聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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魔女の居場所

シュウと(わか)れる直前、俺は彼に次の合流ポイントを伝えた。

「俺たちはB-3で待機(たいき)してるよ。」

厄介事(やっかいごと)に巻き込まれて自宅に戻れない時のため、俺たちはアルディア内外にいくつかの緊急避難所(きんきゅうひなんじょ)(もう)けていた。「B-3」はその内の一つだ。

「……分かった。」

妙な間があった。彼の目が詮索(せんさく)するような目付きになっていた。

「俺、何か変なこと言ったか?」

ついさっき、俺たちはこの国のトップを殺した。だから人目を()けるために身を隠す。普通のことを言っただけだ。なんも間違ってねえはずだ。

「お前は、アレが影武者(ダミー)だと気付いたか?」

「……って、もしかしてさっきのガルアーノのことか?」

「…やはりか。」

聞きたいことだけを確認すると彼は目を(そむ)け、歩き始めた。リーザも気付いていたらしい。

知らなかったのは、俺だけ。

「……なんだよ。そんな単純なトラップに引っ掛かってたのかよ、俺。賞金稼ぎ返上(へんじょう)だな。」

「そうかもしれんな。」

背を向けたまま、彼は言った。

()めるなら今の内だ。過去を捨て、リーザと逃げればいい。何処(どこ)へなりと。」

彼の口調(くちょう)抑揚(よくよう)なんて感じられないが、俺は彼が苛立(いらだ)っているように思えた。

「……止めねえよ。」

「…そうか。」

 

そうして彼は無表情のまま、闇夜に溶けていった。

 

闇夜に(もぐ)っていく彼の姿は、俺に何かを暗示(あんじ)しているようにも思えた。

すると、見送る俺の背中を彼女がソッと抱きしめた。

「大丈夫。」

きつく、きつく。

「……あぁ。」

俺はマメだらけの手を握り返し、(うなず)いた。

 

 

 

「……妙だな。」

ガルアーノ(てい)のある丘を、身を隠しながら()りていく途中(とちゅう)、警察らしい車が数台(のぼ)っていくのを見かけた。

この先にある建物は一つしかない。

「来るのが早すぎねえか?」

「『声』が混雑(こんざつ)しててよく聞き取れなかったんだけれど、ガルアーノが警察に通報したみたい。」

「ガルアーノが?なんで……。」

 

……もしかすると、俺たちはまんまと()められたんじゃねえか?

奴がどんなシナリオを組んでたかまでは分かりゃしねえが、インディゴスで”金髪(ブロンド)の羊”なんて言葉を流行(はや)らせちまうくらいの「悪」を(みずか)()んだと公言(こうげん)すりゃあ、支持率は確実に上がる。ニュースだって連日、コイツの表の顔を映し続けるに違いない。

もしも、それを踏まえて前回みたいな実験体(ひと)を集めるようなイベントを(もよお)した日には……。

 

でも、待てよ。

アイツの屋敷に「辻斬り」がいるって事実自体はアイツにとってデメリットなんじゃねえのか?

二人の間に何らかの因縁(いんねん)があったと臭わせているようなもんじゃないか。

もしもそっちに(かたよ)った報道でも流れてしまえば支持率どころの騒ぎじゃなくなる。一部で暴動やデモが起き、それこそ10や20の死人じゃすまないかもしれない。

 

……いいや、違う。

どっちに転んでも「多くの人間がアイツの下に押し寄せてくる」ことに変わりないんだ。

むしろ後者の方がこれ以上の準備が必要ない分、奴らにとっちゃあ都合(つごう)がいいはず。

 

……だとしたらガルアーノは今、あの屋敷にいるんじゃねえか?

無人の(やかた)に散乱する死体。そんな不自然な現場に外部の人間を入れたりはしないだろう。宣伝(せんでん)をするのであれば尚更(なおさら)だ。

……そうだ。あそこには今、奴がいる。

「エルク、ダメよ。」

彼女が、俺の腕を(つか)んだ。

「……スマネエ。」

確かに、リーザの言う通りだ。仮にガルアーノがいたとしても、今は警察も一緒なんだ。ヘタに俺たちが首を突っ込んでも話がややこしくなるだけ。

「今はゆっくり休みましょう。」

「…分かってる。」

 

 

(づた)いに進み続けること十数分。黙々と歩き続けていると、出し抜けに彼女が切り出した。

「ちょっとマジメな話をしてもいい?」

チラリと後ろを見遣(みや)ると、俺の視線を避けるように彼女は(うつむ)いていた。

「なんだよ、突然。」

切り出し方に嫌な予感はあった。

俺に都合の良くない話だという。でも彼女ならなんでも許せる。そう思って聞き返した。

「あの晩、エルクはどうして私を助けてくれたの?」

 

……あの晩、詳しく聞き返さなくてもすぐにわかった。

彼女に初めて出会ったあの晩、怪物(モンスター)を連れた金髪の少女と出会ったあの晩。俺の生き方は180度変わってしまった。

逃げ回ることに言い訳をして5年間も()()うと生きていた俺が、正面から『悪夢(ソレ)』に立ち向かっている。

どうしてそういう気持ちになれたのか分からない。

彼女と狼の姿が『悪夢(ゆめ)』の中の『俺と彼女』のように見えたからなのかもしれない。

『化け物』に身を寄せる彼女の姿が。「助けて」と言う彼女の姿が。

 

