聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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女神の奴隷たち その七

女に会う前に俺は、(わな)伏兵(ふくへい)有無(うむ)を確認するために女との待ち合わせ場所に一人(おもむ)いた。

約束の3時間前、店の屋根裏から忍び込み、まずは店内を一望できる位置を探した。

女はすでに店に来ていた。容姿の面でも、持ち前の独特の雰囲気でも、女は目立っていた。だが、女はそれを気にする素振りも見せず一人、グラスを傾けながら町の雑踏(ざっとう)に目を向けている。

その目は道行く人の顔を見ているようで実のところ、何も見てはいない。女の瞳は、目を開けながら夢でも見ているようにボンヤリと人混みの中を泳いでいた。

グラスも、頻繁に口へとはこんでいる割りには少しも減っていない。

その姿は、やって来るであろう俺たちの姿を探すというよりは、ただただ孤独を(まぎ)らわせているように見えた。

 

女の()()()()()()()も気になるが、まずはその周辺を探ることにした。

 

結果、罠らしい罠はないが伏兵はいた。客に(ふん)している者。店の裏口を固めている者。一見して素人でないことは分かった。しかしその伏兵も、俺たちを捕まえるためにいるのではなく、()()を『監視』するためにいるように見えた。

それというのも、『そいつら』の視線が雑踏にではなく、女にばかり向けられていたからだ。

女もソレに気づいているのだろう。時おり見せる女の笑みは、俺を含め、『()()()()()()()』の技術のなさを(あざけ)っているようだった。

しかし、女の方もこれといって『強者』たらしめる要素なんてものは見つからない。()いて言うならその不自然過ぎる『余裕』に警戒心を覚える程度だ。

半時ほど女とその『周囲』を観察し続けたが、罠の有無以外は何の収穫も得られなかった。

 

 

「それで、どうだったの?」

俺の部屋でパンディットと待機させていたリーザは、スッカリあの女に同情的になっていた。

どんな『理由』があるのか皆目(かいもく)見当がつかないが、執拗(しつよう)詮索(せんさく)をしない代わりに不要な隠し事もしないと約束した手前、俺から問い詰めるのもおかしい気がした。

だから、リーザが俺に打ち明けないのは『それ』に確信がなく、俺を無駄に困惑させないようにしているからなのだろうと解釈するしかなかった。

 

あの女の背景を無視して考えると、マフィア連中の動きが思っていたよりも静か過ぎるのも気になった。

俺が偵察(ていさつ)しに単独で動くことを見越(みこ)してリーザを襲うかとも思ったが、それもなかった。それでも、監視だけは昼夜を問わず、複数の目が必ず俺たちの周りにあった。

俺たちの居場所を押さえているのに何の動きも見せない、その意図が分からない。俺たちの集中力を削るためにわざと泳がせている()()()でもない。

そうなると、女の言っていた「仲間はいない」という言葉が限りなく虚言(きょげん)に思えてくる。

「今もまだマフィア(奴ら)(つな)がっていて、すでに何らかの計画が進行中なのだ」と言われた方が(はる)かに、この不自然な現状に納得できる。

 

だが俺は同時に、女が雑踏へと向ける物憂(ものう)げな瞳を思い出す。

「私は今のエルクが思ってることも間違ってないと思うの。」

その『根拠』こそ言ってはくれないが、リーザはリーザなりにできるだけ俺の手助けをしてくれようとしているようだった。

「リーザは見たことあるのか?」

俺はあの女の瞳に孤児の『影』を見た。

常に他人に不信感を抱きながらも孤独を感じやすく、感情の(たぐ)いが死んでいるように見えて突発的に『卑屈(ひくつ)』や『高慢(こうまん)』といった極端な態度を()()()()()()

それは、『(ゆが)んだ社会』を生きなければならなかった者たちの、()わば書き()えることのできない『本能(プログラム)』のようなものだった。

 

「私は見たことないけど、村の大人たちはたくさんのそういう子を見てきたわ。」

それをリーザは(ひそ)かに『見聞きしてきた』と言う。小さい頃から。

「だからアイツが気になる訳か。」

その気持ちはよく分かった。

俺もまた、この仕事を通して多くの国で孤児を目にしてきた。シュウと一緒に行動していた頃、彼らに差し伸べようとする俺の腕を(つか)んで彼はこう言った。

「それでお前の悪夢が少しでも晴れるのか?そうでないなら止めておけ。『同情』だけで人間が救えるのならそもそも()()()()()は生まれていない。」

当時、俺は12才だった。シュウが酒場のマスターと()わす政治や経済なんかの難しい話は分からなかったけれど、この話はよく理解できた。

分かったが、納得はいかなかった。

 

「私は『同情』だって何だって、誰かを助けられるのなら助けたい。」

俺も本音ではリーザと同じ想いだ。でも、そうした俺の()(まま)のせいで、俺は恩人(シュウ)を危険に(さら)したことがある。

アイツらは自分のことしか考えられないし、他人の死なんかなんとも思っていない。生きるためなら何でもする。

アレはもう、屋根のある暮らしをする人間とは違う『人種』なんだ。

「私たちは?」

リーザは怒っていた。その理由も分かる。言ってる俺だって気分は悪い。記憶を失くした自分の()い立ちを考えればなおさらだ。でも、()()()()()()()()

