「これをオールドマンの所に持っていけ。」
嵐のような来客のあった翌日、朝食を取っているところへオッサンは一通の
「何だよ、ヤブから棒に。」
「ヂーク修復のために必要な備品が不足しているんだ。嫌でも船を出す。」
前置きを一切
「それがこれに書いてあるってのか?」
とても「古代兵器」を
コッソリ中を
「不用意に開けるなよ。奴らには奴らなりのルールがある。指定された方法でなければ、いくら身内でも取り引きに応じんらしいからな。」
「身内」ってことは専用の仕入れルートがあるのか。俺たちはそのルート上、もしくはその現場に下ろされるわけだ。
「それで、俺たちはどこまで付き合えばいいんだ?」
不可侵領域の出入りは「死罪」に値する。
「そこまではワシも知らん。ヤツに直接聞け。……それはそうと、一つ頼みがある。」
言いつつオッサンはジッと俺たちを
「何だよ。気持ち
「……もしもここを出て行くなら、その前にリアに一言声を掛けてやってくれ。」
昨夜の一件はリアには
「オッサンがダメなのに俺たちで
「そういう問題じゃない。単に、別れの言葉くらい残してやって欲しいと言っとるんだ。」
そうは言うが、オッサンの
そうしてオッサンは村に用事があると言い、話もそこそこに出ていってしまった。
「……俺はまあ、行ってこようと思うんだけどよ。リーザはどうする?」
「私は、いいわ。」
リーザなりに気を遣っているのか。はたまた強がっているだけなのか。彼女の笑顔にもまた、
彼女も昨日の一件で……というよりも、これまでのことが積りに積もってというか。相当に参っているようだった。
けれども、その
「じゃあ、少し行ってくるからよ。」
俺は寝台の上で丸くなっている狼の頭を
オッサンの言う通り、起き上がるのはまだ難しいようだが見た感じではほとんど回復しているようだ。この調子なら今夜までには
一人階下に降りると、そこには別人のように物静かな少女がいた。
「リア、おはよう。」
「……うん。」
スクラップにしか見えないロボットの前に座り込み、ボンヤリとそれを眺めていた。陽の差し込まない地下で、借りてきた猫のように
「どうした。コイツ、何か
隣に腰を下ろすと眺めていた視線を
「……でも確かに、なんかコイツ、不思議な感じがするよな。」
見ていられなくなって、思ってもない話で
本当は、「俺にも似たような経験をしてきた」とか「でも生きる努力をしている」とか。
けれど、頬に『悪夢』を
「……ロボットさんが、助けてくれたの?」
「ん?」
「このロボットさんが、おじいちゃんを助けてくれたの?」
この子が、どうしてそんな空想を
「……ああ、そうだな。」
だから俺も、嘘を
「……そうなんだ。」
目を覚ました時、目の前に立っていた傷だらけのロボット。それはこの子にとって、奥深くにまで根を下ろそうとする『悪夢』から身を
だとしたら、例え心に消えない傷が残ったとしても、
「じゃあな。俺たち、そろそろこの島を離れようと思ってるんだけどよ。あんまりオッサンを心配させたりすんじゃねえぞ?」
「……うん。」
俺は
「あの置き物、大事にするね。」
……おそらく二度と会うことはない。
それはこの島での
頬の傷。夢に手を差し伸べる瞳。そして、ソッと現実に寄り添う唇。
撫でる少女の頭はこの手の平に収まるくらいに小さく幼い。けれども、少女は身体を置き去りにして大人になろうとしていた。
俺に、それを止めることはできない。オッサンにも。
この子を再び太陽の下で笑わせることができるヤツがいるとしたらそれは、これから彼女の目が見る夢の相手。『悪夢』相手に
「もう、行くの?」
リアとの別れを済ませ戻ってくると、リーザは毛先の
そして、その声にはまだ、ぎこちなさが残っている。
「いいや、パンディットが回復するまでは動かねえよ。ただ、オールドマンとは今から交渉してこようと思ってるけどな。」
頬に火傷を負ってしまった10歳の少女を護ってやりたい気持ちはあった。けれども俺には、あの笑顔を見せてくれない彼女を差し置いて誰かを想うことなんてできない。
