聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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死神の渇望 その一

 五大精霊の力を宿した鏡。覗いてみればそこに別世界が広がっている。山があり、川がある。鳥や獣、人間のみならず、魔物たちの姿まで。

水の精霊いわく、これこそこの世界のすべてが彼らで構成されている証拠なのだという。

ならばなぜ魔物たちは人間と敵対し、精霊を衰退させてまで世界を支配しようとしているのか。それは彼らの王が元人間だからなのだという。

彼は人間の頂点に君臨し、数々の文明を吸収した。その最中、精霊の功績を知ると彼はこう言い放った。

「私が”王”であるなら、世界のすべては私のものであるべきだ」

完全なる支配者の上に何人も存在してはならない。知恵を身につけ、(おご)ることを憶えた彼は自分の思想こそ世界の「秩序」であると信じ、それ以外を「混沌」と名付け、魔物たちの餌であるとした。

「アレのせいで風は口癖のように人間を(さげす)むようになったよ。土や火も疑念を持つようになった。嘆かわしいことだよ。誰も彼も、私たちが温めてきた子どもたちだっていうのに」

光の精霊は言っていた。水の精霊は以前にも増してタバコを吹かす時間が増えたと。

 

 ずっと疑問に思っていたんだ。なぜ精霊たちは自分たちの手で「王」に罰を下さないのか。けれど彼らの言動を見ていてなんとなく理解できた気がする。

彼らは怯えているんだ。絶対的な力を持っていても、彼らの体は「戦争」を知らない。ただ戦場に転がる人の死体を見てきただけだから。口では非難していながらその実、未知の世界に触れるのが恐くて「王」に睨まれるリスクを避けているんだ。

俺たちに勇気や希望を語っておきながら……

 

 俺たちはこの時代の封印の綻びをなおすべく、トウヴィル村へと戻ってきた。けれどもそこにはすでに村を制圧するスメリア兵の姿があった。

「兵士ってのは不自由なもんだな。仕える主人が変わるだけで護るものをコロコロ変えなきゃならないんだから」

彼らは本来護るべき村人たちを拘束して平然としていた。何も知らず、彼らを罪人呼ばわりして。

「どうするの?」

「助けるさ。当然だろ?」

精霊の力を借りて気配をごまかしながら村人たちを安全な場所へと避難させ、逆に兵士たちを制圧していった。

そうして封印の間まで向かうとそこには当然アイツの姿があった。

「おやおや、報告にはあったがまさか本当に二人で行動しているとはな」

顔を覗かせる「王」がアンデルに何事かを指示する様子を陰から盗み見るつもりが、アイツはそれを許さなかった。その上、目ざとく首飾りに気づき、俺たちを嘲笑った。

「キサマも遂に時間渡航までさせられるようになったか。ヨシュアでさえ耐えられなかったのだろう?果たしてキサマはどこまで持つかな」

「黙れ。じきにチェックメイトだ。今の内に愛しの王様に別れの挨拶でもしておくんだな」

カマを掛けてはみたものの、アンデルは乗ってこなかった。逆に俺たちが追い詰められていることを察し、さらに笑った。

「くっくっくっ、私の口から情報を引き出したいのなら、あの老いぼれからもっとマシな嘘のつき方を学んでおくべきだな」

アンデルが指を鳴らすと控えていた兵士たちは痙攣し、鎧の隙間から溢れんばかりの体毛を伸ばしだした。顔は尖り、長い口から無数の牙を覗かせる。

「知っての通り、私は忙しい身だ。楽しいお喋りがしたいのならコイツらで十分だろう?」

躾の悪い狼男たちは主人が命令を下すよりも早く二人へと襲いかかった。それが二人への奇襲になると考えたのかもしれない。

しかし、幾度となく彼らを相手にしてきた二人にとってそれはもはや定番の展開であり、むしろやりやすくさえあった。

アークはまっすぐ突っ込んでくる狼に炎の網を投げつける。視界一杯の炎に体が強張る狼たちは炎の向こうから現れる二人の必殺に反応することができず、一匹二匹と呆気なくねじ伏せられていく。

最中、チラリと祭壇へ目を走らせるとすでにアンデルの姿はそこにない。

「なんて逃げ足の早さなの。ゴキブリ並じゃない」

苛立つ彼女に追い打ちをかけるように、王は転がる死骸の数が増えるごとに耳鳴りのような異音を立て、喜んだ。二人に王の声は理解できない。けれど、それが自分たちをバカにしていることだけは感じ取れた。

