その男、八幡につき。   作:Ciels

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人によっては不快なシーンがあります。
不満がある方は3-4x 10月をご覧ください。


My sweet......

 

 

 

 

 

 「いやぁ~どうも~!比企谷 小町です!」

 

 

六人が座るテーブルで、小町がいつもの笑みで挨拶を始める。

結局、その友達とか言う馬の骨の話をみんなで聞くことになってしまった。

クソガキ、小町、俺で一シート、その対面に雪ノ下、由比ヶ浜、彩加が座っている。

嬉しい事に彩加は俺の真正面だが、中坊がいるせいで素直に喜べない。

 

 

「兄がいつもお世話になってます~」

 

 

そう言う小町はどこか嬉しそうだ。

万年俺をごみいちゃんだのぼっちの鑑だの罵倒しまくって、その実心配してくれているのだから、俺がこうして女たちといる事が嬉しいのだろう。

俺の母ちゃん以上に母ちゃんしてるよお前。

 

 

「初めまして、クラスメイトの戸塚 彩加です」

 

 

真っ先に、彩加が笑顔で名乗りだす。

ほんの一瞬、由比ヶ浜が彩加を横目で見てなぜか表情を曇らせたが、気が付いた時にはいつもの天真爛漫な笑みへと変わっていた。

俺の気のせいだろうか。

 

小町はちょっと、興奮気味に、

 

 

「おほ~!可愛い人ですね~!ねぇお兄ちゃん!」

 

 

と言って振ってくる。

 

 

「当たり前だろ、彩加だぞ彩加」

 

 

俺も頷いて同意する。

 

 

「あ~、お兄ちゃんがよく言ってる人ですね!いや~、妹としてもこんなに可愛いお姉ちゃんができるとは、誇らしいですね~!」

 

 

お姉ちゃん。そう言われ、顔を赤らめる彩加。

そう言うところが可愛いんだよなこいつは。

もじもじと、女よりも女らしい仕草を見せると、男子テニス部部長は訂正した。

 

 

「僕、男の子なんだけど、なぁ」

 

 

それを聞いた途端、小町は眉をひそめる。

だが取り繕ったように笑顔になり、

 

 

「マジ?」

 

 

と俺に確認を求めてきたため、頷いて彩加が男であることを認めた。

小町は一瞬固まったが、空気を読んだ由比ヶ浜が自己紹介を続行する。

たまには役に立つじゃねぇか由比ヶ浜。

 

前のめりになり、たぷん、と揺れる胸をテーブルの上に乗せる由比ヶ浜。

 

 

「いや~はははっ!クラスメイトの、由比ヶ浜 結衣です!」

 

 

その魔性の果実は、中学男児には刺激が強かったらしい。

小町の横にいるガキが目をそらしながらもぞもぞし出した。

この野郎、いっちょ前にデカいのが好きってか。

 

 

「どうもどうも~、初めまし……ん?」

 

 

挨拶を返す小町だったが、突然訝しむような顔をして由比ヶ浜をじっと観察し出した。

何か忘れてるなぁ、なんて顔をしてうねり出す。

その様子に、由比ヶ浜も首を傾げる……うーん、こういう仕草は由比ヶ浜も可愛いと思うが、口にするとキモイと言われそうなので言わない。

 

一体何なんだ、と聞こうとしたとき、遮るように雪ノ下が言葉を発した。

 

 

「もういいかしら?」

 

 

そう言うと、小町ははっと我に返ったように笑顔を戻す。

 

 

「初めまして、雪ノ下 雪乃です。比企谷君とはクラスメイトではないし……友達でもないし、誠に遺憾ながら、知り合い?」

 

 

言い続けていくごとに、雪ノ下の表情が曇っていく。

だが、そんな雪ノ下に、小町は爆弾を投下する。

 

 

「あ、お姉ちゃん候補ってことでいいですかね?」

 

 

ピシッ。

小町がそう言った瞬間、空気が張りつめる。

主に対面している三人が、まるで銃撃戦を始める一歩手前のような雰囲気を醸し出しているのだ。

 

彩加は笑顔だが、目を開いたままピクリとも動かない。

由比ヶ浜は真顔で、いつも以上に目を見開いて小町を見ている。

雪ノ下は、腕を組んで呼吸すらしていない。

 

大丈夫だよな、机の下に拳銃とか仕込んでねぇよな。

ファッキンジャップなんて一言も言ってねぇぞ。

 

俺は思わず顔をそらした。

小町も何かよからぬものを感じたらしい、苦笑いして何も言葉を発せない。

余計な事を言おうものなら、ファミレスは血の海と化すだろう。

 

 

「あ、あの、俺、川崎 大志っす。比企谷さんとは塾が同じで……姉ちゃんが皆さんと同じ総武高っす」

 

 

なんと状況を切り開いたのは馬の骨。

ようしよくやった、みんな元に戻ったぞ。功績を称えて馬の骨から畜生にレベルアップだ。

とりあえず口の中が乾いたのでコーヒーを一口。

 

 

「名前、川崎 沙希って言うんすけど……」

 

 

