その男、八幡につき。   作:Ciels

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一歩進んで二歩下がる

 

 

 

 

 

 「いやほんと、いなくなった時は肝が冷えましたよ」

 

 

カレーを食いながら材木座が笑う。

いや笑い事ではなかったと思う。遭難したし、あの少女は腹壊すし……

ただ、俺のせいで腹を壊したことは伝えなかったようだ。伝わってたら今頃平塚に半殺しにされていたに違いない。

 

今、遅めの昼食を皆で摂っている。

どうやら俺らを探していたため昼飯食う所ではなかったらしい。

まぁ、探していた連中は高校生と教員だけで、小学生たちは待機させられた挙句昼飯もお預け食らったから……あの少女は少し肩身が狭い思いをしているだろう。

 

問題の少女を見る。

小学生たちのグループの端っこで、一人カレーを黙々と食う。

腹壊してたのに大丈夫なのかあいつ……それよりも、やはりまたハブられていて何というか予想通りだ。

バレない程度に女の子グループがあの少女を嘲笑ったり、睨んだりしている。

 

 

「……そんなにあの子が気になるのかしら」

 

 

ふと、雪ノ下が言う。

まったく食事が進んでいない俺は、スプーンを置いてコップに注がれた水を一口飲んだ。

 

 

「お前だって似たようなもんじゃねぇか」

 

 

若干のしかめっ面で雪ノ下に言った。

あの子を気にしているのは俺だけではない。

割とぼっちな材木座はもちろん、ガチなぼっちである雪ノ下も気にしている。

それは、人一倍空気に敏感な由比ヶ浜も同じだ。

 

 

「もう、二人とも今は楽しく食べようよ」

 

 

困ったような由比ヶ浜。

渋々俺と雪ノ下は食事を再開する。

 

 

「でも兄貴、あの子どうしますかね」

 

 

いつの間にかカレーを完食していた材木座が口を挟んだ。

 

 

「別にどうもしねぇよ」

 

 

答えながらカレーを食す。

 

 

「機嫌悪そうっすね」

 

 

「大きなお世話だよ馬鹿野郎」

 

 

まるで指摘が図星と言わんばかりに怒鳴る。

それを見かねて、小町が材木座に言った。

 

 

「まーまー、今は食事中ですし、そういうのは後にしましょうよ~、ね?戸塚さん?」

 

 

いきなり話を振られた彩加はにっこりとした笑顔を材木座に向ける。

 

 

「そうだよ材木座君。八幡も、そんなに怒っちゃダメだよ?」

 

 

めっ、という効果音が聞こえてきそうな戸塚の注意に、俺は拗ねたような顔で返答した。

そうして一口、また一口とカレーを口へと運ぶ。

そして、ちらりとあの少女を見る。

 

相変わらず、あの少女は笑わない。

あんだけ腹が減っていたのに、こんなにも美味しくないカレーは初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。

今はサポートスタッフとしての仕事はないため、高校生組は先ほどカレーを食べた場所にあるテーブルに集まっていた。

集まっていた理由は、あの少女についての対応。

どうやら葉山の組も、あの少女が除け者にされている事に気が付いているらしく、どうにかしたいとの事。

 

沈み始める陽のせいで空は赤い。

あんなに暑かった気温も、今では涼しさの方が勝っているから不思議ではある。

相変わらず蝉と虫の鳴き声はうるさいが。

 

 

「それで?何かあったのかね?」

 

 

分かっていても、平塚は問題を尋ねてくる。

 

 

「ちょっと、孤立しちゃってる子がいて……」

 

 

葉山が思いつめたようにそう告げると、三浦が心底どうでも良さそうに可哀想だよね~、と相槌を打った。

 

可哀想という言葉を使う事に対して、俺にはあまり良い印象は無い。

単純に同情とか憐みとか、対象本人からすれば侮辱以外の何者でもないからだ。

それに、こいつらは誤解している。

 

ボッチは別に悪い事ではない。

悪意によるボッチ化が問題なのだ。

てっきりそのことについて語ると思っていたのに、とんだ期待外れだ。

 

 

「それで?どうしたい?」

 

 

平塚が再度、尋ねる。

葉山は率先して答えた。

 

 

「俺は、可能な範囲で何とかしてあげたいです」

 

 

まるで、正義感を出さずにはいられないというように。

噛みついたのは雪ノ下。

 

 

「可能な範囲で、ね」

 

 

透き通った声が葉山を貫くと、たちまち顔色が悪くなる。

 

 

「あなたには無理だったでしょう?」

 

 

そう言われ、葉山は俯いて何も言わなくなる。

過去にこの二人に何があったのかは知らないが、そんな事今はどうでもいい。

 

 

「雪ノ下、君は?」

 

 

そう問われれば、雪ノ下は奉仕部の部長として口を開く。

 

 

「これは奉仕部の合宿も兼ねているとおっしゃってましたが……彼女の案件についても活動内容に含まれますか?」

 

