その男、八幡につき。   作:Ciels

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俺ガイルってこんなに人気なんですね……(困惑)


その部活、奉仕部につき。

 

 

 

 「ぜー、はー、ぜー、はー」

 

 

「コヒュー、コヒュー……」

 

 

先ほどまで雪ノ下が座っていた場所に腰かけ、俺はしばらく女二人の口論を観戦していた。

本来なら俺もまだあの場所にいるのだが、途中で飽きてしまったために、うまいことあの二人をけしかけ、こうなってしまったのだ。

あまりにも滑稽だったために、俺はしばらく笑っていた。

しかしまぁ、あれだけヒートアップして手が出なかったというのは、それだけ彼女達が出来た人間なのだろう。

 

ふと、息を切らした平塚がこちらを見る。

 

 

「比企谷、なんでお前、座ってるんだ」

 

 

「へへ、なんででしょうね」

 

 

背もたれに腕を乗っけてそう返す。

どうやら今の平塚には言い返す気力も無いようで、ただただ息を切らして雪ノ下と見つめ合っていた。

 

 

「ま、まあ、これで分かっただろう。この男の狡猾さと趣味の悪さに関してだけは、なかなかのものだ……あれ?」

 

 

自分で言って、褒めていない事に気が付く平塚。

なら最初から言うなっての。

 

 

「ま、まぁ少々荒っぽい所はあるが、今まで刑務所にぶち込まれるようなこともしてないし、小悪党ぶりは信用してくれていい」

 

 

「へ、よく言うよ」

 

 

常識的な判断ができると言ってほしい。

それに、俺の歳じゃまだ少年院が限界だよ。

 

 

「コヒュー、小悪党……、なるほど、コヒュー」

 

 

こいつ体力ねぇなぁ。

水野あたりが見たら焼き入れてるに違いないだろう。

なぜか納得しながら息を切らしている雪ノ下を笑いながら、かつての子分を思い出す。

 

 

「ま、まぁ先生からの依頼であれば無碍には出来ませんし……」

 

 

ようやく息を整えた雪ノ下が、咳払いをして平塚に向き直る。

 

 

「承りました」

 

 

その一言を聞いた平塚は、安心したような表情を見せた。

反面、今までにやついていた俺の顔が曇る。

 

 

「そうか。なら頼んだぞ雪ノ下!」

 

 

背を向け教室を後にする平塚。

俺の怒りはまた昇り始めていた。

 

 

「誰が部活やるっつったんだよ!」

 

 

「黙って言う通りにしとけ馬鹿野郎」

 

 

ガララ、ピシャリ。

最後の最後に勝ち誇った罵倒を浴びせ、正直行き遅れではない丁度いい年齢のスタイル抜群な教師は去っていった。

なんで結婚できねぇんだろうなぁあいつ。

 

雪ノ下と二人で残された教室。

なんだか昔の事を思い出してしまう。

 

 

中学の時、俺の、比企谷 八幡が持つ四人の男の記憶は、完全ではなかった。

だから当時はまだ、ただの中二病が混じった比企谷八幡という中学生の性格が強く、女子と接近するたびにラブコメ染みたものを妄想していた。

 

その妄想が現実へ飛び出してしまったのが、告白というあまりにも身の程知らずな行為。

当然、根暗でちょっと暴力的、それでいて性格がころころ変わる比企谷 八幡はフラれてしまった。

 

 

「へっ……」

 

 

苦笑いと懐かしみが混じった笑いが漏れる。

 

 

「それで、あなた。名前、は?」

 

 

と、座る場所の無い雪ノ下が、その貧弱な身体で机に積まれた椅子を降ろしながら問いかけた。

 

 

「北野武」

 

 

「……バカにしているのかしら」

 

 

「へへ、比企谷 八幡」

 

 

笑って答えると、雪ノ下は何も言わず椅子に座り、また本を読み始める。

 

思春期の少年なら、ここで甘いラブコメを妄想するのだろうか。

これが出会いとなり、部活を重ねていくうちに、恋に発展する。

そしてクリスマスやバレンタインのイベントを通り、二人は結ばれ……

 

みたいな。

考えていて馬鹿らしくなり、おかしくもあった。

そんな上手くいくはずねぇじゃねぇか。

仮にこの雪ノ下という完璧超人が俺みたいな変態に惚れるのであれば。

 

記憶の中にある数々の死は、無かっただろう。

 

 

岩城は薬の密売を止めて奥さんと末永く暮らしていたかもしれない。

 

ケンや片桐は撃たれずに済んで大物になっていたかもしれない。

 

堀部は下半身不随にならずに、家族と仲良く遊園地へ行っていた事だろう。

 

大友組は池本の後を継いでいたかもしれないし、木村も殺されずに済んだかもしれない。

 

 

かもしれない。

便利な言葉だと思った。

 

同時にらしくないと思う。

こんなに感傷的になるなんていつ以来だろうか。

本当らしくない、らしくない。

 