「そんなに寝かしつけて欲しいのならお望み通り今すぐ眠らせてあげるわよ!」

ククルは鏡を掲げ、声高らかに一族の力を解き放つ。

「不浄なる者への天の裁きをっ!!」

鏡は日食のごとく漏れ出る日輪の輝きを放ち、瞬く間に渦を石柱の奥深く、異次元の奥底へとねじ込んだ。

渦は足掻かなかった。まるで彼女の言う通り、束の間のまどろみを楽しむかのように。

代わりに首飾りが音叉のように鳴り始めた。向こう側ではまさにその「束の間」が終わろうとしているのだと勇者を()かした。

「ククル……」

「心配しないでよ。私だって一味の一人なのよ?なにが来たってぶっ飛ばしてやるわ!」

「……あぁ、またな」

別れの抱擁もなにもなく、彼はあっさりと帰っていった。もともといるはずのない人がいなくなるのだ。何かを残していいはずもない。そんな気遣いに彼女はやはりため息を吐いてしまうのだった。

 

 

 今回の旅でアークはひしひしと感じていた。いよいよ「その時」がやって来るのだと。

初めの頃と比べ、首飾りの反動がほとんどなくなっている。次はどうなる?人間の時にはなかった感覚に芽生えるのか?体が半透明になって姿を消したり現わしたり?……ひどく憂鬱だ。

「アーク!!」

時間移動が完了し、目を開けるとついさっき見た渦が黒幕らしい目付きでこちらを見ていた。それを懸命に抑えつける彼女の目が希望を見るように輝いた。

「ククル、これを使ってくれ」

丁寧に布でくるんだ鏡の破片。彼女はそれを受け取ると、デジャヴを感じさせる文言を口にする。力強く。

聖女の声は力に変わり、絶望的だった「災害の予兆」は瞬く間に独房へと送り返された。訪れる静寂の中、彼女の吐息は彼に喜びを主張するようにハッキリと聞いてとれた。

「よく頑張ったな」

自然と彼の手は少女の頭を撫でていた。すると、さっきまでの強気な眼差しがウソのように崩れ、目尻を潤ませて彼の胸に飛び込んだ。力一杯、彼を抱きしめた。

「お帰り」

「ああ、ただいま」

抱きしめた瞬間、少女もまた感じ取った。「ああ、こうしていられるのもあと少しだけなのだ」と。

 

 「王」との対峙で溜まった心労を回復させるため、彼女を寝かしつけた頃合い。ペペからアンデルの動向を聞き出したエルクたちが帰ってきた。

「アンデルは北極にいるぜ」

顔を合わせるなりエルクは挨拶も挟まずぶっきら棒に言う。この戦争の元凶とも言える敵の居場所を突き止めたというのに彼はふて腐れているように見える。子どもが失敗を言い出せずにいるかのように。

「どうした、何かあったのか?」

「……シュウが……」

「シュウ?シュウがどうした」

「……いや、なんでもねえよ」

エルクは俺よりも沢山の「現場」に揉まれてきた。だから自分の発言が場の空気にどう影響するのか知っている。そうは言ってもまだ大人に頼りたい年頃。少年は心の板挟みに苛立っていた。

結局、言葉にこそしなかったが、どうやらエルクは彼の能力を疑っている自分が許せないらしい。

 

 あの人はいつだって一人で動いて、一人で解決してきた。意味のない自己犠牲を払うキザったらしい人間でもない。だから今さら俺が何を心配しているのか、俺自身よくわかってない。

……だけど、なにか胸騒ぎがするんだ。

あの人はミスをする。あの人でもどうにもできないミスを……

 ミリル、そしてジーンの顔を脳裏によぎらせながら、エルクは持ち帰った情報をリーダーに報告した。

 

 

「一言いわせてもらうが、アンタらはもっとあの一匹狼に感謝した方がいいと思うぜ?」

スメリア、ダウンタウンのしなびた酒場。その隅を陣取る若い男がシャンテの姿を見つけるなりそう言った。年季の入った皮のソファに深く腰掛けた太々しい男。その隣になぜかぐうすかと眠りこけるヂークベックの姿があった。

