「誰だ、誰が生き残ってやがった?!」
エルクの口から「レジスタンス」の名前を聞いたトッシュは盃を投げ捨て、エルクに掴みかかった。力加減が利かず、思い切り。
「こ、の……っ!」
不意を突かれ、むせ返るエルクもまた、恩人に鍛えられた反射神経で容赦なくトッシュを放り投げる。受け身も取らず石畳に叩きつけられた赤猿は、いくらか咳き込むとそのまま大の字になり天井を見つめて動かなくなった。パチパチと視界の中に星が飛び、そこに逝ってしまったバカ野郎たちの顔がよぎる。
同情した訳じゃない。ただ、その気持ちは理解できなくもない。そう思っただけだ。
「知りたきゃ、生きてろ。生きて、自分の目で確かめろよ」
赤猿は上の空でそれを聞いていたが、やがて何か思い出したかのように「うるせえよ」と呟き、天井を見上げたまま静かに笑い出した。
「一週間か……」
かたや彼らを率いるリーダーは極めて短いタイムリミットを噛み締め、その胸中では因縁の敵との決着に
「アーク……大丈夫?」
「ああ、問題ない」
外面こそリーダーらしく平静を装っているけれど、どんなにシュミレートしても勝利の糸口を見つけられない。その困惑に一年の付き合いのある古株たちは気づいていた。仲間たちの表情に気づいた彼はさらにそれを隠すように毅然とした声で宣言する。
「アイツには俺たちを犯罪者に仕立て上げた報いを受けさせる。絶対にな」
かの天敵は叔父を殺し、両親からささやかな生活を取り上げた。そして、この世界を蹂躙しようとしている。その罪を償わせられるのは自分たち以外にいない。
アークは首から下げた形見を強く握りしめ、天に誓った。
「じゃあロマリアで」
「ああ、ロマリアで」
ペペの忠告に従い、彼らは南北の二手に別れた。
北極に向かうシルバーノアにアーク、ポコ、トッシュ、イーガ、ゴーゲン。南極に向かうヒエン――ビビガの愛機――にエルク、リーザ、グルガ、サニア、ヂークベックを乗せ、トウヴィルの崖を離岸する。
大小二隻の船は義兄弟のごとく阿吽の呼吸で上空へ舞い上がると、言葉を交わす鯨のように上空でゆっくりとすれ違う。
――――ロマリアで
そうして兄弟は再会を約束して彼方へと飛び去っていく。
地上で見守る村人たちもまた、伝説の1ページを見届け、希望ある未来を願った。魔物たちから解放され、勇者たちに祝福があらんことを。そう、切に願った。
彼らは知らない。
「気をつけなさい。死相が出てるわ」
出立直前、不意にアークの顔に触れたサニアが漏らした一言を。
北極に向かう途中、窓の外に広がる変わり映えのない雲と海を眺めながらポコがポツリと呟いた。
「アンデルって何考えてるのかな」
「……」
「他の将軍たちもだけど、やっぱり頭がいいんだよね」
「……」
「それなのに、なんでこんなやり方しかできないんだろう」
「……お前なら別のやり方があったのか?」
決戦前に余計なことを考えるつもりはなかった。だけどいつだってポコは俺の知らない世界を見ている。それを少し感じたくなってしまった。
ポコも独り言のつもりだったらしい。聞き返すと「え?」と呆けた声を出し、慌てて言葉を探していた。
「ぼ、僕は頭が良くないから……。やっぱり戦うと思うよ」
「嘘だな。お前が戦うのは俺が無理やり剣を持たせたからだ。本音を言えば今すぐにでも逃げ出したい。そうなんだろ?」
「そんなことないよ!……ど、どうしてそんなことを言うのさ」
ポコはあの日、俺が投げて寄越した剣を強く握りしめた。宝物を取り上げられまいとする子どものように。
「お前は音楽家だ。それこそ戦場よりも相応しい場所なんていくらでもある。俺はお前からそんな機会を奪っているように思えてならないんだ」
「……そ、そんなことないよ。あの時アークがああ言ってくれなきゃ僕はとっくにゾンビのお腹の中だろうし。仮に生き残ったとしても僕は弱虫のまま生きていくだけだよ」
「……」
――――死にたくなかったら戦え!
