アインズウールゴウンその人の提案により、ナザリックに属する全NPC及びシモベに課せられた「休日」制度。
守護者の裁量で各階層毎に独自のローテーションが組まれ、それに基づき警備も交替で行われることになった。
一時はナザリック全体を揺るがせにした新制度も、大小種々の混乱や様々に飛び交った憶測はやがて収束し、
「そういうもの」と受け容れられ始めたかに見えたのだが・・・

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休日の過ごし方

これでもう何度目かの「休日」。

今度は何をして過ごそうか・・・過ごしたらいいのか。そう考えると暗澹たる気持ちになる。

他の雪女郎達も気持ちは同じようで、お互いに顔を見合わせ嘆息してしまう。

 

今日は、私達の「休日」。

6人揃ってのシフトは、恐らくコキュートス様の気遣いだろう。

 

普段はコキュートス様のお住まいである大白球(スノーボールアース)の警護を任されている私達――雪女郎(フロスト・ヴァージン)×6。

大白球の周囲を取り囲むように配置された水晶内部で待機。侵入者があれば全力でこれを排除するのがその役目。

責任は重くそれ故に簡単な仕事ではないが、やるべき事が明確という意味で難しくはない。

 

しかし、この「休日」というのは未だに勝手が分からない。

好きなことをしていいとは?息抜きとは?・・・分からない。

同僚に相談してみるも要領を得ない。というか、誰もが持て余し気味なのが伝わってくる。

皆、それぞれに苦労しているようだ。

 

一度、ニューロニスト様の部下の方の案内で、同階層内にある氷結牢獄に見学に行ったことがある。

氷山や樹氷林など白一色の第五階層内にあって、一際異彩を放つメルヘンチックな佇まいの建物。

使用目的はともかく、同階層内では数少ない彩り豊かな洋風建築物の一つには違いなく、

内装なども目に楽しくそれなりに興味深いものだったが、鋏を持った女性に追い回され、悲鳴を上げて命からがら逃げ出したイヤな記憶が蘇る。

あとでちょっとした悪戯のつもりだったと(笑いながら)謝られたが、ドッキリにも限度がある。以来、二度と行っていない。

 

そもそもニューロニスト様を始め、めいめいが仕事に励む中、それをただ眺め歩くというのも些か気が引ける。

特に不可視化を看破する能力を持つ為、姿を隠し潜むモンスター達の姿も見えてしまうから尚更だ。

他意はないと分かっていても、こちらに向けられる視線が気になって落ち着かない。

 

虫系のモンスターである同僚達の中には、第六階層の森林散策を楽しんでる者もいると聞くが、

そんな理由もあって他の階層に出入りするのも気が咎められたのだ。

 

かといって、第五階層内は基本的に何処までも続く一面の雪の原。

見慣れた景色であり、そこに特別な感傷が湧くことはない。

 

手持ち無沙汰の余り、雪達磨を作ったり雪玉をぶつけ合ったり、かまくらを掘ってみたり、

童心に帰って雪遊びに興じてみたこともあったが、我に返った時のあの名状し難い感情たるや・・・いい年した女がすることではなかった。

何より周辺に配置された同僚達の見て見ぬ振りをしてくれる心遣いが辛かった。

 

なるほど、一秒でも早く解放されて仕事に戻りたい!と本心から請わせるには覿面な制度である。

最早この「休日」自体がいっそ苦痛な何かにしか感じられず、無かったことにして貰えないものか。

不敬は承知で、恐る恐るコキュートス様に直談判してみたところ、

であるならばと勧められたのが第九階層のスパ・リゾート・ナザリックである。

 

男女合わせて九種十七浴槽から成る大浴場施設。つまりはお風呂だ。

 

雪女郎である私達にお風呂を勧めるなど、遠回しに死んでこいという意味かと狼狽したが、

聞けば水風呂もあり、特に「氷を抱いて入ると最高に気持ちいい」とのこと。少し心が動く。

他にも様々な施設があるから一度行ってみるといい。

そう言って下さったのだが・・・・・・

 

本来、第九階層以降はシモベの立ち入りが禁止されていた聖域。

アインズ・ウール・ゴウンその人の命によりシモベの出入りも許可されるようにはなったが、

それはあくまで緊急時ゆえの限定的な措置と思われ、何より警備上の話である。

 

任務であるならともかく「休日」の、謂わば私用の目的で安易に立ち入ってよい場所なのだろうか。

しかし誰かに見咎められた際は自分の名前を出せばいいと、そこまで言われてこれ以上固辞するのも失礼に当たる。

かえって話をややこしくしてしまったかもしれないが後悔先立たず。ただ、ホンの少しだけ興味もあった。

水風呂もさることながら、音に聞く第九階層とは如何なる場所なのか。

 

