モンスターハンターStormydragon soaring【完結】 作:皇我リキ
「なるほどね……」
三体目のゲリョスの死体を確認してから、サナは何か考えながら戻って来た。
一匹目を見付けてから一時間という所か。
サナに、昨日も同じような不自然な死体を見た事を伝えてから二匹目を探すとそのゲリョスも腸を食い破られていた。
そして、三匹目のそのゲリョスも……サナの表情からして同じ結果だったのだろう。
これがタクヤの手掛かりになるとは思わないが、どう考えてもこの状況はおかしい。
「何か分かったか?」
「二匹目だけ、違う傷があった。あと死んでからたった時間が一番長い」
「違う傷……?」
ゲリョスの変死体。そこに疑問を抱くだけの頭はあるのだが。
それ以上はサッパリだ。自分の頭の悪さを思い知る。
「剣で斬った切り傷。他のゲリョスには無かった」
「タクヤか……?」
あいつ……。
「そこまでは分からないわよ。……ただ、あのゲリョスも他と同じで腸を持ってかれてた。ハンターと戦っていただけならどちらにせよ有り得ない」
「余計分からんくなっただけか……」
くそ……手掛かりが無くなって振り出しか。
『他のモンスターに襲われたのかな?』
とは、アカリのスケッチブック。
「ゲリョスが今どうなろうが、タクヤには関係無いやろ……?」
「このゲリョスと戦ってたのがタクなら、ゲリョスを襲ったモンスターにタクヤも襲われてる可能性……あるわよ」
「……っ」
それだけは考えただけでゾッとする話だ。
ゲリョスの死体を見るに相当エグい殺され方をしている。
そんな物にタクヤが見つかって襲われていたら……。
「……んぁ?」
なんて考えていると、アカリが気の抜けた声を出す。
まるで幽霊でも見付けたかのような表情で、自分達の背後を見ていたのだ。
いや、幽霊を見付けたのかもしれない。
「お、お前ら……なんでここに?!」
そんな声に振り返ってみれば、そこに居たのは自分達が血眼になって探していたタクヤだった。
「…………はぁ」
「なんで溜息着くんだよ?!」
いや、気が抜けたと言うか。何事も無く終わってくれたのがとてつもなく幸いだったというか。
とりあえず一発殴らせろ。
「痛ぇ?! えぇ?! なんでぇ?!」
「こんのドァホ。何勝手に森に入っとるんやボケ」
「え、い、いやぁ……あはは……」
別に気持ちが分からない訳ではないからこれ以上言うつもりは無いが。
そもそも、自分にも多少なりとも責任がある訳であるし。
『タクヤ君』
「あ、アカリ……」
『昨日はごめんなさい』
「い、いや! 俺こそ…………急に……あはは……」
一件落着かな……?
二人の溝は深まってしまったが……まぁ、これから少しずつでも埋まれば良い。そう思った。
「あんたら、なに安心しちゃってる訳?」
「え?」
やっと落ち着いた雰囲気になったというのにサナはそんな風に口を開く。
タクヤも無事見つかって、後は帰るだけ。確かに森はモンスターが住んでるが……四人揃ってれば大丈夫だろう。
そんな、甘い考えだったのかもしれない。
「あのゲリョスを倒したのは、タク?」
目を瞑って、サナはそう質問した後———
「……真っ直ぐこっちに近付いてくる。……逃げられないわね」
———なんて、小さく呟いた。
真っ直ぐ? 逃げられない? 何を言ってるんだ……?
「そ、そうだ……彼奴から逃げないと!」
そして、質問されたタクヤは思い出したように冷や汗を出して焦りだした。
おいおい、なんだってんだ。
「俺……自棄になってゲリョスと戦ってたんだけど…………戦ってる最中に森の中から大きな蜘蛛みたいなのが出て来て」
「大きな蜘蛛……? 三十センチくらい?」
「その十倍以上……」
は?
そりゃ、もう蜘蛛じゃない。
「タクヤ、ついに頭おかしくなったのか?」
「ち、ちげーよ! 本当に見たんだ! ゲリョスより少し小さいくらいの大きさの蜘蛛が……ゲリョスを襲って食い散らかしてる所を!」
「な、なんやそれ……。まるでここら辺一帯のゲリョスの変死体———の、犯人なのか?!」
アレをやったモンスターをタクヤは見たのか。
よくも、まぁ生き延びたものだ。
いや、待てよ。
今さっき、サナはなんて言ってた……?
