聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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人の選択 その六

 枯れ枝のような腕から膨張した青白い銀河。本来、それは時間に耐えかねた体を修復するための手術台だった。膨大な知識と魔力があって初めてなせる不死の技。それが持ち主の意図しない反応を示し――――、爆発(ビックバン)を起こした。

瞬きも許さない一瞬の内に、白い世界は一度消し飛び、再構築された。新たに広がった世界に枯れ枝は絶句した。

「勇者たち」だった血と肉が飛散し、トリックアートのように地面に完璧に転写されている。そこはもはや一種のミュージアムでしかなく、鼓動を感じさせるものは一つとしてない。

「……」

あまりにも呆気ない幕切れ。あまりにも大きすぎる力の差。展開されるはずだった彼らとの死闘の一切を「石」が強引に省いてしまった。

これこそが「王」の首を獲るためにと世界を駆けずり回り、期待した暴力。しかし、二度は使えまい。手のひらで粉々に砕けた数珠を見つめ、魔王は生唾を飲んだ。

そもそもなぜ発動した?石は兵器であって生き物ではない。ヂークベックのような作者の仕掛けさえない。しかし、あの爆発には確かに感情があった。何者かの怒りを感じた。

 新世界に、ただ一人取り残された魔王は非現実的な静寂と空虚に包まれ、立ち尽くしていた。

すると、銀河が再構築した白い世界に一匹の羽アリが紛れ込む。角と牙を生やした暗褐色の禍々しい悪魔。その体躯はクジラかドラゴンに近しい威圧感を備える巨体ではあるものの、どこまでも広がる純白の世界に比すればアリかノミでしかない。

その悪魔は雄弁だった仲間に嫌悪感でも抱いているのか。物静かに、そして淡々と言葉を並べた。

「我らは新たな魔王の誕生を祝福する。そして、セゼクと同じ過ちを犯さぬことを願おう」

「王」は玉座にて待っている。そこまで言うと悪魔は圧倒的な白に握り潰される炭クズのように、ささやかな煙を残し、世界から消えた。

 

聖柩より生まれし悪魔(アークデーモン)

 

 それはアンデルやガルアーノらとは異なる血脈の魔物。それは魔王ではなく聖柩を支配する「王」のために存在する忠実な臣下。封印に重きを置く巫女(ククル)と相反する形で生まれた、聖柩を守護するもう一つの存在。つい先ほどまでゴーゲンと相対していたものたちのように、人類の滅亡をそそのかすものであり、人を信じた勇者たちの成れの果てなのだ。

しかし、聖柩はアンデルの手によって破壊された。それでも彼らが存在しているということは……。ゴーゲンの脳裏にポツリと未知の未来が生まれた。

 

 いつの間にか、「謁見の間(しろいせかい)」から解放され、そこにポコやイーガ、リーザの姿があった。グルガは謁見の間に(とら)われたまま目を覚まさない。シャンテと義理の娘――確か、エレナだったか――は彼にしがみ付き、怒鳴り散らしている。リーザは祖父ヨーゼフの形見を握りしめて感謝の祈りを捧げ、イーガは失明し、サニアは指を幾本失っている。

そこにある怒り、悲しみ、傲り、恐怖……。彼らの顔には千差万別の「疲労」が(うかが)えた。彼らもまた謁見の間で執拗(しつよう)な詰問に迫られたのだろう。その結果、これだけの被害で済んだのだから上々……上々?上々だと?彼らの姿を見てお前の目にはまだ「戦争」しか映っていないのか!?

魔王は改めて謁見の間での遣り取りを思い起こし、怒りのままに杖を突いた。

「誰か、おじいさんを止めて!」

怒りは数珠の力も借りず、重傷の老体を引きずった。折れた右足、赤く濡れたヒゲや衣がどれだけそれを否定しても、憤怒は前を睨み続けた。リーザの『声』も耳に入らず、前を。終わることのない戦争を。たとえ聖騎士や赤毛の猿が彼の前に立ちはだかろうと。

「……どうしたジジイ、らしくねえじゃねえか」

「どけっ!こんな狂った世界、わしが手ずから滅ぼしてくれる!」

「……」

猿はほんの少し落胆した。「気に食わない仲間」の取り乱す姿がひどく落ちぶれて見えた。

「おら、そんなに死にたきゃ行けよ」

猿も腹に深い傷を負っていた。本人は羽織で隠しているつもりかもしれないが、片腕も失くしている。

 彼はそれが悪魔とわかっていた。それでも弟たちのドスを正面から受け止めることにした。育ててもらった親に片腕を返した。その上で全員を斬り捨てた。それが自分の中での一つのケジメなのだと。それに比べ、このジジイはどうだろうか。

