その後、平塚を使った更生作戦を実施した。
平塚から川崎へ直接注意を促すと言う物だ。
あまりダイレクトに注意すると本人のためにならないので、それとなく言ってもらうことになっていたのだが……
「人の将来心配するより自分の将来心配した方がいいって、結婚とか」
川崎のこの一言により、平塚は大ダメージを受けて逃亡してしまった。
あの人が結婚できないってのはそこまで有名なんだなぁ。
その光景を見ている最中、俺と材木座はずっと笑いをこらえていたのは秘密だったりする。
万が一バレていたら後々鉄拳が飛んでくるからな。
さて、次の作戦だが……
葉山を利用して、川崎に恋をさせようというものだ。
俺は反対したが、じゃあヒッキーに出来るの?と由比ヶ浜に言われて渋々了承した。
今、川崎は自転車置き場へ向かっている最中だ。
理由はもちろん、自転車で帰るため。
あくびをし、自転車に鍵を挿す。
鞄をカゴに入れてそのまま走り去ろうとした、その時だった。
「お疲れ!」
葉山が、颯爽と登場した。
「眠そうだね、バイトか何か?」
いつも女子に向ける爽やかさを、まんべんなく向ける。
それを見て、材木座とイライラし出す俺がいる。
「お気遣いどうも」
しかしそれでも興味無さげに、川崎は自転車を押してその場を後にしようとする。
「あのさ」
通り過ぎる間際、葉山が声を強調して言った。
川崎も、眉をひそめながら立ち止まる。
葉山は振り返り、
「そんなに強がらなくてもいいんじゃないかな」
と。
イケメンオーラ全開で川崎に投げかける。
あぁ、ありゃ確かにやられる女もいるだろうなぁ、なんて考えていると、川崎はまったく興味がないというような顔と声で、
「そういうのいらないんで」
バッサリと斬り捨てる。
そしてそのまま、駐輪場を後にしてしまった。
何の役にも立たねぇなあの野郎。
俺と材木座は、平塚で蓄積されていた笑いをとうとう爆発させる。
隠しもせずに笑って葉山を指差す。
「お前フラれてんじゃねぇか」
笑いながらそう言うと、葉山はプルプルと体を震わせていた。
「わ、笑っちゃだめだよ」
戸塚がそう言うも、俺と材木座は無視して笑い続ける。
「き、気にしてないから」
そう言う割には今にも爆発しそうな葉山がいた。
こいつ最近散々だな。
そんな時だった。
突然、普段鳴らない電話が鳴った。いや、さっきイタ電来たな。
あの畜生から。
電話を取り、通話ボタンを押す。
「なんか用かよこの野郎」
さっきまでの態度とは一変して声を出す。
『この野郎じゃないよお兄ちゃん』
「あ、小町か。悪い悪い」
スピーカーから聞こえてくる天使の声を聞いて謝る。
『それよりお兄ちゃん!大志君の家に変なお店から電話かかって来たんだって!』
「あぁ?」
これは一筋縄には行きそうもない。
あぁ葉山、お前は帰っていいぞ。
「つまり、エンジェルなんとかと言う店の店長から電話がかかってきたという事ね」
駅の近く。
葉山を除く先ほどのメンバーで先ほどの電話の事を話しながら足を進める。
先ほどの電話の内容は、今雪ノ下が言った通りだ。
「うん。でよ、千葉でエンジェルってつく店で朝方までやってる店は二店舗しかないらしいよ」
先ほど携帯で調べた情報を思い出す。
先陣を切る材木座の背中を追いながら、雪ノ下に伝えた。
ちなみに先ほどの猫の件は無かった事にされている……後で色々と強請れそうだな。
と、材木座が建物の前で足を止めた。
若干興奮気味になっている材木座が振り返ると、建物の二階を指差した。
「着きましたぜ兄貴」
材木座とは対照的に、眉をひそめてそれを見上げる。
「そのうち一件が……これということね」
雪ノ下が怪訝な顔をして言った。
エンジェルと名の付く店舗その一、それはメイドカフェだった。
