聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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孤島に眠る従者 その二十一

「これをオールドマンの所に持っていけ。」

嵐のような来客のあった翌日、朝食を取っているところへオッサンは一通の封筒(ふうとう)寄越(よこ)し、出し抜けにそう言った。

「何だよ、ヤブから棒に。」

「ヂーク修復のために必要な備品が不足しているんだ。嫌でも船を出す。」

前置きを一切(はぶ)いた説明だがそれはつまり、俺たちはようやくこの島から出られるってわけだ。

「それがこれに書いてあるってのか?」

とても「古代兵器」を(よみがえ)らせようなんて大それた計画に関係しているとは思えない粗末(そまつ)でペラペラな封筒だ。意図的にそうしているのかもしれないが、それにしても不用心だ。

コッソリ中を(のぞ)いてくださいと言わんばかりに。

「不用意に開けるなよ。奴らには奴らなりのルールがある。指定された方法でなければ、いくら身内でも取り引きに応じんらしいからな。」

「身内」ってことは専用の仕入れルートがあるのか。俺たちはそのルート上、もしくはその現場に下ろされるわけだ。

「それで、俺たちはどこまで付き合えばいいんだ?」

不可侵領域の出入りは「死罪」に値する。相応(そうおう)の働きを求められてもおかしくない。

「そこまではワシも知らん。ヤツに直接聞け。……それはそうと、一つ頼みがある。」

言いつつオッサンはジッと俺たちを見詰(みつ)め、黙り込んだ。

「何だよ。気持ち(わり)ぃな。」

「……もしもここを出て行くなら、その前にリアに一言声を掛けてやってくれ。」

昨夜の一件はリアには刺激(しげき)が強過ぎた。今朝は目が覚めても、オッサンとほとんど口を()かなかったらしい。

「オッサンがダメなのに俺たちで(なぐさ)められるかよ。」

「そういう問題じゃない。単に、別れの言葉くらい残してやって欲しいと言っとるんだ。」

そうは言うが、オッサンの苛立(いらだ)つ様子が「(わら)にもすがりたい」と言っているようにしか見えなかった。

 

そうしてオッサンは村に用事があると言い、話もそこそこに出ていってしまった。

「……俺はまあ、行ってこようと思うんだけどよ。リーザはどうする?」

「私は、いいわ。」

リーザなりに気を遣っているのか。はたまた強がっているだけなのか。彼女の笑顔にもまた、平静(へいせい)(よそ)おうとしているのが目に見えて分かる、ぎこちなさがあった。

彼女も昨日の一件で……というよりも、これまでのことが積りに積もってというか。相当に参っているようだった。

けれども、その懸念(けねん)の一つが回復の(きざ)しにあるのはせめてもの救いだった。

「じゃあ、少し行ってくるからよ。」

俺は寝台の上で丸くなっている狼の頭を()でる。

オッサンの言う通り、起き上がるのはまだ難しいようだが見た感じではほとんど回復しているようだ。この調子なら今夜までには全快(ぜんかい)するだろう。そう思えた。

 

一人階下に降りると、そこには別人のように物静かな少女がいた。

「リア、おはよう。」

「……うん。」

スクラップにしか見えないロボットの前に座り込み、ボンヤリとそれを眺めていた。陽の差し込まない地下で、借りてきた猫のように(ちぢ)こまる彼女は本当に似合わなかった。

「どうした。コイツ、何か(しゃべ)んのか?」

隣に腰を下ろすと眺めていた視線を(ひざ)に落とし、小さく首を振った。その(ほお)に残る、痛々しい火傷(やけど)が嫌でも目に付く。

「……でも確かに、なんかコイツ、不思議な感じがするよな。」

見ていられなくなって、思ってもない話で誤魔化(ごまか)してしまう。

本当は、「俺にも似たような経験をしてきた」とか「でも生きる努力をしている」とか。(なか)ば自分の弱さを棚に上げた(はげ)ましをしようとしていた。

けれど、頬に『悪夢』を(きざ)まれ、意味もなくボロ人形を見上げるリアの目を見ると、とてもそんな気にはなれなくなってしまった。

 

