モンスターハンターStormydragon soaring【完結】 作:皇我リキ
瞼が重い。
照り付ける太陽のせいもあるだろうが、さっき見た夢が心の何処かに引っ掛かって気分が悪かったのが大きいんだと思う。
「おはようっすシンカイさん。うなされてたっすよ? 大丈夫すか?」
「気にすんな……。何時間寝てた?」
「え、えーと二時間くらいすかねぇ? 嫌な夢でも見たんすか?」
「気にすんなって言ってるだろ……」
別に誰かに話す事でもない。
『皆何かを失ってる。そんな奴等が集まって、心を寄せあってるのさ』
唐突に、そんな親父の言葉が頭を過ぎった。
「シンカイさん」
「な、なんだ?」
「苦しい時は誰かにすがっても、別に天罰は無いと思うんすよ。別に俺じゃなくて良いっすけどね」
「そ、そうか……」
苦しいのだろうか。自分は。
「……そいや、何匹釣れたんや?」
「四匹っすね」
少な。計五時間で四匹。釣り終わるのに後もう五時間かかる計算。日が沈むわ。
「アカリが一匹釣ってくれたんすよ! 後は俺っすね」
ほぉ、アカリが。タクヤは何をしているんだか。
いや———寝ていた自分が何か言える訳では無いか。
「んでそのアカリは?」
「シンカイさんの右っす」
「んぉ?!」
さっきまで自分の左に居たヒールと話していたから目に着かなかったが、右側には釣竿を垂らすアカリが居た訳だ。
何に驚いたかと言うと、釣竿を垂らして座ったままアカリは頭をカクンカクンと揺らして眠っていた事にだな。
「横にして寝させてやれや……。昼寝してサボってたワイが言うのもなんやけど」
「そうしてあげたいのは山々何すけどねぇ」
困った顔でそう言うヒール。何か問題でもあるのか?
「シンカイさん寝かしてあげてくださいよ」
「なんでワイやねん……。まぁええけど。おーいアカリー」
右に向き直って肩を揺すりながらアカリに声をかける。カクンカクン頭を揺らしていたアカリは、目を開けて自分の声に気が付くと、ハッとした表情になって背筋を伸ばした。
「……はぅぁ?! んぁ!」
俗にいう———寝ちゃいけないけど眠くて仕方なくて、気が付いたら寝てて誰かに諭されてまた頑張って起きていようとする。アレだ。
「アカリ、寝ればええやん」
そんな張り切らんでも。
「……ん!」
真剣な表情になって自分を見てくるアカリ。いつものスケッチブックにはこう書かれていた。
『私なんかに出来る数少ない仕事だから!』
そういう考え方か。
「んー……まぁ」
自分も竿を持って池に向き直る。
「一人だけサボるのもなぁ……」
こんな頑張っとる娘の横で一人サボれるほど気が太くは無い。
「そいや、タクヤは何しとるんや?」
「後ろで遊んでるっすよ」
「はん?」
振り向いてみるとタクヤはブーメランを投げて遊んでいた。
「見ろよアカリ! 俺めっちゃ上手くね!」
タクヤが投げたブーメランは樹に生っていた木の実を綺麗に打ち落としてから、手元に戻っていく。上手いものだ。
しかし、アカリは池に垂らした竿に集中していて全くタクヤの事は見ていないようだ。と、言うよりは聞こえていないのだろう。
普段正面からゆっくり話せば聞き取ってくれるようだが、口パクも見えなければ遠いところからの声は聞こえないらしい。
「よーしもういっちょ!」
戻ってきたブーメランをもう一度構えるタクヤ。次も木の実を狙って投げたのだろう、ブーメランは真っ直ぐ木に生った木の実を直撃した。
が、しかし。ブーメランは戻っていく事無くあらぬ方向へ飛んでいってしまう。
まぁ、確実に戻ってくる訳では無いだろうなぁ。
「あ! ブーメランが!」
しかしその飛んでいった方向が問題だった。
なんとこっちにクルクルと周りながら飛んでるるでわないか。
危ないと身体が叫んで、自分はアカリを地面に押し倒して身を低くする。
「ギャフン!!」
背後で嫌な音と共に悲鳴があがった。
振り向けば、ヒールの頭にブーメランが刺さっている。モヒカンが二つあるように見えるな。
「だ、大丈夫かヒール?!」
流石に慌ててタクヤが戻ってくる。しかしヒールは何事も無かったかのようにブーメランをタクヤに渡しながらこう言った。
「全然平気っすよ」
仏かお前は。
「流石に怒った方がええで。甘やかしたらあかん」
「お、俺は反省してるぞ!」
「いやいや、タクヤのブーメランの腕は確かっすよ。それでもこうなったのは……運っす」
湖に視線を戻しながらそう言うヒール。自分だったらブーメランをそのままタクヤに投げ付けるけど。
「あ、でもアカリに当たらなくて良かったっすよね」
仏だこいつは。
「ほ、本当にすまねぇヒール!」
「良いっすよ良いっすよ」
全く気にしてない様子のヒール。そいやこの前のカナタの飯の犠牲になった事と良い、不運だなぁこの人。
「お、俺向こうでハチミツとかキノコとか採取してくるよ!」
流石にそのまま遊ぶ気にはならなかったのか、木々の向こうに走っていくタクヤ。いや魚釣り手伝えや!
