職場見学というものがある。
要は、興味のある職場にお邪魔してその仕事を体験したり見学したりするものだ。
大体この行事は平日の昼辺りに行われるため、授業が潰れる。
それだけ見てみれば中々有用な行事ではあるのだが、俺、比企谷 八幡には一つ問題があった。
放課後。
進路指導室において、現在平塚と面談中。
内容は、まさに職場見学についてだった。
俺が提出した見学調査書に問題があったらしく、こうしてこの行き遅れと対面している訳だが……
「……比企谷ァ」
イライラした様子で俺の調査書を握りつぶす。
俺はいつものように無表情かつ不機嫌そうに、平塚と対面する形で椅子に座り、お茶を飲む。
飲んで、コップをコースターの上に置くと言った。
「なんすか」
「なんすかじゃないだろなんすかじゃ、えぇ?」
そう言うと平塚はくしゃくしゃになった調査書を広げて俺に見せた。
そこに書かれている職場は、自宅。
そう、俺の職場見学希望は自宅で、職業はヒモだった。
「先生、今時ヒモってなるの難しいんですよ。顔も良くなきゃなれないし」
「そんな事聞いてるんじゃない馬鹿者。お前こんなもの提出して通ると思ったか、え?」
正直、通ると思ってはいない。
いないのだが、それでも他の職業に興味を示せないのだから仕方ない。
昔、まだ人格が完全に形成される前は、公務員だった。
でも、公務員も公務員で面倒事多いし、かと言って男子の憧れ警察官はもうやりたくない。
我妻も西も、どっちも警察官としての闇を知っている訳だし。
それにその二人の記憶と人格が混ざった俺がなろうものなら、今度こそ免職処分では済まないだろう。良くて塀の中だ。
それに他の……もう一つやれる職業があるとすれば、ヤクザだ。
そんなもん、ヒモって書くよりヤバいに決まっている。
「イケてると思ったんですがねぇ」
「お前の頭は逝ってるよまったく……」
「先生の年齢もいってますよ」
「ふんっ!!!!!!」
ドッ、とノーモーションでパンチが飛んでくる。
鳩尾に平塚の拳が激突すると、思わず咳き込む。
「いてぇなこの野郎、体罰じゃねぇか!教育委員会に言うぞ!」
「その前に撃滅のセカンドブリットを叩きこんでやるぞ」
「……すんません」
素直に謝る。
正直二発もこいつのパンチを食らいたくない。
「作品古いんだよ馬鹿野郎……」
「何か言ったか?」
「いいやなんも」
結婚できない理由の一つがこの荒々しさだと、この人はなぜ気付けないのだろうか。
暴力的進路指導が終わり、奉仕部へと向かう。
あのババァ、平気で殴りやがって……何が再提出だこの野郎。
痛む腹をさすりながら扉を開けると、いつものように雪ノ下が読書していた。
おう、と挨拶だけしてカバンを机の上に置く。
と、そんな時、由比ヶ浜のカバンが机の上に放置されている事に気が付いた。
もちろんあのバカは教室にはいない。
「会わなかったの?」
由比ヶ浜の事を聞こうとした矢先、雪ノ下がそう言った。
「誰にだよ」
雪ノ下は口で答えるのではなく、目線だけを扉へと向ける。
何かと思ってそちらを見てみれば、由比ヶ浜が勢いよく扉を開ける瞬間だった。
「あっ!いたー!」
俺を見るや否や、そう言って指をさしてくる由比ヶ浜。
夏服になったせいでワイシャツ越しにおっぱいがゆっさゆっさと揺れている。
デカい。
「何だこの野郎、指差すなよ」
「あなたがいつまで経っても部室に来ないから、探しに行ってたのよ。由比ヶ浜さんが」
わざわざ説明してくれる雪ノ下。
しかしわざとらしく由比ヶ浜を強調しているあたり、嫌味を言ってきているに違いない。
「わざわざ聞いて歩いたんだからね!そしたらみんな、比企谷?あっ……知らないですやめてくださいって言うし」
「なんだそりゃ、俺犯罪者みてぇじゃねぇか」
何で察するんだよ。
つーか何を察するんだよ、俺なんもしてねぇぞ。
「この前の戸塚さんの件、大分噂になってるみたいね」
「俺が戸塚とイチャついてたのがそんなに悪いのかよ」
「そうじゃないわよ……」
はぁ~っと大きなため息を見せる雪ノ下。
この野郎、ここぞとばかりに遠回しやら直球で馬鹿にしやがって。
少しは戸塚のピュアさを見習え。
「あれだよ、隼人君たちとの……」
「分かってるよ馬鹿野郎、俺お前より頭良いんだからよ」
嘲笑しながら由比ヶ浜をバカにする。
雪ノ下が馬鹿にするなら俺は由比ヶ浜をバカにしよう。
あれだ、じゃんけんみたいな三竦みの関係だ。
「もー!事あるごとにバカにしてー!もういいしっ!とりあえずヒッキー、携帯出して!」
「何だこの野郎、カツアゲすんのか」
「違うって!アドレス交換しようよ!また探しに行くの嫌だから!」
なるほど、こいつにしては中々良い案だな。
でも待てよ、探さなきゃこうにはならないんだよな。
なら俺は奉仕部を止めて戸塚と遊びに行こう、そうしよう。
と、俺が提案しようとしたが、由比ヶ浜が人のポケットから携帯を奪い取った。
「もうヒッキー遅い!」
「だからって人のポケット漁んなよ」
「いいから!ほら、早く交換しよう!」
そう言って由比ヶ浜から自分のスマホを渡される。
でもなぁ、俺アドレス交換なんてしたことないしなぁ。
「おい、お前やれ」
ならばと、由比ヶ浜にスマホを投げ渡す。
危なっかしくキャッチすると、由比ヶ浜はちょっとだけ引いたように言った。
「あたしが打つんだ……ていうか、迷わず人に携帯渡せるのがすごいね」
「なんも大事なもん入ってねぇからだよ。大事なもん入ってたらお前に渡さねぇよ、壊しそうだし」
「あーもー!ヒッキーまたバカにして!」
「いいから早くやれよ馬鹿野郎!」
急かすように怒鳴る。
とりあえず椅子に座り、彼女がアドレスを打ち終わるのを待つ。
由比ヶ浜は趣味の悪いピンクのガラケーを取り出すと、凄まじい速さでアドレスを打ちだした。
ていうかよ、なんだって由比ヶ浜みたいな奴らは携帯にゴテゴテ変なもん付けまくるんだろうか……痛車の事言えねぇじゃん。
「お前打つの早ぇなぁ、そんなんばっかしてっからテストの成績悪いんだぞ」
「普通だし!ちょっと黙ってろし!」
怒りながらスマホとガラケーを交互に見る由比ヶ浜。
「貴方の場合、メールする相手がいないから早く感じるだけよ」
唐突に雪ノ下がディスり始める。
「お前だっていねぇじゃねぇか」
「……」
「何とか言えよ、おい。雪ノ下?なんか言えって」
「うるさいわね、黙りなさい」
ブーメランを食らって反論できない雪ノ下。
こういう雪ノ下は少し可愛いと思う。