次の日、奉仕部。
昨日は戸部の調査が済んだため、今日は大和とかいう図体のデカい優柔不断を調べる手はずだ。その前に部室へ行き、雪ノ下に簡単な報告をする。
報告って言っても、戸部は何ともなかったとしか言いようがない。
そういや飯の後、なんだか材木座のヤツが体調悪そうだったな。
今日は珍しく平塚に捕まらずに部室へ行けた。
扉を開けると由比ヶ浜と雪ノ下がすでに集まっていた。
「あ、ヒッキー!どこ行ってたの?探したんだよ?」
相変わらず元気いっぱいの由比ヶ浜が叫ぶように言う。
「うるせぇなぁ、便所だよ便所。うんこしちゃ悪いのかよ」
昼にいつもより食い過ぎたせいで沢山出てしまった。
おかげで今俺の腹はとてもスッキリしている。
が、それとは反対に由比ヶ浜と雪ノ下は顔をしかめる。
「入って来て早々汚らしい言葉を言うのはやめてくれるかしら、比企谷君」
「そこまで聞いてないし……」
そんな二人の言葉を聞き流し、鞄を机の上に置く。
そして相変わらず本の虫である雪ノ下に報告を済ませることにする。
「そういやよ、昨日戸部のヤツを探ってきたぞ」
「そう。収穫はあったかしら?」
本から目を離さずに雪ノ下は言う。
俺は首を横に振った。
「いんや。チェーンメールの内容は嘘だってことしか分からなかったな。ただ、あいつが犯人って線は薄いと思うぞ」
そこまで言うと、雪ノ下は興味を持ったように本から目を離す。
そして硝子細工のような瞳でこちらを見た。
「説明してくれるかしら」
あとは昨日見た事をすべて話す。
小学生たちと仲睦まじく遊んでいた事などだ。
話し終えると、雪ノ下は本に栞をして、ぱたんと閉じた。
ふぅ、とため息にも似た吐息を吐く。
「まだ推測の段階は出ていないわね。けれども、私も比企谷君の意見には賛成よ」
「珍しいね、ゆきのんがヒッキーと同じ意見だなんて」
横で話を聞いていた由比ヶ浜が言う……確かにそうだけどよ、あんま煽るような事言うんじゃねぇよ。
とにかく、俺の話は終わった。
これから大和ってやつの所に行って調査しなければ。
俺は鞄を手にすると、部屋を後にしようとする。
「あれ、ヒッキー帰るの?」
ヒッキー帰るなんて言われるとヒキガエルに聞こえてくる。
俺は振り返り、
「大和んとこ行くんだよ」
「比企谷君、それは明日でいいわ」
不意に、雪ノ下が俺の事を止める。
雪ノ下はスッと立ち上がり、一言。
「私も行くから」
次の日、朝のホームルーム前。
昨日は結局あれで解散になった。大和の調査は今日、雪ノ下と行う。
由比ヶ浜がやたらと二人で行くことを抗議していたが、あいつが行くと顔が割れているので問題になる可能性があるため却下された。
んで、今俺は何をしているのかというと。
「…………」
自分の席で葉山たちを観察している。
相変わらずあいつらくっだらねぇ話題で盛り上がってんなぁ。
こりゃ聞くだけ無駄かもしれない。
と、そんな時だった。
目の前に、緑色のジャージとふりふりした手が飛び込んでくる。
見上げると、そこにはちょっと緊張した笑顔の戸塚が。
「おはよっ!」
笑みがこぼれる。
なお、他人から見たら不気味な模様。
「おう、おはよう戸塚。今日もかわいいな」
そう言いながら、戸塚の手を握る。
「あっ、ちょっと比企谷君……もうっ」
唐突なセクハラにぷくっと頬を膨らませる戸塚。
うーん、最近は戸塚でもいいんじゃないかと思えてきた。
かわいいし。
「悪い悪い、へへっへ」
手を放す。
ちょっとだけ戸塚が残念がったような気がした。
「なんか用か?」
「うん。職場見学のグループ、もう決めた?」
まさかのタイムリーな話題。
いやまぁ、職場見学自体は奉仕部だけの問題じゃないのだが。
「まだだよんなもん。お前はどうだよ」
「え?ぼ、ぼく?僕はもう、決めてる……よ?」
両手の指を合わせ、もじもじする戸塚。
かわいいなぁ。
まぁ戸塚ならもう決めちゃってるか。
テニス部だしかわいいし、引く手数多だろう。
