教室の戸を開ける。
朝、下駄箱に入っていた手紙に指定された時間。放課後。
俺は期待を僅かに込めながら、どうせイタズラだろーというあらかじめしておきたい心構えを抱えながら、夕日に染まった教室内を見回した。
いや、見回すまでも無かったようだ。
「おそいよ」
「お前か」
見知った顔を見、待っていたと暗に言っている彼女に、内心の動揺を隠すように表面上は平然と対応する。
「どういうつもりだ? こんな時間に呼び出したりして」
「質問に、答えて欲しくって」
「質問?」
はて?
彼女はアレほどではなくともそれなりに頭の良い部類のニンゲンだったはずだが?
などと、思考を落ち着かせるために、わざと素っ頓狂な方向へと自らの思考を誘導する。
「お前からの質問に、俺程度の脳みそで答えられるかわからんがな」
「そんなに難しくないわ、アンケートみたいな物よ」
「アンケート、ねぇ」
期待しても、いいよな?
なんせ相手はクラスでも評判の美人だ。
悪友的にはランクはAA、高評価だ。
いや、俺のような凡才的なスペックで吊り合う相手とは思ってないよ?
でもさ、俺もそれなりに思春期なわけだし。
「人はさ、よく、やらずに後悔するよりもやってから後悔したほうがいいって言うじゃない?」
「うん? 何の話だ?」
さっきから質問してばかりだな、俺は。
「上のニンゲンは現場のことを理解してなくってね、わたし達としては手早くモーションを引き起こして欲しいのよ」
「バイトか、何か? それとも例え話的な……?」
「だからね――――」
次の瞬間、
彼女――朝倉涼子は包丁を構えて俺の元へと突撃してきた。
「あなたを殺して――涼宮ハルヒの出方を見る!」
俺にとっては最も聞きたくなかった言葉を口にしながら。
「って、お前もかぁぁぁぁ!」
間一髪で包丁をかわして浅倉のほうを見ると、そいつは怪訝な表情で俺を見ていた。
くそう、こういう状況じゃなかったら普通に可愛いんだけどなあ!
「お前もか、って、どういう意味?」
「涼宮関連だよ! お前で四人目だ! 宇宙人は情報爆発の起点、未来人は謎の次元断層の原因、超能力者に至っては神ときたもんだ! お前はどの勢力だ!? それとも新たな四番目の勢力か!?」
俺の言葉にぱちくりと目を見開いて、
「あなた、それを信じてるの?」
「俺からすりゃあ云われた情報をただ教えてるだけだからな、伝言ゲーム程度にしか思ってねーよ」
「そう。そうね……わたしはあなた風に言うなら宇宙人、かな」
「ってことは長門と同じ勢力か」
「まあね。わたしはその急進派ってところかしら」
随分素直に答えてるが、どうやら冥土の土産って意味合いで教えてるっぽいな。
「くそぅ、てっきり俺にも春が来たと思ったのに」
「期待させたのならごめんね?」
「ああちくしょうかわいいなあ。お前ら宇宙人はなんでそう高スペックなんだよ、これからもちょっと可愛い子がいたら宇宙人かと思っちまいそうじゃねえかよ。うつだしのう。ちょっと首くくってくる」
「ダーメ♪」
落ち込んだ気分で「お邪魔しましたぁ!」と教室を出ようとしたら教室の戸がなくなっていた。
な、なにがおこったのかわからねえがありのままいまおきたことをはなすぜ。
きょうしつをでようとしてしばいまでうったのにそのとびらがなくなっていたんだ。
ちょうのうりょくとかかんたんにいえるちからじゃねえ、もっとおそろしいもののへんりんをあじw「読みずらいんだけれど?」すまん。
「つうかなんだこりゃ!?」
「教室内の物質情報を改ざん♪ 今ここはわたしの管理下にあるわ、逃げることは不可能よ?」
その言葉に続けるように、教室内が砂漠と化した。
「なんだよそのチート能力……」
がっくりと肩を落として四つんばいの姿勢になる。
こんなカンジで→orz
「さて、もうそろそろいいかな?」
