聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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人の選択 序章

 崩壊する南極の氷塔を後にし、ヒエンで一路ロマリアを目指す船内で、サニアは手の中の腐敗した藁人形に視線を落としていた。

「本当にそんなオモチャでアークが助かったのかよ」

「何度も言わせないで。呪いに100%なんてないわ。どんなに優れた術者だって条件が悪ければ不発に終わることだってあるの」

ただし、術自体は確実に発動した。世界最高峰の呪術を操るサニアの人形が、たった一度の効果を発揮しただけでボロボロと崩れ落ちるほどに強力な何かが「彼」を襲ったのだ。すでに『繋がり』は切れているけれど、もしも腐っていることに気づかず懐に入れたままにしていたなら彼女自身も人形と同じ末路を辿っていたかもしれない。

それほどに彼に憑いた死相は強かった。

その人形で何人もの雇い主を護ってきたが、今回ばかりはどれだけ効果があったか彼女にもわからない。できることはした。あとは「彼」の気力次第なのだ。

「最悪、相討ちって可能性もある訳だ」

南極の塔は何らかの理由で突如崩壊した。ターゲットの死亡はかたい。だが何と言っても相手は四将軍の一人。その中でも世界を混沌に落とした計画の首謀者。そんなやり手を相手に無傷で勝利する方がそもそも虫の良すぎたのだ。

戦争というもっとも身近な悪魔と親しいグルガは誰よりも早く最悪な状況を受け入れていた。

「どうする。約束の時になっても彼らと合流できなかった場合、俺たちだけで城に攻め入るのか?」

「正気かい?勇者様抜きで魔王を討伐しろってのかい?無謀を通り越してバカげてるだろ。……まぁ、今さら尻尾を巻いて逃げたってアイツらは逃がしてくれないだろうけどね」

「大丈夫なの。ちょこがお空から甘いあま~いお砂糖を注いであげるの。そしたらみ〜んな綿あめになっちゃうんだから♪」

シャンテの言葉に促され、エルクは仲間の顔を見渡した。

彼らにもそれなりの理由があって一味に加担してきた。けれどそれはあくまで「主犯」に共感したからこその「手助け」であって、彼ら自身の意志じゃない。彼らの絆も一味の初期メンバーほど強くはない。

言葉にしなくともその顔から「私たち、しょせん他人でしょ?」という声が聞こえてくる。

「ごもっともだな。俺たちの目的はあくまで復讐で、勇者になることじゃない。まだ殺り足りねえなら代わりに『アーク』を名乗ればいいし、気が済んだなら物陰で静かに指をくわえてりゃいい」

言いながら、エルクの脳裏にはアークの横顔がよぎった。自分と一つしか違わない彼が、勇者なんて損な仕事に真剣に向き合っているクソ真面目な顔が。

俺は、あの眼差しに惹かれた。力強い声に夢を見た。

 世界中の人間が狂ってても、あの人だけは見捨てない。あの人だけは泣いてるガキを目ざとく見つけて、頼んでもないのに助けちまう。こんな所でくたばるような人じゃないんだ。

ここにはそんな慈善活動みたいなやり方に不満を持つ奴もいる。

「アンタに言われなくたってそうするさ」

だけど結局ここにいる奴らはみんな、アークの見つめるものが気になって仕方がないんだ。本命への復讐も終えて、今じゃちょこのお守りでしかないシャンテでさえ期待しちまうくらい。

シャンテが頷くと連れの英雄も、生意気な家庭用ストーブもそれに(なら)った。

「俺にも未来を見せたい子がいる」

「ワシは最強ダからな。オ前がドウシてモと言うナら付き合っテヤらンコトもない」

愛国心に溢れた呪術士はボロボロになった藁人形を見つめ、握りしめてこう言った。

「世界がなくなっちゃったらミルマーナだって残らないじゃない」

どいつもこいつも……。素直になりゃあいいのに。

「みんなエルクに似てるのよ」

リーザが顔を覗き込んできた。

「なんだそりゃ」

太陽の匂いがした。気流にぶつかって船が揺れ、金髪が鼻にかかった。

「違うの?」

「……さあな」

問答無用で人の声を聞いちまう彼女が何を考えてるのかわかりゃあしない。だけど、なんだか……

「なんだか?」

「……」

なんだか、悪くない気分だ。操縦桿(そうじゅうかん)を強く握るほどそれをより強く感じた。これが、希望ってやつを掴む感覚なのかもしれない。そう思った。

 

