その男、八幡につき。   作:Ciels

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歩く鶴見留美

 

 

 川沿いに、少女の言う方角をひたすら歩く。

ひたすら歩くうちに、少女が地図とにらめっこし出して辺りをきょろきょろし出した。

それに既視感を覚える……数分前の俺と同じような行動だった。

次第に歩幅は小さくなり、とうとう止まって地図を睨む少女。

 

地図は取られてやることが無いのでスマホを取り出す。

画面を見るなり思わずため息をついた。

圏外。まぁ、こんなド田舎じゃ通じるもんも通じないか。

俺たちが救援を呼べない理由の一つがこれだ。

 

退屈しのぎに石を拾い、川へと投げ込む。

一回だけバウンドすると、石は水の中へと消えた。

……つまんねぇなこれ。

 

 

「……止まっちゃってよ、どうしたんだよ」

 

 

少女に言葉をかける。

すると少女はふぅ、っと疲れたようなため息を吐いて言った。

その様は、まるで雪ノ下が本を閉じてから俺を罵倒するときのように凛々しい。

罵倒されるのに凛々しいって自分でも何言ってんのか分かんねぇな。

 

 

「迷った」

 

 

きっぱりと、まるで雪ノ下が何かを結論付ける時のように、彼女は躊躇いなく言った。

 

 

「お前この野郎、あんな自信満々に言っといて迷うのかよ」

 

 

「しょうがないじゃん。私方向音痴だし」

 

 

「何がしょうがねぇんだよお前、お前からこっちって言ってきたんだろ!大人馬鹿にすんじゃねぇぞ!」

 

 

思わず怒鳴る。

怒鳴るつもりなど本当は無かったのだが、夏の暑さと虫の煩さ、そして迷った事に対するイライラが、判断を狂わせていた。

だから怒鳴ってから、自分のしてしまった事を後悔した。

 

少女がこっちに目を見開いて停止する。

言い過ぎたと感じた俺は、それから目を背けたり、逆にちらちら見たりもした。

でも俺の悪い癖で、どこか俺は悪くないというような大人げない顔をして……

三回ほどチラチラして、少女の綺麗で無垢な瞳に涙が溜まっているのが見えた。

 

 

「あーもう泣くなよ!俺が悪かったからよ、な?とりあえずこっち行こう?」

 

 

小町にするように少女の頭を撫で、謝る。

俺の提案に少女は頷いたため、頭を撫でながら背中を軽く押し、歩くように促した。

あたふたする俺と今にも泣きそうな俺。

まるで小学校の時を思い出す。小町ともこんなやり取りしたっけなぁ。

 

少年の日の思い出を噛み締めながら、俺は道を探した。

 

 

 

 

 また川に沿って歩く。

 

 

「おじさん、喉乾いた」

 

 

おじさんと呼ばれる事には遺憾の意を示したいが、さっき怒鳴ってしまった手前そんな事言えるはずない。

甘んじておじさんの称号を受け入れ、俺は少女の提案を聞くことにした。

 

 

「つっても俺飲みもんなんて持ってねぇしなぁ」

 

 

パンパン、とポケットを叩く。

今の装備は携帯電話とタバコ、ライターそして携帯灰皿のみ。

さも当然のようにタバコを持ってきてしまった事にちょっとした恐ろしさを感じる。

少女も持ち物はデジカメだけのようだ。

 

俺は隣を流れる小川を指差す。

 

 

「川の水でも飲むか。冷えてておいしいよきっと」

 

 

言いつつ、俺はしゃがんで手を川の水につけた。

ひんやりしていて気持ちが良い。

水着だったらこのまま泳ぎたいものだ。

 

少女は何も言わず、俺の隣にしゃがみ込むと同じように水へ手を浸した。

思っていた以上に冷たかったのか、一瞬ビクッと体を震えさせた少女。

しかし次第に冷たさにも慣れ、二人でぼーっとそのまま固まる。

 

しばらくしてから、俺は隣で涼んでいる少女に言った。

 

 

「まず俺から飲んでみっから」

 

 

そう言って俺は川の水を掌にためる。

そして一気に口の中へと水を放り込む。

キンッキンに冷えた水が、口を刺激する……夏場にスポーツをした後に飲む炭酸飲料より美味い。

変な味もしないし、多分飲んでも問題ないだろう。

 

ごくごくと口に溜った水を飲み終えると、川を指差して、

 

 

「ほら、大丈夫だから飲めよ」

 

 

と促した。

少女は喉を鳴らして、同じように両方の手のひらで水をすくう。

ぴったりと揃えられた手のひらが、少女の口元に引き寄せられる。

少女が目を閉じて口をすぼめると、その水をこくこくと飲み始めた。

 

どうやらよっぽど美味かったようで、飲み干した途端に四つん這いになって頭を川に近づける。

そして邪魔な髪を耳にかけながら、その潤った唇を水面につけた。

艶っぽい表情をしながら貪るように少女は水を飲む。

 

その様子を、俺はじっと見つめる。

なんだかエロイと思ってしまう自分がいた。

 

よく見れば少女は年齢の割に良い身体つきをしている。

今まで気が付かなかったが、四つん這いになったことで尻がやたらと強調されているし、重力に引っ張られる胸に目が吸い寄せられる。

きっと雪ノ下よりはあると思う。姉ちゃん大きいのに可哀想だなぁあいつも。

 

顔立ちもかなり整っており、三次元女子に厳しい材木座ですらこの子には満点を与えるに違いないだろう。

 

 

そんな子が、四つん這いで必死に水を飲む。

はしたない動作にも、なぜか上品さを感じた。

 

 

「……」

 

 

俺は目をそらした。

何考えてんだろうなぁ俺。

ちょっとした自己嫌悪に苛まれ、暑さのせいだと決めつける。

暑いのなら水を飲めばいいと、同じように四つん這いでごくごくと水を飲んだ。

 

 

 


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