揺るがない事実なのに、俺はそれを手放しで受け入れられない。この問答もまた、俺の中で永遠と繰り返されるもう一つの『悪夢』だった。

けれどもリーザはそれを『力』で()じ伏せにかかってきた。

「全く違う『力』を持ってる私とエルクは違う『人種』なの?ううん、違っててもいい。それでも……、私たちは助け合えないの?」

それはもはや誘導尋問だ。

まさか俺がこの問いにNo(ノー)と言える訳もなく、すると『俺があの女と違っていても助け合える』とリーザは俺に言わせたいのだ。

「……私、(ずる)いことした?」

「少しな。でも俺も()()()()()()に賛成できる理由が欲しかったしな。」

「エルク、ありがとう。……でも、本当に危なくなったら逃げてね。」

俺は思わず笑ってしまった。

「言ってることがメチャクチャだぜ。」

「だって、他に言いようがないんだもの。」

「でも、少し気が楽になったよ。」

頭を()でると、彼女はまたあの笑顔を見せてくれた。その笑顔はまた、俺の中の(カビ)のようにこびり付いた『悪夢』をほんの少し、(ぬぐ)ってくれる。

 

 

 

 

「やぁ、待ってたよ。」

女が振るグラスの中で、色艶(いろつや)の良いライムが立ち上る気泡を全身に浴びていた。

「交渉の場で酒か?随分と余裕なんだな。」

「前にも言ったでしょう。小僧相手じゃ本気になれないんだよ。それに『交渉』なんて堅苦しいのはナシにしよう。アタシはただお酒を美味しく飲みたいだけなの。」

「……そうかよ。好きにしろよ。ただ俺たちもそんなに(ひま)じゃないからな。1時間もしたら出てくぜ。」

「……。」

女は結露(けつろ)したグラスを口に押し当てたまま、値踏みするような目で俺を見てきた。

「そこのお嬢ちゃんのお(かげ)なのかい?昨日の今日で随分イイ顔になったじゃないか。その顔がいつまで続くか、見物(みもの)だね。」

 

「できる奴ってのは、一目で人の価値ってのを見抜きやがる」ビビガのオッサンが説教()じりに俺に言ったことがある。

認めたくはないが、(こと)人生経験において、俺はこの女の目から見て『小僧』なのだろう。

だが、だからと言って腰を低くする訳にもいかない。対等でないと聞ける話も聞けないからだ。

「何だって構わねえさ。それより『お喋り』、してぇんだろ?」

女は俺の考えを見透(みす)かしたかのように、恒例(こうれい)の笑みを浮かべて主導権を握りにかかってきた。おそらくまた、試されているのだ。

「まぁ、(あせ)んないでよ。まだ昼間だよ。時間はタップリあるんだ。ゆっくり話していこうじゃないか。」

「『時間がある』なんて呑気(のんき)なことを言うのは昼間から酒を飲むような奴だけだ。」

「違いない」と笑い飛ばしながら女はグラスの中味を空にすると、店員(ウェイター)を呼びつけた。

「アンタたちも何か飲むかい?」

「要らねえよ。」

「私、冷たいミルクティーが欲しいわ。」

少しでも俺の苛立(いらだ)ちを(ほぐ)すつもりなのか、リーザは間髪(かんぱつ)入れずに注文した。

「……トマトジュース」

俺たちのやり取りを見て女は失笑した。

 

「それにしてもさ、アンタたちのその格好よく似合ってるよ。知り合いにスタイリストでもいるのかい?」

本当に、この女は意表を突くのが得意なようだ。

話題を()らしたり、主導権争いをしたりで時間稼ぎでもするのかと思いきや、突然核心に触れてくる。

『周囲』に気を配りながらこの女の相手をするのは骨が折れそうに思えた。

 

「だったらそこから聞かせてもらうがよ……、昨日はあんな一瞬でどうやって俺たちだと見破(みやぶ)ったんだ?」

「詰まらない話をする男だ」とでも言いたげに女は眉間(みけん)(しわ)を寄せて(にが)い顔をした。

「私は()情報屋だったんだよ。あれくらいの変装で誤魔化(ごまか)される訳がないじゃないか。」

「そうか?賞金稼ぎ(ウチの)組合はこれを見抜くのに数分掛かったんだがな。」

女は注文したグラスに一口つけると舌打ちをしながら「ハズレね」と(つぶや)き、()め息をついた。

「分かってないわね。組合(ギルド)ってのは本物のプロなんだよ。『間違い』に()()になるのは当然のことじゃないか。」

そうだ。この女は()()()()プロなのだ。いつまでもコイツの口八丁(くちはっちょう)に付き合っていたら話が進まない。

「だったら俺は率直(そっちょく)に聞かせてもらうがよ、お前、まだマフィアと繋がりがあるんじゃねえか?」

 