「さあな。」

(いきお)いみたいなものがあった。仕事中だったってこともある。金髪を見て……、ハイになってたんだと思う。

鳴り始めたオルゴールが、無性(むしょう)(かん)(さわ)ったんだ。

彼女と『彼女』とじゃ気持ちが全然違う。

「じゃあ……、ミリルは――――、」

「……なんでだろうな。俺は何処のどいつかも(おぼ)えてないのにな。」

それでも、全ての切っ掛けは『彼女』だ。

『彼女』がいなきゃ俺は彼女を助けられなかった。『悪夢』に(おび)え、(かげ)(うずくま)ったまま、彼女を黒服に渡していた。

『大切な人じゃないの?』

そうすりゃこんな、一生一代(いっせいいちだい)騒動(そうどう)にも巻き込まれなかった。

『私よりも……。』

だけど俺は、『彼女』がいて良かったと思ってる。

『……』

「ただ、夢見が悪いんだよ。」

今、彼女と歩いているこの森は『あの森』と印象が違う。月明かりだってまともに届いてないのに、「明るさ」を感じる。少しも、怖くない。

……この時間がなかったかと思うと。

 

だから、助けるのかもしれない。

『彼女』にたくさん(あやま)り、たくさん礼を言うために。

 

 

「それは、復讐(ふくしゅう)、なのよね?エルクたちをこんな目に()わせた人たちへの。」

彼女の詮索は思った以上に執拗(しつこ)かった。俺の『声』を聞いていて、誰よりも俺のことを知っているはずなのに。

「……そうだな。」

『復讐』、初めて俺がこの『悪夢』を彼女に話した時、俺は彼女にそう説明した。『エルク』の名前に込めた憎しみを。

けれど、ヴィルマーのオッサンにはそれができなかった。憎むどころか、あの島を離れる頃には俺はオッサンの幸せを願っていた。

全部が全部、リアのお陰って訳じゃないと思う。

それでも俺はオッサンが不幸であるようにとは微塵(みじん)も思うことができなかった。

「それは、エルクが本当に望んでるのは復讐じゃないからじゃないの?」

「復讐さ。今までにも随分(ずいぶん)人を殺してきてるからな。なんだったらミリルだって殺しちまうかもしれねえ。……ジーンの時みたいに。」

燃やした男は涙を流していた。……まるで俺が悪いみたいに。

「関係ない人間もたくさん巻き込んじまってる。」

「……後悔(こうかい)してるの?」

「何に?」

「私のこと。シャンテさんのこと。ジーンのこと。全部。」

……俺はようやく気付いた。どうしてこんなにも彼女が執拗く俺を問い詰めるのか。

俺の口からそれを言わせようとしているんだ。もしかしたら俺がまた、彼女を置いて行くかもしれないと思っているから。

 

シャンテ、ジーン、ヴィルマー、リア……、「謝る相手」「復讐する相手」はまだまだ沢山(たくさん)いる。それはこれからも、もっともっと増える。ミリル、ガルアーノ、ロマリア、そしてシルバーノア。

俺は、その全てに答えを出していかなきゃならない。

考ただけで目眩(めまい)がする。

「後悔は…、してるかもな。でもよ、『逃げろ』って言われて逃げ回れるほど俺は器用じゃないんだよ。」

悪夢(ゆめ)』は毎日見るし、頭のイイ誰かが俺を(つか)まえるんだ。

「『死ね』って言われて死ねるほど素直(すなお)じゃないから。だから俺は殺すんだ。殺される前にな。」

だから俺は5年間も『彼女』を探し続けていたんだ。

『彼女』が望んでいるのか俺が望んでいるのか分からないが。

「俺にだって護りたい幸せがあるんだ。リ……、リアとオッサンみたいに。……特に、今は。」

ガキの俺にはまだ口にできないかもしれない。でも、誰が何と言おうと俺は今、幸せなんだ。

色んなことがあり過ぎて頭がオカシクなってるのかもしれない。……それでもイイ。

それでも、幸せなんだ。

「……」

 

 

さらに歩き続けること約一時間。俺たちは半分()()てた()()て小屋の前までやって来た。

「……ここ?」

窓は(わく)だけが残り、木造の外壁(がいへき)には(こけ)がビッシリと張り付いている。(かろ)うじて乗っかってはいるけれど、(ささ)えを()くした屋根は平たく(つぶ)れてしまっている。