「エルク。」
「……どうした。」
「エルクは私のこと、どう思ってる?」
「……」
どうしてこんなにも同じことを聞きたがるのだろう。
そうでなくても、もう俺のことで知らないことなんてないんじゃないかと思ってしまうくらい、彼女は俺の『声』を嫌というほど聞いてきただろうに。
「今さら、なんて言やいいんだよ。」
正直、
俺は彼女に恋してる。言葉にもした。態度でも
「……私は、アナタの『悪夢』になるかもしれない。」
「……」
聞こえ過ぎる『耳』、
これから先、俺の言葉や態度は彼女の中でドンドン、ドンドン
「……どうすりゃあ、いいんだよ。」
返事はかえってこなかった。聞かなかった。それ以上の言葉を掛ける
俺は、まっすぐ
深く深く
でも、キレイもキタナイも、俺たちを少しも『幸せ』にはしてくれない。ただただ傷ついて、強くなっていくばっかりだ。
……どうすりゃあ、いいんだよ。
この手で水を
俺にはもう、分からない。
「いいとも。君たちの移送を引き受けよう。」
答えも出ないまま、恩人に叩き込まれたあれやこれやが俺の足を自然と次のステップへと進ませていく。
「ただし、一つだけ君たちにも協力してもらわなきゃならないことがある。それが唯一の条件だ。」
「何をすればいい?」
「簡単に言うと、半日ほど眠っていて欲しいんだ。」
詳しい話は言えないらしいが、どうやら俺たちは「未知の領土に生きる『資料』」として
「俺はてっきりオッサンの
「アレはどうしようもなくなった時のための切り札さ。」
オカシな話だが、「不可侵区域の制定」は各国の首脳が寄り合って決めた国際的ルール。
であるにも
だからなのか。大抵の国ではそれらに対して
だが、いくら調査隊を装ったところで、
それでも、
それに――――おそらくは薬で眠らせられるんだろうが――――、眠ってる間は俺たちは完全に無防備だ。目を覚ました時には
使う薬の種類か。眠らせられるタイミングか。コイツらの言動か。……あとは、直感。近頃は頼りにならないがないよりマシだろ。
「
「もちろん『100%』の保障できないけれど、この作戦はいわば敵の裏を掻いたものだからね。まず、連中の
「敵」、オールドマンはそう言った。つまり、この作戦において障害になる相手は十中八九「黒服」なんだ。ってことは「資料」ってのも言葉の
「
「当然さ。5年間、そうしてきたし、それくらいの心構えがないとこの任務は
その
「それで、いつ頃出発する気でいるんだい?」
「……本当にそれだけなのか?」
命の掛かった移送なんだ。「眠ってるだけでいい」なんてウマい話は信用しにくい。
「他に、何か見返りがあるんだろ?」
意表を突いたタイミングなだけに丸眼鏡は多少驚きもしたが、「人の良い」顔が崩れることはなかった。
「十分に働いてもらったさ。
オールドマンは信じてもいない神に「誓う」
それが
それを顔に出したつもりはない。それでもオールドマンはなんとか俺を納得させようと
「なにも君たちを疑っている訳じゃないんだ。ただ、知らない方が都合が良いんだよ。それに、その方がお互いにいざって時のための緊張感を保っていられるだろ?」
「……そうかもな。」
何にしたって、俺たちはこの男の手を借りないことにはこの島からは出られないんだ。コイツの言葉通り、今はそういう流れに乗っていた方がお互いに都合が良いのかもしれない。
「じゃあ、頼んだぜ。」
「任せておいてくれ。」
話せる範囲での段取りを決めた後、長話をするでもなく俺は鍛冶屋を後にした。
「……お前、本当に
多少
普段なら、人目につかないよう大人しく部屋の
猫のように体を押し付けては俺の周りをグルグルと回っている。その様子からはとても、半日前に失神して倒れたとは思えない。
「お帰り。」
狼が全快して安心したのか。彼女の
「オッサンは?」
「下にいるわ。」
「その様子だと、出発は近いみたいだな。」
「
「……そうか。」
大事な大事な孫娘は隣の
「リアを励ましてくれたらしいな。助かる。」
「何もしてねえし、あんなんでイイのかよ。」
