その男、八幡につき。   作:Ciels

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千葉へ

 

 

 

 「比企谷ァ、なんでメール見なかった。あ?」

 

 

小町に連れられ駅へとやって来ると、平塚がいた。

居たというより、待ち構えていた。

路肩に止まったワゴン車に寄りかかりながら煙草を吸っている女教師。

コイツの方がよっぽどヤクザじゃねぇか。

 

いつものスーツに白衣ではなく、Tシャツにホットパンツというラフな格好だ。

無駄に良いスタイルがさらに引き立っている。

俺は目をそらしつつ、スマホのメールを確認する。

数十件にも及ぶ、平塚からのメールが溜まっていた。

 

時間を追うごとに内容が物騒でストーカー染みたものとなっていく。

おっかねぇなこの姉ちゃん。

……おいちょっと待て。メールの中に千葉村がどうのとか書いてある。

加えて奉仕部のことも……今の俺たちの荷物、よく考えたらどっかに一泊ぐらいは出来るもんじゃねぇか。

 

 

「……小町ぃ、お前嵌めたな」

 

 

てへぺろっとする妹をちょっと睨む。

クソ、千葉に行くってそういうことかよ。千葉村なんて千葉にねぇじゃねぇか。

まんまと話に乗っちまったわけか俺は。

 

だがこのままこいつらの好き勝手にさせるわけにはいかない。

こっちにだってそれなりにプライドがあるし、折角の夏休みをド田舎で過ごすなんて以ての外だ。

 

 

「小町、帰るぞ」

 

 

準備万端の小町にそう言って平塚に背中を向ける。

 

 

「あ、ちょっとお兄ちゃん!」

 

 

天邪鬼な兄を引き留めようとする小町だったが、

 

 

「はちま~ん!」

 

 

振り返った先に、天使がいた。

戸塚 彩加が、手を振りながらこちらへ走って来たのだ。

そんな彩加に、俺も手を振って歩み寄る。

 

友達のようにハイタッチを交わすと、俺は彩加の頭を撫でた。

 

 

「おう彩加!どっか行くのか!」

 

 

「うん!八幡も行くんでしょ?千葉村」

 

 

「行くよ馬鹿野郎!ほら、荷物持つよ」

 

 

手の平を返すように俺はまた平塚の方へと向き直る。

彩加が手にしていたビニール袋を持ってやる……買い出しに行ってたのか。

呆れたような顔をする小町と平塚をよそに、俺は車のスライドを開ける。

 

ガラッと開き、中にはお団子頭と黒髪ロングが乗っていた。

 

 

「あ!ヒッキー遅いし!」

 

 

聞き慣れた女の声が響く。

 

 

「あ、結衣さんやっはろ~!」

 

 

後ろの小町がお団子に挨拶する。

 

 

「やっはろ~!」

 

 

お団子、由比ヶ浜がいつものようなバカっぽい挨拶を返す……

奉仕部云々書いてあったから何となく予想はしていたが、まさかもう乗ってるとは思わなかった。

俺は無言かつしかめっ面でその光景を眺める。

 

 

「雪乃さんもやっはろ~!」

 

 

「やっハ……こんにちは、小町さん」

 

 

一瞬小町と由比ヶ浜につられかけた雪ノ下。

そんなちょっと恥ずかしそうな雪ノ下を見ていると、咳払いした後に俺を睨んでくる。

俺はさも自然に目をそらし、隣りの戸塚に目配せする。

 

 

「乗ろっか」

 

 

それだけ言うと、俺は荷物を手に後部座席へと乗り込んだ。

乗り込んだところで、材木座が当然のようにいた事に驚きを隠せなかったため、一発頭を叩いてしまった事は説明しなくていいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんでこんな乗ってんだよ馬鹿野郎」

 

 

道中、車内。

いくらワゴンとは言え、七人も乗っていると狭くて暑くて仕方がない。

アロハシャツと短パンでも暑いものは暑いので、俺は不満を口にしていた。

 

運転席にはもちろん平塚、助手席にはなぜか小町、後部座席の前のシートには材木座、そして荷物を挟んで戸塚が。

後ろのシートには俺、由比ヶ浜、雪ノ下の奉仕部コンビが座っていた。

なんだって俺が彩加と小町の隣りじゃねぇんだよと愚痴を漏らしたら、由比ヶ浜が何かよく分からない事を言って叩いてきたのでそれには言及しないことにした。

 

 

「しょうがないでしょ千葉村行くんだから」

 

 

目の前に座る、暑さの原因の一つである材木座が反論する。

 

 

「うるせんだよこの野郎っ」

 

 

パシン、と身を乗り出して頭を引っ叩く。

しかし叩いても暑さは変わらない。

 

 

「暑くてしょうがないよ~」

 

 

俺以外誰も何も言わない。

暑さで喋る気力が無いんだろう。

とりあえず気に食わないので材木座の頭を叩く。

 

クーラーがついているはずなのになんだってこんな暑いんだろうか。

人口密度高過ぎんだよこの車よ~、と不平不満を口にする。

 

 

「うるさいわ、あなたが喋る度にこっちもイライラしてくるから黙ってちょうだい」

 

 

と、度が過ぎたのか雪ノ下が俺に注意してきた。

それを聞いてか材木座がニヤつきだす。

 

 

「何笑ってんだこの野郎」

 

 

また頭を叩く。

この野郎普段は兄貴兄貴言ってこういう時だけ馬鹿にしやがって。

 

 

「あ~、誰か降りねぇかなぁ~。そうしたら俺が彩加の隣になんのになぁ~」

 

 

「それ遠回しに俺に言ってるんですか?」

 

 

「うるせんだよぉ」

 

 

頭を叩く。

そしてまた叩く。

時折平塚がミラー越しにこっちを睨んでくるが気にしない。

だって今は手出せないもんあいつ。

 

 

「なんだよ何処走ってんだよこんなとこよ~、何もねぇじゃねぇかよ~。この野郎っ」

 

 

パシン。

材木座の頭は叩きやすいが油が凄い。

あとで由比ヶ浜にハンカチを借りよう。

 

 


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