だから材木座の野郎知ってたのか。
いつものようにジャージ姿の彩加が不思議そうな顔で問う。
「僕、あんまり詳しくないんだけど……メイドカフェって、何をするお店なの?」
「ぼったくりバーみたいなもんだよ」
それ以外に出てくる答えがない。
だってただのオムライスに千円以上取られるって聞いたぞ。
そんなんだったらサイゼでドリア食ってたほうがマシだろ。
「ほら皆さん、行きましょうよ。へへへへ」
いつも以上にノリノリの材木座が階段を上がっていく。
「中二ヤクザ、いつも以上に気持ち悪いね……」
由比ヶ浜の刺々しい言い方に、俺は心底同意した。
「ていうか、ここ男の人が来る店じゃん!あたしたちどうすればいいの!?」
喚く由比ヶ浜だったが、雪ノ下が問題解決策を提案した。
提案というより、見つけたのだ。
「ここ、女性のお客も歓迎しているみたいね」
そう言って指差したのは、張られている店のポスターだった。
「お帰りなさいませ、ご主人様だワン」
店に入るなり動物の格好をした女の店員が俺と材木座を席へと案内した。
雪ノ下と由比ヶ浜、そして彩加は他の場所へと連れていかれる。
一体何すんだろうな。
席に着き、出された水を飲む。水道水かな、美味しくない。
まぁ800円する水出されても困るけど。
他の席とは違う殺伐とした雰囲気が、俺と材木座を包む。
「お前こういう店によく来んのか」
隣りに座る材木座に尋ねる。
「えぇ、まぁ……あれっすよ、兄貴でいう、キャバクラみたいなもんすよ」
「俺キャバクラなんて行った事ねぇよ馬鹿野郎」
「すんません」
会話が途切れる。
どうもこういう雰囲気に慣れない。
なんだかサービスは偏っているし、俺は飯食うならもっと静かな方が良いのだ。
他の席から聞こえる気持ち悪いやり取りが、俺の機嫌を悪くしていく。
なんで男まで猫撫で声で注文してんだ馬鹿野郎。
「お待たせしました、ご主人様……」
と、聞き慣れない事を言う聞き慣れた声が横から投げかけられる。
そちらを見てみると、メイド服に身を包んだ由比ヶ浜が、何やらもじもじとして佇んでいた。
「……」
いつもとは違うその姿を、俺は黙々と眺める。
まだ慣れていないその様子は、どことなく俺の父性を刺激していた。
「な、なんか言ってよ」
「……似合ってるよそれ」
そう言ってやると、由比ヶ浜は顔を赤らめてにっこりと笑顔を作った。
「えへへ、ありがとう」
なんだかこっちまで照れくさくなるからその反応はやめてもらいたい。
「へっ、そんなのただのメイドコスっすよ、魂が」
「あ?」
「なんでもないっす。似合ってますよ姉貴」
材木座の茶々を、俺は一睨みした。
せっかく着てくれてんだからそう言う事は言うもんじゃねぇだろ。
と、突然後ろから肩に手が掛かる。
もうこの時点で、誰がそんな事をしているのかは分かっていた。
俺が振り返ると、むにゅっと頬に指が刺さる。
痛くない。むしろ柔らかくて気持ちが良い。
「えへへ、お待たせしましたご主人様」
彩加だった。
彩加が、メイド服を着て佇んでいる。
俺はだらしないニヤケ面を見せてしまう。
「おう、似合ってんな彩加」
「そう……かな。僕男の子だけど」
「関係ねぇよ、な?材木座」
「えぇ、そうっすね……ハハハ……」
なんだか元気のない材木座。
気まずいというか、恐れているというか、一向に彩加を見ようとしない。
まぁどうでもいいか。
どうやら雪ノ下も来たようで、由比ヶ浜が可愛いと褒めまくっている。
たまにこいつ、男みたいな反応するよなぁ。
いつも通り、雪ノ下の表情は決まっていて、それでいて愛想なんて振り撒かない。
しかし遠目に見てもここにいる女子勢(彩加含む)は魅力的らしく、他の席の奴らが何か言いだした。
「おほ^~、我もあのメイドさんとにゃんにゃんしていでござるぅ^~」
