――八幡、起きて。起きてよ八幡。
女子のような甲高い声で目が覚める。
基本的に寝起きは不機嫌でなかなか起きない俺であるが、この声に反応してすぐに目を開けた。
目を開けてすぐ、天使トツカエルの美しい顔が飛び込んでくる。
覗き込むようにして俺を起こす彩加の顔は、今まで見てきたどんなものよりも美しく感じた。
今更だが、トツカエルって新手のカエルみたいな名前してんな。
黙って目をまん丸に見開く。
そんな俺の様子を、彩加は首を傾げることでおかしいと表現した。
「どうしたの八幡?」
肩出しTシャツが似合う男を初めて見た。
毛ひとつ生えていない綺麗な肩が、すらりとシャツから出ているのだ。
撫でたいし舐めたいと思うのはいけないことだろうか。
俺はいつから海老名の策略にはまってしまったのだろうか。
「おう、彩加。朝か」
「おはよう八幡。もうみんな先に行ってるよ。僕たちも早く……」
そこまで言いかけた彩加の手を引っ張る。
俺は満面の笑みで布団の中に彩加を引きずり込んだ。
「わっ!ちょっと八幡!?」
引きずり込むと、彩加を背後から抱き枕のように抱きしめる。
うーん、この小町に匹敵する柔らかさ。本当に男なのかと疑ってしまうがどうでもいい。
男でもいいじゃない、男の娘だもの。
彩加の頭を撫で、ついでに剥き出しの肩に頬擦りする。
「へっへへへ彩加ぁ」
男の娘の肩に頬擦りするという、なんとも言えない背徳感を味わう。
だからだろうか、小町に同じことをするよりも興奮する。
「くすぐったいよ八幡~、ひゃ」
手を彩加のお腹へと当て、撫でる。
もちろんシャツの中からだ。
艶のある柔らかい腹筋が、溜っていた疲労を吹き飛ばしていく。
なんだか撫でるたびに震える彩加がまた可愛くもあり、エロくもある。
しばらく撫でていると、彩加が俺の手を掴んで一連の愛撫をやめさせた。
そしてこちらに向き直り、ぷくっと頬を膨らませる。
「もう、八幡の馬鹿」
「だって可愛いんだもんしょうがねぇだろ」
デレッデレでそんな事を言うと、困ったように彩加は笑った。
そして俺の唇に人差し指を当てる。
「じゃあ、もっと可愛がってくれる?」
いつにも増してエロイ声色な彩加。
ごくりと俺は真顔で息を飲んだ。
すると、彩加は俺を真正面から抱きしめる。
ふんわりと、同じシャンプーを使っているのかと疑問が出るくらいいい匂いが髪からして、鼻をくすぐる。それをすんすんと嗅ぐ。
俺の胸元の彩加は上目遣いで俺を見上げる。
「ねぇ、八幡。しよっか」
「えっ」
思わず素っ頓狂な声をあげた。
次の瞬間、一転攻勢によって彩加が俺を撫でまわす。
どことは言わない。
俺は動物のような叫びを上げて二人だけの世界へと入っていく……
――兄貴、兄貴。起きてくださいよ、兄貴。
彩加とのラブラブ行為中に、突如として聞こえるデブの声。
俺はそれを無視して彩加を愛でる。
が、不愉快な声は止まるどころか増すばかり。
「兄貴、いつまで寝てるんすか。皆もう外行っちゃいましたよ」
ハッとして、俺は目を開けて上半身を起こす。
そして咄嗟に周りを見回した。
そこには彩加の姿は無い。代わりに自称兄弟分が、呆れたような顔でこちらを見ていた。
俺は驚愕したような顔で材木座を見つめる。
……夢だったのか、彩加。
「なにやってんすか兄貴、そんな顔して」
小馬鹿にしたように材木座が言った。
俺は口をすぼめて材木座をきつめに睨む。
「彩加は?」
「外っすよ。兄貴の事起こしてきてって……なんで戸塚の叔父貴が出てくるんすか?」
しばし俺は固まる。
そして辛い現実をようやく受け入れた。
受け入れて、枕を思い切り材木座へと叩きつける。
「痛て!なんすか急に!?」
「うるせぇ馬鹿野郎、なんでてめぇが起こしに来んだこの野郎!」
立ち上がり、何度も何度も枕を材木座にぶつける。
「兄貴がなかなか起きないからでしょうが!痛い!痛いっすよ!」
「てめぇこの野郎、何が痛てぇだこの野郎!うるせんだよ!」
蹴っ飛ばしたり枕で殴打する。
最悪な目覚めの鬱憤を材木座へとすべてぶつけた後、俺はいつにも増して不機嫌そうに皆が待つ外へと向かった。