「……もうひとついいか? 俺を殺す理由は?」
「あら、言ってなかったかしら? 涼宮ハルヒに情報爆発を引き起こさせるためよ。あなたの死でどんな反応を見せるのか、興味あると思わない?」
「おもわねえよ、あいつに振り回されるのは正直ごめんだ」
これは本心。
「そう。まあいいわ、それじゃあ……死んで♪」
随分楽しそうに言うなあ。
こんな状況なのに、見惚れちまうよ。
でもまあ……
「とっくに終わってるんだけどな」
突撃してきた朝倉を再びかわしながら、そんなことを呟いた。
それに対して首をかしげる朝倉涼子。
「何がかしら? あなたの人生が?」
「いんや。
この世界が、な」
その瞬間、世界は再び教室の姿へと巻き戻る。
驚愕の表情でそれを呆然と見ている朝倉に、俺は言葉を与える。
「気がついてなかったか? 只の一般人であるはずの俺が、お前の攻撃を簡単に避けていられてた理由に」
朝倉は俺のほうを向いた。
訝しげな表情、正体不明なものを見るような目。
長門とは違うな、ちゃんと表情がある。
「気がついてなかったか。お前の情報管理とやらの隙間を縫って、俺の付け加えた情報がこの空間内に浸透していたことに」
お、今度は驚いてる。
自分達と同じような技術を、生粋の地球人であるはずの俺に模倣されたことに驚いてやがるな。
そんな顔も可愛いよな。
「……あなた、何者なの?」
「一応は一般人。ただ、特殊な師匠に師事を受けたことがあってな。その果てに修得した技術を持ってる、『魔術』っていう、な」
「魔術……?」
普通は秘匿情報なんだけど、こいつもそういう存在だし、いいよな。
「世界を騙す技術。お前らの使う情報改ざんを一時的にだが扱える程度のちからだと思え」
「だとしても……ありえないわよ。人間に、こんなこと……」
「正確には、魔術を基にした俺特有の技能だ。名を『存在変換―マテリアル・パズル―』本来あるものに情報を『書き加える』ことによって、存在を換える。そのものに加わってるちからが、強ければ強いほど存在の強度は跳ね上がる。要するにお前のちからを利用したわけだよ、俺自体は強くなくていいんだからな、楽なもんだ」
朝倉は顔を俯かせて、愕然としていた。
ショックだったのだろうな。
「利用……ただの人間が、わたしを、ヒューマノイドインターフェイスであるわたしを?」
「その点の理屈は師匠である『魔女』の教えだ。お前が能力者っつうカテゴリだとしても、どんなに強大だとしても、利用できれば敵じゃねえ。
――魔術師を、人間を、舐めるな」
そこまで言ったところで教室の扉が開いた。
誰だ? と思って振り返ると、宇宙人、長門が現れたところだった。
「遅れた」
「おせーよ」
俯いていた顔を上げ、朝倉が長門を見る。
そして、ふっと微笑う。
「あーあ、まさかこんな手で覆されるとはね」
「朝倉涼子、あなたは……」
「まあね。お察しのとおり、急進派よ」
「なあ、その辺りよくわからねえんだが、一枚岩じゃねえのか? おまえら?」
思わず声をかけたことに、後悔はして無い。
「そ、派閥がないと単なる独裁だからね。それじゃあおかしなところがあっても変更するための仕様が出来ない。……でもまあ、関係ないわね、わたしにはもう」
「? どういう意味だ?」
「処分されるってだけよ、あなたに会うことももうないでしょうね」
「は?」
言われて、長門を見やる。
「そう。この件はあなたの暴走という形で、あなたという個体を処理する。情報統合思念体にも許可は取ってある」
「まてまてまて、何はともかく、だ。こいつがやったことは間違っちゃいるが、情報爆発とやらはお前らの求めている物の一つでもあるんだろ? だったら温情くらい……」
「あきれた……殺されそうになっていたのに、そんなことを言うなんて。よっぽどのお人好しよね、キョン君って」