 

 

 

 ベッドに寝かされた友人。最近調子が悪いとチョンガラがぼやくほどエンジン音響く船内でも、彼は眉一つ動かさずに眠っている。

「……本当に、寝てるだけなんだよね?」

口元に手をかざしてもほとんど何にも感じないし、瞼を持ち上げてみても瞳はまるでそういう趣味の悪いゴムボールみたいで、天井のシミを数える兵士よりも生気が感じられない。

トッシュが何度か乱暴に頬を叩いたけれど、やっぱりよくできたゴム人形みたく無反応だった。

それでもゴーゲンは「生きてる」って言うんだ。ボクたちがそれを信じない訳にはいかないじゃない?

「お前さんら、コヤツに不満があるなら今しかチャンスはないぞ?」

トッシュに対抗してか。場を和まそうとして滑るゴーゲンはとても珍しかった。

 

「ごちゃごちゃ言う前に一度でも戦ったことがあるのかよ?!」

 

どうやらチョンガラが言うよりもボクたちはこの船に無茶をさせ過ぎたのかもしれない。ふと、エンジンが喋ったような気がした。

なにもすることがないから。ボクはそれに返事した。

「……ちゃんと闘ったよ。カッコ悪かったけど、ボクにしては頑張った方なんじゃないかなって思うんだ。……君はどう思う?」

皆、顔には出さないけど責任を感じてる。怒ってるし、悲しんでる。自分のせいだって。でも、違うよね?ボクたち、頑張ったよね?

 

「戦え!!」

 

そうだよね。ボクたちは闘わなきゃいけない。「勇者」なんだもん。

……でも、でもね……

ずっと叱られてきたから。弱音がどうしても喉でつっかえちゃう。今、どうしても君に伝えたい気持ちなのに。

代わりに出てきたのは初めて君と出会った荒原での記憶。

 草も木も枯れるとても痩せた土地で、ボクは強烈なアンモニア臭から逃げ回ってた。恐かった。あまりにもしつこいからポケットに同僚の内臓でも入ってるんじゃないかって疑った。チラリと視界に映るゾンビ―が皆、ボクが置いて逃げた同僚に見えたんだ。

ボクは誰も殺してないのに。武器すら持ってないのに。どうして皆はボクのせいにするの?

あの時のボクには友だちなんていなかったし、臆病だったからそう思うしかなかったんだよ。

ついにゾンビ―の吐息が目の前にやって来た時、ボクもボク自身を呪った。

「弱いくせに、幸せになろうなんて贅沢だ」

皆がボクに言ってた言葉を知らず知らず自分に向かって言ってたんだよ。

 でもね、ボクわかったんだ。突然君が現れて、君がボクに武器を持たせた時。怒鳴られて抜いた刃先に映る人の顔を見た時、ボクはようやくわかったんだよ。

ボクが贅沢を言ってるんじゃない。戦争が皆をオカシクしてるんだって。だって、人を殺す道具を手にしながら口にする「幸せ」とボクが願う幸せが同じはずないもの。

だから最初、ボクに剣を投げつけた君もゾンビ―の仲間みたいで恐かった。

でも、違った。

剣を構えて立ち向かう君の横顔はなぜだかカッコ良かった。駆けっこすら嫌いなボクが、ボクも闘うべきだって思えた。

そしていつの間にか、野良犬にも怯えてたボクがあのアンデルを倒したんだよ?これってスゴイことじゃない?

