モンスターハンターStormydragon soaring【完結】 作:皇我リキ
「ブォォォォオオオオオッ!!」
全長三十メートルはあろうかという巨大な身体。頭部の襟飾りから伸びる一本が割れた二本の角。
まるで悪魔。マ王の異名に相応しい雰囲気がこのモンスターからは溢れている。
「……っ」
少しの間、言葉が出なかった。
こんなに大きなモンスターなのか。
草食のくせに鋭そうな牙まで生やして、襟飾りも相まって大きく見える頭は心の恐怖を駆り立てる。
「おいでましやがったか!」
自分とアニキのディアブロスとの距離はせいぜい合っても二メートル。手を、武器を伸ばせば届く距離。
ふと、ディアブロスの身体の違和感に気が付いた。
砂色の甲殻は所々、返り血か何かで赤く染まっている。寒気がしてその場に居ないサナとガイルを必死で探した。
「サナ……ガイル……っ?!」
背筋が凍る。まさか今ので二人共やられてしまったのか? アニキが助けてくれなければ自分もそうなっていたのか?
考えたくも無い考えが頭を過って、自分はその時目の前の状況が全く見えていなかった。
「シンカイ!」
聞き覚えのある可愛い声を聞いて我に返る。
しかしその時には既にディアブロスは身を回転させ、槌のような形状をしている尾を高く振り上げて、自分を叩き潰そうとしていた。
死ぬ。恐怖だけが自分を支配した。よく考えれば当たり前の事だったのかもしれない。
自分はこんな巨大な生き物と戦った事は無いんだ。初めて対峙したゲリョスという大型モンスターでさえこのディアブロスの半分も無い程度の全長だった。
他に戦って来たモンスターだって、ランポスやゲネポスとそのボスのドスゲネポスなどの小型中型モンスターばかりで。大型モンスターと言ってもドドブランゴ亜種にドスガレオス、ダイミョウザザミぐらいの大型の中でも小型に当たるモンスター位しか相手をした事がない。
なるほど自分は自惚れていたらしい。
少し動けるからと言って調子に乗って、自分はここで朽ちる。内心そう諦めかけて本能的に眼を閉じた。
身体が浮く感覚は、想像よりも暖かい。
全く痛みを感じなかったのはアドレナリンが分泌されているからか?
ただ、自分に触れた感触は殺意より優しさという感じだった。
「何してんだバカ!」
そんな聞き慣れた罵倒で我に返る。
自分を押し倒すように上に跨っていたピンクの髪の少女は眼に涙を溜めて自分を見ていた。
「あれ……生きて」
自然と口から出たそんな言葉は二つの意味が込められていたのだろう。
自分の中でさっきサナはディアブロスにやられてしまっていて、次に自分がやられたと思い込んでいたからだ。
「何言ってんの……?」
そうか……良かった。感動と安心のあまり自分も涙を流しそうになるが、涙で視界を防ぐなんてこの状況では許されない。
「サナ! 後ろ!」
「……っ。しま———」
モンスターはそんな状況を暖かく見守ってくれる程甘くは無いのだ。
もう一度砂を巻き上げながら振り上げられた尾が、垂直に降りてくる。まるで極刑に使うギロチンの歯のように。
まずい。そう思って身体を翻し、地面を転がって避けられるかどうか運に身を任せようとしたその時だった。
「うぉぉぉおおおお!!」
怒濤の声を上げ自分達とディアブロスの間に入って来たのは、スラッシュアックスを剣モードにして抜いたアニキだった。
しかし、その剣でアニキは攻撃を入れる訳では無く、幅の広い刃の側面でディアブロスの尾を受け止めようとする。
次の瞬間、目の前にいたアニキは鈍い音と共に後方に吹っ飛ばされてしまうが、それで威力が緩和されたのか。自分とサナは無傷で難を逃れた。
「アニキ!!」
体勢を立て直しながらそう叫ぶ。自分のせいで仲間を危険に晒しているという現実が杭となって心に刺さった。
だが今は反省だとかをしている場合じゃ無い。これは一瞬の判断が生死を分ける、命のやり取りなのだから。
「何ビビってやがる! いつも通りやりゃ良いんだよ!」
全然平気だと言わんばかりに立ち上がったアニキはスラッシュアックスを斧モードに切り替えながらそう言った。
そうだ、何をビビっているんだか。誰もまだやられてない。
ちょっと大きいだけで、この生き物がこれまで戦ってきたモンスターと何が違うって言うんだ?
