聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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死神の渇望 その四

 戦いになればいつだってあの頃のボクを思い出す。

鈍臭くて要領が悪くて自信もない。その上、歯向かうことを知らなくていつも誰かに殴られてた。

それでも家の言いつけで軍隊に入るよう言いつけられた時、ボクはついに音楽家になる夢も諦めた。

人生に希望や努力なんて必要ない。言われた通りに生きてれば怒られる心配なんてしなくてすむんだから。そう自分に言い聞かせた。

それなのにある日突然、その人はボクの前に現れたんだ。

「闘え!」

ボクは上官に言われた通りに出撃して、仲間を音楽で鼓舞した。それなのに、彼はボクに剣を投げつけて叱ったんだ。

「……ボク、武器なんて扱えないよぉ」

「だったら楽器で戦え!」

「そんな無茶なぁ……」

バカなことを言ってるはずなのに。彼の言葉を聞くとチラリと希望が見えた気がした。「ボクにはできない」そんな思い込みが晴れていく気がした!

「やればできるじゃないか」

「そそそ、そうだね……」

初めはそんなことができてしまう自分が恐ろしかった。ボクの中に怪物が生まれたんじゃないかって。

でもそれはだんだんと驚きに変わって、疑問になって、小さな勇気にまで大きくなった。こんなボクでも闘うことができるんだ!それが喜びだと気づいたのはアンデルに聖柩を取られてボクたちが犯罪者だと報道された後のこと。

ボクたちは闘った!結果がどんなに惨めでもボクたちは悪い人を何人も倒して、ボクみたいに弱い人をたくさん助けた。そして、ボクたちはまだ闘える。今度こそ、失くした夢を取り戻すんだ!

 仕事の合間に物陰でこっそり吹くのが唯一の楽しみだったボクが、太陽の下で演奏する意味を知った。誰かと肩を並べる幸せに、初めて出会ったんだ!

君は強くて、綺麗で、温かい。

ボクは光を見失わないように必死で追いかけた。泣き言を言う癖はなかなか治らないけど、それでも君と一緒に闘う自分に誇りを感じていたんだ。こんなの、初めてなんだよ。自分を「強い」と思えるなんて。

今度はボクが君に恩返しをする番だと思ってる。

だから、もっと強くなるんだ。君が自慢できるくらい。泣き言だって言わないように頑張るよ。

 

だから、だから……行かないでよ……

 

 

 

 

 死の瞬間を認識できる人間はそう多くない。多くはそれを恐怖で満ちた世界だと思い込んでいる。だから本物に触れた時、夢のように都合のいい何かと勘違いする。無理もない。この世に「自分の終わり」を知っている人間なんて誰一人としていないのだから。

彼もその例に漏れなかった。直前の戦いまでも夢だと思い込んでしまった。

 

――――ここはどこだ?

 

奴の指先が十字を切った途端、地面がぐらりと抜け落ちた。

ここに敵はいないがアイツらの姿もない。それどころか、光の一雫だって見つからない。何も見えないし、触れられない。五感で感じ取れるものは一つとしてないんだ。

それなのに「落ちている」という感覚だけはある。

こんな状況なのに俺はまったく怯えちゃいない。驚きもない。唯一感じられるものがあるとすればそれは解放感だろう。今まで感じてきた、たくさんの恐怖。それにいちいちザワついてしまうもう一人の俺。もろもろから解放された、すっきりした感じだ。

これが本来の「俺の世界」だったんだ。

何もなく、静かで穏やかな空間。そこに身を委ねるのは……うん、悪くない。

ここなら、ゆっくり眠れる。

……奴って誰だ?