ウィスキーを
「少なくとも、今朝よりは良い顔をしとる。」
「それで?」
「お前も、あの嬢ちゃんの顔を見て同じことを感じたんじゃないのか?」
「……どうかな。俺には分かんねえよ。」
「ワシも、あの子のことは大事には思っとる。それでもワシじゃあ、あの子の全ては分かってやれん。想うだけで通じる程、世の中は便利に造られてない。」
「だから、あのロボットを直すのか?」
「そうだな。当面はそれしかないだろう。あの子の祖父としてやれることは。」
グラスが空になると、オッサンはまたそれを満たし俺に寄越してきた。
「言ったろ?俺は飲まねえよ。」
「飲んでおけ。これから先は飲める飲めんだの言ってられん話になるかもしれん。」
「……」
「いけるだろ?」
「……まあ、オッサンの
強引な
――――翌明朝、島の海岸
不思議と、海が昨日よりも
「やあ、待ってたよ。」
久々の「町」に胸を
「頼むから油断だけはしないでくれよな。」
「ハハハ、いつも自分に言い聞かせてるよ。」
用意された船はアルディアの漁業組合が広く
船ともどもに、疑惑の
「心配になるのは分かるけれど。これでも5年間、この任務を熟してきたんだ。たとえ
「まあ、だよな。」
「それでも、故郷に帰ると思うと無条件に気分が良くなってしまうものだろ?」
「……本当に、アンタの言う通りだよ。」
『生き
俺たちが乗り込むと、オールドマンとスキンヘッドはいそいそと船を出す準備に取り掛かる。
「お前たちの無事を祈っとる。」
「オッサンもな。あんまガラクタの相手ばっかしてリアを怒らせたりすんなよ。」
「今は逆に怒ってくれた方が安心するがな。」
見送りはオッサンだけ。リアはまだ先日の
「お前たちも、コイツらを無事に届けてやってくれ。」
複雑な
「大丈夫?」
背中を
「本来、僕らはそのためにいるんです。アナタを
「……心配するな。そう遠くない未来。お前たちにも最高の死に場所を用意してやるさ。」
「……もっと早く、その言葉が聞けていたなら、僕はアナタを許せていたかもしれない。」
「そうして気が付けばお前と同じ墓に埋められている。そうなりたくなくてワシはこの島への移住を頼んだんだ。」
言葉とは裏腹に、二人の間には昨日のような
「そうでしたね。」
二人の会話の終わりに合わせ、船は動き始める。
朝陽を受けたエメラルドの上を、ユックリと滑っていく。導かれるように。招かれるように。
薬で眠らされる直前、敵の臭いを感じ始めたオールドマンは目つきを
「眠る前に、君にどうしても聞いておきたいことがあるんだけど構わないかい?」
「ん?」
「君は博士を恨んではいないのかい?」
「どうだろうな。俺はオッサンの顔を知らなかったし、今はもっと分かりやすい敵が目の前にいるからかな。」
「じゃあ、あの人の顔が君の敵の顔をしていたら?」
「……どうだろうな。……アンタは気に食わないみたいだけど。リアのことを大切にしてるあの顔を見ちまったらどうしたって恨めねえよ。」
「……子どもだね。」
「そうなのかもな。」
そうして俺たちは檻の中に入れられ、首輪と
不思議と、寝心地は悪くなかった。
※御旗(みはた)
旗を敬って使う言葉。「錦の御旗」の略。
錦の御旗=赤の布地に太陽や月を刺繍したり描いたりした旗。自分の行為や主張を権威づける(正当化する)大義名分の証。
その他にも軍旗や赤旗などなど、「旗」について色々意味はありましたが、ここでは「復讐という同じ目的を持った同志の証」みたいな意味で取り上げました。
「御旗の下に集う」という言葉をもとに書いたのですが、そもそも「御旗の下に集う」という言葉がネット辞典でヒットしませんでした(笑)……一般的な言葉だと思ってたんだけどなー
※酌(しゃく)
お酒を盃(グラス)に注ぐこと。注ぐ人。
一般的には「お酌をする」って言いますよね。
※下手(へた)を打つ
「失敗する」「ヘマをする」という意味なんですが、これ、標準語じゃないんですね。主に西日本で使われるらしいです。知らんかったf(^_^;)