今回一番キャラが変わっている人物が出てきます。
放課後。
あんなことがあったにもかかわらず、由比ヶ浜は三浦と和解していた。
特に指を詰められたりけじめをつけろと言われたりしなくて良かったなと思いながら、俺は部室へと向かう。
まぁ高校生で指詰めろはねぇか、あったとしても根性焼き程度だ。その時は俺が代わってやらなけりゃならないだろう。
いつものようにポケットに手を入れ廊下を歩いていると、部室の扉の前に奇妙なものが見えた。
それは、由比ヶ浜と雪ノ下の姿……なのだが、二人とも扉の前で何かしている。
少し開いた扉の隙間から、中を観察しているのだ。
「何やってんだお前ら」
怪訝な表情で声をかけると、二人してこちらに寄って来てこっそりとした声で言いだした。
「比企谷君、何かガラの悪い男が部室にいるのだけれど」
「あれ、絶対そっちの人だよね……」
どうやら誰か部室にいるらしい。
今度は俺が覗いてみる。屈んで、わずかに開いた隙間からこっそりと教室の中を確認してみた。
眉を細めた。
床には紙が散乱しており、窓際には小太りで、制服の上からスーツを羽織った男がいたのだから。
右手にはタバコのような何かを持っているが、煙は出ていない。
左手はポケットに手を突っ込んだまま。
明らかにガラが悪い。見た目は俺以上だろう。
だが、なぜか見覚えがある。
「……なんだあいつ?」
「あら、てっきりあなたの『友達』かと思ったわ」
いちいち嫌味で返してくる雪ノ下。
俺は彼女の顔を見返す。
「お前俺の事なんだと思ってんだ?」
「すぐ暴力に走るチンピラ」
返す言葉はなかったから、そのまま扉を開ける。
もしこいつが何かよからぬことをすれば、雪ノ下の俺に対するチンピラレベルが上がってしまうだけだ。
音を発てて扉が開かれると、ガラの悪い男はタバコのようなものを窓の外から投げ捨てる。
奴はまだ背を向けたままだ。
奴の後ろまで来ると、俺は足を止めた。
「おい」
呼びかけると、反応したように男は首を動かした。
そして、とうとうこちらを向く。
男の顔にはサングラス。
それもチンピラがかけていそうな、趣味の悪いものだ。
髪型はオールバックで、白髪のように灰色に染めている。
「……待ってたぜ、兄貴」
男がそう言うと、サングラスを外す。
正直、素顔を見てもすぐには思い出せなかった。
いくら記憶の中にヤクザがいても、比企谷 八幡として生きている中で兄弟分を持った事は無いし、ましてやヤクザになったこともない。俺はなんだかんだ至極真っ当な人生を歩んできたからだ。
だから、そいつが前に体育でペアを組んだ奴だと分かるまで、時間が掛かってしまった。
「……お前材木座か」
そう尋ねると、男は不敵に笑って頭を下げた。
まるで鏡を見せられているような気分だった。
「久しぶりですね、兄貴。覚えていてくれましたか」
やはり。
どこかで見たシルエットだと思ったら……だが、こいつ前に見た時と全然違う。
前は、バンダナにロングコート、そして指ぬきグローブという中二病だった。
言動も何かアニメ染みていたし、少なくとも目の前にいるようなチンピラでは無かったはずだが。
「知り合いかしら?」
いつの間にか雪ノ下と由比ヶ浜が俺の後ろに隠れるようにしていた。
俺は振り返り、また材木座に向き直る。
「材木座っつー、知り合いだよ」
そう言うと、材木座は後ろの二人を品定めする様に眺める。
前は女子に話しかける事なんてできなかった奴が、人が変わったように下衆い視線を二人に送っていた。
「へっへっへ、流石っすね兄貴。こんな美人二人も侍らせちまうなんて、葉山でも出来ませんよ」
「お前何しに来た」
材木座の称賛を無視してそう尋ねると、彼はサングラスをかけ直して懐を探った。
一瞬警戒する。記憶がこういう輩が懐を探るという行為に対し警鐘を鳴らしたのだ。
だが、取り出したのはタバコの箱……ではなく、ココアシガレットの箱だった。
材木座は一本だけそれを取り出すと、口に咥える。
若干呆れたような顔でそれを見ていると、今度は近くにあった椅子に座った。
あぁ、大体わかった。
こいつまだ中二病だ。
「ちょっとぉ、兄貴に挨拶がてら見てもらいたいものがありましてね」
そう言いつつ、お菓子を咥えて優越感に浸る材木座。
雪ノ下と由比ヶ浜は相変わらずビクついていたが、俺は対照的に笑いが込み上げていた。
それをすべて吐き出さず、いつものようにニヤケ面で表す。
そして材木座の目の前まで近づいた。
「兄貴?」
「ヤクザぶってんじゃねぇッ!!!!!!」
バチーン!
材木座の顔目がけてビンタを繰り出す。
同時に咥えていたココアシガレットと、かけていたサングラスが宙を舞った。
材木座は一瞬何が起きたのか分からず、目を大きく見開いて赤く染まった頬を押さえた。
「あ、兄貴?え?」
「それやめろッ!」
もう一度ビンタ。
すると材木座はあたふたして椅子から転げ落ちそうになる。
「ちょ、すみません!すみません八幡!許して!」
「てめぇどこ座ってんだ!降りろコラッ!降りろっつってんだよ!」
ドカドカと蹴りを入れる。
材木座は椅子から素早く降りて土下座しだした。
「ごめんなさいッ!八幡ごめんなさい!」
「なんだこの野郎、てめぇの兄貴の事呼び捨てかッ!」
「え、だってそれやめろって……痛いッ!冗談じゃなく痛いッ!」
材木座の横っ腹を蹴る。
「ヒッキー!」
「比企谷君!」
後ろで見ていた二人が叫んだ。
俺は足を止めて振り返る。
「……おい起きろ!おら!起きねぇか!」
無理矢理材木座の腕を掴んで立ち上がらせる。
そして女子二人に向き直らせると命令した。
「謝れこの野郎!二人に謝れ!」
そう言いながら材木座の足を蹴る。
「も、申し訳ありませんでしたぁ!!!!!!」
なぜか材木座は俺に謝って来たのでまたビンタする。
「俺じゃねぇよ馬鹿野郎!二人だっつってんだろ!」
「ご、ごめんなさい!」
「誠意見せろコラ!指詰めろ馬鹿野郎!」
「そ、それだけは!」
「お前ヤクザだろ!詰めろっつってんだ!」
結局この騒動は、雪ノ下が止めに入るまで続いた。