数分して、警備員にアホ共を引き渡した。
ここでも雪ノ下家の力は大きいらしく、散々アホを痛めつけた俺は御咎めなし。
事情を話しただけで終わりだ。
今は一旦他のベンチに座って二人を落ち着かせている……といっても、二人ともこういう事は慣れっこらしく、俺が新しく買ってきたマッ缶を飲んでいる状態だ。
俺も俺で、マッ缶を飲んで久しぶりにちゃんと動かした身体を休ませている。
「いや~比企谷君がいなかったら危なかったよ~」
そう言うのは姉の陽乃さん。
彼女は女らしいという言葉が似あう動作でマッ缶を飲む。
なるほど、男の理想というヤツを分かっているのだろう。
こりゃ変な虫も寄ってくる……最も、それを分かって演じているのだろうが。
「あんまり変な事しないほうがいいですよ」
まるで大友が池本に言うように、何というかかなり下手に忠告する。
色々な力関係ではもちろん陽乃さんの方が上だからだ。
そもそも、年上にはしっかりと敬語を使う。誰に対しても馬鹿野郎は使わない。
「でもほんと助かったよ~、私比企谷君に惚れちゃったかも!」
「姉さん!」
陽乃さんの冗談に釣られる雪ノ下。
こいつ、今までこんな風に遊ばれてきたのだろうか。
そう考えるとちょっと同情する。
「心にもない事言わなくていいですよ。俺そんな気ないですよ」
特にその挑発にも乗らずに俺は受け流す。
普通の男子高校生……いや、男なら勘違いしてホイホイ引っ掛かっちゃうんだろうなぁ。
男を意図的に勘違いさせる女は悪に等しい。
勘違いさせた男を駒やおもちゃとして使うなら、そいつは極悪人だ。
ふと、中学の頃を思い出す。
まだ純粋で、こんな人格になっていなかった時の事を。
……俺も他の奴の事言えねぇなぁ。
「ふーん。比企谷君って意外とガード堅いね」
じろりと、今までの笑顔を消して俺を見つめる。
その瞳からは暖かさは微塵も感じられない。下手をすれば殺されると、本能が告げている。
これがこの女の本性だろうか。
そんな時だった。
ケロっと、また陽乃さんが笑顔に戻る。
そして俺の背中をバシバシと叩いた。割と痛い。
「はっはははは!比企谷君超面白ーい!」
「……うす」
抑えろ……相手は雪ノ下の姉だ。
手ぇ出すのはマズイ……
「もういいかしら。用は済んだでしょう?」
と、雪ノ下が助け舟を出してくる。
陽乃さんも渋々了解したように立ち上がり、空になったマッ缶を俺に押し付けた。
「じゃあね二人とも!比企谷君、それ口付けてもいいよ!」
容赦なく男を殺しにかかる陽乃さんに、俺は苦笑する。
「しませんよ。……馬鹿野郎」
小声でばれないように悪態をついた。
陽乃さんはからかうように笑うと、女の子らしい走り方で去っていく。
ドッと疲れた気分だ。
アホ共と言い、あの姉と言い、ストレスがたまる。
「お前の姉ちゃんヤバいな」
ヤバい。
意味は複数ある。
「姉にあった人は皆そう言うわ」
雪ノ下も肯定を示す。
「確かにあれほど完璧な存在も居ないでしょう。誰もがあの人を褒めそやす」
「お前なぁ、完ぺきなのはお前も一緒だろ馬鹿野郎」
完璧と言った後に馬鹿野郎という矛盾を放置しつつ、俺は自分のマッ缶を飲む。
「ヤバいってのはあの外面だよ。ニコニコ笑って優しくて、おまけにエロイ。あんなの男の理想じゃねぇか」
ため息をつく。
もちろん惚れた事によるものではない。
「はっきり言って胡散臭いんだよね、ああいうの。だって所詮殻被ってるだけの偽物じゃん」
そう言ってまたマッ缶を飲もうとする……が、もう空だ。
しかめっ面していると、雪ノ下が笑った。
「暴力の権化であるあなたでも……いや、あなただから見抜けるのかしらね」
「お前よ、俺そんな手当たり次第暴力振るってねぇぞ」
そんな、嵐の後の静けさともいうべきやり取りをする。
むしろ反省会か?