中は物が散乱して見た目は立派(りっぱ)廃屋(はいおく)だ。

「汚ねぇだろ。」

「……今にも潰れちゃいそう。」

「同感。それでも、今まで10回以上台風をやり過ごしてきたんだぜ?」

「……なおさら心配だわ。」

寝具(しんぐ)はシュウから薄手(うすで)の毛布を一枚(もら)っている。

「ホントにいらねえのか?」

「大丈夫、パンディットがいるから。」

確かに。その長毛と筋肉質な体は毛布なんかよりもだいぶん温かそうだ。

「……いる?」

温かい寝床(ねどこ)(うらや)ましくもある。だけど、彼女に触れていられる狼が(ねた)ましくもある。

「……エッチ。」

「な、何言ってんだ?いきなり。変なこと言ってん()()!……それよりもサッサと寝ろよ。俺は少し周りを調べてくるからよ。」

顔が火のように熱い。キョロキョロと動き回る目を止められない。

いつか触った彼女の胸の感触を思い出す。()()()()()()()()()()()だと気付くと、今度はそれを必死に誤魔化(ごまか)そうと別のことに頭を回そうとするけれど、思うようにいかない。

(あきら)めて足早(あしばや)にその場を離れようとすると、

「エルク。」

彼女が俺の背中を呼び止めた。

「な…、んんっ。…何だよ。」

「……私も、好きよ。あなたのこと。この気持ちだけは、どんなことがあっても忘れない。」

彼女は恥ずかしそうに、でも()()ぐに俺の目を見ていた。

顔の火照(ほて)りが別の何かに変わっていく。胸が苦しくなり、彼女の背景が(かす)んで見える。

 

――――彼女は俺のものだ。誰にも渡しゃしねえ。傷付ける奴は皆……殺してやるッ!…彼女は…彼女だけは……。

 

「………何があったって護るよ。絶対にお前の(そば)を離れない。……お、お前がす、好きだからな。……だからさ、今は安心して眠ってくれよ。」

「……うん。」

彼女にその微笑(ほほえ)みを取り戻した自分が、ひどく(ほこ)らしかった。

 

 

深い森に差し込む月明かりが、太陽のように(まぶ)しく思えた。




※伸う伸うと(のうのうと)
のびのびとしている様。束縛から解放された様子。特に、悪事を働いた者を指すことが多い。

※掘っ立て小屋(ほったてごや)
お粗末な家。礎石(そせき)(建物を支える土台のこと)がなく、直接地面に柱を立てた小屋のこと。プレハブ。
それでも雨風や獣などの外敵から身を守るには十分な建物です。

※航空機の出入りの仕方
「空港」や「(みなと)」は政府のみに所有を許された施設であることにします。ですので、国の出入りは必ず国の認可が必要になります。
公的機関も民間の航空機も離着陸の際、固有の識別信号を空港管制塔に発信します。その信号が空港に登録されているものであれば空港側が必要に応じた滑走路へと誘導してくれます。
空港に個人の格納庫を設けることもできますが、それなりにお金がかかります。
別土地に個人の停泊地を設けることもできますが、もっとお金がかかります。定期的な政府の監査が必要になるからです(必要以上の武器を保有していないかなどの)。
ヒエンの諸々に関してはエルクやシュウのお仕事、ビビガのアパートから得られる収入で(まかな)われています。

一時停泊という形でなら、各空港にある専用の空きスペースを利用することができます(民間機に限った話ですが)。ですが、もちろん満船という状況もありえるので、確実に停泊させたいなら事前に空港に予約しておく必要があります。
ちなみにそのスペースはヒエンのような小型船舶20機分くらいです。大型であれば10機も泊められません。あまり広いとは言えませんが、そもそも「飛行機」は「船」や「車」に比べ、とても危険な乗り物なので政府としてはこれ以上の受け入れは「反乱」などの騒動に係わると考えているのです。

※ガルアーノの影武者
前回シュウに撃たれて死んだ男のことです。
原作では「ドールマスター」というモンスターとして登場しました。
その設定を()んで、死体を操ったり(命を持たない人形と仮定して)(明記していませんが、2話前でリーザにやられたニンジャやホブゴブリンも操ってたりします)、リーザに話し掛けたり(人形を操る『力』の延長線的な意味で)、酒瓶でパンディットを殴ってみたり(ドールマスターの直接攻撃のモーションに酒瓶で殴るというのがあるんです、確か)してます。

分かりにくかったかもしれませんが、秘書として女神像式典の手配をガルアーノと打ち合わせしていた男も、ガルアーノの屋敷でアンデルと対話していた男もこの影武者です。

自己解釈ですが、影武者にドールマスターが起用されたのは、エルクたちを手の平で躍らせる人形に見立てているのではないかと。
そう考えると、ただの影武者で終わらせるのが勿体(もったい)なく思えて今回のような特別待遇(主要キャラ的な扱い)をしました。

※二人の恋模様
ちょっとやり過ぎているようで反省しています。今後の展開とか考えると今はまだリーザの一方通行にしておいた方が良かったのかも……。
でも、ここまでやってしまった以上このまま進めていかなきゃなんだけど(笑)

※話が先に進んでいない???
すみません。前回の話の終わりに、vsガルアーノ影武者から一日経過しているような書き方をしていますが、この話はシュウと別れてから翌日までを書いています。
書きたいことが上手く整理できなかったのでこんな形になってしまいました。読みにくくいでしょうが、ご勘弁くださいm(__)m
次はちゃんと進みます。

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