いつだって頭一つ高い所から能書きを垂れてきたジジイが、過去を清算してくるどころか、それに囚われて仲間を危険に晒そうとしている。それが無性に腹が立ち、憐れに見えた。

 猿はジジイの杖を蹴り飛ばした。すると、根を欠く枯れ木もまた支えを失くして惨めに転がり、それでも怒りで面を上げ猿を睨みつけた。

「この、猿めがっ!」

けれどもどうしたことか。石は彼の呼びかけに応じない。それどころか途端に重石のように彼を押さえつけ、自由を封じてしまった。

猿はむしろ、それ以外の止め方がわからなかった。諭す言葉は見つからず、全身が気怠く押さえつける力も残ってない。だからこれでダメならもうどうしようもない。だが、できることなら行って欲しくない。そんな想いが、この痴呆気味なジジイに届くはずもないとわかっていながら。

 

 錯乱、重傷、昏睡。全員が「王」の謁見に憔悴(しょうすい)しきっていた。もはや「決戦」などという言葉は全員の腹の奥底に沈んでいってしまっていた。

負けるつもりはない。だが……

「ここまで来たんだぞ!?なぜ怖気づく!?わしは行くぞ!殺して、殺して、この手でアヤツの冠を握り潰してくれるっ!!」

怒れる魔導士は足を切られた奴隷のように這いつくばり、枯れた指先で床を掴み、爪が剥がれるのも構わず前へ前へと進む。伝染病に侵された獣のように。火にとり憑かれた虫のように。

 ああ、これこそ「戦争」だ。良い奴はみんな自分の墓を掘ってることにも気づきやしねえ。俺がそれを止められる訳でもねえ。本当に、クソみたいな道理がまかり通る世界だ。

……でも、お前ならそれを止められる。そうなんだろ?

「バ、バカな……」

そうだよ、キミはボクたちの「光」なんだから。

「お主、どうやって……」

狂気に取り憑かれた魔導師の顔に人影が落ちた。風もないのにふわりと舞う赤い鉢巻が顔に触れると、重石は彼を解放し、狂気は洗剤で洗い落すかのようにスルリと抜け落ちた。

「交代だ、ジイさん」

これもまた、悪魔たちによる幻覚か?そう思わせるほどに青年の顔は清々しい。薄暗く、黒い石材のみで覆われた、いかにもな魔物のセンスで吐き気を催す部屋の中で。

しかし、彼は本物だ。無数の幻覚を目の当たりにしてきた魔導士の感覚が断言していた。

 

 数か月は回復の見込みのなかった真の勇者が彼の前に跪き、手を差し伸べた。

「石を。俺はジイさんの努力を無駄にしないよ」

「…どうしてお前さんまで……」

「石のことか?はは、アンタにはまだ俺が()()()()()()に見えるのかよ」

目を細めてようやく、青年の心臓が動いていないことに気がついた。その原因が、疑わしい人物が、敵であったはずのロイヤルガードを一人連れ、勇者の背後から彼を優しく見つめていた。

「クレア、貴方まで精霊の肩を持つのか?」

マザー・クレア、またの名を「ホルンの魔女」。同じ名を冠するリーザは『声』を聞き、それに『応える』ことができる。しかし、それを極めた彼女なら、歪に膨らんだ帽子の中に隠した「光輪」を頂くまでの存在になり得るのだ。魔導士は薄々勘付いてはいたが、それがどこまでの力を秘めているのかまでは知らなかった。まさか、死神の呪いを払い、死者に一時的な命を宿すことができるなんてことは。

 彼は生き返ってなどいない。人間でなくなっただけ。それを(とが)める眼差(まなざ)しを向けても彼女が詫びることはない。それどころか青年は、使命をまっとうしようという彼の意志、一刻も早く戦場に戻らなければという彼の意地を汲み取り、精霊化を早めた彼女を(かば)った。