恐怖は捨てろ。ここに居るのは悪魔でも幽霊でも無い、生き物だ。
ねーちゃんの仇だ。
そう思った瞬間、心の中で何かが吹っ切れた気がした。
戦う理由が、戦う決意が身体を動かす。
「いつも通り……か」
「ブォォゥゥッ!」
「ガイル」
「……?」
「アニキ」
「なんだ?」
「サナ」
「何?」
此方に振り向いて、固まる四人を睨み付けるディアブロスを睨み返しながら自分は三人の名前を呼んだ。
護るべき三人の名前。自分が背を預ける、三人の名前を。
「一狩り行こうや……っ!」
「「「おう!!」」」
そんな三人の返事を合図にしたかのように、ディアブロスはその場で大きく翼を広げて脚を一歩前に出す。
巨体故に飛ぶ事をしないディアブロスはその代わりと言っても十分過ぎる程の脚力を持っている。
それを駆使した弾丸の様なスピードの突進攻撃を四人は散り散りになって避けた。
巨体過ぎてディアブロスの甲殻スレスレで避ける事になったが、通り過ぎるディアブロスを間近で見て先程感じた違和感が浮き彫りになる。
返り血か何かだと思っていたのは剥がれ落ちた甲殻や鱗の裏から流れ出るディアブロス自身の体液だったのだ。
「弱っているのか……?」
マ王とまで呼ばれるモンスターでも他のモンスターとの戦闘を無傷で終える事は出来ないという事だろうか?
通り過ぎ、振り向くディアブロスを良く観察すると所々傷付き満身創痍といった感じだった。
これはチャンスか?
これまで誰も狩る事の出来なかったこのマ王が今まさに弱っている。こちらは信頼に足る仲間が四人、勝てる。そう思った。
「おぉぉらぁぁあああ!!」
最初に仕掛けたのはアニキだった。一番遠くまで離れたアニキは、自分達に狙いを付けアニキに背を向けたディアブロスの懐に入り込む。
走り込んだ勢いを利用して振り上げた斧はディアブロスの腹部を切り裂き血飛沫を上げさせた。
「ブォォォ……ッ!」
思わず悲痛の声を上げ、足元にいるアニキを踏みつけようと足踏みをするディアブロスだが、アニキはすぐに距離を取ってその攻撃を回避しする。
流石アニキ。荒々しくも冷静さを失わない漢の狩りスタイルだ。
「……次は俺だ!」
アニキに気を取られ、頭を低くしていたディアブロスの頭部にハンターを振るうガイル。
鈍い音と共に空気が揺れて、ディアブロスの頭は引っ叩かれた人の顔のようにそっぽを向かされる。
「ブォォォッ!!」
「こっちよ!」
ガイルを怒りの眼で追うディアブロスの視界を横切り、その頭にサナは太刀を叩き付けた。
斬撃の瞬間に走る稲妻はサナの太刀『鬼神斬破刀』の電気属性の物で、斬り付ける度に切り傷に電撃を浴びせていく。
抜刀で一撃、切り上げて二撃、ディアブロスが狙いをサナに移した所でサナは太刀を振りながら後ろに距離を取る。
「まだ行くでぇ!」
その横を遮って今度は自分が双剣を抜きながら懐に潜り込んだ。足元に右手に持った剣を叩き付け、次に左手、同時に切り上げてから同時に叩き付ける勢いを利用してついでにディアブロスの懐から離脱する。
ここまでは上々。ディアブロスに味方への攻撃の隙を与えずにこちらは攻撃を与えて行く。
一度隙を作ればこの流れに持って行く事はそう難しくは無いが、長くそれを許してくれる程モンスターは甘くは無い。
ディアブロスは頭を大きく空へ持ち上げると同時に空気を大量に肺に取り込む。
「ブロォォォォオオオオオゥゥゥウウ!!!」
