その男、八幡につき。   作:Ciels

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一年越しの

 

 

 

 

 

 

 職場見学当日。

なぜか一緒になった葉山や、彩加、そして由比ヶ浜達と、マスコミ関係の会社へとやって来ていた。普段立ち入れない場所に入った事により、はしゃいでいる高校生たち。

それは普段クールな葉山も例外ではなく、一緒になった女子達とあーだこーだと興奮していた。

そんな皆を、俺は遠目に一人で見ていた。

彩加に手を引かれても、すぐに立ち止まって椅子に座り込む……そんなやる気のないというか、心ここにあらずという状態だった。

 

先ほどから由比ヶ浜が心配そうにこちらをチラチラ見ている。

俺は目を合わせず、ただ遠くを見ていた。

 

照明が顔を照らす。

眩い光が、記憶を呼び起こす。

川崎に金を渡した後の、小町の一言だ。

 

 

――お兄ちゃん、あのわんちゃんの飼い主さんと会ってたんだね。

 

 

フラッシュバックが終わると、俺の目は由比ヶ浜を追っていた。

由比ヶ浜……入学式で助けたあの犬の飼い主。

 

俺の視線に気が付いた三浦が何か小声で言っている。

どうでもいいことだった。どうせ悪口なのだろうから。

 

そうなのだ。

つい先日、自分で結論を出したじゃないか。

 

悪人は、どこまでいっても悪人だと。

 

いつだって悪い事言われるのは悪人の役目だ。

由比ヶ浜が今まで優しかったのは、単なる罪悪感なのだ。

本心ではきっと、その他大勢と同じだ。

 

なら、そんな気遣いならしてもらわない方がいい。

俺もあいつも。

 

 

 

 職場見学が終わり、皆が打ち上げと称してファミレスへ向かう。

俺はそんな奴らの遥後ろで一人佇んでいた。

冷房の掛かった広場から、外を眺める。

青い、青い、どこまでも続く空が、窓一面に広がっていた。

 

沖縄、青、遊び、海、死。

何かを連想する。

 

 

「ヒッキー!皆ファミレスいくみたいだからヒッキーも行こうよ!」

 

 

由比ヶ浜が一人、俺を迎えに来る。

俺はただ彼女を見て、言った。

 

 

「由比ヶ浜、もういいよ」

 

 

空笑いして、それだけ言った。

 

 

「え?」

 

 

髪のお団子が揺れる。

 

 

「犬助けたのは偶然だしよ、もう気にすんなよ。多分俺、事故ってなくても友達いなかっただろうしよ」

 

 

自分を嘲笑う。

由比ヶ浜は困ったように、焦ったように笑った。

 

 

「いやー、あはは、なんていうのかな、その~」

 

 

「悪ぃな気ぃ遣わせちまって。気にして構って、変な事に巻き込んじまって。でもよ」

 

 

顔から笑みが消える。

今までよりも強く、言葉を紡ぐ。

 

 

「いらねぇよそんなもん」

 

 

はっきりと拒絶した。

変な笑いが由比ヶ浜から漏れる。

 

 

「別に、そういうんじゃないんだけどなぁ」

 

 

優しい子だと思う。

きっと、こんな子だったなら、『村川も帰っていた。』

でも、この優しさは俺だけのものではない。

すべてに平等で、誰にでも優しい。

 

馬鹿だなぁ俺。

結局中学の頃から変わってねぇじゃねぇか。

 

 

もう関わるな。

そう言おうと、俯いた顔を上げる。

 

 

由比ヶ浜の瞳に、涙が溜まっていた。

 

 

「……馬鹿野郎っ」

 

 

俺の口癖。

由比ヶ浜はそれだけ言うと、走り去る。

惨めな自分にため息が出た。

 

優しい女の子は嫌いだ。

会話をすればにやけたし、メールをすれば声が出た。

電話がかかって来たならば、一日中小町に気持ち悪いと言われるくらいきょどってた。

皆俺だけに優しい訳じゃない。

 

皆に優しい。

 

そんな女の子が嫌いな自分が、もっと嫌いだ。

 

 

その優しさは嘘だ。

ならば真実は?残酷な現実だ。死だ。

知ってたじゃないかそんなこと。

頭の中の大人たちが、嘘は信じてはならないと、悟っていたじゃないか。

 

本当に馬鹿野郎なのは、自分なのだ。

 

 

 


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