「俺はこの人に感謝してる。アイツらには二度と、アリバーシャの爆撃を繰り返させない。それが叶うなら命の一つや二つ進んで差し出すさ」

「バカな。死が年功序列だというのを知らんのか?このわしを差し置いて先に逝くだと?そんなこと、神が許してもわしの法が許さんよ」

青年は目を丸め、破顔した。

「それ、わざと言ってるのか?法なんか関係あるかよ。なんてったって俺たちは世界的な犯罪者だぜ?」

「……ダメだ。これはわしが解決すべき問題じゃ」

あの人の意志は私が引き継ぐ。そのためにこの体をお借りした。今さら投げ出すことなどできるはずもない。

老人は頑なだった。彼がその名を口にするまでは。

「ウルトゥス、アンタはもっと色んな世界を見るべきだ。『彼』がお前を生かしたのもそのためだろう?」

「わ、()()()は、ただ……」

精霊はすべての記憶を共有している。ゆえに青年は彼の本名さえ知っている。

老人は気づいた。ならば彼も3000年。いいや。ともすればその何倍もの喜怒哀楽を映す光景をその小さな頭に収めているのではないか?それでいてこの落ち着きよう。真摯(しんし)な眼差し。子ども扱いを受けるべきはどちらなのか。老人は気づいてしまった。

 齢3000歳を超える大魔導士ゴーゲンはその類稀な魔術を用いて世界を飛び回った。石の欠片を集め、「賢者のための兵器」を手にするために。誰よりも世界を見てきた。それを、たかが一年飛行船に揺られていただけの青年が否定した。

「アンタの足はまだ戦場しか歩いてない。この戦いが終わって、改めて世界を回ってみろよ。その時アンタは必ず俺に感謝する。そして、もっと立派な魔導士になる。俺が保証するよ」

「……生意気な」

そう言って老人の節くれだった手は幼い手の平に小ぶりな石を一つ乗せた。

 

 老人の手がそこからどくと、青年と同じくらいの年の手が逃がすまいと重なった。

「アーク、俺はまだ戦えるぜ?」

重なる少年の手と瞳は言葉を裏付ける熱でもって青年の目を釘付けにした。

少年は先の謁見で大事な人を燃やした。これで三度目?いや、四度目か?それでもその瞳は爛々と燃えている。回を増すごとに強く、眩しく。そんな少年に青年は一度だけ聞き返した。

「指輪は、まだお前に応えてくれるのか?」

少年は驚いた。誰にも指輪のことは話してない。リーザにでさえ。けれど今それは些細なことでしかない。「指輪はお前に応えるのか?」その問いに自信を持って答えるため、少年は今一度、自分の薬指を見つめた。

いまだに彫り込まれた文様の意味はわからないけれど、木製のそれは彼の視線に気づいてチリチリと火花を飛ばす。まるでウインクでもするように。

「俺は、俺たちは炎だ。数えきれねえ悪夢を燃やしてきた。どんなに離れててもこの温かさはなくならねえし、道に迷ったりもしねえ。王様だろうと神様だろうと、俺たちに悪い夢を見せるってんなら容赦はしねえよ」

「……わかった」

精霊となった青年は光であり火でもある。そんな青年でさえ燃え盛る炎は直視しがたいほどに熱く、そして眩しい。ところが、

「私は?」

「金髪の少女」は炎を正面から見つめた。

少女は目が突然爬虫類のようにギョロリと剥くことも、ワシの腕で彼の腕を傷つけることもしない。体に爆弾を仕込んで心中を強いることもない。ただの非力な村娘が、エルクをまっすぐに見つめていた。

その目は穏やかで、『声』で縛り付ける風でもない。だからこそ、エルクは魔女に心からの言葉を返した。

「プロディアスを出る時、お前に言ったろ?お前の化け物になるって」

それさえ聞ければそれで満足だった。あの時のことを憶えてくれていると知れるだけで少女は彼を信じ、待つことができた。

 

 そしてまた一人、リタイヤしていく仲間の中から青年の後に続く者が名乗り出た。

「私もご一緒させてください」

「ちょこ……」

青年が現れるまで「お父さまのハンバーグ」がどうのと飛び跳ねていた女児の姿はそこになく、利発な面差(おもざ)しの天使が羽音を立てて彼の前に舞い降りた。

腰まで伸びる、癖のある朱色の髪。白い肌と淡い桃色の毛皮。光輪の代わりに禍々(まがまが)しい螺旋(らせん)の角を生やした天使。それは、戦場に舞い降りた一羽の戦乙女(ヴァルキリー)のよう。

