことでもいい」

緊張感のない茶番が目の前で繰り広げられているにもかかわらず、呪術師は微動だにしない。まるで見えない縄で首を吊られているかのように。

「剣豪などともてはやされたところで、しょせんは人間。覚悟も実力も我らの足下にも及ばんのだ――――!?」

刹那、雷鳴が暗闇を駆け、閃光が呪術師の首を横切った。

「ザコ風情が。よく知りもしねえ他人様のことをベラベラと喋ってくれるなよ。思わず手が出ちまったじゃねえか」

目にも留まらぬ速さで駆け抜けた赤獅子は納刀を響かせ、ゆっくりと振り返った。

「退け!」

「!?」

獲物の末路を見届けるはずが、彼の視界にはけばけばしい薔薇色の能面が爬虫類のごとく迫ってきた!

「くそっ、なんだってんだコイツは!?」

肉薄するそれは完全にトッシュの意表を突き、妖しい光を放つ杖で殴りかかった。しかしあと一歩というところで青白い光に体勢を崩され、空振りに終わる。

反射的に柄に手をかけるも、それもまた罠だと気づいたトッシュは渋々間合いを取った。

奇襲は潰され、不様に地面に転がされたというのに呪術師はまるでそれらすべてが自分の思惑通りだと言わんばかりに笑い声を上げる。

「おしいな。あと一歩でキサマもあの老いぼれと同じようにこき使ってやれたものを」

「テメエ……」

イーガの警告がなかったら、彼の(ラマダ)が呪術師の体勢を崩していなければ、トッシュは望まぬ戦いを強いられていたかもしれない。

 杖が放つ妖しい光は一筋一筋が手の形をしていて触手のごとく蠢いている。空振ったそれはトッシュの代わりに漂う腐臭を握り締めていた。

それは初めこそ激しく抗ったが、やがて自我を失い、新たな触手となって真紅の鉱石に根を下ろしたのだ。

「人間はブタやニワトリのようなものだ。我々にとってはな」

アークは呪術師の技を恐れなかった。むしろそれは彼の怒りを買った。

「ザコに用はないと言ってるだろう。アンデルを出せ。今日こそ決着をつけてやる」

「決着?なんと憐れな奴だ。決着ならすでについているというのに」

「……どういう意味だ」

「力に溺れた勇者よ。キサマらは目に見える勝利でしか物を語らない。大局が何を語っているのか聞く耳をもたない。だのに勇者とはなんとも憐れじゃないか」

呪術師が嘲笑い、指さした先には十字架のごとく晒された培養槽があった。

「そんな、まさか……」

そこにある人影に気づいた勇者の顔がみるみる崩ていく。剥き出しにした怒りの分だけ絶望する。彼はこの途方もない戦争において初めて抗いがたい負けを認めてしまったのだ。

「母さん……なんで!?」

この戦争に身を置いた時から「犠牲」は覚悟しているつもりだった。ところが、トウヴィルに張られた聖なる結界が彼の覚悟を甘くしてしまっていた。

もっと気にかけていればこんなことにはならなかった。けれども、父親と同じように使命を盾に置き去りにした後ろめたさから彼女を遠ざけてしまっていた。そこを突かれた。

アークは縫い付けられた影のように動けなくなっていた。使命を優先した時、転がる彼女の首が彼に向ける視線に。もしくはこれまでの敵のように醜く変貌する様を想像して体の震えが止まらなくなっていた。

 彼に代わり、仲間たちは勇者の成すべきことを成そうと身構えるけれど呪術師がそれを(とが)めた。

「動くな!……動けば中の死霊共に女を喰わせるぞ」

(うずくま)る女は培養槽の中から力なく手を伸ばしている。それを腐臭が愛おしそうに撫でまわした。ガラスに押し付けられたそれが滑り落ちていくにしたがって、彼の覚悟は狂っていく。

「アーク、キサマの首を差し出せ。そうすれば母と仲間は見逃してやろ――――!?」

余興はこれから。そうほくそ笑む呪術師の笑みを、ガラスの割れるけたたましい音が切り刻んだ。

 それは足下も定かでない薄闇の中、(まばる)い光と共に現れ、人ならざる身のこなしでガラスの檻を打ち破るとたちまち人質を救出してみせた。

呪術師が声を荒げ腐臭を放っても現れた人影は(つゆ)を払う朝日のごとくそれらを退けた。

シュウか?

