その男、八幡につき。   作:Ciels

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おかえり

 

 

 

 

 

 

 月曜日、放課後。

奉仕部へ行く前に、俺は自販機でマッ缶を三本買う。

その内糖尿病になるんじゃないかと自分でも思うほど、この甘いコーヒーを毎日飲んでいる気がする。

小町曰く、マッ缶依存症だとか。

 

それを飲みながら奉仕部へと向かうと、由比ヶ浜が部室の前で不審な行動をしていた。

深呼吸して扉を開けようとしているが、なぜか思いとどまってまた深呼吸。

それを何度も繰り返している。

最初こそそれをマッ缶飲みながら眺めていたが、次第に飽きてきたのでそっと彼女の後ろへ回る。

 

二本目のマッ缶をポケットから取り出し、キンキンに冷えたそれを由比ヶ浜の頬に付けた。

ピトっという感触と共に、由比ヶ浜の身体がビクッと反応する。

 

 

「うっひゃあっ!!??」

 

 

「へへへへっ」

 

 

驚く由比ヶ浜を笑う。

その笑顔は野球をする時の大友のようだ。

 

 

「ひ、ヒッキー!?」

 

 

振り返り、俺を見てさらに驚く由比ヶ浜。

地味に殴ろうとポーズを取っている事については言及しない。

 

 

「お前何してたんだよ?」

 

 

代わりに不審な行動について言及した。

すると由比ヶ浜は手を盛大に振って何かを表現する。

 

 

「いや~、特殊部隊とかの突入前とかってどんな心境なのかな~って」

 

 

「お前変な事ばっか知ってんなぁ」

 

 

ミリタリーオタクみたいな事を言いだす由比ヶ浜に、呆れた声を漏らす。

だが、由比ヶ浜はいつも以上に食いついてこない。

なぜか落ち込んだように俯いてしまうのだ……ららぽーとでの事と言い、調子が狂う。

まぁ、職場見学での一言が、彼女を圧迫している事は何となく分かっていた。

こいつは優しいからなぁ。

 

たまらず、由比ヶ浜の頭を撫でる。

さらさらとした感触が、手一杯に伝わった。

 

 

「ちょ、ひ、ヒッキー……んぅ」

 

 

ちょっと艶っぽい声を出すものの、由比ヶ浜は拒まない。

むしろ、それを受け入れて素直に撫でられている。

昨日の犬といい、やっぱ飼い主も似てるなぁ、なんて思う。

 

しばらく撫でて落ち着かせてやると、ポンポン、と頭を軽く叩く。

 

 

「行こうか」

 

 

それだけ告げると、由比ヶ浜を追い越して部室へと入る。

顔をほんのり赤くして、由比ヶ浜は頷いた。

扉を開けると、中にはすでに雪ノ下が控えていた。

俺が入り、由比ヶ浜が入ると、雪ノ下は少し思いつめたような表情をする。

 

 

「由比ヶ浜さん……」

 

 

「や、やっはろ~ゆきのん……」

 

 

ぎこちなく、由比ヶ浜が手を振る。

そこからは、あまりよくない空気の中で読書をした。

その中で、俺はマッ缶を飲む……残りの二本は二人に渡した。

 

マッ缶の中身が無くなる頃、雪ノ下が口を開いた。

 

 

「由比ヶ浜さん」

 

 

びくっと、由比ヶ浜が反応する。

雪ノ下は続けた。

 

 

「私達の今後について話を……」

 

 

「あ~!!!あたしのことなら全然気にしないでいいのにぃ~!」

 

 

いや、お前の誕生日なんだから気にすんだろうに。

でも最近俺が口挟むとこいつら怒るんだよなぁ。

 

 

「そりゃ確かにビックリしたって言うか、むしろお祝いとか祝福とかしないといけないっていう感じだし!」

 

 

そりゃ自分の事言ってんのか?

