聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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死神の渇望 その三

 アークたちの行く手を塞いでいた氷塊が溶けていく。スッキリと視界の開ける通路とは裏腹に、アークの脳裏には拭いきれない疑問が生まれた。

「……なぜ溶けた?」

「なかなかどうして、あ奴らもなかなかやるということよ」

そういう問題じゃない。

さっきゴーゲンは特異点に父さんから譲り受けた首飾りと同じ術式が編み込まれていると言っていた。

首飾りには悪用を避けるための制限が組み込まれている。スメリア王家にしか扱えないという制限が。

……それはつまり、そういうことなのか?エルクの側に俺の知らない親族がいる?アンデルは暗にそれを俺に伝えて動揺を誘っているのか?

「これこれ、あまり神経質になるでない。術式などなにかの間違いで作用することもあるし、そもそもわしの見立てが間違えとったやもしれん」

いいや、おそらくゴーゲンの推測は間違っちやいない。アレが作動した時、確かに首飾りと同じ感覚がした。時間も空間も曖昧になっていく感覚が。

「老師の言う通りだ。強敵を前に心を乱すな。戦場では視界を失った者から喰われる」

「俺が冷静じゃないって?……確かにそうかもしれない。それでも俺の剣はアイツの首を落とす。必ずな」

俺の叔父、両親をことごとく不幸にしてくれた奴だ。誰を見逃してもアイツだけはそのツケを払わせる。噛み締めさせる。その気持ちは一度だって揺らいだことはない。

「復讐か?お主らしくもない」

「俺らしくない?イーガ、あまり俺を過大評価するなよ。俺は、精霊に気に入られただけの野良犬だ。人の(はたけ)を荒らすし、人を噛みさえする」

「世俗に己を語らせることなかれ。野良犬も徳を積み、神に成る。謙遜(けんそん)は美徳だが、それは他人相手にすることだ。我ら相手では侮辱にすら聞こえる」

「そうだよ。アークのことを尊敬してるから僕らも信じて戦えるんだよ?」

使いもしない剣を後生大事に腰に差してるような奴にそこまで言われたら何も言えなくなる。

どうやらそれは俺に限ったことじゃないらしい。

「あんまりケツが痒くなるようなこと言うなよ。俺が何も言えなくなるだろうが」

「いいじゃない。トッシュもたまには素直にありがとうって言えばいいんだよ」

「シラフでんなこと言えるか!」

「猿のくせに恥じとるのか?こりゃ滑稽滑稽」

「……その皮引っぺがして凧にしてやろうか?のらりくらり生きてきたテメエだ。よく飛ぶだろうよ」

「悪くない。騒がず喚かず。(わらべ)を笑顔にする遊具となる人生も一興じゃろうて」

最終的にはいつものケンカが始まるのだけれど。皆のさりげないフォローが胸に沁みた。

「お前たちが仲が良いのはわかったよ。でもそのせいで俺たちの足まで引っ張られちゃかなわないぜ」

皆のお陰で、ククルの役を買って遠回しに皆をまとめるだけの余裕ができた。

 