一味の誰もがそう思った。しかし目を焼く閃光がおさまり、浮かび上がる正体に呪術師はおろかアークさえも目を見開いた。

「……キサマ、まさか…いや、そんなはずはない……」

「アーク、躊躇いは恥ずべきものではない。それこそがお前の勇者たる証なのだ」

低く包容力のある声色の中に、人の死と人の苦悩を知る男の孤独が(うかが)えた。その男の出で立ちは記憶の中のそれとはまるで違っていたが、彼がそれを見間違えるはずもない。

「…父さん……父さんなのか?」

伸ばしっぱなしの髪とヒゲ。穴だらけでそこかしこに血の跡のある遭難者のような服。男はまるで彼の嫌うどこかの老魔導師のようにひどい身なりをしていた。

「ふっ、まさかまだお前に父と呼んでもらえるとは思っていなかったよ」

「そんな、父さん…俺は……」

 

 一方、これをまたとない勝機と確信した呪術師は再会の余韻に浸る二人へと「手」を伸ばした。手は二人の死角を縫い、忍び寄る。だが、忍び寄る背徳の得物は不義の傷を負う法の剛腕によって阻まれた。

「わきまえろ。そこに己の出番などない」

青白い氣をまとう僧兵が呪術師の『腕』を綿のごとく、ことごとく燃やした。構うものかと呪術師は電子音のような声で呪文を発し、腐臭を壁や床に潜らせたかと思えばそこから機神(グロルガルデ)を彷彿とさせる機械兵を無数に生み出した。

「出番がない?バカな。私が奴を葬らずして誰にそれが許されていると言うのだ」

虚ろな中に沸々と湧き上がる怒りを孕んだ目は、それを邪魔する僧兵ではなく、遭難者を刺していた。イーガはその目付きにただならぬ想いを見たが、むしろ彼の拳はいっそう強い光を帯び、(けが)れを憎んだ。

「己の真名も名乗れぬ下賤な輩に法を持つことが許されようものか!」

閉じた(まなこ)は鉄くれに潜む腐臭を捉え、放たれる氣は(しん)を貫く。たちまち鉄の兵団は一瞬の放心の後、糸の切れた人形と化していく。

 

 精霊に従いし彼らが再び相まみえるは果たして喜ぶべきことなのだろうか。精霊に世界を維持する意志はあっても人の心はない。それを理解してなお、親子は再会に心震わせた。

「いい顔だ。優しく、そして力強い。お前が立派な人間に育ってくれたことがなにより嬉しい」

二人は見つめ合い、しかし距離は保ったまま互いを想い合う。父の(ねぎら)いにアークは胸を締めつけられた。

「父さん…俺……」

彼は思わずこれまでの苦労を吐露(とろ)しようとする唇を噛んだ。それよりも自分の成長を見せつけなければと背伸びをした。

「……大変、だったね」

「お前たちほどじゃないさ」

言いたいことは沢山あった。けれど、実際に顔を突き合わせると言葉が出てこない。そのもどかしさにアークは戸惑った。

「母さんは大丈夫なの?」

「ああ、少し死霊に当てられてはいるが命に別状はない」

父さんもまた精霊の力が使えるらしい。母さんに憑いた死霊を払うその手は慣れたものだった。

だけど、父さんははぐらかした。……いいや、父さんにもわからないのかもしれない。ガルアーノが築いた技術力は本物で、手術を受けたか否かはその時にならないとわからない。俺たちはもちろん、本人にも。

信じるしかない。エルクが助けた村人のように、今まで通り彼らを護るしかないんだ。それを(さと)すように父さんは言った。

「たとえそれが望まぬ結果だとしても、お前なら道を踏み外すことはない。お前なら躊躇いの先に光をもたらすことができると信じている。なぜなら――――」

「お前は私の子だから、だろ?」

もうどれだけの間、笑っていないのだろうか。そう思わせるほどに父は不器用に笑ってみせた。俺はそんな気苦労絶えない人に背を向け、仲間たちのいる戦場を睨み、彼から受け継いだ古い剣を抜いた。