 

 

 

――――愚か者が夢の跡

 

 こんなものが物語の主役?なんとも期待外れだ。そもそも私がガルアーノほど「遊び」に通じていないせいもあるのだろう。慰めのオモチャひとつ満足に育てられないどころか、己が何を欲しているのかすら曖昧なのだから。

とはいえ、もう少し私の「言葉」に抗えなかったのか?ガルアーノが愛した金髪の人形のように。

どうやら私は「勇者」というだけで過剰な可能性を見ていたらしい。なんとも幼稚じゃないか。

 小太りの楽士が駆け寄り、みっともなく喚いているがなんの感慨も湧かない。やはり私はあの男にこそ「可能性」を配役したかったのだ。ガルアーノにとっての「炎」のように。

だからこそ、何かが私の「言葉」を一言二言遮った時は思わず胸が鳴った。そこに私の欲求があったのかもしれない。だがもはやそれもどうでも良い。

私は“死を送るもの”。しょせん、そういうものなのだ。

 

 

 

ドスッ

 

 

 

不意に、何かが私の胸にぶつかった。

「……これは、なんだ?」

促されるままに見下ろすとそこにみっともない姿の小人がぶら下がっていた。

「……せ……」

震える声が訴える。私に唐突な真実を突きつけてくる。

……こんな奴が?

「…アークを……」

私はソレの迫ってくる瞬間を見ていた。いいや、()()()()()。時が止まり、なによりも鮮明に感じていた。だのに次の瞬間にはソレが叫んでいたのだ。

白銀に輝く刃が。私の胸に。深々と。

私は微塵も動くことができなかった。鏡の中の人のように。

 

 勝利を確信した。(かなめ)が崩れ、唯一気掛かりだった「大魔法使い」も私が撒いた聖柩の霧を吸えばその度に胸を押さえ、髭を噛み千切らんばかりに食い縛っていた。

まもなく戦争は終結する。人間の敗北という形で。……そう確信していた。

 突然、静けさが私を包み込んだのだ。

音が、真の強者にかしずいた。繰り広げられるカメと勇者たちの死闘を目にしていながら、何一つ聞こえてこない。だのに、

 

ドンッ!ドンッ!

 

どこからともなく謎の大太鼓の鳴る音が聞こえてくる。

一歩、また一歩……

それは獅子王のごとく重々しく力強い。震動が足下から臓へと駆け上がり、私を縛り上げる。肉迫する。

無意識に、この傍若無人な肉食の歩みに恐れおののいたのだ。

 ソレが私を貫いた時、音の正体が自分の鼓動だと気づき、唖然とした。それは、これまでに私が幾千万とこの世に撒き散らしてきたものだったのだ。

 

……これは、これが、私の、真名なのか……?

 

 

 

ドスッ

 

 

 

初めは鈍器で殴られたかのような鈍い感覚だった。だが――――

「……これは、なんだ?」

それが私を死へ送るモノだとわかるや否や、形容しがたい痛みが全身に広がっていく。それでも体は言うことを利かない。私はただただそれを見下ろしている。

「……せ……」

ソイツの面構えは勇者のそれでもなければ、(わずら)わしい精霊どものものでもない。ただの小人。非力な人の子。

「…アークを……せ……」

ならばなぜ私に死をもたらすことができるのだ?

「アークを―――」

人の子はグズグズと剣を引き抜いた。その目尻には大粒の涙が溜まっている。しかし、それは決して零れ落ちない。そこに留まり、行き場のない怒りを叫んでいる。

獅子が大口を開くがごとく剣を高々と掲げてはその輝きを私に見せつける。そして――――

「返せッ!!」

非力で泣き虫だった小僧が、私の最後の光を斬り落とした

 

「まさか……」

その光景を見ていた誰もが目を疑った。彼らの目に映るのはその場にへたり込む小太りの少年と、アークでさえ手も足も出なかった宿敵の遺体。誰も、どのようにしてそれを成し遂げたのか理解が追いついていない。

宿主を失い、彼らを侵していた黒霧が(しお)のように棺へと引いていく。

その霧の中心で、少年は泣いていた。

「アーク、ボク、最後まで頑張るよ……」

道化師の頭に振り下ろした剣を引き抜き、ポタリポタリと刀身を濡らす。

 死神は息絶え、カメも霧が完全に引けばやがて乾いてもとの氷に戻るだろう。戦いに余裕が生まれ、かけがえのない仲間の死を悼むことができた。

そんな彼らを死神は死してなお弄び、嘲るのだった。

「い、いかん!」

老魔導士はその一瞬の気の緩みを憎んだ。

死神の遺体はカメと同様、黒霧となって棺に向かっていた。ところが死神のそれがそれらに触れると砂鉄が磁石に吸いつくように毛羽立ち、導火線のように棺を襲った!次の瞬間、聖柩は内側から()ぜ、粉々に吹き飛んでしまった!