 

よし。

久しぶりにセンチメンタルになったところで、そろそろお開きと行こうか。

こういう場合、さっさと嫌われた方が早く終わるものだ。

 

俺は雪ノ下を見つめる。

ただ見つめるのではなく、雪ノ下という人物の、底を見つめるように。

 

すぐに視線に気が付いた雪ノ下がこちらを見返す。

まるで威嚇する様に鋭い目つきだった。

俺が猫ならあいつは虎か。

 

 

「へっへへ、お前いい根性してるじゃねぇかよ」

 

 

笑いながら褒める。

 

 

「褒めてるのかしら?」

 

 

「うん」

 

 

そこで会話が途切れた。

俺の目論見は失敗し、沈黙へと変わる。

 

数分視線を窓の外と雪ノ下を往ったり来たりしていた。

晴れた空と雪ノ下。名前は雪ノ下なのにこれが意外と似合う。

そんなくだらない事をつまみに、ありもしない酒を飲むのは贅沢だろうか。

 

ふと、とある疑問を雪ノ下にぶつけてみることにした。

 

 

「ここってよ、何の部活なんだ」

 

 

「当ててみたら?」

 

 

くるりと、シャフトのアニメのように振り向く雪ノ下。

俺だってアニメぐらい見るよ馬鹿野郎。

 

 

「鉄砲の通信販売」

 

 

「つまらないジョークね」

 

 

「じゃあ机の積み木部」

 

 

「もっとつまらないわ」

 

 

「答えは?」

 

 

「今私がここでこうしている事が部活動よ」

 

 

「お前が一番つまんねぇよ馬鹿野郎」

 

 

「あなた本当に失礼ね……」

 

 

すっかり興味を削がれた俺はまた空を見る。

すると、今度は雪ノ下の方から質問が来た。

 

 

「比企谷君、あなた女子と話したのはいつぶり?」

 

 

「なんだこの野郎、そんなの知ってどうすんだよ」

 

 

「質問に答えて」

 

 

「……」

 

 

そういや、いつぶりだろうか。

平塚はカウントに入るのか?入るなら、数分ぶり。

もし入らないのであれば……中学んときに話しかけられたと思った時以来か。

 

しばし考えていると、雪ノ下の減らず口が開いた。

 

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心を持ってこれを与える」

 

 

「あ?」

 

 

何やら小難しい事を言いだした。

 

 

「人はそれをボランティアと呼ぶの」

 

 

全然難しい事じゃなかった。

 

 

「困っている人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」

 

 

可憐な少女が風を受けながら立ち上がる。

まるで風が彼女の舞台をセッティングしているかの如く吹くと、同調する様に雪ノ下の黒髪が揺れた。

俺はと言えば、髪よりも少しだけめくれ上がるスカートを見ていた。

 

 

「ようこそ奉仕部へ、歓迎するわ。頼まれた以上、責任は果たすわ」

 

 

歓迎なんて微塵もしていない様子で、締めくくる。

 

 

「あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい」

 

 

その上から目線の言動に、記憶が叫びをあげた。

いや、これは比企谷 八幡という人間の、本心だった。

 

 

「問題だァ?てめぇ誰に向かって言ってんだこの野郎?」

 

 

静かに付いてしまった炎が、雪ノ下をやや驚かせた。

 

 

「知ったような口聞くんじゃねぇ!てめぇが誰だろうが俺は俺だ馬鹿野郎!」

 

 

立ち上がり、座っていた椅子を蹴とばす。

一瞬彼女の身体がビクついたが、すぐにごみを見るような目へと変わった。

 

 

「いいかこの野郎、俺は今の成績に不自由しちゃいねぇし顔だって普通だよ馬鹿野郎!友達彼女がなんだコラ、なんで俺が周りに合わせなきゃなんねぇんだよこの野郎!オラァ、言ってみろよアマぁ!」

 

 

ふっ、と雪ノ下が笑う。

ぶちぎれているにもかかわらず、彼女は余裕を見せていた。

それだけで今までの彼女の人生はそれなりに苦労していたことを物語っていたが、今の俺はそんな事には気が付かない。

ただこいつが気に入らない。なめられたらケジメをつけさせる。

 

 

「あなたに友達がいないのはその腐った根性と捻くれた感性が問題なようね。それと容姿についてだけれど、美的感覚なんて主観でしかないのよ?つまりこの場においては、私のいう事だけが正しいの」

 

 

「そうかい、なら俺の言う事も正しいだろ!この貧乳野郎!」

 

 

「あなたのそういう所、実に幼稚だわ。まるで怒りに身を任せてブレーキが利かなくなっているようだわ」

 

 

「てめぇ……」

 

 

言い返せない自分がいた。

俺の人格は、あの四人による部分が大きい。

あの四人に、知的かつまともな反論が出来るとは思えない。

筋が通るかは別として。

 

