そうして始まるオリエンテーリング。
俺たちの最初の仕事はガキ共のサポートで、渡された地図を頼りにこいつらを導いていく。
オリエンテーリングのルール自体は簡単で、森の中にあるチェックポイントを探して置いてあるスタンプをカードに押すだけだ。
ガキ用の地図も用意されているし、一時間もあれば終わるようなもんだろう。
むかーしのSIRENのゲームに比べれば、こんなもん屁でもない。
懐かしいなぁ、中学ん時一人でチェックポイント全部回ったっけ。
俺が一番乗りだったけど、最後まで日陰に隠れて休んでたから気付かれなかった。
小学生の後ろから、俺たちも森に出来た簡易的な道を進んでいく。
森の中だから陽に当たって干乾びる心配はないが、蚊がやや鬱陶しい。
「っべーわ、小学生とかマジ子供でしょ!小学生からしたら高校生マジおっさん!」
相変わらずテンションの高い戸部が騒ぎ立てる。
どうやら年下と遊ぶことが好きな戸部は、こういう場でも積極的に介入しているようだ。
女の子からはウザがられているが。
「ちょ、あーしらがババァみたいな言い方やめてくれる?」
三浦が反論する。
確かに、俺らまだ十代なのにジジイとかババアは嫌だな。
俺なんてよく老けてるって言われるし。
「でも、僕たちが小学生の時って、高校生がすっごく大人に見えたよね!」
葉山たちの話を聞いていた彩加が目をキラキラさせて言った。
すごくではなく、すっごくと言う所が八幡的にポイント高い。
「小町から見ても、高校生はすっごく大人~って感じがしますよ。そこの老いぼれ高校生を除いて」
露骨に小町が俺をジト目で見る。
「うるせんだよ、老け顔の方が後々渋くてカッコイイおっさんになるんだぞ」
「おっさんになってからなんだ……」
俺の反論に由比ヶ浜が苦笑いする。
俺だって好きで老け顔な訳じゃねぇっての。
まぁ年齢確認されないのは便利だけど……
「俺もよく三十代って言われちゃって……仲間っすね兄貴」
「変な事言うなよ馬鹿野郎、気持ち悪ぃなぁ」
ここぞとばかり突っ込んでくる材木座。
お前俺が絡むとやたら饒舌になるよな、普段クラスじゃこじんまりしてラノベ読んでるくせに。
と、そんな時。
俺らのグループの最後尾にいた雪ノ下が足を止めた。
振り返ると、雪ノ下は小学生たちのあるグループを注視している。
「ねぇ、あの子たち何をしているのかしら?」
そっちを見ると、女の子たちが足を止めて何かに怯えている。
なんだ、変質者でも出たか。こんな森の中で出るとは、世も末だなぁ。
なんて考えていると、我先にと葉山が小学生たちの下へと駆けつける。
その際に、雪ノ下を見て、俺見てくるよ、なんて言う辺り、よっぽど愛しの雪乃ちゃんにアピールしたいのだろうか。
そのアピールをされた当人は、目をそらして眉を細めている。
葉山が小学生たちの先にある茂みで何かをする。
どうやら蛇がいるらしい。
「葉山噛まれろ!噛まれろ!」
つい本心が出てしまうが、葉山には聞こえていないようだった。
三浦には睨まれたが。
しばらくして、葉山が手を払い振り返る。
「大丈夫、ただのアオダイショウだよ」
どうやら毒も持っていないおとなしいアオダイショウだったようだ。
俺が舌打ちするのと同時に、雪ノ下からも同じような音が聞こえた。
こいつそんなに葉山の事嫌いなのか。
すっかり小学生女児のヒーローになった葉山は、先ほどのグループにもてはやされる。
すごいだの、危ないだの。
なんだあの野郎、ロリコンじゃねぇのか。
「なんだあの野郎、ロリコンじゃねぇのか」
「お前俺の心の声読んでどうすんだ馬鹿野郎」
まるで俺が材木座レベルみたいじゃねぇか。
そもそもロリコンなのはお前もだろ馬鹿野郎。
だがふと、気になるものが目に入った。
それは、葉山を囲んでいるグループの女子の中に、のけ者が居るという事だ。
黒髪ロングのその少女は、まるで雪ノ下を小さくしたような印象を受ける。
その子は他の女子とは違い、葉山を囲むことなく一人あらぬ方向を向いてつまらなそうにしている。
