その男、八幡につき。   作:Ciels

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ファーストステップ

 

 

 

 千葉村に到着した。

千葉村と言っても所在地は群馬なのだから、小町の千葉に行こうという提案は間違っていると主張したい。

まぁ何はともあれ、無事に到着した奉仕部+α。

材木座と車から荷物を降ろし、適当な場所へ置く。

そういや中学ん時の自然教室もここだったなぁ。あん時はひたすら木の陰で休んでた気がする。いや、途中で飽きて川で遊んでたか。

 

男に重労働を任せた女どもは、現代ではあまり触れられない自然を満喫している。

由比ヶ浜なんかは空気が美味しいとか言ってる。

味が分かるほど長く生きてんのかあいつは。

 

 

「お疲れ八幡!」

 

 

笑顔の彩加がタオルを渡してくる。

うーん、彩加の額に滲む汗がなんともエロイ。

 

 

「おう、ありがとな」

 

 

受け取って汗を拭く……あれ、拭く前からちょっとだけ濡れていたような気がしたが気のせいだろうか。

ちらっと彩加を見ると、いつも通りニコニコ笑っているだけだ。

 

 

「叔父貴、俺にもタオル下さいよ」

 

 

「えっ……あぁごめん、ないや」

 

 

まるでクラス替えの後に内気な男子が勇気を振り絞って女子に話しかけてみたけどもなんか引かれているというような構図になっている。

哀れだなぁ、なんて同情してしまう。

材木座もあぁ、そうっすか……と俯いていじけている。

外観はヤクザぶってるが根はただのオタクだからなぁこいつ。

 

仕方なく、俺は材木座にタオルを渡した。

 

 

「ほら、使えよ」

 

 

「え、でもこれびっしょり……」

 

 

「いいから使え馬鹿野郎、兄弟分なんだから」

 

 

便利な兄弟分という言葉を用いて材木座に善意を押し付ける。

大丈夫だよまだ半分は濡れてないから。

材木座は一応の礼をしてから、タオルを受け取って濡れていない部分で額を拭いた。

 

こいつ汗っかきだなぁ、なんて思っていると、彩加が言う。

 

 

「八幡優しいね!」

 

 

「うん?そうだよ、俺優しいよ」

 

 

自惚れたように俺は言った。

可愛いなぁ、可愛さで暑さも吹き飛んじゃうよ。

と、ここで由比ヶ浜から声が掛かる。

そっちを三人で見てみると、俺たちが乗ってきた車とはまた違う、白塗りのワンボックスがやって来た。

俺たち以外に誰か来るのだろうか。

 

そう考えていると、なんと車か降りてきたのは大岡と大和以外の葉山組連中。

俺と材木座の表情が一気に苦痛に歪んだ。あいつらが居ると碌な事が起きない。

 

葉山は由比ヶ浜と挨拶を交わすと、俺を見ていつものさわやかスマイルを送った。

散々殴られたくせによくもまぁあんな顔出来るなあいつは。

……雪ノ下の表情が一瞬曇ったのは、見間違いではないだろう。

 

 

「やぁ、ヒキタニ君」

 

 

そして相変わらず名前を間違えられる。

 

 

「お前毎回わざとやってんのかこの野郎」

 

 

「えっ」

 

 

葉山に詰め寄る。

身長差は少しあるが、それを感じさせないように思い切り睨んだ。

葉山は苦笑いして俺から目をそらす……ふと真横から熱気が伝わって来たから見てみれば、材木座が戸部と睨みあっていた。

ヘタレなのかそうじゃないのか分からない奴だなぁ。便乗って奴だろうか。

 

 

「ハチハヤもなかなか……」

 

 

「ひ、姫菜……」

 

 

相変わらず海老名さんはブレない。

それを心配する三浦も三浦だろう。

 

 

「仲が良いじゃないかお前ら」

 

 

そこへやって来るのは平塚。

笑ってはいるがサングラスの奥に潜む眼光は俺たちを突き刺すようだ。

この人本当に堅気なのだろうか。

 

