その男、八幡につき。   作:Ciels

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中二病、ここに眠る

 

 

 

 

 

 正座した材木座を中心に、俺たちは椅子に座って紙束を見る。

そこに書かれているのはやっすい偏差値35ぐらいの……異世界転生小説だ。

書いた奴は顔が腫れて鼻血を出して正座している材木座。

さっきまでの態度はどこかへ消え去り、まるで親父に呼び出されたヤクザみたいに縮こまっていた。

 

材木座がここに来た理由。

それは、自分の書いた小説を呼んで評価してほしいという、なんともまぁどうでもいい理由だった。

なぜ格好が前のように中二病全開でないのかと尋ねると、ちょっと前にVシネマを見てハマってしまったらしい。ありがちな話だ。

 

しかしまぁ、あんだけ焼き入れればもうこんな格好しないだろう。

 

 

「……なんだ、こりゃあ?」

 

 

一ページ読んで、眉を細める。

一言でいえば酷い文章だ。

日本語の使い方もなっていないし、設定もめちゃくちゃだ。

 

雪ノ下も同じことを思っていたようで、容赦なくこの駄文を斬り捨てていく。

由比ヶ浜も由比ヶ浜で、フォローしようとして逆に貶してた。

 

 

「お前これなんのパクりだ?」

 

 

「八幡……もうやめてぇ……」

 

 

「八幡じゃねぇだろお前、兄貴の事呼び捨てにすんのかこの野郎」

 

 

「あ、兄貴」

 

 

「ヤクザぶってんじゃねぇこの野郎!」

 

 

「痛いって八幡!ケリは痛いですって!」

 

 

「比企谷君、うるさいわ。もうやめなさい」

 

 

雪ノ下に制されて材木座をいたぶるのを止める。

こいつにだけは口喧嘩では敵わないから、素直になろう。

 

 

「お前これ持って帰って全部読めってか?」

 

 

「はい、お願いします」

 

 

「この野郎なんでてめぇのために時間作らなきゃいけねぇんだ」

 

 

「え、だってここに相談しろって平塚先生が」

 

 

「うるせぇよ馬鹿野郎、俺の前でその名前出すな!」

 

 

「もうヒッキーは黙ってて!」

 

 

とうとう由比ヶ浜にも制されてしまった。

だが雪ノ下はともかく由比ヶ浜に何か言われる筋合いはないので今度は由比ヶ浜に噛みつく。

 

 

「うるせぇなこの野郎、お前のがうるせぇのに俺に命令すんのか」

 

 

「今は関係ないし!」

 

 

「だからそれがうるさいってんだよ馬鹿」

 

 

「馬鹿って言うなし!」

 

 

「馬鹿野郎!馬鹿野郎!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、材木座の小説を持って帰ることになった。

雪ノ下が叩いてくるとは思わなかったし、一応部長だから言う事を聞く事にした。

そして夜、俺は自分の部屋で材木座から受け取った小説を読む。

しかしまぁよくこんなもん何百ページも書いたなあいつ。

 

一ページ目は読んだから二ページ目も見る。

なんでいきなり異世界に飛んでんだ。

読む気を無くした。明日でいいか。

 

小説を放っぽってベッドの上に寝転ぶ。

ふと、材木座の格好の事を思い出した。

 

どこにでもいるようなチンピラが、どこか懐かしくもあった。

兄貴と呼ばれるなんて何年振りだろう。

いや、比企谷 八幡としては初めてだった。

 

それでも、兄貴なんて言われると昔を思い出す。

アメリカでのこと、沖縄で組の金使い込んでしまったこと。

 

あの黒人の青年はどうなっただろうか。

生きて、どこかでまたバカをやっているのだろうか。

 

沖縄に来たあの二人は、地元のヤクザ共に一矢報いただろうか。

 

 

そこまで考えて、ハッとした。

 

 

これは、誰の記憶だ?

 

我妻でもない、村川でもない、西でもない、大友でもない。

我妻と西は刑事だし、沖縄に行った村川も、堅気に鉄砲なんて売っていない。

そもそも記憶の中の四人はアメリカになんて行っていない。

 

新しい記憶が増えている。

 

 

「……まぁいっか」

 

 

深くは考えない。

そもそも四人の記憶と人格がある時点でもう普通じゃないのだから、これ以上増えても同じだ。

 

なら寝よう。

学生らしく宿題もやったし、材木座の小説も諦めた。

 

 

だがコンコン、とドアにノックがされる。

 

 

「お兄ちゃん、まだ起きてる~?」

 

 

「寝てるよ馬鹿野郎」

 

 

「入るね!」

 

 

俺の言葉を無視して扉が開く。

すると、そこから俺とは似ても似つかない妹が飛び込んできた。

 

比企谷 小町。

俺の妹で中学三年生。

ぼっちで友達なんかいない俺と比べて、彼女は明るくはつらつとしている。

なんで俺こうなれなかったんだろうなぁ。

 

小町はベッドに寝転ぶ俺を間近で見下ろすと、にっこりと笑った。

 

 

「お兄ちゃん最近なんかあった?」

 

 

「ねぇよ馬鹿野郎、俺今から寝るんだよ、早くあっちいけ!」

 

 

邪険にするように小町をあしらう。

だが小町は不敵な笑いをしたまま、

 

 

「とぉーうっ!」

 

 

俺の上にダイブをかまして来た。

ぼすっという鈍い音とともに、小町が俺の上で暴れる。

 

 

「痛ぇなお前この野郎、この!この!」

 

 

「きゃー!くすぐったい~!」

 

 

小町をくすぐる。

くすぐった上で技をかけるように抱きつく。

可愛い奴め。

 

我妻のせいか分からないが、俺は重度のシスコンである。

小町の事は大好きだし、目に入れても痛くない。

小町がいかに俺をバカにしようとも、笑って許せるし、勝手に金を使ったとしてもむしろ小遣いとしてあげる始末だ。

 

小町の頭をわしゃわしゃと撫でる。

やっぱりこいつの頭撫でてる時が一番落ち着く。

 

 

「も~、お兄ちゃん雑すぎ!小町的にポイント低い!」

 

 

「いいじゃねぇかよへっへへへ、ほらもっとやってやるよ」

 

 


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