放課後。
奉仕部も特に活動が無く、割と早めに切り上げることになった。
ちなみにこの間の葉山とその周辺の問題は、すんなりと解決したらしい。
聞いた話だが、職場見学のグループにおいて、葉山があの三人とは別になることで丸く収めた……と。三人一組だからまぁ、俺もこの案は最初に浮かんでいた。
だが、それではチェーンメールのケジメが付かない。
本来ならば、犯人を徹底的に袋叩きした挙句追放するべきなのだ。
葉山は、本当に甘い。
いや、そもそもこの問題は、最初からこの妥協案で解決できたものだ。
俺たちに相談するまでもなく。
それをわざわざ奉仕部に……いや、「俺」に持ってくるあたり、あいつは割とえげつないとは思う。
本命の雪乃ちゃんに見破られていたのは災難だったが。
「兄貴、今日はどうします?」
「なんだこの野郎、いいよ解散で。ついてくんなよ」
「いいじゃないっすか、兄弟分なんですし」
「だから兄弟の盃なんざかわしてねぇだろ馬鹿野郎……俺はヤクザじゃねぇっつうの」
しつこくくっ付いてくる材木座と昇降口を出る。
「それにお前、ラノベはどうなったんだよ。書いてただろ、マシになったのかよ」
ちょっと前に持ってきた、ゴミのようなラノベ。
テンプレまみれで誤用まみれの文は、見ているだけで頭が痛くなる。
それを問うと、材木座は顔をそらした。
「思い切ってネットにあげたら袋叩きにされました」
「お前が袋叩きにあってどうすんだ馬鹿野郎」
思わず笑って材木座の頭を軽く叩く。
すんません、と謝る材木座がちょっとだけかわいそうになったが、それも経験だ。
いい加減材木座と別れて自転車置き場へと向かう。
夕日が校舎を赤く染めているのを見て、風情だなぁ、なんて考えていると、見覚えのあるポニーテールが目に入った。
川崎である。
あの黒のレースの、一匹狼感のある強そうな女だ。
声をかけるような仲ではないのでそのまま素通りしようとした。
だが、彼女が何か思いつめたように掲示板の張り紙を見ているので少しだけ気になってしまう。
そっと、ばれないように後ろから覗いてみると、どうやら夏期講習のポスターを見ているようだった。
そういや、もうすぐ夏休みだ。
俺も進学希望だし、夏期講習には行くつもりだ。
「……」
と、しばらくしてから川崎が歩き出す。
空気と化していた俺には気が付いていない様子だ。
まぁ、進学するんなら夏期講習に興味はあるだろう。
それだけだ。
俺もまた、同じように自転車置き場へと歩いていく。
川崎に触発された訳ではないが、帰りに夏期講習の資料を貰ってきた。
早いうちに目を通すのも悪くないと思い、近くのハンバーガー屋に寄る。
高校生にとって、ハンバーガー屋なんてもんは図書館と一緒で、勉強をする場所でもある。
図書館より優れている部分は、ある程度腹を満たせるものが在るか否か。
仮に図書館で飯が食えるなら問答無用でそっちへ行ってるだろう。うるさいし。
席に着くや否や、聞き覚えのある甲高い声が耳に届いた。
由比ヶ浜と雪ノ下、そして彩加が、窓際の席で勉強をしていたのだ。
普段なら、知り合いを見た程度で声をかける気にはならない。
だが、彩加が居るとなれば話は別だ。
不自然にニコニコしながら席へと近づく。
「次の慣用句の続きを述べよ。風が吹けば?」
「うーん、指が飛ぶ?」
雪ノ下の問題に、由比ヶ浜が答える。
「ゆ、由比ヶ浜さん、正解は桶屋が儲かるよ……」
「あ、そっか!えへへ」
ドン引きする雪ノ下と彩加。こいつ最近暴力的になってきてないだろうか。