 ならばその余裕を今一度奪ってやる。悪魔の肩を持つ氷が、俺たちを翻弄して笑う氷がそう囁いた気がした。

「このままじゃ先に進めそうもないな」

氷は熱された鉄の上を滑る水滴のようにアークたちを転がす。氷は鏡のように滑らかで、ブレーキになるものはなにもない。滑り出したら壁にぶつかるまで止まれない。

ぶつかったところでまともに立ち上がることもできず、最悪、壁を押し返す力で来た道を逆走する羽目にも。

相変わらずテレポートは制限され、火も暖を取る以上の効果を得られない。

不様に腹這いになりながら壁にしがみ付き、アークは頭を抱えた。

「こんな時、モフリーがいてくれればなあ」

滑る方向を調整するのもやっとでヒイヒイと冷や汗をかくポコがぽつりと溢した。彼はこう言っていた。

自分の力で止まれないなら、それ以上進めないようにすればいい。

「悪くない発想だ」

実際に氷を操作して壁を作ろうとしても()()()()()()はそれを拒絶する。けれども「壁」を作るだけなら他にも方法はある。

「お前さんは本当にジジイをこき使うのが好きらしいな」

「老い先短いんだろ?なら今の内に一つでも多く徳を積んでおけよ。じゃないと天使もアンタなんかに良い物件を紹介しちゃくれないぜ?」

「ふん。今のわしは指先一つでお前さんらをそこに送ってやれるが?」

要は止まることができればいい。なにも壁が氷である必要はない。さらに言えば物質である必要もない。

 重力。これ以上に加工不要で融通の利く「壁」もそうそうない。ただし、それを「壁」として操るとなると相当な大魔法使いでなければならない。さらに五人分ともなれば3000年熟成させた底意地の悪い大魔法使いでないとぽっくり逝ってしまうだろう。

偶然そこに居合わせた3000年物の大魔法使いは人差し指をクルクルと回してアークを脅す。けれどもアークはそれを鼻で笑い、脅迫以上の皮肉で魔法使いを傷つけた。

「お前にその勇気はないよ」

「……単に恐れ知らずなのか。それともそれほどまでにわしを理解しておるのか。わしともあろう者がだんだんとお前さんのことがわからなくなってきたわい」

だからこそこの青年は3000年前に成し遂げられなかった「王」の誅殺を、必ずや果たしてくれることだろう。

老魔導士は()()()()()に最大限の敬意を込めて笑い返した。

 

 この戦争において、彼らは精霊から全面的な支持を得ている。であるにもかかわらず、彼らの耳には氷の塔の苛立ちがはっきりと聞こえた。

訪問者を片端から翻弄し、追い払ってきた自信と実績をこんなにもあっさりと覆す連中への明確な怒りが漂っていた。

拳は無数のツララとなって彼らをハエのように追い立て、口はクレバスとなって彼らを地獄へ送ってやろうと行く先々で待ち伏せた。

それでも小癪(こしゃく)な勇者たちはのらりくらりと彼の怒りを煽り、先へ進んだ。

前回の戦争から数千年、懐に抱えていた機神や虫を解凍し、放っても彼らを物語の主役から引きずり下ろすことができない。

氷の塔はいよいよ怒り心頭し、塔そのものを崩壊させようとした。しかし、彼は逆に主の怒りを買ってしまった。

 

――――黙って見ていろ。誰の許可を得てこの台本を()()()()()()()()()()()

 

飼い犬の頭を「王」が抑えつけた。

 

 

 南極の双子もまた精霊に愛された子どもたちに手を焼いていた。氷に封印した機神と比べればひどく稚拙な構造をしているはずの家庭用ボイラーが、小さな小さな分身を吐き出しては小さなジェットエンジンでもって目的の場所まで飛んでロープを張るという方法で移動手段を確立し。炎の子や魔女は封印した魔人と海の底から這い上がる亡霊たちをことごとく焼き、『説得』した。

むしろ、生まれながらに極地に備わっている凍てつくような静けさの方が彼らを悩ませた。

生きた心地のしない静寂にたまらず口を開けば喉が凍り、静けさが耳鳴りとなって敵の気配も掴みにくい。そのせいで氷の欠ける音にすら過敏に反応してしまい、心が疲弊した。

「ねえ、アンタはそんな恰好でなんともないの?」

サニアは一人悪目立ちする半裸の英雄を睨み、問い詰めた。

「私たちブラキアの戦士には加護がある。これしきの風に屈しはしない」

それがいくら彼らにとっての正装とはいえ、腰巻き一つで極寒の地を闊歩する男を見て良い気分はしない。サニアは目くじらを立ててさらに責め立てた。

「本気でそんなくだらないこと聞いてると思うの?不愉快なのよ。この変態野郎」

「……」

「サニア、それが男特有のくだらないプライドってやつなんだから。勘弁してあげてよ」

「してあげてなの♪」

片田舎の英雄と都会の歌姫、そして謎の怪物娘。すっかり板についた三人の家族ゴッコはサニアの目に皮肉めいて見えた。

「……ほんと、くだらないわ」

そうしてまた耳障りな静寂が一帯を満たし、彼らの足にまとわりついた。勇者たちに比べれば彼らはまだ子ども。いずれ根を上げるだろう。南極の塔は大きく構え、のんびりと彼らを小突き回した。