そいつらぶっ殺さなくちゃな。
でも俺はどうだろうか。
俺がつるむ奴なんて、男子では材木座しかいない。
あいつ昨日はちゃんと調査したんだろうな。
「うーん、俺男の友達いねぇんだなぁ」
一人、ぼやく。
「あの、僕男の子だけど……」
そう言って自分を指差す戸塚。
お前は男の娘だよ。
しかし今考えて見たら、俺と戸塚は友達なのだろうか。
依頼で少し仲良くなったけどなぁ。
ふと、葉山のグループを見る。
「隼人君、どこに決めた?」
丁度大岡とかいうチビ助が職場見学の話題を振っているところだった。
この瞬間を見逃さない。
一瞬、葉山がこちらを見た。
そしていつものイケメンスマイルで答える。
「俺はマスコミ関係か、外資系企業見てみたいかな」
すかさず戸部が、
「やっべー!隼人マジ将来見据えてるわ~!でもぉ、俺らもそういう歳だしぃ、最近親とかマジリスペクトだわぁ!」
あいつは変わらないな。
と、今度はガタイの良い大和が急に戸部の肩を掴み、便乗する。
「これからは真面目系だよな!」
その瞬間を見逃さない。
もうこの時点で犯人の目星は殆ど付いていた。
「…………」
俺はしばし黙り込む。
そんな俺を心配そうに戸塚は見ている。
「比企谷君?」
話しかけてきた戸塚を、俺はまじまじと見た。
「彩加」
葉山たちのようにファーストネームで呼んでみる。
これは俺なりの気遣いでもあったのかもしれない。
戸塚はしばし驚いた様子だったが、次第に笑顔へと変わった。
「へへ、なんでもな」
「嬉しい!」
「……おう」
いきなり喜ぶ戸塚に、俺の撤回の言葉は遮られる。
ニッコリと、小町とタメを張れるくらいの笑顔で、
「初めて名前で呼んでくれたねっ!」
その笑顔があまりにも眩しくて。
そしてそんな事で喜んでいる戸塚があまりにも愛おしくて。
俺まで笑顔になる。
戸塚の手を掴んで、俺の膝の上に乗せた。
男でテニス部をしている戸塚の体重は、小町と同等くらいの重さでちょうどいい。
少し驚いていた戸塚だが、すぐに笑顔で振り返るようにこちらを上目遣いで見上げた。
「えへへ、僕もヒッキーって呼んでいい?」
「そりゃ駄目だ」
「じゃあ、八幡!」
「へへへへ、もう一回」
「八幡!」
「あと三回」
「八幡!八幡!八幡!八幡も僕を呼んで?」
「彩加ぁ、へっへへへへ」
だらしない笑い声をあげて戸塚に抱きつく。
戸塚……いや彩加もまんざらでもないようで、後ろから回している手をぎゅっと握ってくれている。
その光景はあまりにも異端で、周囲のクラスメイトは固まってしまっている。
一人ばかり鼻血を出している女の子もいるが、気にしない。
なんだ由比ヶ浜、そんな目で見やがって。羨ましいか?彩加はやらねぇぞ。
職場見学の話しそっちのけで俺と彩加が戯れていると、なんと葉山がやって来た。
「ようヒキタニく」
「何だこの野郎!帰れッ!」
彩加の時とは打って変わり、厳しく当たる。
突然の怒号に葉山は固まる。
「もう八幡!あんまり他人に厳しくしちゃダメだよ!」
「彩加、悪いんだけどよ、ちょっとここで待っててくれ」
膝の上に乗せていた彩加をお姫様抱っこで抱き上げ、机の上に座らせる。
抱き上げた瞬間、なんだか色っぽい声をしていた彩加だったが、今は目前の問題に集中する。
席を離れ、教室の後ろへと葉山を押し出す。
「なんか用かコラ」
「え、あ、いやぁ、なんかわかったかと思って」
「分かんねぇよ馬鹿野郎」
そう言いつつ、俺は葉山組の三人を見る。
葉山がいなくなった途端、あいつらから会話が消えている。
三人は携帯を取り出し、黙々と弄り始める……なぁにが友達だ馬鹿野郎。
俺はしばらく黙った。
それから葉山を睨み、
「明日まで待ってろ、馬鹿野郎」
それだけ言って自分の席へと戻る。
そして机の上にちょこんと乗った彩加を前に席へ着くと、彩加の腰へと抱きついた。
「わ、ちょっと八幡!」
それを見ている葉山。
そして鼻血を出す海老名。
先生が来るまで、この光景は変わらない。