「どういうこと?」

「よお、シャンテ。まさか生きてまた会えるとは思ってなかったぜ」

「……」

シャンテはとぼける酔っ払いの煩わしさを払うようにテーブルに一枚のカードを放った。それを見るや否や、なにやら悪だくみを考えていた男の顔が一瞬で強張った。

「いやいや、そいつは聞いてなかったな」

それは何の変哲もないスペードのキング。ただし、カードの端はウイスキーで変色してふやけている。そして、そのキングは元スメリア王マローヌによく似ていた。

男は思い出を巡らすかのようにグラスをクルクル回し、グイと一気に飲み干す。それでも(こら)えきれなかった男はクツクツと笑い出した。

「まさかあの人がまだ生きてたなんてな」

「ピンピンしてるわよ。アンタからあの時の賭け金を回収してくるように言われてるわ」

「あははは。いいねえ、懐かしいや。お陰であの人のウソ臭い顔をハッキリと思い出したよ」

「ウソ臭い?チョピンが?」

同じ人物を思い浮かべてるはずが、相手が思いも寄らぬことを言い出し、思わずマヌケな声を出してしまった。その顔を男は「傑作だ」と言って声を上げて笑った。

「あっはっはっはっ!アンタらもあの人が生粋の紳士に見えた口か?残念だがそりゃあ大間違いだぜ。俺はあの人から商売のいろはを教えてもらったんだ」

「何言ってやがる。チョピンは王様直属の操舵士だぞ?そんな裏の顔を持ってそうな職の人間が就けるわけねえだろ」

「ボウヤ、テメエは殴る蹴るばかりでのし上がってきた口だろ?見ればわかる。でもな、世の中爪を隠してる鷹ってのはザラにいるもんだぜ?」

年なんてそう変わらねえだろうが。そう口を挟みたい気持ちをグッと堪えた。そうやって話の主導権を握ろうとするのが連中の常套手段だとギルドで散々学んできたからだ。その様子を男はクツクツと笑った。

「まあ、あの人の関係者だってんならこれ以上搾り取る訳にもいかねえな」

思った通り、男はあわよくば()()()()()()()()()情報料をせしめるつもりだったようだ。

 

 ダウンタウンの何でも屋、ペール・ペールマンはその敏腕でシュウの困難な要求を達成していた。

「あの御大臣様は今、北極、もしくは南極にいる。これは確かな情報だぜ」

「その二つを上げて『確か』だなんてテメエも大した情報屋様だな」

「まあまあ落ち着け、炎のエルクさんよ。俺もそこまでおざなりな仕事はしねえ。ほぼ北で確定だ。ただ、北と南は二つで一つの塔だとかなんとか言われてな。だからやるなら同時に攻めるのが吉ってことだよ」

「いまいち信用ならねえな」

「そんなことを言っていいのか?狼の旦那が泣くぜ?」

ペペはガルアーノの立ち上げた大組織「賞金稼ぎギルド」を説き伏せ、その情報を引き出した。代わりに、ガルアーノのもう一つの組織を潰す条件を飲んで。

「キメラ研究所を?」

今もなお水面下で成果を上げ続けているその組織はこの逼迫(ひっぱく)した状況下で秘密裏に一大プロジェクトに手をかけていた。海底神殿、そこに眠る伝説の生物。その研究に成功すれば第二の「ガルアーノ」を創ることができるのだと。

彼らはいまだガルアーノを信奉していたのだ。

「ガルアーノ様は再び蘇る。そのために我々は存在するのだ!」

それは失敗に終わる。ひいては自分たちにも被害が及ぶだろうと考えたギルドはペペとの交渉にこの条件を持ち出した。情報のため、シュウは潜水艦で海底神殿へ向かい、研究所の残党を駆逐した。その際、潜水艦の操縦士としてヂークベックを連れていったらしい。

「旦那は見事、かの『アルディアの癌』を潰してみせた。それだけじゃねえ!たった一人でロマリア市内に潜入してアンタらの活路をつくっておくなんて言いやがったんだ!なあ、どうかしてるだろ?」

仕事を終えたペペは彼の人間離れした能力と度胸をただの酔っ払いとして思う存分、興奮を舌に乗せて語った。

 突飛過ぎる話は語り手の技量など関係なく。聞き手も酒の助けなんか必要ない。エルクは間髪入れずにペペの胸倉を掴んだ。

「一人で行かせた?だったらテメエはここで何してるんだよ!そのデカい図体は伝言板をするしか能のねえポンコツか?!」

ペペにプロの賞金稼ぎに抗う力なんてない。それでも彼はまとわりつく子どもの相手でもするようにエルクの手を払った。

「なんだ、炎の異名は能力じゃなくその性格から来てんのか?ちったあ考えろよ。あそこはロマリアだぜ?素人が手を出して気づかれでもしてみろ。何の罪もない人間が……こうなるんだぜ?」