「……ロボットさんが、助けてくれたの?」

「ん?」

「このロボットさんが、おじいちゃんを助けてくれたの?」

この子が、どうしてそんな空想を(えが)いてしまったのかは分からない。でも、リアがそれに向ける視線は一貫(いっかん)して(うつ)ろで、それは()()えればそこに(きぼう)を見出そうとしているようにも見てとれた。

「……ああ、そうだな。」

だから俺も、嘘を()いた。

「……そうなんだ。」

目を覚ました時、目の前に立っていた傷だらけのロボット。それはこの子にとって、奥深くにまで根を下ろそうとする『悪夢』から身を(てい)して護ってくれた、たった一人の騎士(ナイト)に映ったのかもしれない。

だとしたら、例え心に消えない傷が残ったとしても、(たたか)わないで解決する道があるのなら、それはそれで幸せなんじゃないだろうか。俺はそう思ってしまった。

 

「じゃあな。俺たち、そろそろこの島を離れようと思ってるんだけどよ。あんまりオッサンを心配させたりすんじゃねえぞ?」

「……うん。」

俺は名残惜(なごりお)しむようにリアの頭を撫でた。リアもそれに(こた)えようとしたのかもしれない。でも、少女の口からこぼれ出た言葉は()()()()、俺を傷つけた。

「あの置き物、大事にするね。」

……おそらく二度と会うことはない。

それはこの島での()らしの長いリアなら分からないはずがない。それなのに、その返事はどこか――――10歳の、感受性豊かな子どもにしては――――淡白(たんぱく)で、洗練(せんれん)されているように感じられた。

皮肉(ひにく)なことだが、黒服たちのたった一晩の一方的な暴力が彼女を少し、大人にさせてしまったのかもしれない。

 

頬の傷。夢に手を差し伸べる瞳。そして、ソッと現実に寄り添う唇。

 

撫でる少女の頭はこの手の平に収まるくらいに小さく幼い。けれども、少女は身体を置き去りにして大人になろうとしていた。

俺に、それを止めることはできない。オッサンにも。

この子を再び太陽の下で笑わせることができるヤツがいるとしたらそれは、これから彼女の目が見る夢の相手。『悪夢』相手に(おび)える姿を見せたことのない勇敢(ゆうかん)な戦士だけなんじゃないか?

(はげ)まそうとして来たはずなのに、ここでもまた俺は自分の弱さを思い知らされてしまう。

 

 

「もう、行くの?」

リアとの別れを済ませ戻ってくると、リーザは毛先の()げたパンディットの毛皮を丁寧(ていねい)()いていた。

そして、その声にはまだ、ぎこちなさが残っている。

「いいや、パンディットが回復するまでは動かねえよ。ただ、オールドマンとは今から交渉してこようと思ってるけどな。」

頬に火傷を負ってしまった10歳の少女を護ってやりたい気持ちはあった。けれども俺には、あの笑顔を見せてくれない彼女を差し置いて誰かを想うことなんてできない。

「エルク。」

「……どうした。」

「エルクは私のこと、どう思ってる?」

「……」

どうしてこんなにも同じことを聞きたがるのだろう。

そうでなくても、もう俺のことで知らないことなんてないんじゃないかと思ってしまうくらい、彼女は俺の『声』を嫌というほど聞いてきただろうに。

「今さら、なんて言やいいんだよ。」

正直、(わずら)わしいとも思った。

俺は彼女に恋してる。言葉にもした。態度でも(しめ)してるはずだ。それなのに、彼女は一歩近づいては二歩、三歩と退()がろうとする。これ以上、何をすりゃイイってんだ。

「……私は、アナタの『悪夢』になるかもしれない。」

「……」

聞こえ過ぎる『耳』、(ひび)き過ぎる『口』を持って生まれた彼女を呪った。彼女のせいで俺の大切な言葉も行為も信じてもらえない。

これから先、俺の言葉や態度は彼女の中でドンドン、ドンドン色褪(いろあ)せていく。今、この瞬間も、俺の『声』が彼女の心を不安定にさせている。そう思うと、尚更(なおさら)――――

「……どうすりゃあ、いいんだよ。」

返事はかえってこなかった。聞かなかった。それ以上の言葉を掛ける度胸(どきょう)もなかった。

()()()()()()()()、狼の背中を静かに湿(しめ)らせていた。すると俺はまた一人勝手に、胸を熱くさせてしまうんだ。

 

