次の日の、とある休み時間。
俺はいつものように何もせずただ席に座り、休み時間を満喫する。
休み時間なのに話しててどうすんだ、休むためのもんだろ、と以前由比ヶ浜に言ったら引かれた。俺は悪くない。
そうは言ったものの、何もせず、というのは厳密には違う。
それは表面上の事であり、内心では昨日の依頼のためにちゃんと仕事をこなしていた。
具体的には、聞き耳を立てている。
あの葉山組の連中に対してであった。
「でさー、葉山君ったらまじっべーの!」
「大袈裟だなぁ、ははは」
いつものようにあいつらは駄弁っている。
そこにおかしな点は見当たらない。
「……面倒くせぇなぁ」
ふと呟いた。
俺が探偵染みた事をしなくちゃいけない理由は、昨日の依頼と切っては切れない。
昨日、奉仕部。
職場見学が原因であることを言うと、由比ヶ浜がいつになく冴えた事を言いだした。
「あたし犯人分かっちゃったかも!」
「説明してもらえるかしら」
珍しくそんな事を言う由比ヶ浜に、雪ノ下は少し驚いたような顔で言ってみせた。
「こういうイベントのグループ分けは、その後の関係性に関わるからねぇ~、ナイーブになる人も居るんだよ~」
うんうん、と頷いて自分が導いた結論に納得する。
「なんだお前、シャブでも決めてんのか。えらく頭働いてんなぁ」
茶化すように笑う。
実際は褒めているようなものだ。つまり俺は、ツンデレさんなのである。
自分で言ってて嫌になっちゃうよ。
「シャブって何?」
「覚せい剤の事よ」
「ヒッキー酷い!」
ここまでテンプレートだ。
葉山も苦笑いしている。何笑ってんだこの野郎、と言ったら笑わなくなったので良しとしよう。
さて、ズレてしまった話を元に戻そうか。
「職場見学は三人一組だかんなぁ。一人だけハブられないように蹴落とそうってんだろ、よくあるじゃねぇか」
ふむ、と雪ノ下が顎に手を添える。
やっぱこいつはこういうの様になるよなぁ。
由比ヶ浜も見習え。いや、やっぱ戸塚を見習え。
「となると、犯人はその三人の中で間違いないわね」
よし、なら一人ずつ取り調べして吐かせよう。
こういうのなら慣れてんだ俺は。
と、次の暴力に備えていた時だった。
焦ったように葉山が口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺はあいつらの中に犯人がいるなんて思いたくない。三人を悪く言うメールなんだぜ、あいつらは違うんじゃないのか?」
この期に及んで何を言うのかこいつは。
まだ友達ごっこがしたのだろうか。
「馬鹿野郎、お前だってもう気付いてんだろうが。そんなもん自分が疑われないようにするために決まってんじゃねぇか、あ?」
うっ、と葉山は一歩後ろに引く。
仮にもこいつは学年で成績が二位と、頭は悪くない。
それならもう気が付いているはずなのだ。ここに来る前から。
だから、こんな話は時間の無駄だった。
だが、こいつの取り巻き三人……というよりは犯人は、そこまで賢くはないらしい。
もうちょっと賢ければ、あえて一人だけ悪口の内容を軽くして自分に疑いの目が掛からないように徹するだろう。
「とりあえず、その三人の事を教えてもらえるかしら?」
雪ノ下が葉山に尋ねる。
まだ納得していない様子の葉山だったが、渋々答えた。
「戸部は、見た目悪そうに見えるけど、一番乗りの良いムードメーカーだな。イベント事にも積極的に動いてくれる、良い奴だよ」
あのよく突っ掛ってくるあいつか。
少なくとも葉山より根性あって見どころがあると思う(ヤクザ視点)
しかし、雪ノ下はバッサリとこうメモをした。
「騒ぐだけしか能がないお調子者、ということね?」
「お前酷ぇなぁ、ふふ」
思わず笑ってしまった。
こいつこんなんだから友達出来ねぇんだよ。
あ、俺もか。
他の二人が困惑する中、雪ノ下は続けて、とだけ言った。
「大和は、冷静で人の話をよく聞いてくれる。ゆっくりマイペースで、人を安心させるって言うのかな、良い奴だよ」
「それ単に優柔不断で人の話聞いてないアホじゃねぇのか?」
今度は俺が酷評する番だ。
雪ノ下も同じような内容をメモしているに違いない。
葉山はめげずに紹介を続ける。
「大岡は、人懐っこくて、いつも誰かの味方をしてくれる、気の良い性格だ!いいヤツ……」
「でもそれって人の顔色ばっかり窺ってるって事だよね?あっ」
由比ヶ浜がトリを務めてコンボは完了した。
ていうかお前仮にも葉山のグループなんだから言ってから気付くなよ。むしろ擁護しろ擁護。
「そういう人間を風見鶏と言うのよ由比ヶ浜さん」
「そうなんだ~」
由比ヶ浜に新しい知識が加わった。
容赦ねぇなぁ。
ふむ、と雪ノ下はメモを見て悩む。
「どの人が犯人でもおかしくは無いわね」
確かにその通りだ。
コイツの話は全て主観で物事を語っている。
「お前の話じゃアテんなんねぇなぁ。もっとなんかねぇのかよ、コンビニ強盗したとかよ」
「君は何を言っているんだ」
真顔で葉山は返してくる。
「貴方たちはどう思う?」
と、雪ノ下が俺たちに情報を求めてきた。
「え?ど、どう思うって言われても……」
「知らねーよ、俺教室じゃ戸塚としか話さないんだからよ」
由比ヶ浜も俺も、今の情報じゃどうにもならない。
「じゃあ調べてもらってもいいかしら?」
「う、うん……」
雪ノ下の頼みに、由比ヶ浜は渋々頷く。
無理もないだろう、身内を調べるのは辛いものだ。
我妻も、親しかった岩城の事を知った時は、どうにも動けなかった。
「ごめんなさい、あまり気持ちの良いものではなかったわね」
雪ノ下が謝る。
「俺やるよ」
気が付けば、言葉が出ていた。
皆が俺を不思議そうな目で見る。
「戸塚にさえ嫌われなきゃいいしよ。へへ、こう見えて捜査得意だからよ」
一人で何件ものヤマを当たってきた。
これくらい何とかなるだろう。
「あ、あたしもやる!」
便乗する様に由比ヶ浜が手をあげた。
まるで何かの当番決めてる時のガキみてぇだ。
「ゆきのんのお願いなら聞かない訳にはいかないしねっ!」
ぐいっと雪ノ下に笑顔で詰め寄る由比ヶ浜。
なぜか雪ノ下は頬を赤らめた。
そして恥ずかしがるようにそっぽ向く。
「……そう」
「頑張るねっ!」
そう言って由比ヶ浜は抱きつく。
なんだありゃ、百合じゃねぇか。材木座に教えてやらねぇと。
「仲良いんだな!」
いつもの笑顔で葉山は言った。
……今ならあの二人は見ていない。
「おい葉山」
スッと、由比ヶ浜とは違う目的で葉山に寄る。
ギリギリ二人には聞こえない距離だ。
え、と葉山は顔に疑問を浮かべた。
俺は葉山を睨むように目を合わせる。
「な、なんだいヒキタニ君……」
「今度は殺すって言ったろ」
葉山が凍る。
作り笑顔のまま、葉山は動かない。
雪ノ下と由比ヶ浜の百合タイムが終わるまで、俺は葉山を睨んでいた。
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