ロマリア市はロマリア城下に広がる王最後の「盾」。そして、そこに生きる市民はすべて王の「肉壁」。ペペはフォークに刺したソーセージを小気味好い音を立てて噛み千切り、ゆっくりと咀嚼(そしゃく)した。

これがロマリアって生き物なんだよ、と。

「そんなイカれた仕事、元ロマリア暗部以外に誰ができるってんだよ」

「……テメエ、なんでそれを……」

ペペは噛み千切った残りのソーセージを口の中に放り込むと度数の高い酒で胃の中に流し込む。そして酒臭い口で意気揚々とキメ台詞を口にした。

「適材適所。それが俺たちプロってもんだろ?」

 

 ペペはスメリア軍内部に潜伏する知人から手に入れた南北の塔の正確な座標をエルクたちに渡し、「一週間後の正午、ロマリア市内より合図を送る」というシュウからの伝言を伝えると話は終わりだと言わんばかりに重い腰を上げ、新しい酒瓶を取りにカウンターへと向かった。

「ちょっと待て。情報はそれだけかよ?」

「は?あのガルアーノの組織にゲロさせたんだぜ?それがどれだけヤバいことか、テメエがわからねえ訳ねえだろ?それともテメエらは札束で人の頬を殴ればなんでもできるって信じてる頭の湧いた王様か何かなのか?」

言いながら、ペペはテーブルに一枚の紙切れを放った。

「でも俺は気前がいいからな。ソイツはサービスだよ」

「これは?」

「要塞と名高いロマリア市内の図面だよ。アンタらと志とやらを同じくするお友だちから頂いたんだ」

「お友だち?」

「なんだよ。まさかアンタら、自分たちが生み出した秘密兵器のことを忘れてんじゃねえだろうな?」

「……!?まさか、レジスタンス?!」

「バカ言わないで。レジスタンスは壊滅したはずよ」

「ハハ、何言ってんだ?人間様が絶滅させられたわけじゃあるめえし。自分の巣穴で起きたことに無関心を決められる人間ってのはアンタらが思うよりもずっと少ないんだぜ?」

それを聞いたブラキアの英雄はふと考える。それが人間の根底にある心理なのだとしたら、悪魔たちが消えた後、人間は果たして()()()()()とするのかと。

「じゃあな、くれぐれも俺の顔に泥を塗らないでくれよ?」

新しい酒瓶のコルクを抜き、ソーセージとチーズを頬張る姿はどこか「勝ち組」を演出しているように見えた。そんな彼を見て、リーザは去り際に彼のために肴を一品置いていった。

「酒が飲みたくて仕事をしてるんじゃない。ギャンブルがしたいから仕事をしてるんだ。チョピンさんはアナタのことを褒めてましたよ」

女の声はペペの脳裏に鮮明に恩師の声色を描いてみせた。

その一言が彼をどういう気持ちにさせたのか。それは彼女と、彼女の背後でむせ返る本人にしかわからない。

「アンタ、だんだん性格が悪くなっていってるんじゃないかい?」

「そうかしら。私はただ、シャンテさんやサニアさんみたく汚い言葉を使って罵るよりよっぽど男の人に気持ちを伝えられるんじゃないかなって思っただけなんだけどな」

「まさにそういうところを言ってるんだよ」

「ふふ……」

その笑顔は以前シャンテが見た時よりも大人びて見えた。まるで沢山の大人と人生を語らい合ったかのように。

自分の力を知っている彼女の口数は減った。けれども彼女はいつだって聞いている。悲しい言葉も、嬉しい言葉も。彼らの傍で。静かに。

 

 

 ペペとの飲み比べで完敗を(きっ)したヂークベックはグルガの太い腕の中でうつうつとしながら目を覚ました。

「うわッ、なンでワシはお前ナんかに抱かれトるンダ!?放サンカ気持ち悪イっ!」

礼の一言もなく頭頂部の冷却装置からピーピーと蒸気を吹くものだから、グルガは顔をしかめながらも言われた通りにヂークベックを地面に下ろした。だのに彼は数歩歩くと転んでしまった。そして起き上がろうにも上手くいかない彼はうつぶせのままポツリと呟いた。

「……歩けん。抱っこしろ」

「なんなんだお前は」

ポンコツは巨人の背中におぶられながら、得意の「最強伝説」を朗々と語り続けた。

聞き手は思う。語られない本当の主人公は相当に大変な思いをしたのだろうと。




※潜水艦の操縦士としてヂークベックを連れていったらしい
ギルド(サブクエスト)のポイントが一定以上になると発生する海底神殿イベントです。もう、ここ以外に入れる隙がないと思い、無理やりぶっ込みました(笑)
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