その男、八幡につき。   作:Ciels

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ホルスター作ってたりしたら遅れました


入学式

 

 

 

 

 ふと、この前由比ヶ浜から言われて思い出したことが夢に出た。

出た、というよりは思い出したと言った方がいいだろう。

それはもちろん、高校の入学式の出来事だ。

 

まだ碌でもない人格が完全に形成される前の俺は、入学式という事もあって一時間も早く登校した。

勿論俺はぼっちでそれまでの事があったのだから、過度な期待はしていなかったのだが、それでもこれからの可能性を考えると浮足立っていたのも確かだ。

妙に鼻歌なんか歌って自転車に乗っていたのを覚えている。

 

もう一度言うが、この頃はまだ今の人格が完全には形成されてはいなかった。

他人の物騒な記憶というのはあるにはあったが、それでも中二病にもなったし、言動こそやや物騒になりつつも、それを除けばただの少年であったことは言うまでもない。

言うまでもないのか?

 

 

夢の中で俺は、自転車に乗って歩道を走る。

入学式にはもってこいの天気で、桜の花びらがいい味を出していた。

周りから見れば怪しくにやけていた俺だったが、当の本人は希望に胸を膨らませているんだからしょうがない。

 

不意に、犬の鳴き声がした。

昔から猫は好きじゃないが、犬はそれなりに好きだったためにふと鳴き声のした方向を向く。

 

遠めだったし自転車に乗ってたために飼い主の顔はよく分からなかったが、同い年くらいの女の子が犬を連れて散歩している最中だった。

と言っても、犬が元気を持て余すあまり、飼い主が引っ張られている始末だったが。

 

何やってんだ馬鹿だなぁ、なんて思いつつも俺は自転車を走らせた。

だが、急に飼い主の女の子が叫びをあげた。

またそちらを振り向くと、犬が車道へ飛び出してしまっていたのだ。

 

咄嗟に車道を確認する。

すると、止まる気の無い黒塗りの高級車がクラクションを鳴らして犬に突っ込もうとしていた。

 

 

「……」

 

 

らしくない。

本当にらしくない。

今にしてみればそう思う。

 

だが、この頃の俺はまだ優しかったのだろう。

気が付けば、俺は犬を助けるために車道へと突っ込んでいた。

 

 

 

 

フレームが歪んだ自転車が倒れ、車輪が回る。

腕には怯えた犬。

立ち上がろうと力を入れた足は、酷く痛かった。

 

それでも立ち上がり、犬を放してやると、犬は飼い主の下へと駆ける。

飼い主の女の子はへたり込んでしまっていた。

 

 

自分と犬を轢き殺そうとした車を見る。

ボンネットは歪んで、自転車がぶつかった後が生々しく残っていた。

よくもまぁ、俺生きてたな。実は死んでんじゃねぇのか。

 

と、そんな時、運転席の窓ガラスが開いて運転手が顔を出した。

運転手は酷く驚いた様子で、

 

 

「君、急に飛び出すな」

 

 

と。

 

 

「……」

 

 

無言で俺は運転手を見据えた。

そして、痛む右足を引きずりながら、車へと寄る。

 

運転席の横へと辿り着くと、運転手は呆けた表情で俺を見ていた。

 

 

「何……」

 

 

運転手が何か言い終わる前に、俺はそいつの顔を殴った。

拳に生々しい感触が伝わる。

 

 

「出てこいこの野郎」

 

 

ドアを開けて鼻を押さえる運転手を引きずりだす。

 

 

「何なんだ!」

 

 

そう言う運転手をまた殴る。

 

 

「てめぇ人轢いといて何だじゃねぇだろ」

 

 

拳のコンビネーションを運転手に決める。

運転手の顔を見てみれば、前歯が一本折れていた。

 

 

「てめぇこの野郎ッ!!!!!!何が飛び出すなだコラァッ!!!!!!ぶち殺すぞあぁッ!!??」

 

 

酷く怒りながら、ありとあらゆる暴力を注いだ。

自分を轢いたことを怒っているのではない。

確かに足は痛むが、せいぜい骨が一本折れているくらいだろうから。

 

入学式に出られないことを嘆いている訳でもない。

校長や市議会議員の話なんて長いだけでどうでもいい。

 

 

だが。

 

 

こいつのしていることは筋が通らないのだ。

 

 

気絶寸前の運転手を何度も殴る。

気が付けば、足だけでなく拳までも痛めていたバカな自分がいた。

 

 

結局、その暴力は警察が俺を止めるまで続いたのだ。

 

 


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