そこまで聞いて、俺はコーヒーを飲むのを止めた。

タイムリーすぎる話題にちょっとばかし驚くも、今日遅刻してきた黒のレースの女を思い出していた。

この畜生、あいつの弟だったのか。道理で少し似ている。

 

 

「あ、川崎さんでしょ?ちょっと怖い系っていうか……」

 

 

由比ヶ浜が思い出したように言った。

 

 

「なんだお前、友達じゃねぇのかよ」

 

 

「まぁ話したことぐらいはあるけど……ていうか、女の子にそういう事聞かないでよ!答え辛いし!」

 

 

困ったように答える由比ヶ浜。

 

 

「でも、川崎さんが誰かと仲良くしているとこ見た事ない……かな」

 

 

フォローするように彩加が言った。

まぁ確かに、クラスの中心人物じゃなさそうだな。俺知らなかったし。

 

 

「それでね、大志君のお姉さんが最近不良化したっていうか、夜とか帰り遅くて、どうしたら元のお姉さんに戻ってくれるかっていう相談受けてたんだよ」

 

 

話しを進める小町。

 

 

「そりゃお前あれだろ、大人になったんだよ。男の一人や二人出来れば朝帰りなんてしょっちゅうだよ」

 

 

経験論からそう言った。

我妻の妹も、そう言う事があった。あまり思い出したくない、この畜生を殺したくなる。

まぁ案の定この席にいる誰もが俺の回答にドン引きした。

小町なんかゴミいちゃんとか言っている始末。

 

 

「畜生谷君の事は置いておいて……」

 

 

「畜生は大志だろこの野郎」

 

 

「なんすか突然」

 

 

雪ノ下の畜生発言に俺は真っ向から反対するが、無視された。

 

 

「そうなったのはいつ頃から?」

 

 

「最近です。総武高行くくらいっすから、中学んときはすっげえ真面目だったし、優しかったっす」

 

 

そう説明する大志の表情は暗い。

ここでようやく、この中学生に同情した。まぁ、あれだ、俺の立場だったら小町が不良化するようなもんだから、そう考えたら確かに悲しい。

悲しいどころか、その原因を突き止めて皆殺しにしかねない。本来の意味で。

 

 

「つまり、比企谷君と同じクラスになってから変わったという事ね」

 

 

「お前何が何でも俺叩いてないと気が済まねぇのか、あ?」

 

 

唐突な罵倒にもめげずに返す。

きっと、これは雪ノ下なりの冗談なのだろう。

こいつなりに空気を読んでのことなのだろうから、特に気にしていない。

 

少しだけ和んだ空気の中、由比ヶ浜が質問を投げかける。

 

 

「でもさ、帰りが遅いって言っても、何時くらい?私も結構遅いし」

 

 

「それが、五時過ぎとかなんすよ」

 

 

「やっぱ朝帰りじゃねぇか」

 

 

「ごみいちゃんは黙ってて」

 

 

ぴしゃりと小町に制止させられる。

 

 

「ご両親は何も言わないのかな?」

 

 

「両親は共働きだし、下に弟と妹がいるんで、あんま姉ちゃんにはうるさく言わないんす」

 

 

戸塚の疑問にも、大志は逐一答えた。

なるほど、良くある話だ。大家族の長女がグレる……平成も20年以上経ったのに、変わらない物は変わらない。

 

ふと、雪ノ下が呟く。

 

 

「家庭の事情、ね」

 

 

やや俯き、そう言った雪ノ下の表情は、パッと見いつも通りの真顔だが、普段見ない程曇っていた。

 

 

「どこも同じなのね」

 

 

俺は何も言わず、ただ雪ノ下を見た。

そのうちどこか決意したような顔をして、雪ノ下は言った。

 

 

「わかったわ」

 

 

突然、雪ノ下は了承する。

 

 

「動くのか」

 

 

奉仕部で。

そういった意味を含めて尋ねた。

雪ノ下はいつもの冷静な様子で、すらすらと語りだす。

 

 

「大志君は本校の生徒、川崎 沙希さんの弟……ましてや相談内容は彼女自身の事。奉仕部の仕事の範疇だと私は思うけれど」

 

 

もっともな意見だ。

だが、本人の意思も確認せず、勝手に行動することは、独善や偽善に他ならない。

行き過ぎた善意は、時に人を殺す。

良かれと思って好き放題やれば、いつか巡り巡って自分へと返ってくる。

 

俺は黙った。

黙って、手にしたカップを揺らす。

わずかに残ったコーヒーが、カップの中で揺らめいていた。

 

だが、いつものことだ。

巡り巡って死んでいくのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、奉仕部。

テニス部を早めに切り上げてきた彩加を加えて、会議を始める。

聞いてしまった以上、彩加も余所者ではない。

今だけでも奉仕部として働きたいと、自分から申し出てきたのだ。

 

 

「考えたのだけれど」

 

 

雪ノ下が言葉を紡ぎ出す。

 

 

「一番良いのは誰かに強制されるより、川崎さん自身が問題を解決することだと思うの」

 

 