そこに割って入るように、俺は話しかけた。
「相変わらずバカだなぁお前」
「うわぁ!?なんだヒッキーか!いきなり怖い人に話しかけられたと思った!」
面と向かって怖いって言うなよ。
傷つくだろ、俺意外と繊細なんだぞ。
「なんだこの野郎、人の顔見るなり変な事言いやがって……よう彩加。あぁ、それと雪ノ下も」
「なにかしらその取って付けたような言い方」
雪ノ下の冷ややかな目が突き刺さる。
俺は顔をそらして不満には答えなかった。
こいつはちょっと苦手だったりもする……弄ってると楽しいけど、後が怖い。
と、彩加がいつものようににっこりと微笑んで、
「あ、八幡!八幡も勉強会に呼ばれたんだね!」
と言った。
……俺そんなの初耳だぞ。
すぐさま由比ヶ浜の方を不機嫌そうな顔で見る。
うっ、とあからさまにヤバいという表情をして顔をそらした。
この野郎、誘ってない奴来やがったみたいな顔すんじゃねぇ。
そして、由比ヶ浜を援護する様に、
「比企谷君は勉強会には呼んでいないのだけれど……何か用?」
雪ノ下がとどめを刺す。
なんだこいつら、そんなに俺の心をいたぶるのが好きなのか。
材木座じゃねぇんだから喜ばねぇっつうの。
「お前本当に俺に恨みねぇんだよな?」
「無いわ」
きっぱりと、そう告げられた。
それっていじめって言うんだぞ。
不意に、由比ヶ浜が俺が手にしていた封筒に気が付く。
「なにそれ?」
「夏期講習の資料だよ」
「意外、ヒッキーってもう受験勉強?」
「意外ってなんだよこの野郎……他の野郎だって進学希望ならもうやってんじゃねぇのか。なぁ?」
そう、雪ノ下に返答を求める。
代わりに彼女は、カップのコーヒーを啜った。
なんなんだよ本当によ。
また不機嫌そうな顔で話を続ける。
「俺ゃ予備校のスカラシップ狙ってるからよ、尚更早くしねぇとな」
「スクラップ?」
「お前の頭だよ」
「ヒッキー酷い!指詰めるし!」
「お前最近マジで変だぞ」
とうとう人にエンコまで要求する様になってきた由比ヶ浜を案じる。
ちょっと俺に影響されてるのだろうか……いや、でもコイツの前でそんな用語使ってねぇしなあ。
話しを戻すため、雪ノ下が解説を始める。
「スカラシップよ。最近の予備校は成績の良い学生の学費を免除しているの」
さすがユキペディア。
何でも知ってるな。
「それ取って親から学費も貰えば全部俺のシノギになるしな。頭良いだろ俺」
「詐欺じゃん……」
「性質が悪いわね……」
呆れたように二人は言った。
やっぱり俺の味方は彩加だけだよ。……その彩加も目をそらしているあたり、俺は本当に駄目かもしれない。
「いいじゃねぇか誰も嫌な思いしてねぇんだからよ……」
ちょっと拗ねたように言った。
ここまでボロクソ言われると、さすがの俺でもしょげる。
そんな事もあって、座るか帰るか考えている時、入り口から声がかけられた。
「あ、お兄ちゃん!」
振り向くと、そこには最愛の妹がいた。
男を携えて。
「おう小町、ここで何してんだ?」
そう問いかけつつ、隣りの男を睨む。
服装からして小町と同じ中学の生徒なんだろう。
この野郎、人の妹と何しようとしてやがんだ。
「いや~友達から相談受けてて~」
友達。
誰だそいつ、小町の近くにはクソガキしかいないぞ。
と、そのクソガキが頭を軽く下げた。
俺はより一層そいつを睨む。
小町が他の男に寝取られる危機感を覚える。
同時に、新たに起こる波乱を、俺の中の恐い人格達がいち早く察知しだした。