「一夏が千冬姉さんと呼んでくれない。どうしよう」
「落ち着いてください、織斑先生」
ああもう、こういうところは可愛いのに。なんでそういうところを男の人相手には確り隠そうとするかなこの人は。まあ無意識だろうし、それで群がられたら個人的にも嫌なのだけれど。
話がいきなり逸れたけど、本日の業務終了後、織斑先生は私を近隣の居酒屋へと誘ってきた。この人は結構な酒豪な上に絡み酒で、しかもその内容が私生活の愚痴という口出し難い内容なのだ。一緒に呑みに行こうという稀有な教師は既にいない。かくいう私もちょっと遠慮したい。翌日に響くから。
……普段は尊敬できるのだけどなあ。
しかも今日の内容はどうやら弟さんである織斑一夏君について。
なんでも、織斑先生がドイツへと教導官として招聘される直前にいざこざがあったらしく、教導を終えて帰ってきてみれば実家はもぬけの殻。既に別居状態になっていたのだという。
もともとブラコンの気があったっぽい織斑先生は、弟の行方は知るものの弟自身からもう一緒には住まない、という旨を聞いてしまい以降そのブラコンっぷりに拍車がかかった。
何しろ織斑君が男性操縦者として発表されたことを知った途端に、学園理事を半ば脅しつけるようにして男性用の生理用施設つまりはトイレやシャワールームなどの増設を敢行させたほどだ。
そちらを優先させてしまったので居住スペースとして男子学生寮を造れなかった、という失態もあるが、それですら計算のような気がする。そう、『部屋がないから私と同室だ。姉弟なのだし大丈夫だろう』とか言っていたかもしれない。
その点ではもう一人現れた適正者の明石崎君に感謝してもいいかも知れない。彼という『織斑先生にとってのイレギュラー』がいなかったら、その予想が実現していたかも知れないのだから。……あのねちっこい視線は生理的に無理だけれども。
「話し方も素っ気無いし、私に対しては熱が篭もってなかった。この世でたった一人の姉だぞ、もっと大事にするべきだろう」
「そんなことありませんよ。きっと織斑君も千冬さんのことは大事に思ってますよ」
「そうかなあ、篠ノ之妹と話しているときのほうがずっと気を使っていたように見えたし。おのれ篠ノ之妹め、姉妹揃って一夏への壁になるのか」
え、あれで気を使ってたんですか? 授業開始前とかちらっと見ましたけど、あれ少なくとも女の子に対する態度とは違いますよ。
あと壁って何ですか。もう酔ってますか。
「大体ちょっと血が繋がってないからといって結婚できるからといってこれ見よがしに母性の塊で誘惑するとか、汚い。流石篠ノ之姉妹汚い。そんなのに惹かれるような軟弱ではないが、一夏も男だ、もし一緒の部屋などというあり得ない展開になっていたら誕生日にアクセサリーをプレゼントするぐらいに陥落していたかも知れないじゃないか。久しぶりに会った幼馴染み同士、ほかの女子よりも一歩分気安いだろうと一夏だって気を許すかも知れないし。そもそもなんで別居する必要があるんだ。そうそう仕事で帰れないことは申し訳ないとは思うがわざわざ別にしなくたって、一人で生活することの大変さぐらい理解しているだろうに。そもそも、」
「長いですよ! 愚痴が長い! あと結婚とか母性の塊とか姉が弟に対して向けるべき感情にそういった台詞回しは確実に必要ありませんよ! あなたどんだけ歪んだ劣情を実の弟に向けようとしているんですか!?」
思わず怒鳴ってしまった。
だってこの人言ってることが確実に間違っているし。
なんか電波っぽいものを受け取っているような気もする。
発信源は何処のラヴコメだろうか。
「ああ、一夏の作ったつまみで飲みたい……」
泣きそうな呟きはさすがにスルーすることにした。
この一夜でガラガラに崩れた織斑先生のイメージを、少しでも整えておきたかったから……。