「全くあのアホ……」
「それがタクヤの良いところっすよ」
「お前が良いんならええんやけどぉ?」
「お、釣れそうっすよシンカイさん!」
「なんやて?!」
話のどこでかは分からないが、自分の竿に何かが掛かっていたらしい。竿は大きく上下にしなりだす。
「上げるっすよシンカイさん!」
『頑張って!』
「こんなもん頑張らんでも……っ!」
口ではそう言いつつも中々に重量があって、力一杯竿を引き上げた。
「おらっと!」
引き上げた瞬間、白く光る大きな魚が眼に映る。大当たり、これが白金魚か。
「旨そうやな」
釣れた白金魚はいい感じに肉も乗ってとても食べ答えがありそうだった。
「ダメっすよ? あと三匹釣らないといけないんすから」
「この分だと終わるのは夜中やで……」
クエストに出る時間も遅かったからか、時刻はもう少しすれば日が沈みだすような時間だった。
一応ホットドリンクも用意してあるが、とんでもなく寒くなる砂漠の夜で釣りなんてしたくない。
「しかしあと三匹か……」
「皆でやれば一瞬っすよ!」
一人キノコ取りに行ってるけど。
「ん!」
隣側から肩を叩かれ、振り向くとアカリはスケッチブックにこう書いていた。
『私も頑張るからシンカイ君も頑張ろ!』
お前がそう言うなら頑張ってやるかぁ。
とか思った次の瞬間、スケッチブックの後ろからお腹の鳴る音がする。ほら、腹減った時に出るあの音だ。
「腹減ったんかアカリ?」
「はぁぅぁぇっ?! ちか……っふ! たちょふ!」
落ち着け。
「別に悪い事や無いから! ほら、顔隠さんでええから!」
一瞬で真っ赤になったアカリを励まそうとするが、スケッチブックで顔を隠して今にも泣きそうである。
う、うーむどうした物か。
「そろそろご飯でも食べるっすか?」
「飯か! キノコ取ってきたぜ!!」
背後でヒールが言うと、タクヤが沢山のキノコを抱えて飛んで来た。おいマヒダケとか普通に混じってるぞ。
「そこにある食えるキノコだけで腹が膨れるかぁ?」
「白金魚以外にも魚釣れたっすから。焼いて食べましょう!」
ヒール君最高。
「だ、そうやでアカリ。良かったな」
「んぅ……っ!」
んーと、何々?
『今の音はお腹の音じゃないから!』
女の子って言うのはこういう時に意地を張る物なのだろう。
「魚を焼くのなら任せろ!」
肉焼セットを出しながら、タクヤはヒールから魚を受けとる。サシミウオか、めっちゃ旨そう。
はい、軽快なリズムに乗って。
「へい! タッタタッタ、タンタタンタタタタンタタン、タタタ、タタタンタタタンタタタンタタタンタタタタタン!! まだまだ焼くぜ燃え上がれぇ!! タタタンタタタンタタタンタタタンタタタタタン!!」
案の定、コゲた。
「なぜだぁ!!」
なんのためのリズムや。
「わいにやらせい」
『頑張って! シンカイ君!』
任せろ。
「そいや……」
「どうした? シンカイ」
魚を焼ながらタクヤに問い掛ける。
「わい料理どころか焼肉セット使った事無いねん」
ハンター学校で焼肉セットを使う実習なんてサボってたからなぁ……。
「いつ焼けるんやこれ……」
「シンカイ……裏見ろ裏」
「え? あれ? うぉ?!」
コゲた。あぁ……勿体無い。
「んぅ……」
アカリさんはもやは呆れ顔だった。
「わ、ワイ、コゲたの好きやねん! ほら普通に食えるで。あー、旨い! 旨いわぁ!」
「お、俺もコゲたの大好きだし! う、旨……旨……い…………し。うん」
「真似すんなやリズム音痴!」
「リズムも知らなかった奴が言うなよ!」
やるんか我ゴラァ!
