その男、八幡につき。   作:Ciels

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天国のシンデレラ

 

 

 

 

 

 

 

 遅れてきた俺を先頭に、奉仕部とプラスαはエンジェルラダーへと向かう。

エレベーター内でも、俺が扉の前に立っているため、もし何かあれば真っ先に俺が対処しなければならないだろう。

 

記憶の、エレベーターの出来事を思い出すが、碌な思い出が無い。

村川は狭いこの箱の中で銃撃戦を起こし、大友は腹を撃たれているのだから。

だが今回は、特に敵対するヤバい奴らもいないし、そんな事起きようがない。

 

エレベーターの中では会話は無かった。

理由は、多分これから向かうであろう場所への不安感だ。

俺たちは一応未成年だし、バーなんて場所行こうにも行けないから。

一部で悪名高い比企谷 八幡ですら、そんな所で酒飲んだりなんてしない。

 

エレベーターが開くと、由比ヶ浜が感嘆の声を漏らした。

ホテル最上階だけあって、内装は豪華だ。

それでいて落ち着く雰囲気であり、一人で飲んでも楽しめそうだ。

そういや大友は池本の同伴でこういう店に来たことあるな……もっとも、親を差し置いて酒を楽しめる状況ではなかったが。

 

 

俺はポケットに手を突っ込み、いつものように歩く。

それに追従する様に、一行はカウンターへと向かった。

 

 

「うわぁ、すごいねぇ」

 

 

「こりゃ時給も良さそうだわ」

 

 

彩加と材木座がきょろきょろと辺りを見回す。

 

 

「二人ともきょろきょろしないで。背筋を伸ばして胸を張りなさい」

 

 

まるで母親のように、雪ノ下が二人を注意する。

雪ノ下はやけに場慣れしてるな……やはりお嬢様なのだろう。

 

と、カウンターへ向かう途中、一人のバーテンに目を付ける。

ビシッと制服を着こなし、慣れた様子で客に酒を配る。

見慣れたポニーテールで、制服の上からでも分かるくらいのプロポーションの良さが目に付いた。

 

川崎だ。

 

 

適当にカウンター席に座る。

右から材木座、俺、雪ノ下、由比ヶ浜、そして彩加だ。

俺は懐からタバコを取り出した。怪しまれないように持ってきたのだ。

 

 

「ちょ、ヒッキー……」

 

 

「……感心しないわね」

 

 

由比ヶ浜と雪ノ下がやや軽蔑するような目で見てくる。

対して俺は、サングラス越しにじっと彼女らを見た。

その有無を言わさない重圧感が、彼女達を黙らせた。

 

 

「……今日だけだよ」

 

 

半ば無理矢理黙らせてしまった彼女達に、弁解する。

その間も、彩加だけはこちらをじっと見つめている……

なんだろうか。別に注意するとかでもなさそうだ。

 

 

「兄貴、身体に悪いっすよ」

 

 

「お前ナリの割には健康的だな」

 

 

どこからどう見ても高校生に見えないのにやたら身体に気を使う弟分を笑う。

そんなこんなで、タバコを口に咥えライターで火をつける。

タバコの先に火が当たると、息を吸った。これでタバコの先端はしっかりと燃え出すのだ。

一旦最初の煙を吐きだすと、改めてタバコを吸う。

肺を少量の煙が満たすと同時に、ちょっとだけ気持ち悪さを覚えた。

 

まぁ、比企谷 八幡として吸うのは初めてだしなぁ。

だが、それでいてどこか懐かしさも。

大友以外の記憶の男たちは皆吸っていたし、そいつらのせいだろう。

 

 

「……あなた、ずい分慣れてるのね」

 

 

雪ノ下が横目でタバコを見て言う。

 

 

「初めてだよ。……おい、ハイボール」

 

 

「あなたお酒まで……」

 

 

「お前らも飲んどけ。今日くらい飲んだって罰当たんねぇよ」

 

 

酒を注文する。

すると、他の面子も渋々軽めの酒を注文した。

俺は……というか、俺の中の男たちは、混ぜ物は好きじゃない。

 

しばらくして川崎がハイボールを持ってくる。

丁度タバコ一本が消費された頃だった。

 

グラスを手に取り、一口。

やはりこの身体ではまだ早いらしい。

 

 

「俺に何か言う割にはお前も慣れてんじゃねぇか」

 

 

マティーニをちびちび飲む雪ノ下に、笑ってそう投げかける。

 

 

「別に。私も飲むのは初めてよ」

 

 