急なハイテンションで語りだす由比ヶ浜に、雪ノ下は驚いた様子だ。

 

 

「え、えぇ、よく分かったわね。そのお祝いをきちんとしたいの。それに貴女には感謝しているから」

 

 

「や、やだな~、感謝される事あたししてないよ……何もしてない……」

 

 

目をそらす由比ヶ浜。

何もしてない……とは思わない。

彩加の時も、川崎の時も、由比ヶ浜は全力を尽くしている。

確かにブレインとなるような奴ではない。でも、それでも、彼女は人の為に尽くす。

彼女は優しいから。

 

 

「それでも……私は感謝している。それにこうしたお祝いは、本人が何かしたから行うという訳ではないわ。純粋に私がそうしたいだけよ」

 

 

そう言うと、由比ヶ浜は渋々納得した。

話がかみ合っていないことは、見ているだけで分かる。

相変わらず、雪ノ下はこういう事に不器用だなぁ。

 

 

「だ、だから、その……」

 

 

「それ以上聞きたくないかも」

 

 

やんわりと、由比ヶ浜は拒絶を示す。

しゃーない、俺がこうなった原因の一つでもあるし、助け舟を出そう。

 

 

「おい由比ヶ浜、お前ちょっと落ち着けよ。何勘違いしてんのか分かんねぇけどよ」

 

 

ケタケタと笑いながら、そう言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えぇッ!?ちょっと待って、じゃあ二人は別に付き合ったりとかしてないの!?」

 

 

事情を説明すると、由比ヶ浜は驚愕するように言った。

呆れたように溜息をしてしまう。

こいつ乙女みたいな考えだなぁ。

 

 

「そんなわけねぇだろお前よぉ、言っていい冗談と悪い冗談があんだろ、なぁ雪ノ下」

 

 

「そうよ。そこの暴力装置と私がそんな関係になるわけないじゃない。さすがに怒るわよ由比ヶ浜さん。あぁおぞましい」

 

 

「なんだこの野郎、大体お前が濁すようなことばっか言うからこのバカが勘違いすんじゃねぇか」

 

 

「馬鹿って言うなし馬鹿野郎!」

 

 

「なんだ馬鹿野郎」

 

 

「馬鹿やろーっ!」

 

 

そこからしばらく由比ヶ浜と罵倒し合う。

疲れてきた頃、雪ノ下が話を次のステップへと進めた。

 

 

「……お祝いの時間が無くなってしまったわね」

 

 

鞄から、大きめの箱を取り出す雪ノ下。

ほんのりと、甘い香りが漂う。ごくりと、唾を飲んだ。

 

 

「ケーキを焼いてきたのだけれど」

 

 

「ケーキ?なんでケーキ?」

 

 

まだ完全に事情を把握していない由比ヶ浜。

 

 

「お前今日誕生日だろ、それのお祝いだよ。お前全然分かってねぇじゃねぇか」

 

 

「最近部活に来ていなかったし、慰労も兼ねて……あとはその、感謝もしてるし……」

 

 

女の子相手に顔を赤く染める雪ノ下。

ちゃんと言い終えることなく、雪ノ下はケーキと、一緒に選んだエプロンを渡す。

開封して手に取るや否や、由比ヶ浜は喜んで雪ノ下に抱きついた。

まんざらでもなさそうな雪ノ下……やっぱそっちの趣味あんじゃねぇか?

 

俺もそろそろ渡すとしよう。

バッグから、小包を取り出す。

 

 

「おい、受け取れ」

 

 

そう言って、バーテンダーのように机の上で由比ヶ浜の方へと滑らせた。

 

 

「まさかヒッキーまで用意してくれてるなんて思わなかったな~」

 

 

あと三百万くらいあるからなぁ。

一、二万くらい安いもんだよ。

 

 

「こないだから、ちょっと微妙だったし……」

 

 

「あー、うん……それなんだけどよ、由比ヶ浜」

 

 

ふと、俺は話を切り出す。

 

 

「誕生日だからって訳じゃなくてさ、これで色々、貸し借り無しって事にしてくんねぇか?犬助けたのも、お前が気ぃ遣ってんのも……別にお前だからって助けたわけじゃねぇしよ。お前も結構優しくしてくれたしよ、これでチャラだよ。もう、色々終わりにしようぜ」

 

 

考えて、遠まわしに解決を図る。

いや、むしろ直球なのだろうか。

 

由比ヶ浜は少しだけ俯く。

 

 

「なんでそんな風に思うの?気を遣ったりとか、そんな事一度も思った事ないよ。あたしは、ただ……」

 

 

会話が止まる。

ぽりぽりと、俺は頬を掻いてマッ缶を飲んだ。

甘い、苦さとは無縁だ。

 

 

「なんか難しくて分かんなくなってきちゃった。もっと簡単だったらいいのに……」

 

 