コキュートス様に伴われ、第十階層は玉座の間に列席した同僚達が口々に興奮気味に話して聞かせてくれたのを思い出す。

 

そこは正に神の領域と呼ぶに相応しい荘厳な空間であったと。

 

高い天井にはシャンデリアが煌き、両壁にはかつての至高の御方が御威光を示す巨大な旗が垂れ下がり、

階層守護者を筆頭に各階層に属する様々な強者達、そして居並ぶ彼らを睥睨する最奥の玉座に座するは、やんごとなき御方。

 

ナザリック地下大墳墓の最高支配者であり、この地に残られた最後の至高の存在アインズ・ウール・ゴウン。

 

その姿は死の顕現であり、この世の叡智の結集であり、超越者にして絶対の王。

未だ御姿を拝顔することすら適わぬ下賎な身ではあるが、

話を聞くだけでも畏れの余り全身が打ち震えるほどの緊張に苛まれてしまう。

同時に、そんな御方に間接的にとはいえお仕えできる栄誉に預かる悦びに。

 

そんな圧倒的にして至高の王を頂く神域たる第十階層に対し、

第九階層は様々な施設が混在したナザリック地下大墳墓内でも独特な階層であると聞く。

 

至高の四十一人と、その身辺の雑務を担うNPC達、使用人の方々の住居はもとより、

件の大浴場をはじめ、食堂、美容院、衣服や雑貨を扱う店舗から、エステ、ネイルサロン、

果ては居酒屋やショットバーにいたる種々の娯楽施設が軒を連ねているという。

 

各階層にも日常生活に不足のない程度の設備は用意されているが、あくまでも必要最低限のもの。

娯楽施設など望むべくもない第五階層に常駐する彼女達にとって、それらは想像することさえ難しい。

逡巡が八割、そして残り二割の好奇心に押され、彼女達6人は身を寄せ合いながら転移門へ足を踏み出した。

 

むせ返るような濃密な緑の芳香に包まれた世界を抜け、

叩き付けてくる灼熱の熱気を必死で堪え、

途中一瞬だけ、下が赤で上が白の服を着た女性を幻視し、

やがて未知なる聖域、ナザリック地下大墳墓第九階層へと到達したのだった。

 

 

「すごい・・・・・・」

 

 

何の捻りもない感嘆が、彼女達の艶やかな唇から漏れる。

まるで同じ墳墓内とは思えない、異世界にでも転移した錯覚を覚えるほどの光景がそこには広がっていた。

 

床に、壁に、天井に、様々に楽しげな趣向を凝らした意匠が施され、それらが目を引き付けて止まない。

傍らに設置された目まぐるしく切り替わるモニターには、「本日のニュース」やら「明日の天気」といった単語が乱れ飛び、

此方の画面では愛くるしいキャラクターが所狭しと動き回り、彼方では人間の男女が何やら遣り取りをしている様子が流されている。

待ち合いスペースには革張りの重厚なソファーが置かれ、ピカピカに磨かれた卓上には、雑誌や新聞などの他に菓子類なども用意されていた。

敷き広げられた柔らかな絨毯にはゴミ一つなく、そこかしこに飾られた花瓶には色とりどりの花が添えられ・・・

 

(来る所を間違えた)

 

色彩の乱舞にクラクラと目眩がする。既に脳内の処理能力は限界を突破。何をしに来たのかすら頭から飛んでいた。

 

そんな、全身でおのぼりさんを体現した態で茫然自失のまま立ち尽くす彼女達を、訝しげに見つめる女性がいる。

煌びやかな空間にあって調度品も控えめなものばかりで、そこだけは落ち着いた雰囲気の、

どちらかというと地味な印象の空間――フロントに控える受付の女性が、

凍り付いたように動かない彼女達を見かねて朗らかに挨拶をかわしてきた。

 

「ようこそ、ナザリック第九階層へ。本日はどういった御用向きですか?」

 

しかし返答はない。

かけられた声は耳に入っても、言葉の意味を脳が拾えていない。そんな状態だった。

大方の事情を察したらしい女性が、受付から出て彼女達の下までやって来る。

 

「あの・・・どうかなさいましたか?」

 

ボブカットの形に切り揃えられた髪を揺らし、可愛らしく小首を傾げながら心配げに覗き込んでくる受付嬢の声を受け、

ようやく精神的衝撃から立ち直ったらしい雪女郎の一人が、慌てて居住まいを正し向き直る。

 