次の瞬間。鼓膜が突き破れるのではないかという空気振動がその場を包み込んだ。
ディアブロスの咆哮はその音量もさる事ながら凄まじい衝撃すら生む。砂が舞い上がり、星空が映った湖は荒波を立てる。
その場に居た全員が誰一人例外無く耳を塞ぎ身を縮めた。
狩場でそんな行動は命取りと、頭では分かっていても身体は言う事を聞かない。
それ程までの空気振動を撒き散らした後、ディアブロスは砂の混じった息を荒げながら自らの怒りを自分達に伝えるかのように尾を地面に何度も叩き付ける。
「来るぞ!!」
そのアニキの言葉が耳に届く前にディアブロスは走り出していた。
先程とは比べ物にならない程のスピードで自らの角を突き出し突進する。狙いはガイルか?!
「ガイル!」
「……っ!」
ガイルはギリギリの所で地面を転がって交わすが、ディアブロスはある程度直進した所でその場で身を翻しまた突進攻撃を仕掛けてくる。
しかし次の突進攻撃もガイルはギリギリの所で交わして見せた。
だが流石ガイルだと思っている暇も無く、ガイルを諦めたディアブロスは次に固まっていた自分とサナに狙いを定めて大地を蹴る。
「止まったら死ぬんかあのモンスターは! えぇ?!」
文句を言いながらサナと一緒に横に飛んで逃げた。風圧が身体を煽ってその勢いがさっきとはまるで違うのを身体が感覚で分かる。
あれは当たったら死ぬな。
「ブォォォッ!!」
まだディアブロスは止まらない。本当に止まったら死ぬ生き物かのように突進を繰り返す。
また自分達への突進を外したディアブロスは次はアニキへ、その次はガイルへ。
何度も突進攻撃を続けこちら側の疲労が少し表に出て来たタイミングでやっとディアブロスは諦めたのか、そのワンパターンでも強力な動きを一旦止めて頭を大きく上げた。
「ブロォォォォオオオオオゥゥゥウウ!!!」
二度目の咆哮。同様に例外無く四人共頭を抱えて身を縮める。
その間にディアブロスは角と襟飾りと翼を器用に使って細かい砂を掻き出し地面に潜って行く。
だが、吸い込まれるようにして視界から消えたディアブロスの気配が消える事は無かった。
逃げた訳じゃ無い。まだ近くにいる。
だが何処から来る?
そんな事を考える暇も無く答えは直ぐに眼前に現れた。
「ブァァォッ!」
瞬きを一回した時には砂の中から最初に現れたように、ディアブロスがガイルを真下から突き上げる。
「……カハッ」
高く打ち上げられ、そのまま地面に叩き付けられるガイル。意識はまだあるようだがどう見てももう立てる状況には思えない。
「ガイル!!」
「てぇぇめぇぇええ!!」
動けなかった自分と違ってアニキは一目散に斧を構えてディアブロスに、突進した。
尾を振り上げガイルにトドメを刺そうとするディアブロスの懐に潜り込む———前に、ディアブロスは振り上げた尾をアニキに叩き付ける。
鈍い音と共に地面を転がるアニキにディアブロスの視線が行っている間に、ガイルは何とか身体を持ち上げるが満身創痍も良いところだった。
直様二人の所に駆け付けようと足を上げた瞬間にディアブロスはまたも咆哮を上げる。
「ブロォォォォオオオオオゥゥゥウウ!!!」
何度やられたって慣れるはずもない。そしてそれが奴のパターンだと言わんばかりにディアブロスは砂の中に沈んで行く。
「……くっ」
これには流石に自分以外も顔を顰めただろう。
狙いは誰だ?! いつ来る?! 避けられるのか?!