「サナ!!」
「分かってる。……もう直ぐそこよ。四十メートル」
「え?! お、俺ちゃんと撒いてきたぜ?!」
「その背中に着いてる糸!」
サナにしては困った顔でタクヤの背中を指差す。確認してみれば、そこには一本の細い———本当に良く見なければ見えないような細い糸が着いていた。
タクヤはそのモンスターから森の中を逃げて来たと言っている。
それは勿論、真っ直ぐだけ進む訳も無くて木々の間をうねる様に歩いていたハズだ。
そんな中でも、対象から離れず千切れない上手な糸。
まるで、蜘蛛の糸だな。
いや、比喩表現では無く。
それは本当に、蜘蛛の糸なのだろう。
「もう来る! 見渡しの悪い所じゃまずいわ。ゲリョスが居る場所まで走って!」
サナの言葉に、誰も文句を言う事無く行動を起こす。
ここまで来て仕舞えば相手には見つかっているも同然。ゲリョスの死体に隠れるという行動は取らずに、素直に立ち向かう準備をする。
太刀を、双剣を、ヘビィボウガンを———
「……もう直ぐ側に居るわよ」
「本当に蜘蛛みたいな奴なんだ……。糸を使って凄く早く移動する」
「なんや……この四人ではいつも戦って来たやないか。いつも通りやればええ」
「……ん!」
———チャージアックスを各々構えて、お互いに背中合わせに広い空間に立つ。
大丈夫だ。これまでだって、何度も何度もやって来たじゃないか。
「ねぇ、シンカイ」
「なんや?」
なんだ……サナ?
そんな小声で。
「隙を見つけたら二人を連れて逃げなさい」
「は? なん———」
「シンカイの正面から! 来る!!」
サナの言葉と同時に目の前の木々が揺れた。
初めに見えたのは、白い糸だ。
人の腕みたいな太さの糸が背後の木々に向けて飛んで行く。
次の瞬間迫り来る巨体に、身体が反射的に横に飛んだ。
これはハンターを続けて来て授かった反射的なものだ。
見てからでは間に合わない。
モンスターはその見た目に似合わずとても俊敏な生き物も居る。今回の相手もその限りだったのだろう。
背中を擦れる生き物の感覚が、それを証明する。
あと一瞬でも遅れていたら自分の身体の一部を持って行かれていたかもしれない。
そう考えて鳥肌を立てながら、体を起こして皆の無事を確認する。
一、二、三、全員無事だ。流石だな。
「チッ、ったく早い奴かいな!」
少しばかり安心して、悪態を吐きながらその姿を確認する。
その姿は———蜘蛛だった。四メートルの。
正直自分の目を疑ったのだが、これが現実だ。
普通の蜘蛛と違うのは、脚が四本しか無いという事だろうか。
その代りに顎から脚のような物が伸びて六本足のようにも見えた。
甲虫種か?
初めに思ったのはそれだが、何かが違う。
何より、密林に点在する街グングニール育ちの自分がこの密林に住むモンスターで『知らない』モンスターが居るという事がおかしかった。
なんだ……こいつは?
「サナ! こいつなんや!」
「……分かんない」
サナでも知らないのか……?
「ギィィィィィッ」
無機質な複眼が自分達四人を見比べる。
どれから頂こうか、そんな事を考えているのだろうか?
カクカクとした動きが、どうもその見た目の不気味さを倍増させていた。
「タク、ゲリョスを喰ってたのはこいつ?」
「あ、あぁ……」
体格はゲリョスより少し小さいくらいなのに、ゲリョスを捕食するようなモンスター。
それに加え、さっきの移動速度を思い出せばコイツがどれ程の危険度を含んだモンスターかは一目瞭然だった。
これまでこの四人で戦って来たドスガレオスやダイミョウサザミなんて比じゃ無い……な。
「来るわよ!」
「ギィィィィィッ!!」
サナの言葉と共に蜘蛛のようなモンスターは顎から伸びるソレを大きく広げて見せる。
何をする気だ?!