 

タバコを一口吸って、平塚は振り返る。

 

 

「林間学校のサポートボランティアを部活動の一環としたわけだ、原理原則からすれば、その範疇に入れても良かろう」

 

 

「そうですか……では、」

 

 

「乗らねぇなぁ俺は」

 

 

雪ノ下の言葉を遮る。

ふと、雪ノ下と目が合った。少しばかり睨むような彼女の目に、俺もそれなりの視線で返す。

 

 

「お前が思ってるほどあの子はヤワじゃねぇぞ、雪ノ下」

 

 

あの子の告白を思い出す。

自分だけが被害者ではない。自分も加害者である、そう告げた彼女の声色を。

俺だけが知っている、彼女だけの秘密。

それを喋ろうとはしない。

 

しばしの間沈黙が流れる。

それをぶち壊したのもやはり平塚だった。

 

 

「まぁいい、後は君たちで話し合うといい。私は寝る。ふぁ~あ……」

 

 

大きなあくびを見せて立ち去る平塚。

残された高校生たちだけで、話が始まる。

 

最初に口を開いたのは三浦だった。

三浦曰く、あの子は可愛い部類に入るから、他の可愛い子とつるめばいい、という。

だがそれは、元からのコミュ力があってこその話だ。

由比ヶ浜にそれは三浦にしかできないと言われ、話が途切れた……

 

のだが、海老名とかいう腐女子が趣味に生きればいいとか言いだし、挙句の果てに雪ノ下をそっちへ引きずり込もうとしたので三浦によってどこかへ連れていかれようとしている。

なんだって全部ホモに繋げようとすんだあの人は。

ちょっとでも趣味に生きるという事に関して感心しかけた俺の気持ちを返せってんだよ。

 

変な空気の中、続いて口を開いたのは葉山。

 

 

「やっぱり、皆で仲良くなる解決法を考えないとダメかな」

 

 

鼻で笑った。

いつでもどこでもこいつはみんな仲良くしなきゃ気が済まないらしい。

 

 

「そんな事は不可能よ」

 

 

ビシッと、雪ノ下が斬り込む。

 

 

「一欠けらの可能性も無いわ」

 

 

ダメ押しと言わんばかりにそう言うと、海老名さんを連れて行こうとしていた三浦が振り返って怒りを露わにした。

 

 

「ちょっと雪ノ下さん、あんたなに?」

 

 

「何が?」

 

 

しれっとする雪ノ下に、三浦は言う。

 

 

「せっかく隼人が皆で仲良くやろうってのに、なんでそんな事言う訳?別にあーしあんたの事全然好きじゃないけど、旅行だから我慢してんじゃん」

 

 

火種が燻る中、由比ヶ浜が火消しに走る。

 

 

「ま、まぁまぁ優美子……」

 

 

「なに勘違いしてんのか知らねぇけどな、てめぇらの仲良しごっこに付き合う気はさらさらねぇんだよアバズレ」

 

 

材木座が怒鳴った。

思わぬところから増援が来たと言わんばかりに、由比ヶ浜は混乱する。

三浦と材木座が睨みあい、なぜかそこに戸部が飛んで入る……もちろん三浦の味方として。

 

 

「でも、留美ちゃん性格キツそうですから、溶け込むのは難しいかもですね」

 

 

補足する様に小町が言った。

あの子留美って言うのか、知らなかった。

 

 

「確かに、ちょっと冷めてるっていうか、冷たい感じはあるな」

 

 

それを失望しているというのだ。

 

 

「冷たいっつーか超上から目線なだけなんじゃないの?周り見下したような態度取ってっからハブられるんでしょ、誰かさんみたいに」

 

 

三浦が自分の怒りを留美へと向ける。

思わず手元にあったペンを握った。

そっと、彩加が俺の手を握ってそれを止める。ふと顔を見てみれば、真剣な眼差しで首を横に振っていた。

 

三浦曰く、その誰かさんが反論に出る。

 

 

「それはあなたたちの被害妄想よ。劣っているという自覚があるから、見下されていると感じるだけではなくて?」

 

 

「あんさぁ、そういう事言ってっから」

 

 

またもや始まるキャットファイト。

 

 

「おい、うるせぇ!さっさと行けこの野郎ッ!てめぇら全員殺すぞッ!」

 

 

見かねて俺は怒鳴った。

口を開いていた全員が、一斉に黙り込む。

 

強く三浦を睨むと、彼女は目をそらして煮え切らないという様子で葉山と目を合わせる。

葉山もこれ以上身内同士での喧嘩はマズイと思ったのか、いつになく冷静に三浦にやめろと命令した。

 

そうして拗ねたように去っていく三浦と、それを追う海老名さん。

さっきまでと逆の光景。

 

 

ペンを握った手の力を抜く。

プラスチックで出来たそれは、いつの間にか中央が砕けていた。

 

 


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