その男、八幡につき。   作:Ciels

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誘い

 

 

 

 

 「キャンキャン!キャンキャンあぅーんオォンオン!」

 

 

ふと、物思いにふけっていると聞き覚えのある煩い鳴き声が耳に入った。

入った途端、仰向けに寝転がっている俺の腹に、重い衝撃が。

ぶへっと、情けない声を出すと同時に、腹筋する様に上半身だけ起き上がらせて衝撃を与えた張本人を見る。

犬だ。

小さめの、由比ヶ浜が飼っている、サブレとかいう飼い主に似て頭の悪そうな犬が、俺にのしかかっていた。

 

俺は不機嫌そうにサブレを睨むが、こいつはそんなのお構いなしに遊んでとばかりに吠える。

実は今、由比ヶ浜が一家そろって旅行中で、その間俺が預かることになったのだ。

ちなみに俺に拒否権は無く、受け渡しの手続きやら何やらすべて小町が済ませてしまい、俺には事後承諾だった。

 

 

「なんだお前よぉ、人が休んでんのにこの野郎……」

 

 

「アンアンアン!キャオン!」

 

 

ベロベロと俺の顔を舐めだすサブレ。

朝風呂浴びたのにもう顔べちょべちょじゃねぇかよこの野郎。

しょうがないと言わんばかりにサブレを抱え、立ち上がる。

そして寝っ転がっているカマクラの横へ降ろす。

 

 

「ほらカマクラ、遊んでやれよ」

 

 

動物同士仲良くしててくれ、と言おうとした矢先、

 

 

「キシャー!!!!!!」

 

 

「ギャンギャンギャン!ウ~~~……」

 

 

お互い臨戦態勢で睨みあって吠え出す。

カマクラの野郎面倒ばっか俺に押し付けやがって畜生。

 

 

「お前らよ、仮にも動物なんだから。もうちょっと仲良く出来ねぇのかよ」

 

 

「お兄ちゃんだって葉山さんたちと仲悪そうじゃん」

 

 

「俺は良いんだ馬鹿野郎」

 

 

痛い所を小町に突かれる。

あいつと仲良くできりゃあ人間戦争なんてしないっての。

小町は俺の飼育能力の無さに呆れたように、椅子から降りてサブレを抱える。

 

そして他人の赤子をあやすようにして声をかけ、遊んであげている。

それを若干羨ましそうな目で見ているカマクラが不憫だ。

 

 

「あいつ早く帰って来ねぇかなぁ」

 

 

いつも以上に文句を垂れつつ、俺は再びソファーに座る。

カマクラも由比ヶ浜もえらい手のかかる奴だなぁまったく。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間して、ようやく由比ヶ浜がサブレを引き取りに家へやって来た。

肌は少し日焼けしていて、小麦色の手足がホットパンツとTシャツから覗ける。

覗けるって言うとなんかスケベみたいだが、要は普通に焼けているのだ。

手には沖縄という文字が書かれたお土産。個人的にはちょっとだけそれが気になったが、由比ヶ浜はそれを小町に渡すと言った。

 

 

「いや~ごめんね!サブレ迷惑かけなかった?」

 

 

「おかげで顔ベトベトだよ馬鹿野郎。犬も飼い主も似たような事しやがってよ~」

 

 

眉を吊り下げながら悪態をつく。

だが由比ヶ浜は悪態をつかれたことよりも、

 

 

「どぅええぇ!?あ、あたしヒッキーの顔なんて舐めてないよ!?」

 

 

「当たり前だろ馬鹿野郎、そうじゃねぇよ、うっさかったって言ってんだよ馬鹿野郎!」

 

 

「バカじゃないし!」

 

 

「まぁまぁ二人とも」

 

 

小町がヒートアップした俺と由比ヶ浜に割って入る。

こういう所は本当に出来た妹だ。由比ヶ浜にも見習ってほしいし、是非とも彩加と小町の爪の赤でも煎じて飲ませてやりたい。

 

 

「良い子でしたよ~!お兄ちゃんも遊んでくれてましたし!」

 

 

俺ほとんど遊んだ記憶がないんだけどなぁ。

散歩はまぁしてやったりしたが、他の事は小町とカマクラに押し付けてやった。

それでも遊んで遊んでと俺の所に来てはキャンキャン吠えていたが。

とりあえずそんなこんなで話が終わり、動物用のカゴにサブレを納めた由比ヶ浜が挨拶をして家を後にしようとする。

 

出ていくまでは見送ろうとしていたので、そのまま小町の横で由比ヶ浜を眺めていたが、ふと手が玄関の扉に触れた瞬間、彼女は動きを止めた。

まだなんかあんのかな、と思いつつ、由比ヶ浜の背中(正確には大きめの尻)を見ていると、彼女は振り返り、どことなく緊張した面持ちで言った。

 

 

「花火大会」

 

 

「あ?」

 

 

「花火大会、行こうよ。サブレの面倒見てくれたお礼に、さ」

 

 

言われてから、そういえばそんなんやるなぁなんて思い出す。

だって何年も行ってないんだもん。行かねぇよあんなリア充のたまり場。

それじゃなくたってガラ悪い連中多いし、俺行くと絡まれるんだよ。

 

と、心の中で意味のない反発を見せる。

本当は、由比ヶ浜の本心に気付いている。

 

 

「良かったな小町、由比ヶ浜にいっぱい奢ってもらえよ」

 

 

「……お兄ちゃんさぁ、ほんとゴミいちゃん」

 

 

やんわりと俺は行かない事を告げると、由比ヶ浜の表情に雲がかかった。

分かってくんねぇかなぁ、俺と行ってもつまんねぇよ。

たぶん一言も感想なんて出てこないし。

 

だったら三浦たちとでも――

 

 

「あ~小町ィ、こう見えても受験生でぇ~、色々忙しいんですよ~」

 

 

「そっか、そうだよね」

 

 

急に、芝居がかった様な言いぐさをする小町。

こういう時の小町は余計な事をするというのがお決まりだ。

 

 

「でもぉ~でもですねぇ~小町買ってきてほしいものがあるんですぅ~」

 

 

そそくさと、その場から逃げ出そうとする俺を小町は離さない。

 

 

「でも小町時間ないしな~あぁあああ結衣さん一人じゃ量が多くて持ちきれないだろうしなぁあああああああ!!!!!!」

 

 

「ヒッキーがいてくれたらなぁああああああいっぱい小町ちゃんにお土産買ってけるのになぁあああああああ!!!!!!」

 

 

由比ヶ浜まで小町に悪乗りして大声で叫び出す。

なんだこれ、ホラーじゃねぇか。

 

 

「うるせんだよテメェらこの野郎!行きゃいいんだろ行きゃ!」

 

 

舌打ちしつつ、了承されて満面の笑みを浮かべる由比ヶ浜。

俺はそれを直視できず、ただ不貞腐れたようにポケットに手を突っ込んだ。

 

 


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