「無理ね」
いつものように椅子に座って本を読みながら、雪ノ下が言った。
俺は雪ノ下の目の前で仁王立ちし、その回答に難を示す。
こちらもこちらでいつものように不機嫌そうに彼女を睨む。
「無理だぁ?何が無理なんだよ」
やや怒りのこもった声でそう言った。おそらく上原の怒りだろう。
すると雪ノ下はパタン、と本を閉じてこちらを見もせず口を開く。
「無理なものは無理よ」
「うるせんだよこの野郎、てめぇが無理でも俺はやんだよ」
「じゃあなんで聞いてきたのよ……」
話しが進まないわ、と言って雪ノ下がこめかみに手を添える。
確かに話が進まない。上原の異常な戸塚への執着心はなんなんだ。
まぁ確かに戸塚は可愛いから、上原みたいな変人が愛着を抱くのも分かるが……
とりあえず一旦冷静になった方が良い。
怒鳴って乱れた呼吸を整えて首をくいっと動かす。
「まぁよ、ちょっとテニス部に出向いて焼き入れてやればいいだけだからよ。な?」
「だからそれが問題なのよ……そんな人間が集団生活に加われると思って?」
「なんだこの野郎」
「だからそう言う所の事を言ってるのよ」
痛い所を突かれて黙る。
「最も、あなたという共通の敵を排除するために一致団結するかもしれないわね。でも排除するための努力だけで、自身の向上に繋がる事は無いの。だから解決にはならないわ」
やや捲し立てるように、それでいて筋を通すように言い切る。
この時ばかりは雪ノ下が俺のことをしっかりと見ながら話していた。
これだけ教訓っぽく話すという事は、そういう経験があるのだろうか。
どうせろくでもないんだろうが。
「ソースは私」
やっぱり経験があった。
「なんだお前、自分でそう言う事した経験あんのか」
「いえ。……私、帰国子女なの」
あ、何かスイッチ入ったな。
そう直感した。彼女が自分の事を語る時は、ちょっとだけ熱くなる。
正確には熱くなるというより、攻撃性が増す……と言った方が良いか。
具体的には、何もしていないのに俺が口撃の被害に遭うのだ。
ちょっとため息をつきながら彼女の話に付き合う。
どうやら中学の時に海外へ編入した際、彼女の事を気に入らなかった学校中の女子たちが、雪ノ下を排除しようと躍起になったらしい。
「……まぁ、誰一人として自分を高めて私に対抗しようとする者なんていなかったのだけれど。……あの低能ども」
まるである種のサクセスストーリーを語ったかのように見えた雪ノ下だが、最後の一言だけに何か恨みのようなものが混ざっていた。
恐らく、それなりに苦労したのだろう。
だが、それじゃあ戸塚の願いを叶えられない。
そして俺の欲求すらも叶えられない。
「とにかくよ、戸塚の為にもなんとかなんねぇか」
「……なぜそんなに熱心なのかしら。あなたのキャラじゃないわね」
「そんなもんお前、戸塚だからに決まってんじゃねぇか馬鹿野郎」
理由になっていない理由に、自分でも疑問を感じずにはいられないが、実質それが理由みたいなものだ。
雪ノ下の顔はさらに険しくなる。
「……あなた、同性愛者なの?」
「てめぇ馬鹿野郎、俺ホモじゃねぇよ!」
半笑いでそう答える。
実質、俺という人間はホモではない。
ただ、俺が有する人格の一つにバイセクシャルが混ざっているだけだ。
そのホモなら男はなんでも食えるみたいな目ぇやめろ雪ノ下。
お前も由比ヶ浜と絡んでる時嬉しそうじゃねぇかこの野郎、お前もホモなんじゃねぇのか。
「……まぁいいわ。でもね比企谷くん、何でもかんでもお願いを叶えることが彼らのためになるとは限らないのよ」
「うるせぇな、俺に説教すんじゃねぇよ。お前母ちゃんか」
「はぁ~……」
雪ノ下が大きくため息をつく。
どうやら呆れられたようだ。
「なんだこの野郎、じゃあお前ならどうすんだ、あ?」
すると雪ノ下は、そうね、と考えてから少しだけ邪悪な微笑みを見せた。
「全員死ぬまで練習、死ぬまで素振り、死ぬまで走り込み……とか」
「お前も死ぬんだよッ!」
とうとうその態度に俺は怒鳴ってしまった。
案の定雪ノ下はこちらを睨み、何か憎まれ口を言おうとする……が。
ガララ、っと教室の扉が開き、遮られてしまった。
二人して入り口を睨むと、そこには無邪気に手を振る由比ヶ浜の姿が。
「やっはろ~!今日は依頼人を……って、どうしたの?」
険悪なムードを察して由比ヶ浜が尋ねるが、俺は無視した。
「何でもないわ。それより由比ヶ浜さん、依頼人がどうかしたの?」
雪ノ下が催促すると、由比ヶ浜は思い出したように笑顔になった。
「今日は依頼人を連れてきたよ~!ふっふふーん」
やたら上機嫌に由比ヶ浜がわめくと、彼女の後ろから一人の可愛らしい少年がやって来た。
戸塚だ。
戸塚を見るや否や、俺まで由比ヶ浜に毒されたように笑顔になる。
「おう戸塚!」
「あれ、比企谷くん?なんでここに?」
驚く戸塚も可愛い。
「俺あれだからよ、ここ刑務所だから。収容されてんだよ。な、雪ノ下?」
「なぜ私に同意を求めるのかしら……死んでもあなたと同じ独房は嫌よ」
その流れをまたもや遮るように、由比ヶ浜が勝手に喋りだす。
こいつ空気読めるのか読めねぇのか分かんねぇな。
「いや~私も奉仕部の一員じゃん?だから働こうと思ってさ~。そしたらさ、彩ちゃんが困ってる風だったから連れきたの~!」
こいつ部員だったのか。
てっきり公園に居座るホームレスかなんかと同じ類だと思ってたわ。
しかし、どうやら雪ノ下も同じことを思っていたらしい。
「由比ヶ浜さん」
「ゆきのん、お礼とかそう言うの全然いいから~!部員として当然の事をしただけだし」
「別にあなたは部員ではないのだけれど」
シレっと、雪ノ下が残酷な事を言い放つ。
「違うんだ!?」
思わず笑った。
俺は戸塚に近寄ると、由比ヶ浜を押して部屋から出そうとする。
「違うってよ。ほらあっち行け、行けっておら。お前入部届も出してねぇだろうが」
「書くよ~!入部届くらい何枚でも書くよ~!うわーん!」