「お、お恥ずかしいところをお見せして申し訳ございません!」

「いいえ、お気になさらず。それで本日は何をしにこちらへ?差し支えなければご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

緊張した心まで解きほぐしてくれるような柔らかな、

それでいてハッキリと耳通りの良い声で受付嬢が問いかけてくる。

 

ここは第九階層エントランスホール。

住居区画を除く、各施設を利用する際には必ず通過する場所であり、

施設内の様々なサービスやイベント情報等の案内を提供してくれる場所なのだそう。

 

しどろもどろながらに自分達の目的を伝えると、

受付嬢は「畏まりました」とパンフレットと一緒に大浴場までの道順と、ついでに関連施設の本日のサービスなども懇切丁寧に教えてくれる。

魔法の詠唱も斯くやという淀みない説明に感心しつつ、一言とて聞き逃すまいと必死に耳を傾けていたものの、

女性の呼気に合わせて微かに浮かんでは消える白い吐息に(可愛いなぁ)などとつい見入ってしまい、半分くらい聞き逃してしまう。

 

明らかな生返事に不安を感じたのか、

受付嬢はパンフレットに細々と書き込みまでしてくれた。

 

「本当は私が直接ご案内して差し上げられたら良かったのですが、さすがにここを空けるわけにはいかないので」

 

まだ緊張していると思われたのだろう。申し訳ありませんと謝罪までされ、さすがに心苦しい。

自分達の「休日」の為に要らぬ迷惑をかけてしまう情けなさに消えてしまいたくなる。

 

「そのようなことは気になさらず、目いっぱいお楽しみになって下さい。それに「休日」もアインズ様が私達にお与えになられた大切な使命。

 そして皆様が「休日」を心行くまで堪能されるようお手伝いさせて頂くのが私の務めですから」

 

行ってらっしゃいませ。

そう笑顔で送り出され、先ほどまで意気消沈気味だった気持ちもいつの間にか明るく前向きなものになっていた。

恐らくは一般メイドの方だったのだろう。なるほどプロフェッショナルとは斯くあるべしと感心することしきり。

自分たちよりも年若く見えたが、あの堂々たる仕事振りはベテランのそれ。

 

(・・・・・・惚れてまうわ)

 

ここに来て初めて心が安らいだ気がする。もうこのまま帰ってもいいかなぁとふと思ってしまったが、ここまでしてもらってそれはさすがに申し訳ない。

 

それにしてもこれでまだ入り口とは。

ダンジョン攻略であったら、一旦安全地帯にて大幅な対策の練り直しに迫られているところだろう。あるいは退却かの二択だ。

 

気を取り直し、パンフレットに整った字で記された道順に沿って歩を進める。

寄り道をする余裕は既にない。とにかく目的の大浴場まで一直線。

出来れば他のNPCの方に遭遇しないことを胸中祈りながら、しかし道すがら視界に入ってくる光景は魅力的で、ついつい足が止まってしまう。

初めて目にするものが多く、それぞれの施設が具体的に何をするところなのかパンフレットの説明書きだけでは分からなかったが、

それでも玩具箱を引っくり返したようなその光景は、彼女達の好奇心を大いにくすぐった。

 

天井は時間によって刻一刻と景色が切り替わり、まるで外にいるような錯覚を覚える。

所によっては意図的に照明が落とされ夜の帳を思わせる演出がされているゾーンもあり、昼夜が目まぐるしく入れ替わる非日常感。

天使や女神を象った碑、噴水、紅白の縦じまを着た太鼓を打つメガネの人形、動く巨大蟹、用を足す少年像、足元の小さな鳥居等々、

洋の東西の別無く、様々な国や地域の文化を髣髴とさせる看板やオブジェが渾然一体となって織り成すイルミネーション。

 

世界中の観光地を一箇所に集めたような、そんな中をパンフレットと照らし合わせつつ、

あれは映画館、あれはゲーム?センターっていうのね。・・・ぷらねたりうむ?こっちはトイレ・・・何だ厠かなどなど、

さながら修学旅行中の女学生よろしく盛り上がる雪女郎達。

 

「屋台村?食事をする場所もあるのね」

「見て、アイスクリーム屋さんだって!」

「あれってメニュー?一体何種類あるの?」

「「・・・・・・チョコレート・・・・・・粒コーン?」」

「ナザリックなんて名前のものまで・・・どんな味がするのでしょう?」

 

