その男、八幡につき。   作:Ciels

4 / 59
そのガハマ、結衣につき。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

結局、俺は奉仕部に入れられ、平塚の安い挑発に乗った雪ノ下と勝負することになった。

俺の意思なんざ関係なく進んでいく話に、やや辟易しながらも、新しい刺激に少しだけ期待しつつある。

まぁ美人の姉ちゃんと一緒の教室でなんかやるってんなら、その気がなくとも乗り気にはなるってのが男の性だ。

それに平塚から色々脅されてちゃあ、学生としては行かざるを得ないだろう。

ヤクザでは親の言う事が絶対であるように、学生は先公の言う事が絶対なんだからよ。

 

いつも通りクラスでは誰とも会話せず、放課後にマッ缶を片手に奉仕部の部室へと向かう。

他の記憶ではこんな甘ったるいもん好き好んで飲んでいた試しがなかったが、比企谷 八幡という男はこれが大好きなのだ。

もはや珈琲と呼べるか分からない飲み物を一口含み、俺は扉を開けた。

 

そこには、案の定雪ノ下の姿が、昨日とほぼ変わらない様子で本を読んでいた。

 

 

「よう」

 

 

挨拶だけして教室へ入り、昨日雪ノ下が重そうに降ろしていた椅子へと腰かける。

雪ノ下は一瞥もせず、名前の通り静かに本を読む。

 

やることが無いのでとりあえずは俺も読書でもしようかと思っていた矢先、雪ノ下が口を開いた。

 

 

「こんにちは。もう来ないかと思ったわ。もしかしてマゾヒスト?」

 

 

遅い挨拶に憎まれ口を挟む当たり、性格が悪い。

 

 

「俺がそんな風に見えんのかよ」

 

 

「だったらストーカー?」

 

 

さすがに笑った。

いつものように不気味なニヤケ面をしつつ、

 

 

「俺がいつお前の事好きだっつったんだよ」

 

 

「あら、違うの?」

 

 

彼女は純粋に疑問だというような表情をこちらに向ける。

 

 

「へへ、違えよ馬鹿野郎。自信あり過ぎじゃねぇのか」

 

 

雪ノ下へ向くように座り直し、彼女を笑う。

そしてそんな質問を簡単にしてしまうこの女に、素朴な質問をしてみせた。

 

 

「お前よぉ、友達いんのか?」

 

 

「そうね、まずどこからどこまでが友達なのか定義してもらってもいいかしら?」

 

 

「もういいよ、大体わかったからよ」

 

 

そんな事言うやつはだいたい友達がいない。

 

 

「人に好かれそうな奴なのに友達いねぇんだなぁ」

 

 

そう言うと、彼女は少しだけムッとして答えた。

 

 

「あなたには分からないわよ」

 

 

そしておもむろに立ち上がる。

 

 

「私って昔から可愛かったから――近づいてくる男子は大抵私に好意を寄せてきたわ」

 

 

「人に好かれてんのにぼっちなのかよ。へへ、お前矛盾してんじゃねぇか」

 

 

彼女は窓の外を見て自身について語りだす。

それは非常に人間的で、とても醜い思い出話だった。

 

誰からも好かれる奴なんていない。

好かれれば、当然誰かからは嫌われる、そんな当たり前で、残酷な体験を彼女はして見せたのだ。

女子からの嫉妬、それに伴う被害。

正直、簡単に想像できた。可愛いってのも酷だよなぁ。

 

思えば、記憶の中の人物も、誰かを惹きつける反面、敵を作りやすい奴らばっかりだ。

いや、むしろそんな奴しかいない気がする。

 

 

「人は皆、完璧ではないから」

 

 

意外にも雪ノ下は、その名前とは裏腹に、熱く語った。

 

 

「優秀な人間ほど生き辛い世の中なのよ。そんなのおかしいじゃない」

 

 

だから、と雪ノ下は続ける。

 

 

「だから変えるのよ。人ごとこの世界を」

 

 

「お前、あいつら(TAKESHIS')よりもぶっ飛んでんなぁ。頭おかしいんじゃねぇか」

 

 

笑って彼女を称賛してみせる。

頭がおかしいというのは、俺からしてみれば褒め言葉だ。

 

 

「それでも、あなたのようにグダグダ乾いて果てるよりマシだと思うけれど……あなたの、そうやって弱さを肯定して何もかも笑ってしまう部分。嫌いだわ」

 

 

バッサリと、彼女は斬り捨てた。

俺はこれ以上彼女とやり合おうとはせず、二人してそのまま沈黙に身を任せる。

 

持つ者ゆえの苦悩ってのもあるんだなぁ。

記憶や今の自分含め、持ってないものばっかりだったから、新たに知った世界について俺は興味があった。

同時に、持たざる者ゆえの苦悩もあるのだと、内心思いながらも、それを彼女に語るのは筋違いだと感じた。

 

人間、誰しも自分をごまかす。

理想と現実は違うから、ごまかして生きるのが普通の人間だ。

 

でも、彼女はそれを良しとせず、努力する。

抗い、生きようとする。

なんだか、俺と、俺の持つ記憶の人物に少しだけ似ている。

気に入らない事に抗い、ぶつかっていく様が、どこか親近感を持たせるのだ。

 

柄じゃねぇのは分かってるけど、それでも今はこの沈黙すら心地良い。

やっぱ俺変態なのかなぁ。

 

 

「なぁ雪ノ下」

 

 

柄じゃねぇよなホント。

そう思いつつも、好奇心は狂犬をも殺す。

 

 

「友達に、ならねぇか」

 

 

「ごめんなさい、それは無理」

 

 