「やられた……」

老魔導士以外、何が起きたのかも理解できていない彼らは黙祷の延長線のように口を噤んでそれを見つめることしかできない。

今、確実に理解できることは勇気を()せた仲間の死が無駄になってしまったこと。そして人類が一歩、滅亡へと歩みを進めたことくらいだろう。

 

 世界の両端で繰り広げられた戦争は、誰の予想もしない形で幕を引いた。特に、北を攻めた彼らの痛手は想定よりもひどい。

トッシュは頭部に重傷を負い、利き手の痙攣が止まらない。イーガは肺が潰れ、足も折れてしまっている。これまで負傷という負傷のなかったゴーゲンでさえ胸を押さえ、ぜいぜいと咳き込むたびに自慢の白ひげを赤く染めている。

だが、彼らは宿敵を打ち倒した。彼らにとって、もっとも避けるべき犠牲を払って。

「……この野郎……」

傷口から流れる赤い涙は彼らを容赦なく冷やし、やがて現実感を喪失させる眩暈へと変わっていく。

「アークはやるべきことをやった。もしも誤りがあるとすればそれは彼を止められなかった我らの軽率さだ」

「んなことはわかってんだよ!」

「……」

この戦争に勝つ自信があった。多少の油断はあっても負ける可能性なんて微塵もないと。けれどもそれは彼と戦っている内に信じられないほどに強くなっていく自分への自惚れだと彼は初めて気がついた。

横たわる青年の目は見開き、だらしなく口を開けたまま呆然と空を見上げている。傍らですすり泣くポコを叱ることもなく。

その光景が彼の胸を深く突き刺した。

唇を噛み、目尻から流れ出るものを抑えられない。義理の父や兄弟以外でここまで人を慕うなんて、思いもしなかったことだ。

 一行はそれぞれに強い後悔の念を抱いた。まるで、この戦争の勝敗が決まったかのように。

そこへ、ゴーゲンは木枯(こが)らしに吹かれる枯れ木のようにヨタヨタと頼りない足取りで青年に歩み寄る。枯れ枝を伸ばし、首筋にソッと触れるとにやりと笑った。

「お前さんら、残念じゃったな。その珍妙な顔、今後死ぬまでわしとチョンガラの笑いのネタにさせてもらうことになるぞい」

始めこそ怪訝な顔で睨みつけていた彼らだが、ふと気づいたイーガがうわ言のように呟いた。

「……まさか……」

ジジイはすべてを聞かず、わずかに間を置いてハッキリと頷いた。

「おそらくはあの呪い屋の小娘の仕業じゃろうな。危うい所で一命を取り留めておるわい」

なにがどうしてなのか詳しい話はどうでもいい。そんなことよりも、

 

アークが生きている!

 

トッシュは彼に覆いかぶさり、勢い余って唇が当たるくらい耳を寄せて息を確かめた。結果、また一つチョンガラへの土産話を増やすことになった。

「マジかよコイツ……」

ピクリとも動かないし、瞳孔も開いたままだ。だけど、まさに虫の息というような微かな空気の流れがトッシュの耳をくすぐった。

青年の体を乱暴に揺すりたい衝動を必死に抑え、そのもどかしさを少年のような笑みに変えてポコを見た。当のポコはまだそれがどういう意味なのかすらわかっていない様子だった。

「どれくらいで目を覚ます?」

「さあのう。生きておるとはいえ、アンデルの呪いもまだそこにおる。帰り道は用意したが、こればかりは本人の気力に頼るほかない。まあ、少なくとも向こう一年は寝たきりじゃろうな。仮に目を覚ましたとしても永い眠りは心も体も壊す。以前と同じように接すればどこか違和感を覚えるほどにな」