ファサァ、っと雪ノ下が髪を指でとぐ。

その様は実に絵になっていた。

それが妙に腹立たしくも美しくもある。

 

 

「さて、これで人との会話シミュレーションは完了ね」

 

 

「あぁ?」

 

 

にっこりと、雪ノ下は微笑む。

 

 

「私のような女の子と話が出来れば、大抵の人間とも会話が出来ると思うわ。少しは更生したんじゃないかしら?」

 

 

その天使のような佇まいは何人の男を虜にしてきたのだろう。

この四人にとっては、ただの敵としか映らないようだが。

 

 

「お前いつ俺が人と話せないっつった?俺ぁあんま口が多い方じゃねぇんだよ。更生なんて要らねぇよ」

 

 

「あなたは変わらないと社会的にまずいレベルだと思うのだけれど」

 

 

言い返せなかった。

正論だ。この四人と俺の元々の人格を考慮してみても、まともだとは思えない。

村川は沖縄でほぼ無言で一人で遊んだりしている訳だし、我妻なんて有利になる証言が聞けるまで徹底的に殴る有様だ。

 

何も言えなかった。

俺はいつも通り、無表情よりも少しムッとした表情で、猫背で身体を少し横へ傾けながら立ち尽くしていた。

 

 

 

「雪ノ下~邪魔するぞ~」

 

 

と、そんな時平塚がまたやって来た。

というよりは、ずっと扉の前にいたのだろう。

 

 

「比企谷の更生に手こずってるみたいだな?」

 

 

「本人が問題を自覚していないせいです」

 

 

まるでさも自分が正しいように雪ノ下は言う。

 

 

「変わるだの変わらないだの、てめぇが俺の何知ってんだよこの野郎。お前が俺語るほどなんか知ってんのか?どうなんだよ」

 

 

「あなたのそれは逃げでしょ?」

 

 

「変わんのも逃げじゃねぇのかよ。なんで今までの自分認めてやらねぇんだこの野郎」

 

 

ぷるぷると、雪ノ下の拳が震える。

俺はまだ彼女を睨んだままだ。

 

 

「それじゃ……」

 

 

掠れそうな声で、雪ノ下は言った。

 

 

「それじゃ何も解決しないし、誰も救えないじゃない!」

 

 

「お前そんなに偉いのかよ。救う救わないは、本人が決めんだ馬鹿野郎ッ!!!!!!」

 

 

お互い手が出る一歩手前まで行く。

雪ノ下がなぜそこまで変わることにこだわるのか分からない。

だが、俺……いや俺たちにも意地があった。

 

我妻も村川も、変わらなかった。そして、あの結末を迎えた。

記憶というのは感情も引き継ぐ。

だから、あの時の、変わらずに死んだときの二人の気持ちはよく理解できていた。

 

諦めと達成感。

恐らく二人の感情が混ざっているのだろう。

だが、二人とも後悔は無かった。

ただ現実と向き合い、今の自分を肯定し、ただ前進して死んだ。

西もそうだ。

今の自分にやれることをすべてやって、添い遂げた。

 

だから、目の前にいる弱冠16歳程度の小娘に、それを否定されているような気がして、俺は声を荒げていたのだ。

 

 

 

「まぁ落ち着きたまえ!」

 

 

唐突に平塚が割って入る。

 

 

「古来より、互いの正義がぶつかった時は勝負で雌雄を決するのが少年漫画の習わしだ」

 

 

「あぁ?なんだ急に」

 

 

思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 

 

「つまりこの部で、どちらが人に奉仕できるのか、勝負だ!」

 

 

ビシッと、平塚は指をさす。

まるで少年漫画のキャラクターのようなその動作は、彼女がなぜ結婚できないかを物語っていた。

 

 

「なんだこの野郎、教師が生徒焚き付けんのかコラァ!」

 

 

スッと、怒る俺に指先を向けて制する。

大友という人格は非常に荒っぽいから、こういう理不尽な時に出やすい。

 

 

「勝った方が負けた方に何でも出来る、というのはどうだ?」

 

 

なんでも。

この言葉を聞いて、過去に回答を持ち合わせている大友の記憶がフラッシュバックする。

 

 

「なんでもすんのか?」

 

 

「そうだぞ!」

 

 

自信たっぷりの平塚に、ニヤケ面を向ける。

 

 

「野球やろっか」

 

 

ただし敗者がバットになる。

だが、雪ノ下が断りを入れた。

 

 

「お断りします。この男が相手だと、身の危険を感じます」

 

 

「へへ、よく分かってんじゃねぇか」

 

 

性欲ではなく、凶暴的な眼差しを向ける。

高校生全員が邪な事を考えている訳ではない。

例えば俺みたいな危ない奴のまとまりだと、真っ先に暴力が出てきてしまう。

 

おそらく、我妻や西の、大切な人以外にそういう気持ちを持ちにくい人格が邪魔しているのだろう。

 


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