当初の緊張は何処へやら。

すっかり第九階層の雰囲気に和んだ6人は、未知の光景を心から楽しんでいた。

 

 

 

第九階層の長い廊下を一陣の冷気が吹き抜けていく。

尋常ならざる気配に、男性使用人に抱えられ歩いていた執事助手エクレア・エクレール・エイクレアーがそちらに目をやれば、

冷気の発生源と思しき見慣れないシモベ達 ――全部で6人―― が、こちらへ向かって歩いてくるのが見えた。

白ずくめの衣服に身を包み、青白い肌に黒髪という出で立ち。そして全員が桶のようなものを小脇に抱えている。

 

(たしか雪女郎(フロスト・ヴァージン)――だったかな?)

 

第五階層守護者コキュートスの住居を護衛する親衛隊の如き者達と記憶している。

 

ナザリック地下大墳墓執事助手という地位にある彼。

立ち入りが禁じられている第八階層を除き、

職務上、NPCはもとよりシモベに至る全ての名前を把握するよう努めているが、面識のない者も多くいる。

特に、一部の例外を除き、最近まで第九・第十階層に配置されることはなかったシモベ達などは、

これまでそれぞれの階層から出てくる事自体が稀であった為、直接関わる機会がそもそも無かった為だ。

 

これらを全て把握しているのは大墳墓の支配者であるアインズ・ウール・ゴウンを除けば、守護者統括のアルベドくらいだろう。

 

大方の予想はつくものの、とりあえず声をかけておくかと近付いていく。

そんなエクレアの存在に気が付いたのか、おもむろに服従の姿勢をとる雪女郎達。

 

たかだかバードマン1レベルであるエクレアに対し、80レベルをゆうに越える雪女郎が跪く。

一見して奇妙な構図ではあるが、ナザリックに属する者であれば、それはごく当たり前の行動に過ぎない。

至高の四十一人の手によって直接創造されたNPCと、ユグドラシルのシステムによって生み出されたシモベの間には、

レベル差以上に、明確な上下関係が存在するからだ。エクレアも、雪女郎達も、それに対し一切の疑問は抱かない。

 

そんなシモベ達が聖域である第九・第十階層に出入りする事を、内心では快く思わないNPCは少なくない。

しかし、自らの主人がそのように定められたのであれば、その命令に従うことこそがNPC達の務めであり、

それはエクレアだって同じだ。だからこそ余り威圧的にならないように声をかける。

 

「そのように畏まる必要はありませんよ」

 

跪くとはいっても、片膝立ちではなく三つ指を着き平伏する様はなかなかに新鮮だ。

 

「本日は、皆さん御揃いでどちらへ?」

「はい。実は、私共の主人でありますコキュートス様より「休日」を言いつけられまして」

 

平伏の姿勢のまま雪女郎の一人が応える。

 

(やっぱりな)

 

――「休日」。

それはナザリック最高支配者アインズ・ウール・ゴウンその人の鶴の一声により定められた新たな制度であった。

 

かつてのようにゲーム上であれば、アイテムを用いることで問題なく解消できた疲労というバッドステータスの類を、

現実の世界にあってもゲーム同様単なる数値の上下だけで判断していいものなのか。

目に見えない部分で蓄積され、どこかで致命的な齟齬を生じる可能性は否定できない。

それを危惧して「休日」を取ることで精神のリフレッシュを図れるよう、

そんなブラック企業勤めの苦労を知る元サラリーマンならではの視点からの提案だったのだが。

 

NPCも、シモベ達も、与えられた命令にのみ実直に従い、盲従してきた者達だ。

いきなり「何もしないでいい日」といわれて、即座に順応できる者など皆無であったのだ。

どうすれば良いか分からず直属の上司に相談した結果、とりあえず「第九階層の○○」を勧められるパターンが続出。

 

こんな具合にシモベ達と遭遇するのは、故に一度や二度ではなかったのだ。

 

(なるほど、それで桶ということか)

 

桶の中には着替えや手拭いなどが収められているのが見える。

彼とて、それが何を意味をするのか改めて問うほど無粋ではない。

ならば彼女達の目的は明白であるし、殊更に追求するのも失礼だろう。それに・・・

 

(いつか私がナザリックを支配する際に、手駒は出来る限り多い方が良い。ここは好印象を与えておくべき)

 

そんな紳士的な判断の下、エクレアは一点だけ指摘するに留めることにした。

 

「なるほど、貴女方の事情は分かりました。呼び止めてしまって申し訳なかったですね。ただ、一つだけ――」

 

