聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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魔女の美貌

怒っている時の私は、……誰かを呪っている時の私は、自分の(みにく)さがよく見える。

他の誰かの目を通してみる私はいつも……、死に神のよう。(こしら)えた人形で遊ぶことしか知らない……心無い悪魔。

「エルク……、エルク……?」

でも、私は出会ったの。こんな私でもキレイだと思える自分に。『化け物』でも、『魔女』でも、この人の目はそれ以外の私を見てくれる。怖がる反面、この目だけが私を飲み込む『業火(ごうか)』を()()けて私を見てくれる。

沢山(たくさん)、沢山の私を見てくれるのは、この人だけ。

だから、護らないと。私も、彼を見失う訳にはいかないの!

 

彼を苦しめた者たちへの極刑(きょっけい)を終え、『魔女』の瞳が、耳が、唇が(すぼ)んでいく。代わりに私の目に映り込んできたのは、底無しの赤い沼に(おぼ)れる彼の姿。

「……エルク、……エルクッ!!」

駆け寄り、抱き上げた彼の体はひどく熱い。息も荒い。さっきの幽霊の魔法が抜けきっていないんだわ。

「パンディット、パンディット!!」

脳震盪(のうしんとう)を起こし、気絶している狼を強引に目覚めさせ、呼び戻す。

「お願い、力を貸して。」

足元をフラつかせながら戻ってきたばかりの狼に(またが)り、全速力で走るように命じる。拒絶する素振りは微塵(みじん)も見せない。

鼻を鳴らし、息を(ととの)えた狼は、強引に活性化させた筋肉を使って(またた)く間に風に溶け込む。

 

私に忠実で、私のことを誰よりも理解しているこの子は、決して私の期待を裏切らない。

たった一度通っただけの道を、ただの一度も迷うことなく駆け抜ける。ただの一度も立ち止まらない。

そして、(かす)かに聞こえてくる悲鳴を、私は聞き流す。

 

 

――――どうしてだろう

 

今まで一度だって私を傷付けたことなんてなかったこの子を。花の名前で私を呼んで、家族のように支え続けてくれたこの子の寿命を今、確実に削っている。死んでしまう可能性も低くない。

彼を助けるためだけに。

彼はこの先も私を傷付けるかもしれない。いつかは誰かの下に帰ってしまうかもしれない。

それでも私は、この人を死なせられない。

死なせてしまうくらいなら、他の全てを忘れようとしてる。故郷(ふるさと)も、家族も、全部、全部――――。

 

 

 

「もう心配ない。(とうげ)は越えとる。だからそんな顔をするんじゃない。」

()()()()真っ直ぐこの家へと駆けこんだ。浴びる視線や悲鳴には目もくれず、この島でたった一人頼れる人に懇願(こんがん)した。

身体(からだ)(うるお)す全てを涙に変えているのかもしれない。全身がみるみる枯れ木になっていくのが分かった。

けれど、そんなことをしなくても、博士が()()()()()()を断ることはずないことは分かっていた。それでも、願えば願うだけ、彼が助かる気がして我慢(がまん)できなかった。

「もともと丈夫な体だったことが幸いしたな。これだけの失血であれば普通は死んでもおかしくない。……あとは十分な休養と食事をとらせれば二、三日中でも意識は回復するだろうよ。それよりも――――、」

経験を物語(ものがた)(しわ)()()()()(いぶか)しむように目を(くば)る。彼のケガを()ている時も、同じような顔をしていた。

そうしてようやく、自分がバカな行動を取ってしまったことに気付く。

「その狼は、お嬢ちゃんのか?」

少し焼け()げた群青(ぐんじょう)(たてがみ)と純白の毛皮。そして成人男性の2倍はあろうかという巨大な狼。それを隣に置いて少しも動じない女。

白髪(はくはつ)の博士はこの尋常(じんじょう)でない獣と私の素性(すじょう)を、慣れた目付きで解剖(かいぼう)し始めた。

「……ごめんなさい。こんなつもりじゃ……。」

この人に私の素性を明かしちゃいけないことは分かってたのに。それでも、時間と場所を選んでいられるほど私は理性的でいられなかった。

ヴィルマーさんはひとしきり私たちを見比べると目頭を押さえ、深い深い溜め息を()く。

「謝る必要はない。薄々、そうではないかとは思っておったことだ。……お前さんたち、あの施設の子たちだな?」

「……はい。」

「君は、私の心が読めるのかね?」

「……はい。」

「…………その『力』を、ワシらに使ったか?」

博士の声は、妙に落ち着いていた。自分が「被害者」だと言える立場じゃないことをよくよく理解しているからなのかもしれない。むしろ「私たち」という「被害者」を目の前にして、その罪に()(つぶ)されそうになっていた。