不安だけが心を支配して嫌な汗が頬を伝う。
「皆動かないで!」
そう大声で叫んだのは自分達とは逆方向に走りながら、ポーチから何やらアイテムを出すサナだった。
ディアブロスはとても耳が良くて砂の中に潜っている間、その鋭い聴覚を頼りに砂上の敵を探し当てるらしい。
足音の一つでも聞き分けるディアブロスに対して動かないというのは一つの選択肢に入るのかもしれないが、既に大声で叫んで走っているサナはどうなる。
「私を信じなさい!」
だがそう思ってサナを止めようと口を開く前に彼女はいつもの自信満々な表情でそう叫んだ。
それから手に持っていたアイテムを頭上に投げる。次の瞬間それは甲高い高音を発しながら空中で破裂したのだ。
音爆弾。鳴き袋と爆薬を調合したアイテムで、投げると今のように高い高音と共に高周波を周りに叩き付ける。
耳の良いモンスターにこれを喰らわせれば敏感な感覚を逆手にそのモンスターを驚かせたり動きを封じたり出来る代物だ。
だが相手が怒っていたりすると効果が薄れるどころか、この状況なら自分の居場所を相手に教えてやっているだけである。
それがサナの狙いなのだろうが、自分は何も出来ずに脚を止めてただ見守る事しか出来ない状況に唇を噛んだ。
次の瞬間ガイルの時と全く同じ光景が視界に映る。サナの小さな身体が地面から突き出るディアブロスに突き飛ばされた———かのかの様に見えた。
「反射神経の特訓をしてたのよ!!」
そうディアブロスに向かって叫ぶサナはその捩れた角をしっかりと掴んでいて、突き飛ばされずに勢いを殺していたのだ。
「喰らえ!」
確りと掴んだ角から手を離し、その頭上から降りる勢いを利用してディアブロスの頭部にサナは一撃くれてやる。
怯むディアブロスを見ながら、自分の脳裏には先日同じような空でサナがしていた事が鮮明に映っていた。
どこからどう来るか分からない物に、直ぐに反応出来るようにする特訓。サナの才能が、サナの努力がここぞという時に力を発揮する。
「まだ……っだぁ!!」
着地したサナは自らの勢いを殺す事無く前へ。ふらつくディアブロスの脚に太刀を叩き付ける。
叩き付け、切り上げ、右に振り回しては左に振り回す。ディアブロスが体勢を立て直す前に渾身の一撃を叩き込むと同時に踏み込み、ディアブロスが体勢を立て直すと同時に三百六十度小さな身体を目一杯回してその場で薙ぎ払った。
巨大な、自分達の何倍もあるその巨体が横に大きく崩れ落ちる。倒した訳では無いが余りの猛攻にバランスを崩したのだろう。
「今よ!!」
サナのそんな言葉を聞く前に自分を含めた三人も足を動かしていた。
今しか無い。サナがカウンターで作ったこのチャンスを今掴まなければ、またあの突進と地中からの攻撃のループを耐え凌ぐ自信が自分達には無かった。
サナはそのまま腹部へ、ガイルは頭上に、アニキが尾の方に、自分は背中に各々自らの得物を叩き付ける。
ここで終わらせる。そんな決意からか誰一人出し惜しみをしなかった。倒せると思っていたから。
切る、切る、切る、無心で本当は数秒しか無かったその時間に時が止まったような感覚の中、己の獲物を叩き付け続けた。
ディアブロス。作者がモンスターハンターのモンスターでも好きなモンスターベスト5には入るモンスターだったりします
次でこのお話は終わり。もう少し書けばよかったなぁと後悔しております……
記念すべき二十話です!
でも絵も何も無いです!
この小説はどこまで続けられるのか……(´−ω−`)
また来週、会えたらお会いしましょう。
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。