「皆下がって!!」
反射だった。サナの言葉にモンスターから距離を開けたその瞬間、開けられたソレが一瞬で内側に閉まる。
まるで、ハサミのように空気を寸断したソレをカクカクと自分の顎に戻すモンスター。
もし、サナの言葉が無かったらその位置にあった首が飛んでいたかもしれない。
「はぁぁっ!」
そんな事を考えて情けなくも動けなくなっていた自分を尻目に、彼女は———サーナリアは未知のモンスターに果敢にも肉薄した。
手慣れた動きでその懐に入り込み、切り上げから切り下がりを叩き込む。
一撃離脱。そうして距離を離したサナが居た懐を次の瞬間顎から伸びる脚が切り裂いた。
何をしてくるか分からない。
知らないモンスターの脅威とはそれだ。
相手がどんな手を持っているか分からない。見えない敵と戦っているのと同じような感覚。
自分が何をして良いのか分からないんだ。
もし、知らなかったとしても失手を打って仕舞えばその時点で人間は簡単に死んでしまう。
「俺も行くぜ!」
「おいこら待てタクヤ!!」
それが分かっていないのか、タクヤは正面切ってモンスターに突進していく。
斧モードで構えたチャージアックスを正面から叩き付けようと振るうタクヤ。
真っ直ぐで正直なのはお前の良いところでもあるけどこういう時は汚点だ。
「ギィィィッ」
そんな正面から向かって来る奴の攻撃を受けてくれる相手では無いらしい。
後方にジャンプしながらモンスターはタクヤの攻撃を避けて、タクヤに口から白いものを吹き出す。
危ない、と口が発する間も無くタクヤに降りかかったそれは粘着性の白い糸でタクヤを地面に縫い付けた。
「な、なんだこれ?!」
「バカタク!!」
「ギィィィィィッ!!」
まずは一人、そうとでも言うようにタクヤに向かって来るモンスター。
立ちはだかるサナは、そのモンスターからしてらとても小さな壁だったろう。
「……っぁ!」
脚で小柄なその身体を簡単に蹴り払い、そのモンスターの一番の武器なのだろう顎から伸びる脚がタクヤに叩きつけられ———その瞬間。
背後でヘビィボウガンが火を吹くのを確認して、自分は走った。
正面からモンスターに向かっていくが今はモンスターはタクヤしか見ていないのだろう。此方には見向きもしなかった。
次の瞬間、タクヤを自慢に縫い付けていた糸が燃える。アカリのヘビィボウガンから放たれた火炎弾だ。
そうして強度が弱くなった白い糸をレックスライサーで切り裂く。転がる様にタクヤを押し倒した瞬き一回分の時間で、背後の空気を何かが切り裂いた。
「う、うぉ……っ。危ねぇ」
「ドァホ、死にたいんか。知らんモンスター相手はもっと動きを見ろ!」
言いながらモンスターから距離を取る。
その背後ではアカリのヘビィボウガンから放たれる火炎弾に怯むモンスターの姿があった。
見た目的にはやはり火に弱いのか……?
ところであの背中はなんだ? 身体は甲殻で覆われているのに、背中だけまるで皮があるようだ。
しかも紫色で、妙に見た事がある気がする。まるでゲリョスの皮———
「ギィィィィィッ!!」
火炎弾に苛立ちを覚えたのか、モンスターは狙いをアカリに定める。
しまった、タクヤを助ける為にアカリを一人にしたのが間違いだったか?!
「……っぁ?!」
「ギィィィィィッ!!」
襲い掛かる巨体、その速度もあってアカリは反応する間も無く距離を詰められる。
やはり、早い。この四人だけであのモンスターと戦うには力不足が過ぎる。
———あの一人を除いては。
「させるかぁ!!」
背後からモンスターに近付いたかと思えば、その脚を踏み台に空高く跳ぶサナ。
彼女は自由落下に任せて、太刀を叩き付ける。
「ギェェェッ?!」
「はぁぁぁぁっ!!」
怯んだモンスターに、もう三撃をお見舞いするサナ。
その間にアカリは距離を取ってボウガンに弾を込めた。
「タク! 次はそっち来る!! ボーっとするな!!」
「え!? えぇ?!」
サナの言う通り、体勢を立ち直したモンスターが狙ったのはタクヤだった。
一瞬で詰められた距離から放たれる体当たりで、タクヤは大きく地面を転がった。
「タクヤぁ!!」
くっそ、早い……っ!
反応出来ない。
その次に狙われたのは勿論タクヤのすぐ側に居た自分で。
自分が瞬きをした瞬間にまた広げられたアレが、今ハサミのように閉じようとしていた。
やば……っ!
「シンカイ!」
名前を呼ぶ彼女の声。
同時に押し倒され、自分を押し倒したサナの背中を何かが掠った。
「———ぁ゛っ」
「サナ?!」
「良いから立て止まるなぁ!」
その言葉に、二人で地面を転がる。自分達が元いた場所には、モンスターの武器が深々と突き刺さっていた。
二度も死に掛けた……?
サナが居なかったらもう二度も死んでたのか?
「サナ!」
「私の事は……気にしないで……っ!」
でも、お前……さっき攻撃を受けて———
「タク!」
立ち上がって直ぐに、目標をタクヤに変えたモンスターに向かって行くサナ。
「う、うわぁっ?!」
「しゃが———ぁぁっ!」
自分と同じようにタクヤを押し倒して攻撃から逃れさせるサナの背中に、モンスターの脚が叩き付けられる。
それで地面を転がるサナ。しかし、直ぐに立ち上がってタクヤの前に立ってその太刀を振った。
「あぁぁあああ!!」
「ギィィィィィッ!!」
ダメだ……。
自分達は完璧に翻弄されてる。あのモンスターに。
———違う、サナ以外が付いて行けて無いんだ。
そんな仲間を守る為にサナは、自分を犠牲にしてる。
そんな事が、長く続く訳が無い。
考えろ。
考えろ。
考えろ考えろ。
考えろ考えろ考えろ考えろ……っ!!
それは、考えるというのは、行動するのを放置する事だと———そう気が付いた時には遅かったんだろう。
「ギィィィィィッ」
「———ぇ」
目の前に、ソイツは居た。
振り下ろされる、死神の鎌。
や、辞めろ。
辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ。
死———
「シンカイ……っ!!」
鮮血が、ピンクが、視界を覆った。
急展開が歪めない……(´−ω−`)