その男、八幡につき。   作:Ciels

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不安

 

 

 

 

 

 

 ガキの頃。

夕焼けが空を染め、一緒に遊んでいた子供達が帰っていく時間。

ご飯よ、という子供を呼ぶ母親の声が街中に響く中で、俺はいつも一人立ち尽くしていた。

夕飯の良い香りが鼻をくすぐる。

カァカァと、子供達と同じようにカラスの群れが帰っていく。

 

子供には、帰る場所がある。

家があるし、飯がある。父がいる、母がいる。

誰にでも、帰る場所がある。

 

俺には何もない。

家は休まらないし飯も無い。父親はろくでなしで、母親は俺を捨てた。

一人、俺は帰路に就く。

酔っ払いに怯えて、いつ消えてしまうかもわからない場所へと。

ボロボロの木のバットを担ぎ、舗装されていないでこぼこ道を歩いていく。

 

 

 

 車の中で、思い出したくない記憶を呼び覚ましていた。

ぼーっと、ただただホテルの入り口を見る。

ヤクザ達がホテルの中へ入っていく。その中には、盃を交わした親の組の者の姿もあった。

 

親。

 

子がすがり、道しるべとなる者。

俺の親は二人ともろくでなしだった。

一人は飲んだくれ、もう一人は利益のために殺そうとして来る人でなし。

 

 

――ヤクザやめたくなったなぁ。なんかもう疲れたよ。

 

 

ふと、何気ない会話を思い出す。

 

なんで俺はこんな所にいるんだろう。

やめたくなったならやめればいいじゃないか。

投げ出して逃げてしまえばいい。どうせあいつらも追ってこない。

追ってきても殺すかしてしまえばいいのだから。

 

 

――結構荒っぽいことやってきましたからねぇ。

 

 

聞こえてくる、子分の声。

こいつらはどうするのだ。皆、俺について来て死んだ。

ヤクザは関係ない、俺が仇を取らないでどうするのだ。

 

……でも、逃げ出したい。

ようやく見つけかけた居場所に、帰りたい。

一緒に遊び、笑っていられる本物の下へ。

 

 

 

――また帰ってくる?

 

 

名前も知らぬ女の声が頭に響く。

 

 

――もしかしたら。お前待ってるか。

 

 

そう尋ねると、彼女は憂いを含んだ笑みで言った。

 

 

――もしかしたらね。

 

 

もしかしたら。

絶対ではない、不確定な事実。

 

俺を待っていてくれるとは限らない。

なら、俺はどこへ帰ればいい。何を理由に帰ればいい。

 

考えることも疲れてしまった。

 

いつも最後は一人だ。

 

ひとりぼっちで彷徨っては、疲れている。

 

 

「俺も行きますよ」

 

 

不意に現実へと戻される。

青い車の、隣りに乗っていた青年が言った。

 

 

「いいよ馬鹿野郎」

 

 

半笑いでその提案を否定した。

 

 

「少ししたら堅気になんだろ?」

 

 

青年は頷いた。

そうだなぁ、こいつもいるんだもんなぁ。

まだこいつは戻れる。堅気に戻って、自分の帰る場所を探せる。

俺にはもう出来ない事だ。

 

しばらくして、親父の乗った車がホテルの入り口に近づく。

ジジイは降りると、阿南組の奴らと挨拶を交わしてホテルへと入っていった。

頃合いだ。

 

 

「十分後にやりますから」

 

 

青年はそう言うと、車を降りる。

降りて、車の裏手に回ったところでまた戻ってきた。

扉を開け、俺と顔を合わせて一言。

 

 

「帰り、ガソリン入れてってくださいね」

 

 

笑う。

気遣ってくれているのが、嫌というほど理解できた。

今度こそ青年は立ち去る。それをバックミラーで確認すると、俺はまた前を見据えた。

 

じっと、ただ前だけを見つめる。

自分がどんな表情をしていたのか、俺には分からない。

 

 

何分か経った。

ホテルの照明が次々に消えて行く。

 

 

時間だった。

 

 

傍らに置いてあるライフルを手にする。

日常とはかけ離れた、重く鈍い光を放つ金属。

 

ドアを開け、降りる。

ライフルの取っ手を握り、まるで鞄を持ったサラリーマンのように歩く。

 

何も言わない。

何も思わない。

何も感じない。

 

ただ確実に言えることは、死だけが先に待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

普段から低血圧で機嫌が悪いのに、今日は更に酷い。

昇降口で靴を脱ぎ、下駄箱へと突っ込む。そして上履きを手にすると、乱暴に置いた。

上履きを履き、かかとの部分を直す。

 

直してから、前を見上げる。

そこには由比ヶ浜が佇んでいた。

 

 

――馬鹿野郎っ。

 

 

職場見学で言われた言葉がフラッシュバックする。

由比ヶ浜は冴えない表情で目をそらす。

 

 

「おう」

 

 

挨拶をする。

 

 

「うん、おはよ」

 

 

それだけ。

いつもの元気が彼女から消えていた。

由比ヶ浜は俺と顔を合わせず、下駄箱に靴を入れて上履きへと履き替える。

彼女はそのまま立ち去った。

 

これでいい。

元通りの関係に……関係すらない状態へと戻る。

あいつが気を遣う必要なんてない。

 

 

――帰り、ガソリン入れてってくださいね。

 

 

青年の気を遣った言葉を思い出す。

そう言えば、ガソリン入れなかったな。

 




基本は原作ルートです。それを忘れないでください。
変えるとしたら、後半です。
もうこれ評価消したほうがいいんですかね?

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