俺は軽い宣戦布告(せんせんふこく)をしたつもりだった。この女にとってはまだまだ(じょ)(くち)なのかもしれないが、一つ一つ逃げ場を潰す以外に俺がこの女から()()を聞き出すなんてことはできない。

だが、俺の『意気込み』とは裏腹に、女はそれに全く関心を示さなかった。「それで?」酒を口の中で転がしながら答えるくらいに。

「……それは認めてんのか?」

「違うよ。」

女の話すペースが複雑で、俺はまだ次の言葉を用意していない。それなのに女の(しら)けた視線は相変わらず「それで?」と俺の背中を()()いてくる。

「だったら何で『変装』だと思ったんだ?『計画』なんて言葉も俺たちは言った覚えなんかないぜ?」

「それじゃあ、それは『普段着』だってのかい?」

「……違う。」

女はこれみよがしに溜め息をつくと今度は、(まく)し立てるように答え始めた。

「記憶の中の人相(にんそう)がそれだけ変わってりゃあ、そりゃあアタシじゃなくても『変装』だと思うだろうよ。それに、賞金稼ぎが『変装』してりゃ『仕事中』だと思うのも()()なんじゃないかい?」

……確かに。瞬時に『変装』を見抜いたという点以外、女に何一つ()はなかった。

 

「だったら――――、」

追い込めば追い込むほどに、追い詰められていく気がした。

「奴らに追われてるお前が、どうしてあんな公衆(こうしゅう)面前(めんぜん)で歌っていられるんだ?お前一人で奴らをどうにかしたってのか?それとも最初(ハナ)っから『追っ手』なんていなかったオチか?」

女は再度、俺を値踏みすると「飽きた」と言わんばかりに溜め息をつき、視線を()らした。その上から物を見るような溜め息が、いちいち勘に(さわ)る。

「アンタ、結局は最初っから『同じこと』を聞き続けてるよね。」

「だったら、違うってのか?」

「だから違うって言ってんだろ?そんなにアタシを悪者にしたいのかい?……所詮(しょせん)、『即席』だったってことかい。期待させやがって。」

 

女の言うことはいちいち正しかった。しかし、「()に落ちない」のだ。こうやって女から『言い分』を聞けば納得せざる負えないのに、どうしてもその裏の『答え』があるように思えてならない。

 

「……アタシはアンタの身の上話を(さかな)にするつもりだったんだけどね。どうも、聞き出す前に酔いが冷めちまったよ。」

グラスの中味は半分も減っていないのに、女は席を立った。

「アンタがどれだけ(すご)んだってアタシの『答え』は変わらないし、これ以上アンタのくだらない追及(ついきゅう)に付き合ってたら酒が不味(まず)くなる一方みたいだし。」

女を引き留める必要はなかった。

「用がなきゃ、アタシは別の店で飲み直したいんだけれどね。」

それよりも今はシュウを探す方が先決だった。それなのに―――、

「テメエの言う『情報』ってのは何なんだ?」

ここでこの女を逃がしてはいけないような気がした。敵味方以前に、俺とコイツには何か深い因縁(いんねん)がある。 女が俺に向ける目の色がそう言っているように思わせた。

 

女はぶっきら棒に手を突き出してきた。

「……テメエ、後払いでもイイっつってなかったか?」

「ここの酒を不味くした()()()だよ。まぁ、ここのバーテンが下手くそだっただけなのかもしれないけれどね。」

「……情報の中身は何なんだよ。」

「それとさ、いい加減そっちの女の子の名前、教えてくれない?別に素性を明かせってんじゃないんだよ。気持ち悪いのよね。『名無しの権兵衛(ごんべえ)』と席が一緒ってのは。仕事してるみたいで。」

「テメエの都合なんか知るかよ。それより―――、」

「私、リーザ・フローラ・メルノって言います。今まで名乗らずにすみませんでした。」

思わず乱暴にリーザの口を(ふさ)いだ。すぐに放したが、強く(にら)み付けた。交渉は俺に任せてもらえるはずだったからだ。

 

「女神像だよ。アタシの情報は。アンタたちも気になってるんでしょ?」

「……」

どいつもこいつも『女神像』か。核心に近づいている感じはするのだが、同時に胡散臭(うさんくさ)さも感じる。

 

これまでの会話で、この女相手に変に勘繰(かんぐ)ったりするのは時間の無駄だと学んだ。だが、語気(ごき)(あら)げようが、手を出そうが自分の優位を疑わないその『余裕』が、女の話を嘘臭く聞こえさせる。

「良い()じゃないか。その強気な顔付きも好きだよ。エルク、アンタと話してるよりもずっと楽しめそうだよ。」

女はケチをつけていたはずのグラスの中味を一気に(あお)ると、空のグラスをリーザに差し出した。

「今度はお嬢ちゃんがアタシの相手をしてくれないかい?ミルクティーの美味しい店を教えてあげるよ。」

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