黙々と、酒を飲む。

由比ヶ浜と彩加は慣れないせいか、飲もうとしてはやめている。

まぁ、無理強いはしない。今から酒の味を覚えてしまっては、後々大変な目に遭うかもしれないからだ。

 

だが、俺の隣のバカは早くも酒に飲まれそうになっている。

 

 

「いやぁ、ハイボールってのもいいっすねぇ」

 

 

「うるせぇよ。お前少し黙ってろ」

 

 

酒入ると碌な事しねぇなこいつ。

さて、すっかり普通に酒を楽しんでいた俺は、とうとう行動に移すことにした。

 

グラスを置き、サングラス越しに川崎の姿を捕らえる。

彼女は今、目の前で黙々と洗ったグラスを拭いている。

 

 

「川崎」

 

 

そう声をかけると、川崎は訝しむような顔で俺を見た。

 

 

「……失礼ですが、どちら様でしょうか?」

 

 

明らかに警戒している彼女に、不気味な笑顔を向ける。

 

 

「黒のレース」

 

 

それだけ言うと、彼女は驚いたように黙った。

そしていつものような、キッとした目付きになる。

材木座、ツンデレってよりはツンしかねぇぞ。

 

 

「……比企谷」

 

 

珍しく名前を憶えられていた。

 

 

「あら、名前を覚えてもらっているなんてありがたいわね比企谷君」

 

 

どこか棘のある言葉を向けてくる雪ノ下。

この野郎、喧嘩売るなら俺じゃなくて川崎に売れよ。

 

川崎は雪ノ下の顔を見ると、ため息をついた。

どうやら雪ノ下は色々な人物に記憶されているらしい。

 

 

「ど、どうも~」

 

 

「こんばんは、川崎さん」

 

 

「うっす」

 

 

由比ヶ浜、彩加、そして材木座が挨拶をする。

 

 

「由比ヶ浜と戸塚まで……え、そっちのは誰?」

 

 

「兄貴、泣いていいっすか?」

 

 

「勝手にしろよ」

 

 

当然のように他のクラスである材木座を知らない川崎。

このやりとりは割と笑える。

 

川崎はため息まじりに目を閉じると、またグラスを拭きだす。

 

 

「で?何の用な訳?そいつらとデートって訳じゃないでしょ?」

 

 

俺と材木座をちらりと見る。

なんだこの野郎。

 

 

「横のこれらを見て言っているなら、趣味が悪いわ」

 

 

「なんで俺らの事ばっか言うんだよこの野郎」

 

 

思わず反論した。

なんだってこいつはいつも余計に突っ掛ってくるんだろうか。

俺意外と傷付きやすいんだぞ。

 

一向に進まない話を、無理矢理進める。

これ以上俺たちがボロクソ言われるのはごめんだ。

 

 

「……帰りが遅いって大志が心配してたぞ」

 

 

そう言うと、川崎は理解したというような表情とため息を見せた。

 

 

「どうも周りが小うるさいと思ってたら、あんたたちのせいか。大志が何を言ったのか知らないけど、気にしないでいいから。もう関わんないで」

 

 

ぴしゃりと、壁を作るように言い放った。

彼女は背中を向け、他のグラスに手を伸ばす。

 

雪ノ下が、静かに口を開いた。

 

 

「シンデレラの魔法が解けるのは零時だけれど……あなたの魔法はここで解けてしまうわね」

 

 

言われて俺は時計を見た。

もう夜の十時になろうとしている……十八歳以下が働けるのは、ここが限度だ。

守らなければ、罰せられる。

 

こんな所で酒飲んでる俺らも、だが。

 

 

「魔法が解けたなら待ってるのはハッピーエンドじゃないの?」

 

 

にやりと言う川崎に、雪ノ下は反論する。

 

 

「あなたに待ち構えているのはバッドエンドだと思うけど、人魚姫さん?」

 

 

バチバチと、二人の間で火花が飛ぶ。

由比ヶ浜は疑問を隠せない表情で、雪ノ下を挟んで俺に小さく言った。

 

 

「ねぇ、この二人何言ってんの?」

 

 

「お前ちゃんと話聞いとけよ。俺らの歳じゃ夜遅くまで働けねぇだろ」

 

 

「川崎さんが歳をごまかして働いてるってこと?ならそう言えばいいのにね」

 

 

「ほんとにな」

 

 

どっちも回りくどい事ばっか言いやがって。

ここはお前らの頭脳を見せつける場所じゃねぇぞ。

 

辞める気はないのか、と雪ノ下に問われれば、川崎は無いと答える。

このままでは話が進まない。

 