俺はそう怒鳴りつけた。ゾンビに囲まれ、仲間を喰われ、ただ怯えてるだけの腰抜けが憎らしくて、俺は剣を投げつけた。
ポコは知っているだろうか。時々、俺がその時のことを後悔しているのを。
初めて自分の金で買った楽器だと言うフルートに血痕があると気づいた時。演奏の腕を認められて先生から譲ってもらったというバイオリンのネックが刃物で削れていると気づいた時。軍の楽隊に入って渡されたシンバルに歯形が付いていると気づいた時。
……戦闘中、小声で「やだなあ」と漏らすのを耳にした時。
俺はコイツの命を救ったかもしれない。でも、俺はコイツの人生を台無しにしてしまった。そう思えてならない。
ポコの言う「頭の良い奴」ならこの戦争をもっと別の形で収めることができたんじゃないか?俺にそれを求めていたんじゃないか?
繰り返し尋ねるとポコは苦笑いを浮かべ、「僕は君と闘えてることがなにより嬉しいんだよ」。そう言ってフルートを口に添えた。
学のない俺に音色の違いなんてわからない。でも出会った頃からずっとポコの演奏はスゴイと思ってる。目をつぶれば、小さい頃に思い描いていた夢が見えてくるほど。
耳を傾けているだけで胸がときめく。
それがどうしようもなく悔しく、悲しい。
世界の北端。繁栄のために小さな島にまで闘技場を設けて観光資源を確保するこの時代に、どこの国のものでもない広大な土地が転がっている。一見、それは奇跡的なことのように思えるが、実際に足を踏み入れてみれば嫌でもそれが道理だと理解することになる。
その寒波の名は
そんな場所にどうして常時、全土で火を起こしてまで領土とするだろうか。
そして、アークの目にはこの最悪の地があのトウヴィルの大雪の日にダブって見えていた。ククルと出会った、すべての始まりの日に。
「凄い吹雪だね」
「まったくじゃ。年寄りには堪えるわい」
防寒用にと上等なコートを羽織ってはいるものの、それだけじゃどうにもならない。俺は火の加護でもってソッと全員を包んだ。それでも仲間たちの野次は収まらない。
「けっ、この程度でなに弱音はいてやがる。こんなもん気合いでなんとかならぁな」
「そうなのか?なら、わしの目に
「しかしこうも足場が悪く、かつ広大だと探せるものも探せないのでは?」
放っておけば二人はまた、はた迷惑なケンカを始めると察したイーガは早々に割り込んで話題を切り替えた。
氷の大地はすべてが白一色で、悪事を働こうとする人工物は白紙に落としたインクのように丸裸かと思われた。しかし本物の悪は己の「色」を持たないのだと彼らは思い知る。
獲物を狩るために白い毛皮をかぶるヒグマのように。北極のパレンシアタワーは景色をかぶり、身を潜めていた。
ところが大魔導士ゴーゲンの
「擬態したからとて心臓が止まる訳でもあるまいよ」
杖でコツコツと叩くと、氷は拷問にかけられた捕虜のようにあっさりと懐の悪友を売った。
「ほれ、あそこじゃよ」
視線の遥か先に、突如として巨大な氷柱が
何も知らない人間がこの光景を見たならこの戦場の勝敗はすでに決したように思うだろう。しかし実際に戦場に立つアークたちは気づいている。
白い鉄がしたたかであることを。そうやって彼らと3000年の時を共存してきたことを。
指し示された氷柱に向かって進むと、ある地点で視界が開けた。そこには彼らの色に染まった氷の塔があり、ロマリアの黒い戦艦が泊まっていた。
塔の入り口には化け物たちの出入りした痕跡がある。しかし、見える限り中に動くものはなく、吹雪を寄せ付けない静寂が湧いている。
怖気づく勇者らを挑発するその様子に楽士が弱気な言葉を溢した。
「もし、もしもだよ?ここで僕たちがやられちゃったらエルクたちは気づいてくれるかな?」
「そんなくだらねえこと考えてる暇があったらバチでもラッパでも構えてろよ。あのクソ大臣に尻を引っ叩いてほしいなら話は別だがよ」
「そ、そうだね……」
ポコは今一度、腰の剣を握り締め、自分を奮い立たせた。
サクサク、塔内部まで積もる雪が 小気味いい音を立てる。しかしその薄っぺらなマットの下には丁寧に研磨された分厚い氷が敷き詰められている。転倒と滑落、地味だがそこには命を左右するリスクがほくそ笑んでいた。
その笑みはどうにも
「じゃあ、ここから先はどうやって進めばいいんだろうな。なあ、大魔導士さまよ」
いくらか進めば氷を覆う雪は姿を消した。そこから先に見えるはどこまでも澄み渡る青い氷の迷宮。のはずが、迷宮は勇者の来場を拒むように巨大な氷塊で道を塞いでいた。
小さな民家ほどに大きな氷。その中に不純物はなく水晶のように澄んでいて一見してそこに障害物があることにも気づかない。しかしそれがどんな物質だろうと関係あるだろうか?しょせんは「壁」。長考する老魔導士が不思議だと言わんばかりにイーガは発言した。
「思うに、テレポートで渡れば良いのでは?」
「ふん、安易よのう。そんなものでこの氷の引力は抜けられんよ」
氷の引力?魔導士にしかわからないような理屈で煙に巻かれ、ならばとイーガは一歩前に出た。
「私が砕いてみよう」
「無理じゃと思うがのう」
ラマダを極めた者の拳で割れない氷?そんなものが存在するのか?魔法はびこるこの世界に不可能はそうそう存在しない。それとわかっても魔導士の言葉は想像しがたかった。
セイッ!フンッ!!