「喧嘩はダメっすよ二人共。ほらまだサシミウオは結構残ってるっすから」
そう言いながらヒールはサシミウオが入ったバケツを渡してくる。
「いや、正直言ってワイには無理や。タクヤは信頼できんから……ここはヒールさんにお任せしたいです」
「なんで敬語なんすか?!」
「おい待て俺はちょっと失敗しただけだ!」
だとしてもタクヤよりヒールさんのが断然信頼できるね。
「と、いうことでヒールさんお願いします」
「敬語辞めてくださいっす!」
ヒールも少し変だけど敬語だよな?
言いながらも準備をして魚を焼き始めるヒール。手際良くさっさと焼いてしまうヒールが自分は格好良く見えたね。
「ヒールは万能やな。なんでそこまで何でも出来るんや」
「何でもなんて事は無いっすよ」
「いや、ワイよりは色々出来とるやん。釣りなんざワイには向かん」
「強いていうなら……自分でやらなきゃいけない事が多かったんすよ」
「ヒール?」
良く分からない事を言う物だから、どういう事か聞こうとすると、ヒールはこんがりと焼けた魚を渡してきた。
「食べて良いっすよ」
「なら遠慮無く」
ヒールに渡されたこんがり魚の腹部に歯を立てる。その瞬間しっかりと焼けた表面のパリッとした食感と、その後に訪れるサシミウオ特有の歯応えのある身の感覚が口の中に広がっていく。
程よい塩気が絶妙に効いていて、それでいてサシミウオ本来の味を失わせない絶妙な加減。なんだこの美味さは?! 船で食べた皆が作る料理も美味かったが、狩場で食べるこの焼いただけのサシミウオもそれに引きを取らない物がある。
なんだこれ、本当にただのこんがり魚か?!
「俺達は捨て子っすから」
自分が味に浸っていると、ゆっくりとヒールはそう口を開いた。ただ、言葉の割には明るい表情で。
「捨て子……?」
自分は案外裕福な暮らしをしていたから、その単語にピンと来るものが無い。
街暮らしで生活も命も住居も食べ物も困った事が無いし、親には大事にされていたから。
「アカリも焼くのか? お、俺にも食わせてくれ!」
「ん!」
「ありがとう! 任せたぜ!」
「俺とナタリアの両親は俺達をダイダロスで売ったんすよ。まぁ、珍しい話じゃ無いっす。生きるのにはお金が居る、双子の世話が出来るほど両親は裕福じゃ無かった見たいっすから」
そんな話を魚を食べながらのうのうと話すヒール。
信じがたいという訳では無く、信じられないという訳でも無い。ただ、納得の行く話では無かった。
自分の住んでいた街はそんな貧困とは無縁の都会だから、そう感じるのかもしれないが。
「やた! ん!」
「ありがとうアカリ! 一生掛けて食べるぜ! うんうん……この生焼けが…………うん。…………う、うん旨い!」
コゲとるよりはマシだな。あと甘やかしても成長はしない。
「んで、買い取られた場所から逃げて、砂漠で二人で生活してたもんで。色々身に付いたんすよ。まぁ……親父に拾われてなかったらどっかでモンスターに食われてたと思うっすけどね」
そう言うヒールはどこか達観としていた。
「す、すまんな……変な話させて」
ここにはそういう奴しか居ないのか。
親父の言葉が頭を何度も過った。自分は恵まれている。裕福だった。
だからこうもダラけて、今もこうして平然と呑気に健康に暮らしている。
「気にしないっすよ!」
「苦しい時は誰かにすがっても別に天罰は無いんや無かったんか?」
「苦しく無いっすから」
「そうか……?」
「だって俺にはもう、かけがえの無い家族が居るっすからね!」
そう言うヒールの表情は嘘偽りの無い笑顔だった。かけがえの無い……家族か。
「でもやっぱり家族にこういう事話すとスッキリするっすよ」
「ワイも家族なんかい」
「当たり前じゃないすか」
当たり前か。……そうか、家族か。
「さて、もうひと踏ん張りっすよ! 俺、先に釣りを再開するっすよ」
そう言うとヒールはこんがり焼けた魚を渡してきて、竿の元へと向かった。
「お、引いてるっす! これは白金魚間違いないっすよぉ! よっしゃ釣れたっす!!」
金髪モヒカンとかいうとんでもない姿だが、やっぱりヒール・サウンズという男は優しくて立派で強い奴だ。
そう確信した。
「あー食った食った。なんかお腹いたいけど気にしないぜ!」
こいつはタダのバカだな。
「……ん」
バカを見ていると、横からツンツンとアカリが肩を叩いてくる。んーと、何々?
『こんなクエストなら、皆で楽しいよね』
なんて事を、笑顔で彼女は書いていた。
「まぁ…………せやな」
狩りをするだけがハンターではない———の、かもしれない。