「それでも、生きてるだけまだマシだ」

「……ほんにな」

死んでしまった人間とそうでない人間には大きな差がある。それを、トッシュは痛いほど知っている。永い眠りが彼の性格を歪めたとしても、アークはアークだ。

たとえ狂ってしまったとしても、彼は絶対に自分たちに剣を向けるようなことはしない。必ず、以前のような関係を取り戻すことができる。

その確信が持てるほどに、彼らの絆は深かった。

 

 ポコ、トッシュ、ゴーゲン、イーガ、彼らは心許した戦友の寝顔を前にその場に座り込み、なかなか次の行動へ移そうとしなかった。無理もない。彼らは一年以上、世界規模の力を持つ敵にたかだか十数人で互角以上に渡り合ってきたのだ。

そして今、彼らを鼓舞し続けてきたリーダーが倒れてしまった。何かがポキリと折れてもおかしくない。

「これからどうする」

けれども――たとえ常人なら数年寝たきりの重傷を負った戦闘の直後でさえ――、彼らの目は決して死なない。

「聖柩はなくなってしもうた。封印するにも討ち取るにもこのまま敵陣へ向かうのは到底、得策とは言えんな」

「精霊に新しい聖柩を造らせることはできねえのかよ?」

「バカたれ。そんな一朝一夕でできるような代物ならこの戦争はとうの昔に決着がついとるわい」

なぜなら彼らの灯台はまだ折れていないからだ。どんな苦境に立たされようとも、そこに明かりが灯っている限り、彼らは剣を掲げる。

たなびく赤いハチマキは軍旗のようにひらめき、先を見据える眼差(まなざ)しは聖人のように濁りのない、(よわい)16歳の勇者の横顔を胸に抱いて。

「行こうよ、ロマリアに。精霊たちも、ボクたちに残された時間は少ないって言ってたじゃない」

「ポコ、お主……いや、しかし……」

「大丈夫、ボクたちならできるよ。強くなって、ここまで頑張って来たんじゃない」

腫れた目を擦りながら、彼はノロノロと立ち上がった。その穏やかな顔に、三人は既視感を覚えた。

「テメエ……本当にポコか?」

「怖いこと言わないでよ。ボクはボクでしょ」

「いや、そうなんだけどよ……いいや、なんでもねえ」

不思議と、疲労で根を生やした腰が軽くなった気がした。三人は彼に釣られるようにノロノロと立ち上がった。

「異論はない。じゃが、さすがに傷を癒さんことには戦力にはならんぞい」

「同感だな。万全を期すのは兵法において最低限の心得だ」

すると、彼らの足を急かすように塔が揺れ始めた。

「なんにしてもまずはここを出よう」

塔はアンデルと聖柩という柱を失い、崩壊を始めた。もしも南極の塔もそれらが支えているというのなら、エルクたちもアンデルの討伐を察しただろう。そして、彼らは真っ直ぐにロマリアを目指すだろう。アークとの合流を信じて。

ヂークベックであればシルバーノアを通じて連絡を取ることもできるかもしれない。しかし敵は世界最高峰の科学力を持つロマリア。傍受され、弱点を曝すような真似はできない。シュウの提示した期限にも到底間に合わないだろう。それでも、ポコたちは足並みを乱す選択をした。

すべては友のために。傷つき、支え合った大切な思い出のために。

 

「全部終わったらよ、花畑にコイツを寝かせようぜ。目が覚めた時、勘違いするくらい綺麗な花畑によ」

「なんと悪趣味な」

「いやいや、猿にしてはなかなか面白いアイデアじゃないか。今から何の花を植えるか、一つ楽しみができたわ」

「ククルにバレたらその倍は後悔することになると思うけどな」

「何を言うとる。そこがイタズラの醍醐味じゃろうが」

「仕入れはワシに任せろ。目の飛び出るような一級品を用意してやるぞい!」

「……お願いだからボクは巻き込まないでよね」

 

彼らは信じた。戦争の後もこうして輪をつくってバカ笑いができるのだと。

 

彼らは知らない。その船にアークの運命を決定づけるモノが潜り込んでいることを。それを、仲間が隠していることを。




※ドンッ!ドンッ! どこからともなく謎の大太鼓の鳴る音が聞こえてくる。
ポコの特殊能力「荒獅子太鼓」をイメージしたものです。
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