南極は知らない。彼らがどのような人生を歩んできたかを。それに比べればこの程度の静寂は小指を角にぶつけたくらいの痛みでしかないことを。

 

 

 北極の塔の最上階。そこに、これまで野ざらしだった氷の世界に「格式」を感じさせる扉が佇んでいる。押し開けば彼らの来訪を心から待ち望む無数の魔物の氷像、そして祭壇が目に飛び込む。彼らの慣れ親しんだ高度な悪意が挨拶をしてきた。

「いやはや、あの仕掛けをこうもあっさりと突破してくるとは思わなかったぞ」

萌葱色の装束に身を包んだ男は奥の祭壇に据え置かれた異様な黒曜の棺の前に立ち、一本の生腕を片手に青年(アーク)を歓迎した。それを目にし、徐々に歪んでいく勇者の表情を見て愉悦し、ほくそ笑む。

「これを思いついた時は我ながら良い手だと思ったのだがな」

ヒラヒラと生腕を振る。そこにはまだぐねぐねと曲がる温かさがあり、声なき嗚咽が聞こえた。男は青年の視線にわざとらしく反応し、その疑問に答えた。

「これか?拾ったのだよ。崩壊したスメリア城でな―――!?」

それ以上の言葉はいらない。アークは光の精霊の力でもって抜刀し、音速にも見える速さで男に斬りかかった。

しかし、いかに不意を突かれようとも男は将軍の名を冠する最凶の一角。子どもの剣を(みやび)な扇子で払い、反撃することなど造作もない。

「短気は損気というらしいぞ?少しは落ち着いたらどうだ、勇者殿。これでキサマらとの小賢しい遣り取りも終わるのだ。最後くらいは膝を突き合せて談笑にでも興じようじゃないか」

「お前と話すことなんてない!お前に許された言葉はお前らに苦しめられた者たちへの懺悔だけだ!」

棺の隙間から黒い霧が漏れ出る。男はそれを葉巻を味わうかのように吸い、ゆっくりと吐き出す。途端、アークは数歩後退り、片膝をつく。

「つまらぬことを言ってくれるな。終わったことを問い詰められてはこちらも興が冷める。今を…いや、未来を語ってくれ。私はキサマに『勇者』を感じたいのだよ」

男は用済みとなった生腕を放り捨てる。床に落ちた生腕はたちまち腐り、嘆息と安堵と共に朽ちて消えた。

「お前に未来なんかない。今すぐ、俺たちの手で終わらせてやる」

「ハッハッハッハッ!!様になっていないぞ、勇者殿!せめて私の喉元にそれを突きつけてくれ。そのように(かしず)かれてはどちらがどちらのトドメを刺そうとしているのかわからなくなるではないか」

怨敵、アンデル・ヴィト・スキアは強がる子どもを笑い飛ばし、黒霧を滝のように吐き出した。放たれた黒霧は静かな広間にゆっくりと、のっぺりと広がっていく。

「だがいいだろう。勇者殿がそこまで自らの物語を紡ぎたいと言うのなら紡いでみろ。この聖柩の前で、今一度な」

言うや否や棺から大量の黒霧が溢れ出る。霧は男に乗り移る悪霊のごとく口から押し入り、白い肌を侵した。やせ細った体はブクブクと膨張して高貴な装束を引き裂いていく。

人の皮は剥がれ落ち、毒々しい茄子色の肌が露わになる。頭髪を失くした額に卑しい動脈が浮き立ち、バラバラになった高官の衣を縫い合わせた道化師の衣が高圧的で笑うに笑えない不穏な空気を漂わせる。

「見ろ。聖柩はかくも王の復活を望んでいる。勇者のための寝物語などではなくな」

声色までもが黒く沈み、胸に響く。一言一言が肺を太鼓のように殴りつけ、咳き込ませる。

 男は真実を語っていた。男が(すす)った黒霧は棺から()()()()()()。「聖柩」と称される黒曜の棺の中はもはや欠片の光も差し込む余地のない闇で満たされているのだ。

「王」を喝采する闇で。

 