さらに大きな巨石を粉砕してきたイーガの拳が、ただの
それどころか、衝撃はすべて反射し、イーガは自分の拳を癒すために余計な力を使う羽目になってしまった。
「だが直接触れてみてわかったことがある」
その氷からは冷気が感じられなかった。温度そのものが欠如していると言ってもいい。そこにあるのは確かに氷だが、「氷」として存在していない。イーガがそう言うとゴーゲンはそれに「さすがになかなか鋭い感覚を持っておる」と採点した。
南極、そこにも同じような塔がそびえ、同じような氷塊がエルクたちを阻んでいた。「とりあえず」、そう言って炎でそれを溶かそうとするエルクの頬をヂークの銃弾が
「な、なにしやがる!」
「マぁ、待タンカ。この浮カれポンチ」
ヂークベックは悪びれもせずエルクの前に出ると、傷一つ付いてない氷を指してこれは普通の氷じゃない、炎で焼いても結果は変わらないとエルクを
「口で言えよ!」
「まアマあ。CMモ通販もインパクトが肝心ダト言うだロ?」
笑える要素のない冗談に憤慨するエルクをよそに、今度はマイナスねじのような目からスキャナーさながらの平面的なレーザーを照射し、瞬く間にその難解な存在の正体を暴いてみせた。
「コレハ北極の氷ダな」
「はぁ?なに言ってやがる。わざわざ地球の裏っかわから持ってきたってことかよ?」
「何ヲ訳のわかラんことを言っトルンダ?」
「わけわかんねえこと言ってんのはそっちだろうが!」
「悪いが答えを先に言ってくれ。そしたらここで人形遊びでもなんでもしていてもらって構わない」
ここぞとばかりに「最強」を自慢したいヂークはグルガに水を差されてふて腐れたが、三白眼の黒い巨漢にギロリと見下ろさたら「ソンナに睨まンでも……」と涙まじりに委縮するしかなかった。
ゴーゲンいわく、この塔の氷は「特異点」の作用でもって「存在のねじれ」が起きているとかなんとか……。
「要はこちら側の氷はエルクたちの働きかけにしか反応せんし、あちら側の氷はわしらにしかどうにもできんということよ」
「どうにかとは?魔法であれば北極にいながら南極の氷に触れるなどという面妖な真似ができると?」
チンプンカンプンな話に業を煮やした赤猿が「そこにあって斬れねえなんて理屈はねえ」と話をすべて無視して斬りつけたが……
刃先は確かに氷の上を走った。しかし傷つけるどころか、イーガ同様、治癒魔法のお世話になる始末。そんなバカ丸出しの猿を老師は容赦なくコケにした。
「ほれほれ。頭を使うのは人間様に任せて、お猿は大人しくバナナでも咥えておれということよ」
ジジイにバカにされ、吠えたい気持ちでいっぱいだったが、たかが氷ごときに自慢の剣がまるで通用しないという事実へのショックが大き過ぎてそれどころじゃない。
こんなことなら酒でも持ってくればよかった、そうボヤくのがやっとだった。
「で?結局どうすればいいんだよ?」
「少シハ自分の頭で考エロ、このスカポンタス」
「それを言うならスカポンタンでしょ?」
一つ前の作戦で無口な狼と一緒にいた反動で、誰かと和気あいあいとできる環境がヂークは楽しくて仕方がない。
けれどもその度にこちらを睨みつける三白眼――本人に「睨んでいる」意識はないのだが――と視線がぶつかり、「ごメんなさい」と謝るのだった。
「と、特異点ガ悪サをしトるのだカら、特異点を壊せバいい」
「その特異点ってなによ?何かの装置なの?」
「それハ実際ニ見てミんとワカラん」
「なによ肝心なところで役に立たないわね」
「そんなに言ワンでモ……」
「そして、何を隠そうあれが『特異点』じゃ」
南極で空回りするヂークをよそに、ゴーゲンは純白の内装にひっそりと身を隠す銀色の「点」を指さした。
「あれが?僕、『点』だって言うからもっと小さいものかと思ったよ」
それはバスケットボールほどの大きさがあり、フロアの隅で音もなくUFOさながらユラユラと不自然に漂っていた。完璧な球状で、鏡のように全反射する「点」は覗けば顔が映ってもおかしくないはずなのに、まるで彼らを幽霊扱いするかのように塔内の様子しか映さない。
