場所は変わり、ここは比企谷 八幡の頭の中。
夜の海辺にある小屋の中で、凶暴な中年達がテレビを囲んでいた。
椅子に深々と座って飲み物を手にし、相変わらず似合わない囚人服を着ている大友。
スーツのパンツとワイシャツというクールビズスタイルでビールを飲む西。
どこにでもあるような私服に身を包み、携帯ゲーム機片手に時折テレビを見る我妻。
今ここで確認できいるのはこの三人だけ。
特に仲良くもなければ悪くもないこの三人は、ほとんど会話をせずにただテレビに映る映像を見る。
我妻はゲームをしながら。
大友は元ヤクザである。
一方で西と我妻は元刑事。
正反対に位置する彼らだが、お互いに特に思う所はない。
確かに西と我妻はヤクザが嫌いだが、大友は自分でヤクザではないと言っているし、この空間の中で彼は一番の年長で、比企谷 八幡という少年を最も案じている。
それにやはり、歳に比例して落ち着いていて何かをやらかすことはないので、二人からしたら人畜無害だからまだ安心していられる。
まぁ、二人も刑事とは思えないことをやってしまっている手前、あんまり人の事は言えないのが本音だ。
大友も、後輩やらなんやらのせいで警察という組織は嫌いだが、警察官は嫌いではない。
厳密にいえば、筋が通っている人間が彼は嫌いではないのだ。
お互いの過去はこの空間にいる以上嫌でも頭に入って来る。だから、西と我妻の最期を知っている以上嫌いにはなれない。
……正直に言えば、西はいいとしても我妻に関しては他の連中とバカをやるので好きにはなれないらしいが。
ともかく、この三人は仲が良くもないし悪くない。
だから発生する会話と言えば、
見ているテレビ番組も、比企谷 八幡の記憶。
もちろん最新の、林間学校で起こった事だ。
少女と森を彷徨う八幡とその後発生した奉仕部の仕事内容を一通り眺めた後、ふと大友が口を開いた。
「あんま手出すのはあいつとしては嫌だろうなぁ」
独り言のように呟いたそれは、西と我妻の耳に確かに入ってきた。
「由比ヶ浜の件もあるからなぁ」
我妻が口を開く。手だけは器用にゲーム機を操作していた。
由比ヶ浜の件。
これについては、比企谷 八幡がまだはっきりとは自覚していない。
それはずばり、由比ヶ浜が段々と、凶暴な少年に影響されてきているという事。
「だからってこっちが手ぇ出すわけにもいかねぇしなぁ」
そこでまた会話が途切れる。
彼らは昔気質の人間だ。自分たちが居着いて大きく影響を与えてしまっている比企谷八幡という少年に責任を感じている。
日常生活において、彼らが他人に良い影響をあたえられるとは思っていない。
だからこそ、次の犠牲者を出してはいけないと考えているのだ。
しばし沈黙が空間を包む。
そろそろ寝ようか、なんて大友が考えていると、西がやたら真剣に画面を食い入るように見ている事に気が付いた。
画面には、あの少女……鶴見留美が映っている。
「…………」
大友は何も言わない。
西の考えていることが、彼にはよくわかっていた。
きっと、幼くして死んでしまった娘の事を考えているのだろう。
言ってやることも、大友にはない。考えている事は分かるが、独身でヤクザをやってきた彼には西の気持ちは分からない。
「俺寝るわ。じゃ、おやすみ二人とも」
我妻が立ち上がり、ゲーム機をソファーの上に放って立ち去る。
それを見送った後、大友は帽子を取ってそれをテーブルの上に置いた。
飲み物を飲み、窓から外を眺める。
ぱちぱちと、一人で花火を上げる輩がそこにはいた。
村川。
一人ロケット花火を手にし、空高く花火を上げる。
大友が、最も警戒している人格だった。
かなりの人生経験がある大友でも、村川を予測することは不可能に近い。
恐らく最も比企谷 八幡に影響を及ぼしているであろうその人物は、普段は遊んでいる。
まるで面子を張り続けていた人生の、遊び分を取り戻すかのように。
だが、ひとたび彼が動けば、その子供染みた行動や言動は止まる。
どんな刃物よりもキレるヤクザの組長へと変貌する。
「……どうすっかなマジで」
ぼやく大友。
画面には、相変わらずあの少女が映っていた。