 

 戦いは呪術師の想定を(くつがえ)すことはなかった。僧兵に死霊を打ち抜かれてもなお体内から数十、数百の死霊を吐き出し、樹林のごとく兵器を生み出したがそれらが彼らに膝をつかせることはなかった。

津浪のごとく押し寄せる兵団は、重い拳と鋭い爪でイーガの鋼の肉体を穿(うが)ち、ポコのシンバルを引き裂いた。しかし、鋼の肉体の陰から花香る刀が閃き、ポコの(かな)でる奇音で(あら)わになった腐臭を精霊が焼いた。

たかが人間、されど勇者。それを知りながら己の力をぶつけた結果だった。それを確認した呪術師はため息交じりに不平をこぼした。

「罪を犯したものは永久(とわ)に裁かれるが定め。それが業。わかっていた。わかっていたはずなのだ」

「……お前は誰だ?」

「それを知ってどうする。キサマらが悪を前に剣を納めるとでも?」

自暴自棄の呪術師は腐臭を残らず吐き出し、心のままに声を荒げた。

「偽の電波に誘われ、まんまとかかった虫けらどもめ。ここに洗脳装置などない。この塔はアンデル様がてずから用意されたキサマらの墓標――――っ?!」

光り輝く剣が呪術師の首を貫いた。スライムのように粘り気のある黒い血が刀身にこびり付き、なおも怨念を吐く。

「もう、遅いのだ。なにもかもな……っ!」

アークは貫いた剣を捩じり、今度こそ息の根を止めた。

「薄々気づいていたさ。でもな」

死体を打ち捨て、こびり付いた血糊を払いながら彼は言う。

「お前たちがいなくなれば同じことだろ?」

 

 敵を殺す瞬間、力を酷使するたびにアークは自我を失う感覚に襲われた。信じる正義がぼやける瞬間に顔をしかめた。

しかし、たとえそれが望まぬ結果だとしても、今の彼はそこに揺るがぬ答えが一つあった。

「俺はククルを護れればそれでいいんだ……」

自分の言葉に困惑しながら、それでも光を見つめる彼を見てトッシュが笑った。

「ハッ、俺たちは二の次なのかよ。泣かせるじゃねえか、リーダーさんよ」

「ト、トッシュ!アークは別にそういう意味で言ったんじゃないよ―――あ痛っ!」

「…バカ野郎が。どうしてテメエはそう冷めたことを言いやがるんだ」

本当に、俺は仲間に恵まれてるな。アークは披露されるコントを眺め、はにかんだ。

 

 それぞれがそれぞれの気持ちに整理をつけ、撤退しようと踵を返すと、突如激しい爆発音と共にタワーが揺れた。

室内に爆風と埃が舞い込み、そこからよく見知った男が転がり込んできた。

「チョンガラ、なんで……?まさかククルになにかあったのか!?」

男は慌てふためきながらも仲間たち、さらには(さら)われた村人の無事を確認して安堵の溜め息を漏らした。

「いやいや、お姫様は無事じゃよ。ただ、ワシのミスで母君が攫われたと気づいてな。……すまんかった、この通りじゃ!」

村を守るよう言いつけたアークにとって、ここにいること自体に文句を言いたいところではあったが、今はそういう気分でもない。今はただ、村に戻って彼女の顔が見たい。

そう願う彼を嘲笑うかのようにタワーは一層激しく揺れ始めた。

「い、いかん、ワシとしたことがやり過ぎたか!?」

「……いや、違う」

慌てるチョンガラをよそにアークは足下の亡骸に目をやった。その手にはスイッチらしきものがあり、親指は怨念を代弁するかのようにボタンをめり込ませていた。

「お前はいったい誰なんだ……」

「なにをボサッとしとる!外に船を着けとる!(はよ)う来んか、い……?」

チョンガラはアークを急かすと同時に救出された村人を抱きかかえる男に気づき、困惑した。

「……お前さん、まさか、あの時の……」

男はチョンガラの戸惑いには応えず、「貴方なら約束を守ってくれると信じていた」と心からの感謝を伝えた。

「そっちこそなにしてるんだ!父さんも、早く!」

リーダーの声が聞こえ、チョンガラは振り返る。そうして彼の目を見た瞬間、チョンガラは何かを察して改めてこの浮浪者と見比べた。

「まさか…そうなのか……?」

「言いたいことは山ほどあるだろうがここは一つ、自分たちの命を大事にしようじゃないか」

「わ、わかっとるわい!」

それは商人にとっても予期せぬ再会であり、親子の再会のように喜びに包まれてはいない。それはどこか、親友に隠していた裏の顔を見られたようで、恥ずかしさばかりが彼の顔を赤くさせた。