 そもそも聖柩は「王」の封印を維持するための安全弁のために造られた。それが人の闇を吸う浄化装置だと気づいた「王」は怪物たちに人間の闇を煽るように指示した。浄化作用を上回り、棺を飽和させれば安全弁も機能しなくなるだろう。それが本来の意図だった。

しかし、頭のいい怪物がそこから怪物を生み出せないかと申し出た。それがキメラ研究所を下地にした殉教者計画のもう一つの意図。

人間を滅ぼさない限り無限に湧き出る怪物たち。それは3000年前の雪辱を果たすという「王」にとってこの上ない戯れだった。

「ガルアーノ、キサマにアンデルに並ぶ特権を与える。それを成せ」

頭のいい怪物にとってそれは難しい注文ではない。なぜなら、そもそも怪物自身が人間の闇の結晶のような存在だったからだ。設計図は自分自身。あとはより完璧な肖像画を描く技術を身に着けるだけ。

 

 そしてそれは完成した。アンデルは面倒な機器の助けもなく、綿毛を飛ばすように怪物の素を地に撒く。氷床は黒霧をコーヒーフィルターに注ぐお湯のように呑み込んだかと思えば3Ⅾプリンターのように一匹の獣を吐き出した。

「言わずもがな、この霧はキサマら人間の憎悪、悲愴でできている。今や億を超えるキサマら人間の分身だ。存分に堪能してくれ、勇者殿」

氷ででできたカメは小ぶりな戦車ほどもある。それが戦隊を築くようにゾロリゾロリと列を成して氷床から生成されるとなると、どこからともなくキャタピラが地面を抉る騒音までもが聞こえてくる。侵略と蹂躙の臭い漂わせる「戦争」の光景が広がる。

「踊れ、王復活の前座だ」

男の号令で氷上の戦車たちは自らを砲弾と化して人類の希望へと突進する。高速で回転して突っ込んでくるカメはまさに戦車のように堅く、斬撃も、魔法も、涼しくはねのけてしまう。

氷の戦場を縦横無尽に飛び回る砲弾に勇者たちはたまらず魔法で中空に逃げた。すると砲弾は炸裂弾になり、次から次へと氷の礫を空に撒き散らした。しかし、自爆してなお戦車の数が減ることはない。

今もなお、貪欲な人間が、愛のない人間が、人の希望を打ち砕こうと悪魔に弾を捧げ続けるがために。

「もっと、もっとだ。地に足をつけ、不様に踊れ!」

道化師は笑わない。しかし今、男は赤く染まっていく主人公たちを見て心から笑っている。今は亡き悪友に感謝を述べずにはいられない。

これこそが遊興。これこそが本当の「生」なのだと。

 

 このままじゃ勝てない。いや、全員殺される。そう思わされた時点で勝敗は決していた。

青年はチラリとみやる男の目に挑発の色を見てしまう。無力への嘲笑を。

全身に力が(みなぎ)る。否定される屈辱への怒り(ちから)が。

「援護を頼む!俺はアンデルを討つ!」

氷を強く踏みしめ、勇者は大きく飛んだ。それは誰の目にも明らかな暴走。しかし仲間は彼を信じた。

これまで彼の勇敢さが実を結んだ瞬間を想い。彼の盾となり、数十数百の凶弾を彼から遠ざけた。

彼にあらゆる奇跡が宿る。

地と風が羽を授け、水と火が血をたぎらせる。そして、勇者の剣は光に満ちた。

信じればこそ、彼らはあらゆる悪を打ちのめしてきた。彼らは知っている。彼こそが魔王を討つ主人公なのだと。

 

しかし人はいつだって最期には「物語」から目を覚ます。

 

それは「八百長」という糸に操られた無謀な跳躍。勇者とは人。人は皆、等しく道化師の人形(パペット)だと。しまわれて初めて、それを思い出す。

 

 

―――(にんぎょう)(はこ)へ―――

 

 

死神は胸の前で静かに十字を切った。




※氷のカメ→原作のジャイアントリザードのことです。(なんかこの注釈久しぶりな気が)

※まったくの余談ですが……
アークⅠで聖柩が安置されていたサルバシオの滝。スペイン語で「サルバシオン」は「救い、救済」などの意味があるそうです。
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