勝手なことを言うようだけど、全部君のお陰なんだ。皆もそう思ってる。

だから……だからさ……

「早く、帰ってきてよ……」

 

 

 

 それは北極の塔を攻略する少し前のこと。塔から少し離れた場所に停泊するシルバーノア。王族専用船の煌びやかな通路を、艦長チョンガラは決して穏やかでない足取りで歩いていた。

「……」

何者かに操られている自覚はあった。それに抵抗することもできたが、その力には――ケラックたちを介してだが――覚えがあった。慈愛に満ちた笑みに見つめられながらベルトコンベアに乗せられる不気味な感覚。

もともと壺の中に棲みついていたアイツらは慣れているようだが、ワシは自分が仕分けされる何かに変えられたようで思わず身震いしてしまったのを覚えている。

だが今のあの子はその「不気味」な部分をいくらかコントロールできる。それを向けるのは敵だけのはずなのだ。それに「今」ここにいるはずがない。なにか、不測の事態が起きていない限りは。

 それらすべてを確かめるために彼は急ぎハッチへと向かっていた。窓の外を吹雪く白い悪魔たちがコソコソと笑う姿を横目に、そこには確かに自分の意思があるのだと彼は強く自分に言い聞かせていた。

ハッチの前に立った瞬間、躊躇が自分の手に重くのしかかった。自分は戦闘向きじゃないし、なによりシルバーノアに何かあればたとえアンデルを倒してもアークたちは北極に閉じ込められることになる。そういう悪魔たちの作戦でないと言い切れない。

「……何者(なにもん)じゃい、お前さんらは」

それでも扉を開ける手を止められなかったのだ。

「ごきげんよう、勇者チョンガラ」

だだっ広い雪原の中、ポツンと老婆が立っていた。

「誰じゃと聞いとるんじゃが?」

「そう警戒なさらないでください。(わたくし)どもはそちらの魔導士様の知人、のようなものでございます」

北欧の田舎に隠遁(いんとん)する、適度に身形(みなり)の整ったその女は思い描いた通りの笑顔をこちらに向けながら、できることなら穏便に、というような声色でのらりくらりと問いを躱した。

「回りくどいのう。名を名乗らんかい」

いつまでも朽ちずにしぶとく立つ枯れ木のような姿は確かにあのジイさんによく似ている。だからこそ余計に警戒すべきだ。そう思ったからなのだと思う。気が付けばワシは銃口をバアさんに向けていた。もしくはそう()()()()()()ワシを安心させているのかもしれない。

それに気づいたワシの目尻はいつになく細く絞り、枯れ木の企みを見極めようとしていた。

「――――」

枯れ木の唇は確かに自分の名前を口にした。耳はそれを聞き取ったし、脳もそれを理解した。だのに次の瞬間、それは夜に溶ける影のようにごくごく自然に記憶から消えた。

ワシも若くない。ボケなのかとも思った。だがそこでもう一度聞き返そうものなら、この遣り取りは永遠に終わらない。その問いの中身を背後の男にすり替えたところでそれは変わらないだろう。

 

 老婆の背後に無言で佇む不潔な男。怨霊のようにも見えるソイツは老婆とは違い、東方の貧しい鍛冶職人という風な出で立ちをしている。ソイツはまったく口を開かず鬱々とした目で虚空を見つめ、ただただ立ち尽くしている。

 伸ばすに任せたざんばらな黒髪。服のあちこちに焼け焦げた穴があり、水ぶくれや化膿した火傷が覗く。それらは人としての尊厳を奪う毒虫のように男の体を這いずっている。

それら毒虫を産み出したであろう腰の刀と金槌は、この雪原のただ中で陽炎を漂わせている。

耳を澄ませば鼓動が聞こえてくるかもしれない。それらが男の本体なのかもしれない。そう思えるほどに異様な威圧感を放っていた。

「それで、何の用じゃ」

チョンガラが刺々しく尋ねると男はただ一度だけ視線を寄越し、また虚空へと帰っていった。その様子がなんとも妖しく、チョンガラの警戒心はますます深まっていく。

とはいえ、彼もかつては豪商を(うた)うほどの事情通。自分をここまで『呼び寄せた』力もあり、老婆の方の正体には見当がついていた。その足下で行儀良く座るサバトラの子猫が、どこぞの金髪娘の狼とダブって見えるくらいには。