俺は一旦葉山から離れる。

 

 

「えぇ。見ての通りですよ」

 

 

皮肉を込めてそう言ってやると、平塚はため息をひとつ。

 

 

「揃った途端に戦争しようとするか普通……いいか、君たちにはここでしばらくボランティア活動を行ってもらうぞ」

 

 

ボランティア。つまり誰かの手助けをするという事か。

俺なんかいつも人の事苦しめてばっかりだから柄に合わないだろうに。

いつものように不機嫌そうな顔をする。

クソ、家から引きずり出された挙句ボランティアなんてやってられっか。

 

 

「林間学校サポートスタッフとして働いてもらうぞ。奉仕部の活動も兼ねてるから、帰りたいなんて思うなよ比企谷」

 

 

ギロリと俺を睨む平塚。

この野郎俺に釘刺しやがったな。帰りたくても帰れない。

 

観念したように俺が頷くと、平塚は凛々しい笑みを見せる……いつもこういう顔してりゃきっと結婚できるのになぁ、なんて思いながら俺は葉山を一瞥した。

この野郎、何笑ってやがんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暑い中、小学生が芝生に体育座りさせられている。

日陰も何もない中で長ったらしい小学校の教員の話を聞くなんてとてもじゃないがやってられないだろうに。

他人事みたいに言っているが、立っているだけで俺たち総武高連中も同じだ。

どうでもいい話を聞き流しながら早く炭酸でも飲みたいなんて思っている。

きっとここにいる高校生全員がそうに違いない。

 

いつものようにイライラしていると、急に教員がサポートスタッフの紹介に移る。

サポートスタッフ、つまり俺たちの事だ。

小学生たちのよろしくお願いします、という元気いっぱいというかヤケクソというか、そんな声が響き、なぜか高校生代表の葉山が教員からメガホンを渡され喋り出す。

 

 

「何かあったら、いつでも僕たちに言ってください。この林間学校で素敵な思い出をたくさん作っていってくださいね。よろしくお願いします」

 

 

これにいちゃもんつけるのは材木座。

 

 

「なぁにが素敵な思い出だ馬鹿野郎。どうせああいうリア充の事だから輪姦学校になっちまうんだろ」

 

 

「そんな事考えてんのお前だけだよ馬鹿野郎」

 

 

ブツブツ小声でとんでもない事言う材木座を蹴る。

今注目は葉山に向かっているので、俺たちの愚行が見られることは、多分無い。

エロゲーやりすぎじゃねぇのかこいつ。

 

 

「あの……平塚先生、なぜ葉山君達が?」

 

 

雪ノ下も葉山という存在に異を唱えているようで、平塚にそのことを尋ねる。

 

 

「人手が足りないから、内申点を餌に募集をかけていたんだよ」

 

 

それ俺たちも貰えるのだろうか。

意外と内申点は悪くない俺だが、いつ何時トラブルに巻き込まれるとも限らない。

最近はやたら面倒事が多いし……

 

 

「これを機会に、君たちも彼らとうまくやる方法を身に着けたまえ」

 

 

うまくやる方法。

つまり、仲良くしなくてもいいから表面上だけでも付き合いを良くしろと言う事だろうか。

仲の悪い兄弟分とつるむみてぇだな。もっとも、そう言うのは大体どっちかがどっちかに殺されるのだが。高橋しかり。

 

 

「うまくねぇ、それができたら苦労しないですよ」

 

 

「案外君なら出来そうだけどな。敵対でも無視でもなく、さらっとやり過ごす腕を身に着けたまえ。それが社会に出るという事さ」

 

 

「あんたは結婚する術身につけろよ」

 

 

「後で覚えとけよ」

 

 

ここでは手が出せないのを良い事に言いたい放題言う。

面白いなぁこの人、飽きねぇし。十年早かったらお嫁さん候補だったかもな。

今現在、そんなリストに誰一人いねぇけど。

 

 


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