 

 発着場に出るとヨシュアはそこに威風堂々と浮かぶ白銀の船を見て思わずうなり声を上げた。

「シルバーノア……まさかもう一度お前を目にする日がやって来るとは……グッ!!」

「父さん!?」

予期せぬ再会は予期せぬ別れで締めくくろう。そう「運命」が彼に囁いた。

世界中を、過去や未来を縦横無尽に駆け回ってきた彼はすでに人の領域を踏み外していた。「導き」から、代償を求められているのだ。

 今ここであの子にそれを見せる訳にはいかない。せめてあの子の目の届かない所で……

「大丈夫だ。問題ない」

妻を抱え、今一度、希望の船を見上げた。すると「運命」はやはり彼の胸を(まさぐ)るのだ。

「……」

粘着質な視線が彼を捉えて離さない。彼が現れてから一度たりとも。彼はここに来てようやくその正体に気がついた。自分をこの過酷な運命の渦中に放り込んだ張本人を。

彼は立ち止まり、息子を呼びつけた。その目を見て嫌な予感を覚えたアークは父の手を強引に引っ張ったが、彼はそれを拒んだ。

「アーク、ポルタを頼む」

「何言ってるんだ!これからは俺が戦う番だ!あと少しで村に帰れるんだぞ!?」

「……そう、あと少し私が体を張れば、愛する妻とお前を村に帰すことができる」

「だからさっきから何を――――!?」

信じたくなかった。父がなんのために倒壊を待つタワーに留まろうとしているのかを。

 

……お前は、邪魔だ……

 

男の背後から憎悪の声が轟いた。青年の目に、嫉妬、後悔、偽りの優越感が映った。それらにとり憑かれ、自らを悪魔の(にえ)に差し出した家族が、「お前」を呼んだ。

象すら通れる大きな入り口から白い粘液に覆われた、大木のような腕が「お前」を追い求めるように伸びる。

「信じたくなかったぞ……」

入り口を破壊しながら現れる白い怪物に、「お前」はそれ以上なんと呼びかければ良いものかと想い(よど)む。

「アーク、これをお前に渡しておく」

青年が無理やり手渡されたのは質素で古めかしい首飾り。中心の赤丸とまばらに描かれた波紋。太陽を連想させる文様の、銅のそれは重いような軽いような不思議な首飾りだった。

「これは?」

「それに時を飛ぶ術を封じてある。あとはお前次第だ」

「そんな、訳がわからないよ!あんな奴放って逃げればいいじゃないか!」

「……行け。どの道、私はもう長くはない。ならばここでお前たちの盾になるべきなのだ。……私の代わりに、ポルタを護ってやってくれ」

「お前」は聞く耳を持たない。そして最後のそれは頼み事ではなく命令だった。

「……やっぱり、父さんは勝手だ。今も昔も」

「すまない。だがお前たちを想う気持ちに偽りはない。どうか、それだけは信じてほしい」

「そんなの、わかってる。わかってるから俺は……」

破顔するアークは仲間に見せたことのないひどい顔をしていた。鼻を垂らし、目を真っ赤に腫らし、最期まで独りで闘おうとする父を非難した。

「……あなた……」

それもまた導きの力か。衰弱していた妻が不意に目を覚まし、何一つ状況のわからないまま夫の姿を捉え、微笑んだ。二人が息子を育て、愛を育んでいたあの頃と変わらない顔で。

それはヨシュアに深い反省を誘った。

「ポルタ、最後までお前を幸せにしてやることができなかった。……本当にすまない」

「私が、少しでもあなたを恨んでいるとお思いですか?あなたはいつだって私を支えてくださった。さっきだって、あなたの腕の中の温もりが懐かしくてつい寝過ごしてしまったくらいなんですから。……だからどうか彼を、マローヌ王を許してあげてください」