「当たり前じゃねぇか、思春期のガキなんだからよ。勉強しろって言われてする奴が居るかよ。具体的にどうするか考えてんだろうなぁ」

 

 

少々雪ノ下への当たりを強める。

いやむしろ、これくらいがちょうど良いのかもしれない。

いつの間にか仕事モードになっている自分がいることに、少しばかり辟易している。

俺もこの状況を楽しんでいるのかもしれない。

 

雪ノ下は目をそっと閉じ、そして開ける。

 

 

「アニマルセラピーって知ってる?」

 

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

 校門前。

一度家に帰ってうちの猫を連れてきた。

どうやら動物を餌に川崎を釣るらしい。

 

 

「こっからどうすんだよ」

 

 

段ボールに入れられ、あくびをするカマクラ()

相変わらず野生が抜けきっているだらしない猫を見ながら、そう尋ねる。

 

すると雪ノ下は自信を持って堂々とした様子で、

 

 

「動物と触れ合う事をきっかけに、川崎さんの心優しい部分を引き出すの。彼女の心が動かされればきっと拾うはず」

 

 

「お前漫才やってんじゃねぇんだぞ」

 

 

思わず突っ込んでいく。

だが雪ノ下の自信はそうとうなものらしく、動じずに命令を下した。

 

 

「いいから配置につきなさい。きっと上手くいくはずよ」

 

 

どこから来るんだこの自信。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、雪ノ下は一人校門前へとやって来る。

猫の前でしゃがむと、いつもは見せ無いような顔をして、カマクラの喉を撫でた。

ゴロゴロという心地よい音と共に、雪ノ下は微笑む。

 

 

「にゃー」

 

 

ボソッと、呟くようにカマクラに投げかけた。

カマクラもだらけきった鳴き声で雪ノ下に返事をする。

 

しばらくにゃーにゃー戯れている雪ノ下。

いつものクールなイメージは消え去り、今はただの猫好きの文学少女だ。

少しでもこの可愛さが普段からあれば友達も出来るだろうに。

 

しゃがみ込んでいる雪ノ下の背中を、呆れたように眺める。

そろそろ俺の方が見ている事に飽きてきたため、終わりにしよう。

パコン、と何も言わずに雪ノ下の頭をスッ叩く。

 

 

「イタッ」

 

 

両手で頭を押さえながら、びくっと驚き立ち上がる。

恐る恐る後ろを振り返る雪ノ下。

その眼には涙が溜まっている。

 

じっと、しばらく雪ノ下はこちらを睨んだ。

 

 

「何やってんだ馬鹿野郎」

 

 

「……何が?」

 

 

いつものようにキリッとした様子でそう言うが、もう遅い。

今の雪ノ下はとんでもなくダサい。

 

 

「何がじゃねぇよ馬鹿野郎、お前川崎だなんだって言っといてうちの猫と遊びてぇだけじゃねぇか」

 

 

ちょっと怒ったように言う。

こいつからこの問題に取り掛かったくせに遊んでんじゃないぞ、という雰囲気を醸し出す。

 

 

「それよりも」

 

 

ピシャリ、と雪ノ下のターンが始まる。

 

 

「あなたには待機命令を出したはずだけれど。そんな簡単な事一つ出来ないのね。あなたの程度の低さは計算に入れていたつもりだけれど、正直そこまでとは」

 

 

ここで雪ノ下の頭を引っ叩く。

すると雪ノ下はまた頭を押さえ、今度こそ泣きそうになった。

 

 

「うるせぇんだよこの野郎。お前が部長なんだからよ、遊んでたら示しがつかねぇじゃねぇか馬鹿野郎。どうなんだよ」

 

 

「……ひっく」

 

 

まるで怒られた子供のように震えだす雪ノ下。

そこから数分雪ノ下に説教すると、唐突に携帯が鳴る。

 

もう涙を流すのも時間の問題な雪ノ下を目の前に、電話に出る。

 

 

「小町か、どうした」

 

 

だが、スピーカーから聞こえてくるのは愛しの妹の声ではない。

 

 

『あ、お兄さんっすか?大志っす』

 

 

「ぶち殺すぞ」

 

 

そう言って電話を切る。

ため息をつくと、まだ目の前で棒立ちしている雪ノ下がこちらを涙目で睨んでいた。

 

 

「なんだこの野郎」

 

 

「すぐに手を上げるその癖、直した方が良いわ」

 

 

「葉山の時はなんも言わなかったろ」

 

 

「それとこれとは」

 

 

「うるせぇ猫野郎」

 

 

「ねっ……」

 

 

と、また電話がかかってくる。

苛つきながら出ると、案の定大志の声がスピーカーから響いた。

 

 

『ちょ、なんで切るんすか』

 

 

「今忙しいんだ馬鹿野郎、お前の姉ちゃん来るのをバカと待ってんだからよ」

 

 

バカと言われ、雪ノ下は何か言いたそうだったが、睨むだけで何も言わない。

やっとこいつに一勝した。

 

 

『それなんすけど……うちの姉ちゃん、猫アレルギーなんすよ』

 

 

それを聞いて、ダメ押しに雪ノ下の頭を引っ叩いた。

 

 




 

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