 

俺は、まっすぐ鍛冶屋(かじや)へは向かわなかった。クソみたいに広がっている海で頭を冷やすことにした。

深く深く(もぐ)り、息を止めて(ただよ)う。ガラスのように日差しを(さえぎ)らない海はどこまでいってもキラキラと(かがや)いている。

でも、キレイもキタナイも、俺たちを少しも『幸せ』にはしてくれない。ただただ傷ついて、強くなっていくばっかりだ。

……どうすりゃあ、いいんだよ。

この手で水を()き、泳ぎ進むべきなのか。(しお)の流れに身を任せるべきなのか。

俺にはもう、分からない。

 

「いいとも。君たちの移送を引き受けよう。」

答えも出ないまま、恩人に叩き込まれたあれやこれやが俺の足を自然と次のステップへと進ませていく。

「ただし、一つだけ君たちにも協力してもらわなきゃならないことがある。それが唯一の条件だ。」

愛嬌(あいきょう)のある丸眼鏡(まるめがね)が男を愛想(あいそう)のいい人間に仕立て上げていた。つい昨晩、『復讐(ふくしゅう)』を御旗(みはた)にオッサンを(おど)していた人間とは思えない。

「何をすればいい?」

「簡単に言うと、半日ほど眠っていて欲しいんだ。」

詳しい話は言えないらしいが、どうやら俺たちは「未知の領土に生きる『資料』」として搬送(はんそう)されるという設定らしい。そのために使う船は、不可侵区域を出入りすることを許された「特別な船」だという。

「俺はてっきりオッサンの潜水艇(せんすいてい)で行くのかと思ったぜ。」

「アレはどうしようもなくなった時のための切り札さ。」

オカシな話だが、「不可侵区域の制定」は各国の首脳が寄り合って決めた国際的ルール。

であるにも(かかわ)らず、各国の領地、領海に含まれるそれらは各国で管理するというのが暗黙のルールになっている。その不可侵区域(とち)自体はどの国にも所属してないが、(ふところ)にあるオモチャは「オレの物」という理屈(りくつ)がまかり通っている。

だからなのか。大抵の国ではそれらに対して秘密裏(ひみつり)に人材を派遣(はけん)しては調査しているという(うわさ)()えない。オールドマンはそれを利用しようとしているらしい。

 

だが、いくら調査隊を装ったところで、検閲(けんえつ)免除(めんじょ)されるわけじゃない。船や身元の偽装(ぎそう)ぐらいでパスできるはずがない。となると、他に仕掛けがあるか、内部に身内がいるはずだ。

それでも、入念(にゅうねん)な仕込みをしていてもバレる時はバレる。もしも失敗すれば、その場で射殺もしくは無期の拷問(ごうもん)。裁判なんてない。これはそういう()()()()なんだ。

それに――――おそらくは薬で眠らせられるんだろうが――――、眠ってる間は俺たちは完全に無防備だ。目を覚ました時には(おり)の中ってことも十分にあり得る。どこかでそれを見極(みきわ)めなきゃならない。()()()()()()()()()()()()

使う薬の種類か。眠らせられるタイミングか。コイツらの言動か。……あとは、直感。近頃は頼りにならないがないよりマシだろ。

(かま)わねえけど、それで上手くいくのか?」

「もちろん『100%』の保障できないけれど、この作戦はいわば敵の裏を掻いたものだからね。まず、連中の矢面(やおもて)に立つことはないよ。」

早速(さっそく)というか……、それともわざと言ったのか。

「敵」、オールドマンはそう言った。つまり、この作戦において障害になる相手は十中八九「黒服」なんだ。ってことは「資料」ってのも言葉の(あや)だな。

随分(ずいぶん)な自信だな。」

「当然さ。5年間、そうしてきたし、それくらいの心構えがないとこの任務は(こな)せないよ。」

その直向(ひたむ)きな自信は、コイツの『生き方』も支えているように思えた。

 