 おそらく自分たちの助けになろうとわざわざやって来たこともなんとなくわかる。それでも『言葉』に抗うのはただ一つ、彼女がかの将軍を産み出した張本人だという知識があったからだ。

そんな巨悪の根源とも呼べる女が頭を下げ、願い出た。

不躾(ぶしつけ)なことを言うようですが、どうか私たちを船に乗せていただけませんか?」

「……アンタもわかっとるだろうが、この船は客船じゃない。なおかつ今まさにワシらは最終決戦に向かうところじゃ。それでも快適な空の旅をご所望とあらば好きにすればいいさ。どのみち、ワシにアンタらを止める力なんぞありはせんからな」

「感謝します」

遠回しな皮肉には触れず、足腰の弱い老婆は(うやうや)しく頭を下げ、杖を持つ()びたオートマタのようにぎこちない足取りでタラップをのぼる。彼は船の責任を負う艦長として、その姿を黙って見届けるつもりだった。けれども照り返しの強い氷床の中、背の高い婦人帽(モブキャップ)がぼんやりと光っていることに気づくと、知らず知らず口を開いていた。

「一つ、聞いてもいいかのう?」

「はい、どうぞ」

「どうして今さら顔を出した?この戦争が始まったのは一年やそこらのことじゃないじゃろう。それともアンタこそがこの戦争を長引かせてきた黒幕だとでも?」

好奇心は猫をも殺すが、それは魔王やドラゴンに挑む勇者も例外じゃない。あろうことか、チョンガラは一国を滅ぼしかけた魔女の「化けの皮」の下を覗き込むような問いを投げかけた。

けれども幸運なことに、そこには赤ずきんを喰らう獰猛な牙もなければ、客に塩をもみ込ませる狡猾な瞳もなかった。彼が見たのはマッチの明かりを頼りに生き延びてきた少女の、シワだらけの微笑みだった。

「私は、恥にまみれた臆病者だったのです」

洞窟に(こも)り、明かりに誘われてやって来る子どもたちと家族ゴッコをすることで現実から目を背けていた。

「ですが、いざあの子の魂が燃え尽きたのだと感じた時、後悔だけが残りました。ですから、すべてが終わる前に何か行動を起こさなければ。それが私にできるあの子へのせめてもの謝罪なのです」

その顔にウソはない。その「行動」が何を指すのか。彼女の正体と背後の鍛冶師、そして今まで読み聞きしてきた物語の筋書きからだいたいの想像はできる。ならばワシはそれを止めるべきではないのか?

アヤツの友人として。ここにいない仲間の代表として。

「ちなみにうちのジイさんはこのことを知っておるんか?」

「いいえ、私はあの人の誘いを断りましたから」

「そうかい……」

ごめんなさい、と改めて頭を下げる老婆を見送り、男がユラユラとそれに続く。そして最後に子猫が……こちらをチラリと見やり、目を細めて威嚇した。

「……」

辺りを見渡し「荷物」の積み忘れを確認してハッチを閉める。すぐにチョピンに船を離陸させた。

それはこれまでと何も変わらない作業のはずだった。けれども心なしか、船がいつもより重い気がする。

……ちなみにワシはあまり猫が好きじゃない。

 

 

 

 

 ふん、しょせんは死神。秀でていると胸を張れるのは命の遣り取りのみで、戦争という大舞台の上ではキサマも一粒の鉛玉でしかなかったらしい。

やはり『王』だけなのだ。精霊でもない。魔王でもない。『王』のみが真の「ロマリア」に相応しい存在なのだ。

 南北の塔攻略直後、ロマリア城外縁を歩くザルバドは微妙な気温の変化から身内の消滅を感じ、主君へのより深い忠誠を胸に刻みつけていた。

 

残された最後の将軍がアンデルの死を告げると、ロマリア王ガイデルは子どものように慌てふためいた。

「バカな!アンデルまで殺られただと!?……ア、アークは?アークは仕留めたんだろうな!?」

「いいえ。奴らは依然、勢力を保ったままこちらへ向かっております」

私は報告の義務を怠った。この男が案じるお伽噺(とぎばなし)の主人公は死んでいる。だがそれをコイツに伝えたところで何の意味がある?ロマリア人の誇りすら忘れたこの男にどうして道具以上の価値を見出すことができる?