そんな時だった。
遠くから犬の鳴き声が響いてくる。
甲高く、それでいて興奮したような……
よく前を見てみれば、犬がこちらに向かって猛ダッシュしてきていた。
別に犬も猫も分け隔てなく好きな俺としては好ましい。
が、雪ノ下は血相を変えて後ずさりし出す。
「い、犬……」
まるで犬嫌いなイギリス人特殊部隊のような事を言って、ベンチに足を引っかけてもつれる雪ノ下。
ベンチにへたり込むと、横に俺がいるのもお構いなしに寄ってくる……もちろん犬から逃れるためだ。
「ひ、比企谷君……」
陽乃さんとは違った、純粋な乙女を見せて助けを求める雪ノ下。
と、犬がこちらへと飛びついてくる。雪ノ下は思わず目を瞑る……が。
「おっと」
飛びつかれたのは俺だった。
抱きかかえてやると、やたら嬉しそうにしているのが尻尾を見て理解できる。
ハッハッハ、と口を開けて喜びを表わす犬。どこかで見た事があった。
「なんだこの犬?バカっぽい顔してんなぁ、へっへっへ」
言いつつ、撫でてやる。
うーん、うちの猫はあんまり俺に懐いてないからこういうのは新鮮だな。
あの野郎小町ばっかり構いやがって……
「飼い主どうしたんだ?あ?」
言っても通じないだろうに、思わず声をかける。
とりあえず、一旦床に犬を降ろして立ち上がる。
すると、犬は腹を見せて服従のポーズを取った。
「何だお前子分になりたいのか」
腹を撫でてやると、犬は気持ちよさそうに鳴く。
やや冷静さを取り戻した雪ノ下が犬を警戒しながら観察している……そんな目で見なくたって取って食われやしないよ。
「この犬……」
と、雪ノ下が何かに気が付いたように言った。
それに言及しようとした矢先、
「すみませ~ん!サブレがご迷惑を……」
後ろから、飼い主と思われる少女がやって来る……
雪ノ下と二人でそちらを見ると、見知った顔があった。
「あれ!?ヒッキーとゆきのん!?」
由比ヶ浜だ。
彼女は心底驚いた様子で、
「な、なんで一緒にいんの……?」
と尋ねてくる。
理由を答えるわけにもいかないから、雪ノ下と目を合わせた。
「なんでって、あれだよなぁ」
「ええ……あれよね」
こいつもこいつでごまかし方下手だなぁ。
しかし由比ヶ浜はなぜか両手を振って、
「ああいい、いいよ!大丈夫、なんでもない!休みの日に二人で出かけてたら、そんなの決まってるよね~!」
「あぁ?」
勝手に一人で盛り上がる由比ヶ浜に難色を示す。
「そっか~なんで気が付かなかったかなあたし~空気読むのだけが取り柄なのにぃ~」
壮大な勘違いをしている由比ヶ浜。
これは早めに訂正しないとまずいだろう。
「おい、お前なんか勘違いして」
「いいっていいって!そのまま黙っててヒッキー!」
落ち込んだかと思えば人の話を遮って黙れと言いだす。
由比ヶ浜はロベール ド サブレだとか言った犬を抱えると、背を向けた。
「じゃあ、あたしもう行くから」
「由比ヶ浜さん」
そそくさと逃げるようにする由比ヶ浜を、雪ノ下が止める。
おお流石部長、ここで誤解を解いてくれるか。
「私達の事で話があるから、明日部室に来てくれるかしら」
俺は頭を抱えた。
「あーあははは、あんまり行きたくない、かも……今更聞いてもどうしようもないっていうか、手も足も出ないっていうか」
「私、こういう性格だから上手く伝えられないのだけれど、あなたにはきちんと話しておきたいと思っているわ」
「性格変なのは気付いてたんだな」
「黙りなさい」
茶々を入れた途端に命令が入る。
俺はもう何も言わず、去っていく由比ヶ浜の背中を見続ける。
まぁ、あれだ。何を誤解しているのかは知らない。
だが明日、祝ってやればきっと元気になるだろうと。
俺は勝手なことを考える。
その勝手さは、もしかしたらある種の信頼から来ているものなのかもしれない。
「……帰るか」
「……そうね」
提案し、雪ノ下は同意した。
ふぅ、小町になんて報告しよう。