「それで、いつ頃出発する気でいるんだい?」

「……本当にそれだけなのか?」

命の掛かった移送なんだ。「眠ってるだけでいい」なんてウマい話は信用しにくい。

「他に、何か見返りがあるんだろ?」

意表を突いたタイミングなだけに丸眼鏡は多少驚きもしたが、「人の良い」顔が崩れることはなかった。

「十分に働いてもらったさ。(だま)すような形になってしまったのは不本意だけどね。」

オールドマンは信じてもいない神に「誓う」仕草(しぐさ)をして見せる。

それが(かえ)ってコイツらの真意を分からなくさせてしまう。

それを顔に出したつもりはない。それでもオールドマンはなんとか俺を納得させようと穏便(おんびん)に、()(くる)めようとする。

「なにも君たちを疑っている訳じゃないんだ。ただ、知らない方が都合が良いんだよ。それに、その方がお互いにいざって時のための緊張感を保っていられるだろ?」

「……そうかもな。」

何にしたって、俺たちはこの男の手を借りないことにはこの島からは出られないんだ。コイツの言葉通り、今はそういう流れに乗っていた方がお互いに都合が良いのかもしれない。

「じゃあ、頼んだぜ。」

「任せておいてくれ。」

話せる範囲での段取りを決めた後、長話をするでもなく俺は鍛冶屋を後にした。

 

 

「……お前、本当に丈夫(じょうぶ)だよな。」

多少悶々(もんもん)とした気分で帰ってきた俺を一番に出迎えてくれたのはリーザでもなく、リアでもなく、青い(たてがみ)の狼だった。

普段なら、人目につかないよう大人しく部屋の(すみ)で丸くなってるヤツだが、倒れている間のことを憶えているらしく、真っ先に介抱(かいほう)した俺に感謝しているらしい。

猫のように体を押し付けては俺の周りをグルグルと回っている。その様子からはとても、半日前に失神して倒れたとは思えない。

「お帰り。」

狼が全快して安心したのか。彼女の笑顔(それ)からも若干(じゃっかん)、ぎこちなさが抜けていた。

「オッサンは?」

「下にいるわ。」

一頻(ひとしき)り狼の相手をした後、俺はオッサンのいる階下へと向かった。

「その様子だと、出発は近いみたいだな。」

明朝(みょうちょう)、出ることにしたよ。」

「……そうか。」

大事な大事な孫娘は隣の作業場(へや)に移したロボットの(そば)を離れないらしい。

 

「リアを励ましてくれたらしいな。助かる。」

「何もしてねえし、あんなんでイイのかよ。」

ウィスキーを(そそ)ぎ、満足そうにグラスを(かたむ)けている。

「少なくとも、今朝よりは良い顔をしとる。」

「それで?」

「お前も、あの嬢ちゃんの顔を見て同じことを感じたんじゃないのか?」

「……どうかな。俺には分かんねえよ。」

「ワシも、あの子のことは大事には思っとる。それでもワシじゃあ、あの子の全ては分かってやれん。想うだけで通じる程、世の中は便利に造られてない。」

「だから、あのロボットを直すのか?」

「そうだな。当面はそれしかないだろう。あの子の祖父としてやれることは。」

グラスが空になると、オッサンはまたそれを満たし俺に寄越してきた。

「言ったろ?俺は飲まねえよ。」

「飲んでおけ。これから先は飲める飲めんだの言ってられん話になるかもしれん。」

「……」

(のど)を焼く小麦色の酒はやっぱり(にが)く、妙に甘ったるい。でも少しだけ、俺の体を軽くしてくれた気がした。

「いけるだろ?」

「……まあ、オッサンの愚痴(ぐち)を聞いてるよかマシだよな。」

強引な(しゃく)も手伝って、二、三杯相手をした俺はおぼつかない足取りでその夜を過ごした。

 

 

 