こんないかにも妖しい物体をどうやって壊せばいい?そう尋ねてもゴーゲンは不用心に「点」を覗き込んで「ふむふむ」とアゴ髭を撫でるばかり。
かと思いきや急に「アークや、ちょいとこれに触ってみてくれんか?」などと言い出す始末。
「『ちょいと』ってなんだよ。実験感覚で人を危険にさらすなよ」
「いやいや、わしとて世に知らんことの一つや二つあるわいな。じゃからこそ物は試しに、じゃろ?」
「……」
このすっとぼけたジジイを本気でどついてやろうと思ったのはこれが初めてじゃない。けれど、中身はともかく体は正真正銘の「3000年物のジジイ」だから。叩くのはおろか、乱暴に揺すっただけでも首がポキリと逝ってしまうだろう。
さらに言うなら、コイツはそれを盾に好き放題言っている節まである。
結局俺たちは、猿とジジイがケンカしてる時が一番リラックスできるんだ。
そして悲しいかな。俺たちの中で一番「賢い」のもこのジジイだから。大抵のことは言われた通りにするしかない。
アークは球体に近づいた。するとジジイの当て勘が的中したか。変化が生じた。
鼻先が触れるくらい顔を近づけても影一つ映らなかったゴーゲンとは対照的に、アークはソレの視界に入った瞬間から全身がそこに映り込んだのだ。
この球体は人を識別するのか?
訳も分からず手をかざすと触れるよりも先にソレは作用した。
球体は見えない力で四方八方から押し潰され、ぐにゃぐにゃと変形し始めた。終いにはピザ生地のように薄く引き伸ばされたかと思きや、そのまま次元の隙間に呑み込まれるかのように消失してしまったのだ。
「……それで?」
「点」は消えた。しかし依然として「壁」はそこにある。しかしジジイは「さすがは大魔導士」と自画自賛するばかり。
「これで南極の
確かにエルクの目の前にある「壁」は取り除かれた。しかし、そうして意気揚々と進んだ先には別の「壁」が。エルクはバンダナを引っ掴み、独り言のように恐る恐る尋ねた。
「これってのはもしかして、なんだけどよ……」
「マタ、向こウデ
この塔内にいくつあるのかさえわからない。さらには壊した特異点が相手の望むものかどうかもわからない。
「もしも俺たちが壊さなきゃならねえ点を見逃してたら……」
「一生、立チ往生だな」
「……上等じゃねえかよ。こちとら死ぬほどお尋ね者を捕まえてきてんだ。特異点だか特上タンだか知らねえが一つ残らず消し炭にしてやるよ」
「ばカもん。食べ物を粗末ニするんじャナい」
「……」
彼らはまだ知らない。
「結局、あの点は何に反応したんだ?」
「さあのう。わしはただ、あの術式にお前さんの首飾りと同じものを見ただけじゃ」
「……それはつまり、スメリア王家の血が鍵になってるってことか?」
ソレを壊すことのできる鍵はもはやこの世に一つしか存在していないということを。
エルクたちは悪魔に加担する氷の上を滑りながら右往左往し、時折落ちてくる溶けない砕けないツララに狙われて迷宮を練り歩いた。
「ねえ、あれがそうなんじゃない?」
そうして半時が経過しようという頃合、パンディットに裾を引かれてリーザがそれらしい銀色の球体を発見した。
しかし、何を試してみてもソレはうんともすんとも言わない。ヂークが解析してみても特殊な術式が編まれているということ以外、ソレの性質を見抜くことができない。
そんな折、予感に惹かれ、彼女はソレに触れた。するとソレは突如反応を見せ、消失した。
「……おいお前、いったい何をやらかしたんだよ」
「……さあ、アタシに聞かないでくれる?」
ソレが正しい反応だというのはヂークが保証した。しかし、なぜ彼女にそれができたか誰にもわからない。
解析した術式は呪術とは似ても似つかず、球体になにか特別な操作をした訳でもない。であるにもかかわらず、特異点はサニアを認め、北極の「壁」を取り除いた。
それは本当に偶然というほかない。別の意図で複製したアレが、まさかこんな形で役に立つなんてことは。
※撥(ばち)
太鼓を叩く木の棒のことです。イーガのシーンだったのでなんとなく和太鼓をイメージして漢字にしてみました。
※特異点
なぞの設定を設けてしまいました(笑)
だって、普通の氷ならエルクたちを止められる訳がないじゃないですか。