その男、八幡につき。   作:Ciels

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青春女

 

 

 人気のない夜の砂浜で、安い打ち上げ花火に火をつける。

導線に火が付いたことを確認すると、すぐに下がって同伴者の横に座る。

火遊びを覚えた中学生のように少しばかりわくわくしながら打ちあがるのを待っていると、導線についた火花が消えてしまった。

あとちょっとの所だというのに、花火はうんともすんとも言わない。

 

妻と顔を見合わせる。

格好が悪くなってすぐに顔を下に逸らした。別に自分のせいではないが、恥ずかしさと面倒くささが募る。

 

仕方なく打ち上げ花火の下へと戻る。

導線は問題なく役目を果たしていて、燃え尽きていた。

では原因は花火本体だろうか。ふと、打ち上げ花火を覗いてみる……と。

 

ちっぽけな破裂音がしてすぐ目の前を火の玉が駆けあがっていった。

思わず尻もちをつく。その後ろで、あの人は無邪気に笑っていた。

随分久しぶりに見た、まぎれもない笑顔だった。

 

少しして、舞い上がった花火が華を咲かせる。

そんな上等なもんじゃ決してなかったし、数も一つだけだった。

 

でも、すごくきれいで。

今まで見てきた花火の中で、とっても輝いて。

 

自分とあの子は思わず見とれてしまった。

まるで、若い頃に戻ったように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花火大会当日。

駅前で由比ヶ浜を待ちながら立ち尽くす。

ちょっと煙草を吸いたい衝動にかられながらも、人通りが多い今日この日、総武校の連中にでも見られたら大事だ。

ひたすらポケットに手を突っ込んで待ち続ける。

もうかれこれ数十分こうしていた。

 

小町曰く、男が女の人は待たせるもんじゃないと。

いつもいつも暗躍しやがってあの野郎。

 

その時、特徴的なお団子結びの髪型が階段の下に見えた。

カンカン、と下駄を鳴らしながら徐々に見えてくるお団子ヘアー。

そして、浴衣姿の由比ヶ浜。

 

対して俺はいつも通りの服装にサングラス。

これ以外に似合う物がない。

 

 

「あ!」

 

 

息を切らしながら、まるで飼い主を見つけた犬のように走ってくる由比ヶ浜。

俺も歩み寄っていると、彼女が足を絡めてこけそうになる。

それを手を差し伸べて止めてやると、由比ヶ浜はちょっとだけ顔を赤らめてはにかんだ。

 

 

「ありがとう、ヒッキー」

 

 

いつにも増して母性溢れる笑顔を向けられると、こちらとしても顔をそむけてしまう。

俺は適当に頷いてやり過ごした。

 

 

「ごめんね、バタバタしちゃって……待った?」

 

 

「ん?うん、3時間ぐらい」

 

 

「え!?そんなに!?」

 

 

「嘘だよ馬鹿野郎」

 

 

「も~!ヒッキーの馬鹿!」

 

 

頬を膨らませて怒る由比ヶ浜と悪人面で笑う俺。

いつも通りの風景が、一人を除いて続く。

 

 

「浴衣、似合ってんな」

 

 

ふと、やや不意打ち気味に褒める。

すると由比ヶ浜は頬をやや赤く染めて下を俯いた。

そして、何やらずるいだのなんだのとブツブツ呟く。

ちょっとからかい過ぎたか。

俺もちょっとばかし反省し、無理矢理場面を進めようとする。

 

 

「ほら、電車待とう」

 

 

背中を向け、一人改札へと向かう。

由比ヶ浜も後を速足で追う。

まだまだ初心なのは俺も同じことだ。

 

 

ホームで電車を待っていると、お互いに沈黙が続いた。

由比ヶ浜はなんだか恥ずかしそうに俯いていて、時々何かを言おうとするがやっぱりやめる。

俺も俺で、さっきからかい過ぎた事もあって言葉を発するのに抵抗があった。

 

 

「……花火大会ってよ」

 

 

俺が言いかけた所で電車がやって来て音を掻き消していく。

タイミングを逃し、また黙り込む。

電車に乗り込んでもそれはあまり変わらなかった。

つり革に掴まり、電車の外の夕焼けを眺める。

なぜ現地集合にしなかったのかを尋ねると、それは味気ないという。

確かに一理あるかもしれないが、そもそも俺みたいなのと花火大会に行くことが味気ないとは思わなかったのだろうか。

思わなかったんだろうな、こいつは。

 

優しいから。

 

 

ふと、京葉線特有の急ブレーキが俺たちを襲った。

たまたまつり革に掴まっていなかった由比ヶ浜は、俺にもたれかかる。

謝ってそっと離れる由比ヶ浜。ちょっとだけ俺の心臓も揺れた。

 

いいよ、とだけ言って謝罪を受け入れる。

それが由比ヶ浜にどう映ったのかは分からない。

気が付くと、彼女のか細くて白い手が、俺のシャツの袖にちょこんと触れた。

 

 

「……」

 

 

無言を貫く。

そしてその手を慣れない手つきで払う。

 

思わず顔を逸らした。

そんな俺を、由比ヶ浜は笑っていた。

袖のあたりにはまだ暖かい感触が残っていた。

むずむずした何かが心を這う。

だけど不思議と、心地よい。でも、どこかでそれを否定する自分もいる。

 

 

「……着いたよ、ヒッキー」

 

 

いつの間にか、目的地に到着していた電車。

そっと、由比ヶ浜は呟く。

頷いて、外へ流れていく人波に混ざる。

 

すると。

 

 

きゅ、と。

袖ではなく、今度は俺の手を、由比ヶ浜が握った。

反発して握り返せば壊れてしまいそうなその手を、振りほどけない。

いつもとは違う、どこかおしとやかな由比ヶ浜が、頬を染めて俯く。

 

 

「手、握ろっか」

 

 

そうとだけ彼女は言うと、俺は何も答えずに彼女の手を、精一杯壊れないように握った。

 

 






今年中は更新がきつくなりますのでご容赦ください

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