「この役立たずどもが!なにが四将軍だ!子ども一人もろくに始末できんでどうしてそんなデカい顔ができるのだ!恥を知れ!恥を知れ!……は、恥を知れ!!」

簡単なことだ。キサマの言う将軍も「ロマリア」には相応しくなかっただけ。命で(あがな)うことででしか国の肥やしになれん出来損ないよ。

「いいか、ザルバド!キサマの命に代えてもアークの首をここに持ってこい!わかったか!?」

裏返る声に虫唾が走る。気安く呼んでくれるな。この(ほま)れあるトンガスタの名は「ロマリア」のためにある。キサマのような――――。

 

 青いマントを(ひるがえ)し、将軍ザルバドは王の前を去った。彼はその傲慢な姿が気に入らない。言葉を交わさずとも、彼らが裏でなんと言っているのか聞こえてくるのだ。

 おのれ……、なぜいつも私だけが悪者なのだ!?奴らはどちらが無知なのか知りもせず、力をかざし、さも己が正しいと信じ切っている。愚かなのはキサマらの方だ!

「いったいどうなっている!?」

岩肌のように禿げあがった頭を見送り、ガイデルは怒り心頭で将軍すら入ることを禁じられた大部屋に駆け込んだ。

そこは王を立てる歪んだ家臣に囲まれるための部屋ではない。王を慰める誘惑の部屋でもない。

そこは伝統的城の概念すら覆す一つの宇宙のような空間だった。

 一切の光を舐めとる黒曜の石が継ぎ目なく空間を囲い、平衡感覚を狂わせる。闇黒に沿って薄っすらと走る赤い直線が不安と畏怖を誘う。

その中心に一枚の大鏡(モノリス)があった。

罵倒する人間の王はこの空間において「ついで」に過ぎない。

「キサマが寄越した奴らはことごとく役に立たんではないか!このままではロマリアが、私の命が危ういのだぞ!?」

部屋の隅々にまで王の悲鳴が響き渡り、見かねた鏡がキラリと(またた)いた。

『今一度、ご自分の立場を見返してはいかがか?貴方はかの帝国ロマリアの王、ガイデル・キリア・ク・ロマーリア8世。貴方が叫ぶべきは助けではなく、世界に刻む己の歴史。であるからこそ私は貴方にすべてを捧げるのです』

「だ、だが……」

鏡の声は黒曜を波立たせ、王の悲鳴も、荒ぶる鼓動さえも押し返した。すると王はさながら証言台に立つ被告人のように冤罪(えんざい)の罪悪感に襲われ委縮する。

『この力はロマリアのもの。ひいては貴方のもの。私はそれを散々説いたはず。どれだけ駒が倒れていこうと気にする必要すらない。嘲笑うことさえあれ、子どものように怯える理由が私には理解できない』

それはこの城に古くから眠る魔鏡。世界を転覆させる力こそあれど、それは「鏡」の域を越えることはできない。自らその力を行使することも、この部屋から出ることも叶わないただの兵器でしかない。

そのことに気づくや、王は眉間にしわをつくり、取り繕うように凄んだ。

「黙れ!私の道具であると言うならなぜ首を縦に振らん?キサマの前に立っている男が何者か、今一度口にしてみろ!」

『……ガイデル・キリア・ク・ロマーリア8世。我が主であり、貴方こそが現世の王です』

そうだ!私は唯一この力の行使を認められた王。ザルバドが真に忠誠を誓う先代ですら鏡のすべてを手に入れるには至らなかった!その器ではなかったのだ!

ならばどうして私が「悪」だと言える?力に認められた私こそが肯定されるべき存在であろう!

『間もなく、その時が来ましょう。その時こそ高らかに叫ぶべき時。貴方様こそが――――』

そう、私こそが――――

 

――――人間王なのだ




※客に塩をもみ込ませる狡猾な瞳
作家、宮沢賢治の「注文の多い料理店」の猫をイメージしたつもりです。
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