戦士の最期を見届けるもの。そんな彼女の姿に、彼は一瞬見惚れた。

「いや、すまない。アクラだったな」

「ふふ。どうか今まで通り気を遣わないでください。ちょこもアクラも私です。そして今まで通り、私を戦場に置いてください」

「……いいのか?二度と帰ってこれないかもしれないんだぞ?」

「かまいません。私はお父さまと同じ世界を見たいのです。そして願わくば、その先にあるものも」

魔王セゼク。かつて七勇者と肩を並べて「王」を退けたもう一人の勇者。そして、魔物ゆえに人間に殺された憐れな王。その娘の眼差しは愛らしくも勇ましく。終末を恐れない美しい姿に育っていた。

 彼女は、その後押しをした女性、ちょこもアクラも平等に愛してくれたシャンテというスラム育ちのやさぐれた歌手に「いってきます」の挨拶をした。

「シャンテ、今まで良くしてくれてありがとう。でも信じて。私は必ず貴方のところに帰ってきます」

羽は竜のように大きく、白鳥のように美しい。それでいて母親のような温もりがある。女はとっくの昔に忘れていたその温もりに触れ、少し声が震えた。

「いちいちアタシに断らないでくれる?アンタはもう、立派な大人なんだから。したいことをして、行きたいところに行けばいいさ」

羽の中で、すすり泣く声が聞こえた。彼女を想う涙が天使の羽をほんの少し重くした。

 

 支え合う姉妹の感動をよそに、トッシュはえっちらおっちら彼の前までやって来ると、いつもの荒々しい調子で彼を問いただした。

「帰ってくるんだろうな?」

「さあな」これまでの彼であればそんな皮肉めいた冗談で返してくるかもしれないと期待しながら。けれども今の彼は優しく微笑み、首を横に振るだけ。彼は初めから()()()()()なのだ。

「どうしてなんだい?」

小太りの楽士の腰の剣に伸びる手は震え、それでも勇気を出した。謁見で鼓膜が破れて声もろくに聞こえない。それでも彼の言葉を、強くなった自分へのご褒美をポコは期待した。

それでも青年は首を縦には振らない。手を差し出し、最後の握手を求めた。

「後のことは頼んだぜ、相棒」

それはここにいる皆に向けた言葉だ。そうだとわかっていても「相棒」と呼ばれ、胸がどんどんと熱くなっていく。そうして目の前が霞んだかと思えば、彼の胸に倒れ込んでしまった。

「分不相応。人はそう言うかもしれんが、それでもポコはこの戦いを勝利で収めなければならなかった。なぜだかわかるか?」

彼からソッと引き剥がし、抱きかかえるイーガは盲目の眼で問いかけた。それに対し青年はやはり笑って答えた。

「俺は親友につまらない慰めの言葉なんかかけないよ」

「ふっ、ならいいんだ」

同じく気を失っているチョンガラを背負い、ゴーゲンに気力を分け与え、青年の意志を無駄にしないよう脱出の準備を整え始めた。

「我らは皆で一つ。それだけ覚えていてくれるなら何の問題もない」

 

そうして最後の闇へと潜る青年の隣には炎の少年、赤毛の戦乙女、歩くのもやっとな魔女、そして彼女に付き従うロイヤルガードの姿があった。




※マザー・クレアの光輪
「光輪」は多くの芸術分野で聖人や神的存在に描かれる、いわゆる「天使の輪」のことです。原作のマザー・クレアのイラストで縦長の帽子の中身が光っている描写があり、なんとなくこんな解釈をしてみました。
(私のイメージ的に、輪っかじゃなくボール状。小さな太陽や月なんじゃないかなって感じです)
これのお陰で魔女の域を越えて天使や聖人のような存在になったっていうね。特殊能力の追加やクラスチェンジができるのも光輪をもつ者だからこそってことで。

※破顔
顔がほころぶというような感じの笑顔のこと。

※エルクの指輪
原作のマジックキャンセラーのことです。私のお話では特殊能力「インビジブル(無敵状態)」を発動するためのアイテムでもあります。

※プロディアスを出る時、お前に言ったろ?お前の化け物になるって
11話「化け物たちは飛び立つ」でエルクがリーザを連れてインディゴスを飛び出してプロディアスに向かう時に心の中で誓った言葉です。
実際に口にはしていませんが、心の声が聞こえるリーザには聞こえてるってことで。

※ホンマのあとがき
今回、私の都合上、推敲が足りず読みにくくなっているかもしれません。m(__)m
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