「別に難しい話ではないでしょう?」

 

 

ここで雪ノ下の助け舟。

彼女は夕日を見つめながら、結論だけを述べる。

 

 

「比企谷君は由比ヶ浜さんを助けたわけではないし、由比ヶ浜さんも同乗していた訳ではない……始まりからすでに間違っているのよ。だから、比企谷君の言う、終わりにするという選択肢は正しいと思う」

 

 

「でも、これで終わりだなんて……」

 

 

サングラスをかける。

これから言う事の、照れ隠しのようなものだ。

 

 

「馬鹿だなぁお前。ならまた始めりゃいいじゃねぇか。もういい加減、そういう厄介な事抜きにしてさぁ」

 

 

同時に、ケタケタと笑った。

 

 

「そうね。あなたたちは……悪くないのだし」

 

 

意味深な事を雪ノ下が言う。

彼女はなんだか陰のある笑顔を見せると、椅子に座った。

 

 

「あなた達は等しく被害者なのでしょう?ならすべての原因は、加害者に求められるべきよ」

 

 

「お前、それ入学式の事言ってんだよな?それなら俺も加害者みたいなもんだよ。運転手ボコっちまったんだからよ」

 

 

冗談めいた言い分を見せる。

まぁ、確かにこっちが先に轢かれた訳なのだが。

 

 

「いいえ……どちらも悪くないわよ。あなたのそれも、単なる反撃。やったやられたは関係無い。ただの被害者よ。最初から、二人が揉める必要なんてない」

 

 

黙って、サングラス越しに雪ノ下を見つめた。

何か、俺の知らない何かを、彼女は察知しているか知っている。

でも、深くは突っ込まない気でいた。

 

 

「間違っていないなら、初めからスタートできる……あなた達なら」

 

 

「その中にお前はいねぇのか」

 

 

「……私、用事があるから先に帰るわね」

 

 

逃げるように、雪ノ下は鞄を手にする。

彼女が俺の横を通り過ぎても、俺は振り返らなかった。

ただ、手を組んで夕日を見つめる。

なんだか、それ以上言及すれば、後戻りできないような気がして。

 

 

「……ね、それ開けていい?」

 

 

雪ノ下が去ると、由比ヶ浜が尋ねてきた。

手には包みがそっと握られている。

 

 

「うん?うん」

 

 

許可を出すと、由比ヶ浜は優しく包装を解いて中身を確認した。

嬉しそうなため息が、彼女から漏れる。

 

 

「ねぇ、似合う……かな?」

 

 

「……お前馬鹿だなぁ」

 

 

由比ヶ浜が首にはめているもの……それは確かに、俺がプレゼントしたものに間違いない。

だが、それは人間用のチョーカーではなく……犬用の首輪だ。

これじゃあ俺が変態プレイ好きなド変態みたいじゃねぇか。

 

 

「お前それ犬用だよ馬鹿野郎」

 

 

「えぇッ!?さささ、先に言ってよ馬鹿ぁ!!!!!!」

 

 

「痛ぇ!何すんだこの野郎!」

 

 

箱を投げつけてくる由比ヶ浜。

ポカポカと背中を殴ってくる由比ヶ浜……なんだかこの光景が懐かしい。

ついこの間まで、こんな感じだったのに。

 

馬鹿野郎と言いつつも、俺は鞄からもう一つ、細長い箱を取り出す。

 

 

「こっちがお前用だよ」

 

 

手渡すと、由比ヶ浜はきょとんとした顔で包みを破いた。

中身は、レディースのサングラス。

ちゃっちいもんじゃなく、しっかりとした造りのものだ。

 

 

「これ……結構高いやつだよね?」

 

 

「値段なんて気にすんなよ馬鹿なんだからよ。ほら、かけてみろ」

 

 

馬鹿と言われた事すら気にせず、由比ヶ浜はサングラスをかける。

大きいレンズが、由比ヶ浜の目をすっぽりと隠していた。

 

そのためにっこりと、笑みだけがより強調される。

 

 

「えへへ、お揃いだねっ!」

 

 

サングラス同士で見つめ合う。

俺は若干照れながらも笑った。

 

 

「へへ、馬鹿野郎」

 

 

「そっちも馬鹿野郎。……ありがと、ヒッキー」

 

 

雪ノ下が居なくなった部室。

俺は、新たなスタートを、由比ヶ浜と交わした。


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