「お人好しで悪いかよ、許可あるってことはここで消す気だろうが。目の前で消されるのが気に食わねえだけだよ、言わせんなチクショウ」
だが長門は構わずに朝倉に手を伸ばし、
「だから待てって……」
「それじゃあねキョン君。あなたのこと、嫌いじゃなかったわよ?」
朝倉の身体が、足元から消失して行く。
「待てって言ってんだろうがぁ!」
「ひゃあう!?」
そっちがその気ならこっちも構わねえ。
俺は朝倉の両胸を鷲掴みにした。
殴られた。
「何するのよいきなり!」
「いきなりじゃなかったらよかったのか!? だったらもう一回! 意外と弾力があって気持ちよかった!」
「そういう問題じゃないわよ! 今はシリアスなシーンでしょ!? なんでいきなりセクハラしてるのよ!?」
「必要だったからだ!」
「どういう意味でよ!? ……って、あれ?」
気がついたようだな、そう、まだ消えていないことに。
それどころか、
「な、長門さん? 身体の構築が戻ってるんだけれど、いいの?」
「……………………構わない。あなたの処置は既に為されたから」
妙に返答に間があったなおい。
その無言の間、長門が朝倉の胸を凝視していたのは気がついちゃいけないことだと思う。思いたい。
「処置されたって……でも、消えてないし」
「ああ、それ俺が手を加えたからじゃねえか?」
「へぇっ?」
本日何度目かの朝倉さんの驚愕の表情。
やっぱりかわいいなあ。
もう一回いや、二・三十回ぐらい、胸揉んじゃだめかな。
……やめとこう、長門の視線が心なしか鋭くなった気がしたし。
気を取り直して、
「さっき胸揉んだ瞬間にマテリアルパズルで情報を書き加えたんだよ、お前らの親元からの断絶って意味のな。でもってここに送られてくる以上は、身体は普通の人間なんだろ? ちょいオーバースペック気味だけど」
「なるほど。それなら存在できる。思念体からの申請という情報負荷がなければ、朝倉涼子は只の人間になるだけ」
「そ、それっていいの? わたしが言うのもなんだけど、わたしはキョン君を……」
「いいんじゃねえの? 俺としてはその程度のことでいちいち怒る気はねえよ」
師匠のほうが、何十倍か怖いときがあったしな。
それに比べたら朝倉程度、せいぜい野良猫に引っ掻かれたくらいにしか感じねえ。
「私からの処置権限は今のところ既にない。よってこの件は放置が適切」
「意外と適当だよな、お前も」
「で、でも……」
「あーもう、つうか勝手に消えようとするなよ。いいんだよ、こういうのは、わがまま言ったってさ」
「わがままの度を過ぎてるような気がするわ……」
呆れたように言うがさ、
「つうかクラス委員だろうが、それこそお前に勝手に消える権利はねえよ。ようやくまとまってきたクラスだし、何より、涼宮だ。アレの相手を俺一人に任せるつもりか!? 俺はいやだぞ! あんな暴走女王のわがままに振り回されるの!」
「ひ、ひどい言い草ね。好きなんじゃないの?」
「なんでそんな話になってるんだよ!? 俺はあいつに微塵も好意的な意味合いでの興味はねえよ!? だったら朝倉のほうがずっと好きだよ!」
「ふぇっ!?」
おおっと、告白染みたこと言っちまったよ。
でもまあいいや、赤くなった朝倉可愛いし。
「それより聞いておきたいことがある」
「ん?」
「あなたの能力の条件について」
「ああ。手で触れていればいいだけ」
「では、何故胸を揉む必要が?」
「個人的趣味だ」
「………………」
殴られた。
長門に。
マウントで。
何度も。
その後、「www~」と入ってきた悪友・谷口に俺の撲殺現場を目撃され、それを止めようとした谷口も長門に殴り飛ばされ。
意識を失いかけた最期の方で朝倉がようやく復帰して止めてもらい、俺は一命を取り留めたのは笑い話であって欲しかった。
翌日、俺は普通に登校できたが、谷口は全治に三週間かかると聞いた。