「……変わんねぇなぁ」
ふと、一人呟く。
直後に、雪ノ下もため息をついた。
どうやら、同じものの匂いを感じ取ったらしい。
ボッチ。
やっぱり、どこにでもいるんだなああいうのは。
どうやら、材木座も何か思う節があるようだ。
「兄貴、どうします?」
「どうもしねぇよ。ほら、行くぞ」
オリエンテーリングは続く。
新たな種火を残したまま。
少しして、オリエンテーリングも中盤に差し掛かった。
相変わらず葉山は人気者で、上手い事小学生たちとコミュニケーションを図っている。
俺らは俺らで、時折小言を呟く材木座をスルーして何事もないようにガキ共を見張っていた。
見張っていたのだが。
どうにも、さっきの女の子が気になる。
デジカメを手にして俯きながら森を進むその姿は、楽しくオリエンテーリングをしているようには見えない。時折グループのガキ共が、やや後ろに位置するあの女の子を嘲笑っているように振り返るのも気になる。
心配というよりも、放っておけないと言う方が正しいだろう。
一人グループから離れる女の子。
どうやら葉山もそんな彼女が目に付いたらしい。
「チェックポイント、見つかった?」
その問いかけに、少女は首を横に振った。
そんな彼女に、葉山は更に声をかける。
「そっか、じゃあみんなで探そう。名前は……」
さらっと肩を触ろうとする葉山。
「いえ、いいです。放っておいてください」
「えっ……」
そう言うと、少女は手をかわして葉山の下から去っていく。
きっとこんなこと想定してなかったんであろう葉山は苦笑い。そして他の女の子に話しかけられると、そのままその子らのサポートに回った。
それを見て、俺は落胆したように言う。
「駄目だありゃ」
「あなたには一生掛かっても出来なさそうだけれど」
「うるせんだよ馬鹿野郎」
半笑いで雪ノ下に言う。
だが、雪ノ下も俺の意見には賛成らしい。
「けれど、あのやり方は良くなかったわね」
「まぁ、そのみんなってヤツが問題だしなぁ」
葉山が言うみんな。
それがあの少女の悩みの種という事に、なぜ気付かない。
奴ほど頭の良い男ならばそれぐらい気付いてもおかしくないだろう。
少なくとも、チェーンメールの一件では最初からすべて気付いていたのだから。
「どこも変わんねぇなぁ」
「小学生も高校生も、等しく同じ人間だもの」
結論付けるように雪ノ下は言った。
俺は黙ってそんな雪ノ下を見る。
自分と重ねているのだろうか。
しばらく黙って、俺は歩き出す。
「どこへ行くの?」
「ちょっと」
濁すように答え、少女が去った方へと向かった。
「……」
少女が一人、誰もいない森の中でしゃがみ込む。
人の声は聞こえない。聞こえてくるのは風のざわめきと虫の声。
昔学校で習った歌に、あぁ~面白い虫の声なんてのがあったが、とんでもない。
実際にはうるさくてかなわないし、夜中に蝉が鳴いてたら部屋にあるエアガンでぶっ殺しに行こうかとも思ってしまうほどだ。
少女はデジカメを触る。
シャッターボタンを弄り、そしてまた離す。
母親から渡されたデジカメ。
友達と撮ってきなさいと渡されたそれは、今現在まで一度も役目を果たしていない。
「……無理だよ」
ぼそりと呟く。
誰に聞かれている訳でもなしに、呟いた。
まるで寂しさを紛らわすかのように。
最初はなんとか頑張ろうとした。
ハブられているにもかかわらず、果敢にもあのグループに参加した。
母親を悲しませたくなかったから、撮ろうとした。
でも、みんな彼女を笑う。
「……疲れちゃった」
体育座りで俯く。
こんな思いをしてまでやり遂げるほど、この行為は素晴らしいものではないという事は、もう気が付いている。
ずっとそんな事を考える。
マイナスは足せば足すほどマイナスへと傾く。
一人でどうにかなるものではない。
ふと、彼女に射していた陽が防がれる。
少しだけ顔を上げる。
そこには短パンを履いた男の足があった。
もっと見上げる。
「こんなとこで何やってんだ」
老け顔の、それでいてなぜか若そうな男がそこにいた。