 

「あのさ川崎さん、あたしもほら、お金ない時にバイトするけど、歳誤魔化してまで働かないし……」

 

 

恐る恐る由比ヶ浜が言う。

 

 

「別に、お金が必要なだけ」

 

 

「大志が同じ事言ってたらお前だって怒るだろ。それと同じだよ」

 

 

「ヒモになりたいとか言ってるヤツに言われたくないね」

 

 

「なんだこの野郎、お前何だかんだ俺の事色々知ってんじゃねぇか」

 

 

平塚との話を聞かれていたことに若干恥ずかしくなる。

 

 

「人生舐めすぎ。こっちは別に遊ぶ金欲しさに働いてるんじゃない。そこいらのバカと一緒にしないで」

 

 

完全に彼女は心は閉ざす。

 

 

「あんたらエラそうな事言ってるけどさ、あたしの為に金用意できる?うちの親が用意できないものを、あんたたちが肩代わりしてくれるんだ」

 

 

全員が黙りこくってしまう。

正論に何を言っても正論であることは変わりない。

俺はハイボールを一口含んだ。

 

 

「その辺にしておきなさい。それ以上吠えるなら……」

 

 

「ねぇ」

 

 

不意に、雪ノ下の言葉が川崎に遮られる。

そしてより一層彼女を睨むと言った。

 

 

「あんたの父親さ、県議会議員なんでしょ?そんな余裕のあるやつにあたしの事わかるはずないじゃん」

 

 

言われると同時に、雪ノ下が一瞬酷く激高した。

震える手で飲み物の入ったグラスを持つ。

 

 

「やめとけよ」

 

 

それを、俺はそっと手で制する。

雪ノ下は少し俯いて、誰とも目を合わせようとはしない。

 

 

「今こいつの家の事は関係ねぇだろ」

 

 

「ならあたしの家の事も関係ないでしょ」

 

 

苛ついたように川崎が言う。

雪ノ下の手を離すと、俺はサングラスを外して言った。

 

 

「お前俺に人生舐めてるっつったよな。舐めてんのはお前だ馬鹿野郎」

 

 

「は?」

 

 

「まだなんも知らねぇガキが居ていいほど、夜は甘くねぇぞ。……おいお前ら、帰るぞ」

 

 

バンッと万札をテーブルに置いて席を離れる。

それを追うように、総武高メンバーも席を離れた。

何か言いたげな由比ヶ浜や彩加だったが、埒が明かないと思ったのだろう、素直に撤退する。

 

それを見ていた川崎は、疲れたようなため息をついて代金を手にする。

と、しわくちゃの万札の下に紙きれがあることに気が付いた。

 

手に取ってみると、何かペンで書いてある。

 

 

『明日の朝五時半、通り沿いのワック 比企谷』

 

 

「……」

 

 

川崎は、それをポケットにしまった。

ついでに、釣り銭も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇヒッキー、本当に帰るの?いいのこれで?」

 

 

しつこく由比ヶ浜が尋ねてくる。

 

 

「今なんか言っても無駄だろ」

 

 

つっぱねると、由比ヶ浜が拗ねたように頬を膨らませた。

俺は振り返らずにエレベーター前まで来る。

そしてボタンを押した。

 

しばらく無言のままエレベーターを待つ。

相変わらず雪ノ下は不機嫌そうだ。こいつがお嬢様だという事は噂には聞いていたが、まさか本当に、しかも議員の娘だとは。

そりゃあこういう場所に慣れてもいるか。

 

エレベーターが到着すると、皆が乗り込む。

ただ、俺はそのまま立ち尽くしていた。

 

 

「あれ、兄貴乗らないんすか?」

 

 

酔いが醒めてきた材木座が不思議そうに尋ねる。

 

 

「ん?うん。ちょっと忘れ物」

 

 

「なら俺も」

 

 

「いいよ。補導される前にさっさと帰れ」

 

 

ちょっと強めに言うと、渋々材木座はエレベーターに収まる。

 

 

「……比企谷君」

 

 

雪ノ下が、何かを察したように名前を呼んだ。

 

 

「朝の五時半に通りのワックに来てくれ、な」

 

 

俺がそれだけ言うと、エレベーターの扉が閉まる。

さて。

 

俺は振り返り、バーへと戻る。

しかし、向かう場所はカウンター席ではない。

Staff Only。そう書かれた、離れにある扉。

 

早めに終わらせて帰ろう。

久しぶりに酒を飲んだら少し酔っちまった。

 

少しだけ、酒の力を借りる。

昔に、戻る。


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