微笑みにわずかな悲哀が混じる。その穏やかな悲哀にはヨシュアの背後で蠢く白い怪物が映っていた。

「ポルタ、お前……」

「私の幸せはすべてアークに注ぎました。この子の姿が私の答え。あなたにはこの子がどう見えますか?」

「ポルタ……」

「ヨシュア……」

白銀の船は彼の返事を待たず、飛び立っていく。二人が伸ばす腕はみるみる遠のき、表情すらわからなくなると男の肩は震え、頬から一粒の雫が流れ落ちた。

「ありがとう……」

 

 

 重さなどあるはずがない。なぜならそれは死霊が寄り集まってできた怪物。だのに彼に迫るにつれてタワーはバランスを崩し、ゆっくりと傾いていく。まるでタワーまでもが死霊の一部となって船を握り潰そうとしているかのように。

……お前は、邪魔だ……

怪物は見上げるほどに大きく、ここで取り逃せば必ずやスメリアに大きな被害をもたらすだろう。この世界の腫瘍(しゅよう)となるだろう。それを見逃すわけにはいかなかった。

「マローヌ、お前にはお前の光る部分があった。私などに(こだわ)らなければスメリアはお前を選んだだろう。だというのに……」

スメリア中の腐臭がタワーに引き寄せられ、次から次へと怪物に折り重なり、怪物を太らせる。しかし怪物はまるでそれを拒むかのように、この世のすべてを否定するかのように、スメリアの空をつんざく雄叫びを上げる。

「どんなに穢れようとお前はスメリアの王!その座を求めたなら最後までこの国に向き合うのが貴様の(つと)め!」

ヨシュアの力強い叫びは肉体の衰弱など感じさせない。抜き放った剣はスメリアの落日をものともしない輝きを放ち、怪物を怯ませる。

「スメリアは悪魔の国などではない!それをもう一度、お前に教えてやる!」

ヨシュアは山と見紛(みまご)うばかりの怪物へと真っ直ぐに飛び掛かる。怪物はよりいっそう怯え、大口を開けて彼を威嚇した。

 

 

真っ赤な夕日が彼らを覆う。

兄は弟の喉元に剣を突き立て、弟は兄の体を爪で串刺しに。彼らはお互いの最期の一撃を正面から受け止めた。

そうしてほとばしる鮮血は、やがて訪れる夜闇を焼き尽くさんばかりに赤く燃えていた。




※丹田(たんでん)
武道、気功、道教における用語。人体のエネルギーを蓄積、生産させる部位の一つ。
調べて知ったのですが「丹=不老不死の薬、田=これを産する土地」という意味があるそうです。

※納刀(のうとう)
刀を鞘に納める動作です。

※不義
人の道を外れた行為のこと。不義理。

※閉じた眼は鉄くれに潜む腐臭を捉え、放たれる氣は心を貫く
どちらかと言えばアークⅠの「退魔光弾」の性能に近い。

※吐露(とろ)
自分の気持ちや隠していたことを打ち明けること。告白と暴露を足して2で割った感じ。

※呪術師の正体(マローヌ王)
原作の内容には則していませんが、なんとなくヨシュアのラストを飾るシーンを考えていた時に思いついたので使ってみました。

※マローヌ王
未プレイの方向けに説明させていただきます。
マローヌ王はアークザラッドⅠの最後にアンデルに暗殺されたスメリア王のことで、ヨシュアとは兄弟の関係にあります。(ヨシュアが兄)
マローヌはヨシュアの能力(国民からの人気)に嫉妬し、さらにはアンデルの手引きもあって兄をミルマーナへと追放します。(正確には追放かどうかわかりませんが)
そうして王位に就いたマローヌはアンデルの傀儡となるのですが、彼の中には傀儡の自覚があり、さらには自分の行ったことへの後悔もあります。それでもアンデルの正体を見破れず、多くの過ちを犯したことをアークに懺悔して最期を迎えました。

今回はスメリア城崩壊跡から彼の死体を回収し、キメラに仕立てたという体で書いています。アークたちの「敵」として蘇らせたので負の感情強めです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。