「もう気が狂うほど、かわええんじゃ」
「ほらメイドさん、立ってないでこっち来て」
それを言われた瞬間、今までの和やかな雰囲気は一変した。
俺を含めた総武高メンバーが、そちらを一斉に睨んだのだ。
騒いでいた連中は、即座に黙って手元の料理を堪能し始めた。
しばらく睨んでから、雪ノ下が取り直すように話し出す。
「ここには川崎さんはいないようね」
「なんだ、調べたのか」
手際の良さに感心する。
「シフト表に名前が無かったわ。自宅に電話がかかっている事から考えて、偽名の線も無いもの」
どうやら時間の無駄だったようだ。
いや、こいつらのメイド服が見れただけでも良しとしよう。
雪ノ下も、良く似合ってる。
おかしい、と材木座が考え込む。
何かあったのかと尋ねてみれば、
「ツンツンした女の子がこっそり働いて、にゃんにゃん!お帰りなさいませご」
「もう喋んなよお前」
途中で遮る。
そんなこんなで、一件目は終了。
材木座、お前もうヤクザぶるの似合わないよ。
夜。
ホテル・ロイヤルオークラの最上階にある、エンジェルラダーという洒落たバー。
二件目はここだ。
バーという事で学生は入れるはずもなく、一度帰って店のドレスコードと年齢確認を突破できる服に着替えてから集合という事になった。
もう既に、いつもの不機嫌そうな少年以外のメンバーは揃っており、普段は見られない友達の服装を褒めたりしていた。
胸元が開いた赤いドレスに身を包む由比ヶ浜。
黒の、肩が出たドレスで清楚系から脱却を図る雪ノ下。
グリーンの、背中の空いたドレスでもはや男とは思えない彩加。
三人ともメイクもばっちりだ。
髪の量がある雪ノ下と由比ヶ浜はおしゃれに髪を縛っている。
彩加も髪にはブローチを付けて違和感が無い。
ちなみに三人の衣装はすべて雪ノ下から拝借したものだ。
「眼福っすね」
背広に身を包んだ材木座が言う。
コイツの場合、髪をセットして眼鏡からコンタクトに変えただけだ。
それでも高校生には見えないため、問題ないだろうと判断した。
「それにしても雪ノ下さん、すごいねぇ!あんな所に一人暮らしで、こんな衣裳まであるなんて!」
戸塚が、ちょっと幼い笑みで褒める。
「マジでゆきのん、何者?」
「大袈裟ね。こういうのはたまに着る機会があるから持っているだけよ……さて、後は遅刻谷君だけね」
無理矢理話を逸らす雪ノ下。
まるで触れてほしくないように。
と、皆が待つホールに、エレベーターが到着した。
ようやく来たか、と全員が開いたエレベーターを見る……が。
出てきたのは、ちょっとヤバそうな感じの男だけだった。
サングラスを着けていても、その鋭い眼光が嫌というほど分かるくらい、凶暴そうだ。
「目を合わせないで」
小声で雪ノ下が呟く。
全員が、男から目を離す。
コツコツと、男の足音が響いた。
早く通り過ぎて欲しい、それだけを考えている。
だが、その足音は彼女らの前で止まった。
「おい」
低めの、威圧感のある声が、彼女らにかけられる。
「……なんでしょうか」
対応したのは雪ノ下。
勇気を振り絞って出ようとしていた材木座を押さえての事だった。
彼女はちゃんと目を合わせようとはしない。面倒事に巻き込まれるのはごめんだった。
「おい、雪ノ下」
と、男が彼女の名前を呼んだ。
怪訝に思いながらも、今度こそ雪ノ下は男の顔を見る。
「……比企谷君?」
「えっ」
全員が驚く。
そして男の顔を見た。
「どっからどう見たって俺だろお前」
サングラスを外す男……確かに、いつも見ている顔だった。
ほっと一息する皆。
「なんだよ、そんなに格好良かったか?」
にやりと不敵に笑う少年。
サングラスをかけていなくても、本職と言われれば信じてしまう何かが彼にはあった。
誰だよ(ピネガキ)