――――翌明朝、島の海岸

不思議と、海が昨日よりも()んで見えた。そして、俺たちを外へ送ってくれるという船の上には朝食を釣る青年の姿があった。

「やあ、待ってたよ。」

久々の「町」に胸を(おど)らせているのか。オールドマンの顔はいつになく溌溂(はつらつ)としていた。

「頼むから油断だけはしないでくれよな。」

「ハハハ、いつも自分に言い聞かせてるよ。」

用意された船はアルディアの漁業組合が広く推奨(すいしょう)している、まあビビガのようなオタクから言わせてみれば型落ちの「ボロ船」だ。

船ともどもに、疑惑の眼差(まなざ)しを向けていると、オールドマンは笑いながら弁解(べんかい)した。

「心配になるのは分かるけれど。これでも5年間、この任務を熟してきたんだ。たとえ不治(ふじ)(やまい)にかかってたって下手を打ったりなんかしないさ。」

「まあ、だよな。」

「それでも、故郷に帰ると思うと無条件に気分が良くなってしまうものだろ?」

「……本当に、アンタの言う通りだよ。」

『生き甲斐(がい)』に全てを(ささ)げるこの男にも、「故郷」を口にするだけの「人間味」が残っていることに俺はほんの少しの安心を覚えた。

 

俺たちが乗り込むと、オールドマンとスキンヘッドはいそいそと船を出す準備に取り掛かる。

「お前たちの無事を祈っとる。」

「オッサンもな。あんまガラクタの相手ばっかしてリアを怒らせたりすんなよ。」

「今は逆に怒ってくれた方が安心するがな。」

見送りはオッサンだけ。リアはまだ先日の()()がとれないらしく、声を掛けても起きることはなかった。

「お前たちも、コイツらを無事に届けてやってくれ。」

複雑な挨拶(あいさつ)()わされている中で俺は、餞別《せんべつ》とばかりに渡される小麦色のボトルを見て胸が悪くなっていた。

「大丈夫?」

背中を(さす)るリーザに心配させるまいと笑ってみせるが、鼻があの臭いを思い出し、口を押さえずにはいられない。

 

「本来、僕らはそのためにいるんです。アナタを脅迫(きょうはく)するのは仕事じゃない。」

「……心配するな。そう遠くない未来。お前たちにも最高の死に場所を用意してやるさ。」

「……もっと早く、その言葉が聞けていたなら、僕はアナタを許せていたかもしれない。」

「そうして気が付けばお前と同じ墓に埋められている。そうなりたくなくてワシはこの島への移住を頼んだんだ。」

言葉とは裏腹に、二人の間には昨日のような剣呑(けんのん)とした空気はない。どこか、気心知れた友人のやり取りを見ているようだった。

「そうでしたね。」

二人の会話の終わりに合わせ、船は動き始める。

朝陽を受けたエメラルドの上を、ユックリと滑っていく。導かれるように。招かれるように。(おごそ)かに、ユックリと。

 

薬で眠らされる直前、敵の臭いを感じ始めたオールドマンは目つきを(するど)くさせ、俺に(たず)ねてきた。

「眠る前に、君にどうしても聞いておきたいことがあるんだけど構わないかい?」

「ん?」

「君は博士を恨んではいないのかい?」

「どうだろうな。俺はオッサンの顔を知らなかったし、今はもっと分かりやすい敵が目の前にいるからかな。」

「じゃあ、あの人の顔が君の敵の顔をしていたら?」

「……どうだろうな。……アンタは気に食わないみたいだけど。リアのことを大切にしてるあの顔を見ちまったらどうしたって恨めねえよ。」

「……子どもだね。」

「そうなのかもな。」

そうして俺たちは檻の中に入れられ、首輪と手錠(てじょう)を付けられ、眠りに()く。

不思議と、寝心地は悪くなかった。




※御旗(みはた)
旗を敬って使う言葉。「錦の御旗」の略。
錦の御旗=赤の布地に太陽や月を刺繍したり描いたりした旗。自分の行為や主張を権威づける(正当化する)大義名分の証。
その他にも軍旗や赤旗などなど、「旗」について色々意味はありましたが、ここでは「復讐という同じ目的を持った同志の証」みたいな意味で取り上げました。
「御旗の下に集う」という言葉をもとに書いたのですが、そもそも「御旗の下に集う」という言葉がネット辞典でヒットしませんでした(笑)……一般的な言葉だと思ってたんだけどなー

※酌(しゃく)
お酒を盃(グラス)に注ぐこと。注ぐ人。
一般的には「お酌をする」って言いますよね。

※下手(へた)を打つ
「失敗する」「ヘマをする」という意味なんですが、これ、標準語じゃないんですね。主に西日本で使われるらしいです。知らんかったf(^_^;)

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