だから、隠さなきゃならなかったのに。それさえも私は忘れていた。……忘れなきゃ、彼を助けられなかった。

「いいえ。……神に誓います。」

「……フン、神か。」

自嘲気味(じちょうぎみ)に言うと、「少し、待っていなさい」そう言い残し、彼の贖罪(しょくざい)の巣へと下りていった。

 

色々な緊張から解放されると、(かたわ)らに控える狼の、重い疲労を隠そうとする健気(けなげ)な姿が今さら気に掛かってしまう。

「……ゴメンね。」

(ねぎら)えば許される」と心のどこかで考えている自分の浅ましさに嫌気が差す。だけど、他に掛けてやれる言葉が思い付かなかった。……声を掛けずにはいられなかった。

この子はこの子で私のワガママに(こた)えられたことと、家族を護り通したという達成感に(ひた)り、私の労いを素直に受け入れるだけ。

家族を想う胸が痛む一方、その()()()()()()また、私の心を(おか)す。

それは私にとっても、この子にとっても自覚があってやっていることじゃない。神様に与えられた『力』が、神様の言葉に従って動いているだけ。……どうしようもない。

この『力』がある限り……。私たちが『生きて』いる限り……。

 

程無(ほどな)くして博士は戻ってくる。

「決めるのはお前さんに任せる。」

博士は透明な薬液の入った小瓶を私の手の平に乗せる。博士のことを知ってから私は、この瞬間をずっと()()びていたのかもしれない。

意味もなく込み上げる、「(にぎ)り潰したい」という衝動(しょうどう)を隠すのに必死になっていた。

「ワシにはお前さんたちに少しでも生き易い選択肢を提供する義務がある。」

博士からの説明はなかったけれど、私にはその薬がどんなものかよく分かっていた。

その薬の効力は私の中の『魔女』を(おり)に押し込めるもの。()()には個人差があるけれど、それは博士がこの5年間で島に(こも)り、用意することのできた数少ない私たちへの贈り物だった。

「エルクには、効くの?」

どうしてそんなことを聞いてしまったのか。……分かりきってる。

彼から『力』を奪えば、彼女への道が断たれるかもしれない。そんなバカみたいな妄想(もうそう)が、今の私にはひどく魅力的(みりょくてき)だったから。

そんなことで彼が彼女を(あきら)める訳なんかないと分かっているのに。

 

博士は私の問いに力なく首を振り、寝込む彼を見遣(みや)る。

「可能性は低い。お前さんの『力』と、この小僧の『力』では体系が違う。ワシが見付けられたのは、お前さんのような遺伝子そのものが『力』の中枢(システム)である場合の、『力』が発現する道筋(みちすじ)のみにすぎん。……とは言っても、それも確立した方法とは言えん。副作用もあるだろう。だが今のワシにはこれが精一杯なんだ。」

言うにつれ、博士の顔には(かげ)(つの)り、視線も落ちていく。

「……どうか許してほしい。」

それは、私たちに向けた言葉じゃない。

この5年間、いいえ。博士があの施設で試験管を手にしたあの日から今までの、()()げてきた人たちへの。満たされることのない懺悔(ざんげ)なんだわ。

「ヴィルマーさんは……、リアちゃんを幸せにしてあげてください。」

もしかするとまた、私は醜い顔をしているのかもしれない。

自分でもそれが本心なのか、精一杯の侮蔑(ぶべつ)なのか分からない。けれども博士にしてみれば、その言葉の意味は一つしかないってことくらい分かってるはずなのに。

分かってて口にした言葉だからこそ、醜く聞こえて仕方がない。

(ねら)い通りに、博士の顔に悲愴(ひそう)が満たされていく姿を私は無言で見詰めている。

 

こんな私はイヤだ。助けて……。お願い、助けて……。

 

 

 

………………エルク………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………リーザ………………?

 

 

 

 

………………温かい

 

「……リー、ザ。」

「エルク?……エルク。」

天使が、俺を見下ろしていた。

「エルク……、エルク。」

ポタリ、と温かい(しずく)(ほお)をたたいた。

「……泣いてんのか?」

黄金色(こがねいろ)の翼を広げた彼女が、顔をクシャクシャにして俺を見下ろしていた。

「泣くなよ。……置いて行かねえって言ったろ?」

ソッと手を伸ばし、仔犬のように愛らしい彼女の頬を(ぬぐ)う。

それでも天使の頬は濡れている。顔にたくさんのシワを寄せて、俺の頭を抱きしめる。強く、強く――――。

「……イテぇよ。」

金髪の天使が、子どものようにむせび泣いた。……俺のために。

彼女の体が熱くて、思わず頬が濡れる。

「エルク……、エルク……。」

彼女は祈るように俺の名前を呼び続ける。まるで俺が彼女を助けたかのように。

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