あっさりと拒絶された。

分かってはいたが思わず笑い、

 

 

「馬鹿野郎、へへ」

 

 

と一言だけ返した。

 

 

 

 

 

コンコン、と扉を叩く音がしたのはそれとほぼ同時だった。

雪ノ下の許しが教室に響くと、扉が開かれ、一人の女の子が中へと入ってくる。

 

 

「失礼しまーす」

 

 

雪ノ下とは対照的な女の子だった。

清楚な感じはせず、元気はつらつとしているような格好と髪型、それにおっぱい。

すげぇな、おっぱいでけぇのかよ。悪いな雪ノ下。

 

右側の髪をお団子結びにするその女の子には見覚えがあった。

確か俺と同じクラスの、いわゆるリア充グループの連中の中の一人だ。

 

 

「平塚先生に言われて来たんですけど……」

 

 

そう言う彼女と目が合う。

俺は無表情で彼女を見ていたが、彼女の方は心底驚いた様子で、身振り手振りを交えてそれを表現した。

 

 

「な!なんでヒッキーがここにいんの!?」

 

 

「部員がいちゃ悪いのかよ」

 

 

雪ノ下の声に比べて、非常にやかましいその声は耳に来る。

ヒッキーとかいうわけのわからない呼び名に首をかしげながら俺は不機嫌そうにそう答えた。

 

 

「2年F組、由比ヶ浜 結衣さんよね?」

 

 

いつの間にか立ち上がっていた雪ノ下がそう尋ねる。

 

 

「とにかく座って。……比企谷君、椅子」

 

 

雪ノ下が俺を見ながら机の上に積まれている椅子を指差す。

俺は何も言わず、この教室の女王様の命令に従った。

椅子を机から降ろし、雪ノ下の席の近くに置く。

由比ヶ浜はなぜか嬉しそうにそこへ座った。

 

 

「あたしのこと知ってるんだ!」

 

 

「全校生徒知ってんじゃねぇのか?」

 

 

ある意味皮肉交じりに言いつつ、俺は彼女達から少し離れた場所へと座る。

 

 

「いいえ。少なくともあなたの事は知らなかったわ」

 

 

そう答える雪ノ下の声色は得意げだった。

 

 

「そうかよこの野郎」

 

 

「気にする事ないわ。あなたの存在から目をそむけたくなってしまう私の心の弱さが悪いのよ」

 

 

「なんだこの野郎、お前俺に喧嘩売ってんのか」

 

 

「いいえ、正直に自分の非を認めているだけよ」

 

 

「へ、お前相変わらず口が減らねぇな。だから友達できねぇんだよ」

 

 

「あなたに言う権利は無いわ、ぼっちヶ谷君」

 

 

「へへ、センスねぇよ馬鹿野郎」

 

 

そんなやり取りを間で見ていた由比ヶ浜が、思った事を口にする。

 

 

「なんか、楽しそうな部活だねっ!」

 

 

「頭おかしいんじゃねぇのかおめぇ」

 

 

思わず直球な事を言ってしまったが彼女は気にせず喋る。

 

 

「それにヒッキーよく喋るよね!」

 

 

「なんだ、おめぇ俺の事教室で見てんのか。へへ、こいつのがよっぽどストーカーじゃねぇか雪ノ下」

 

 

目の前のちょっと頭が弱そうな娘を指差す。

由比ヶ浜はそれを否定する様に手を広げた。

 

 

「ストーカーじゃないしっ!なんつーかその、ヒッキーもクラスにいる時と全然違うし、雰囲気恐いしキモいし」

 

 

「うるせぇんだよこの野郎、お前だって変なギャルみてぇな格好してんじゃねぇか」

 

 

唐突な罵倒に思わず反論する。

 

 

「はぁ!?ビッチってなんだし!?」

 

 

「言ってねぇよ」

 

 

「大体あたしはまだ処……」

 

 

そこまで言いかけて由比ヶ浜は自分が何を言っているのかを理解して必死に否定した。

こいつ面白れぇな、バカでよ。

 

 

「うっほああああああなんでもない!」

 

 

真っ赤に顔を染めているところからして、彼女は本当に処女なのだろう。

処女だからって別に、差別したりなんなりしないけどよ。

 

 

「別に恥ずかしいことではないでしょ?この歳でバージ……」

 

 

「うっはああああああちょっと何言ってんの!?高二でまだとか恥ずかしいよ!雪ノ下さん女子力足んないんじゃないの!?」

 

 

雪ノ下のフォローだかディスってんのかよく分からない発言に、由比ヶ浜が噛みつく。

んなこと言ったら俺だって童貞だよ馬鹿野郎。

俺は女子二人の和気あいあいとした様子を笑い半分に眺めていた。

 

 

「くだらない価値観ね」

 

 

「なぁにが女子力だこの野郎。お前そんなんだから処女なのにビッチ臭いんだよ馬鹿野郎」

 

 

俺も追撃する。

すると由比ヶ浜は180度反転して今度は俺に食ってかかった。

 

 

「ちょっと!人をビッチ呼ばわりとかありえない!ヒッキーマジでキモイ!」

 

 

「うるせぇんだよこの野郎!ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん騒ぎやがってこの野郎!ビッチ呼ばわりが駄目ならおめぇのヒッキー呼ばわりはいいのかコラァ!」

 

 

あんまりにもうるさいのでこちらも声を荒げる。

だが彼女はプルプルと震えながら、

 

 

「こんの……ほんとキモイウザい!つーかマジあり得ない!」

 

 

「へへへへへへへ、お互い様だ馬鹿野郎」

 

 

騒がしいけど怒鳴るにはちょうどいい奴だ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。