エクレアは指を立てるような仕草で続ける。

もちろんバードマンであり、見た目ペンギンそのものである彼に指などないのだが。

 

「その冷気のオーラはカットして頂けると助かります。私はともかく、耐性を持たないメイド達などもおりますので」

 

ペンギンである彼は冷気に対してはある程度の耐性を有している。

しかし背後に控える男性使用人は別なようで、やや身を固くしているのが伝わってくる。

あからさまに凍えてみせない辺りは彼なりの矜持だろうか。

 

「あっ、これは失礼致しました!!」

 

すぐに辺りを包んでいた身を切るような冷気が掻き消え、いつもの室温が戻ってくる。

同時に男性使用人の身体が僅かに弛緩するのが感じられる。

 

「申し訳ございません!!!!!!」

 

頭を打ち付けんばかりの勢いで謝罪の意を示す雪女郎達。

 

(Oh, This is 土下座)

 

などと感心しつつ、

「構いませんとも。貴女方の普段の務めを考えれば、常の備え、身に染み付いた習慣というのは生半には抜けないものでしょう。

今後気を付けて下されば結構ですとも。それでは、私達はこれで」

 

ウインクを一つ残し、その場を後にするエクレア。

エクレアと男性使用人の気配が遠ざかったところで、

額を床に擦り付けんばかりに平伏していた雪女郎達は頭を上げ、安堵の表情で互いの顔を見合わせる。

 

「失態だったわ・・・普段はまるで意識する必要がなかったから」

「入り口からずっと冷気を垂れ流しっぱなしだったいうことよね」

「多分、第七階層を通過する時じゃない?道理で過ごし易い室温だと思ってたよ・・・」

「「・・・・・・最悪・・・・・・最悪」」

「本当、気を付けましょうね」

 

「それはそうと、先ほどの方・・・エクレア様?」

「たしか、執事助手と仰ってたわ」

「とても紳士的な方だったね!」

「そうね、私達の失態にも責める様な素振りは一切お見せにならなかった。それどころか私達の職務に理解を示して下さる寛容さ。

 上に立つ方というのは立派なのね。きっと多くの使用人の方にも慕われているに違いないわ」

「「・・・・・・後ろの方も寡黙で・・・・・・素敵だった」」

「受付の方にも、帰りにきちんと謝っておかないといけませんね」

 

はぁ・・・と溜息を零しつつ立ち上がり、これ以上の瑕疵がないか互いに厳重にチェックを済ますと、

改めて大浴場へと急ぐのだった。

 

 

 

女湯と書かれた暖簾を潜ると、ガランとした脱衣場には彼女達だけ。

どうやら今の時間、他に利用者はいないようだ。

 

他のNPCやシモベ同士、裸で交流を深めるのも悪くないが、先ほどの失態もある。

そもそもここは浴場。温まりに来る場所で、自分たちのような存在が歓迎されるとは思えない。

気を使わせてしまっても申し訳ないと危惧していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 

扇風機が静かに回転する脱衣場は、着替えを入れておく為のロッカーが並び、

洗面所には櫛や歯ブラシの他、ドライヤーや化粧水、保湿ローション等が常備されており、

傍らにはマッサージチェアや体重計まで置かれている。

 

飲料水と一緒に、瓶入りのイチゴミルクやコーヒー牛乳等の入った自販機まで設置されている。

自販機の態をとってはいるが、もちろんこれらも無料で利用可能だ。

 

あれこれ試してみたい気持ちはあるが、先ずは入浴を済ませてからだろう。

 

 

「さぁ、今のうちに済ませてしまいましょう」

 

 

一斉に、スルスルと、雪女郎達の立てる衣擦れの音が脱衣所に響く。

 

長羽織を脱ぎ、帯を解く。

 

はらりと袷がはだけ、乳の端が覗く。

 

豊かな双丘から下腹部へと至るなだらかな稜線をなぞるように上着が滑り落ち、

すらりとした、しかし肉付きのいい肢体が露わになる。

 

両肩にかかった長い髪を結い上げ後ろで括る。

 

細っそりとした艶っぽいうなじは、ぼんやりと妖しい光が幻視されるよう。

 

いや、実際彼女達の全身は仄かな輝きを纏っているのだ。

 

冷気のオーラをまとわずとも彼女達の体温は極端に低く、外気との温度差で僅かに結露が生じる為だ。

 

絹のような質感を思わせるキメ細やかな肌の上に生じた結露が脱衣所の照明を反射して煌き、

それらが彼女達の動きにあわせキラキラと粉状に舞い散る様は、えもいわれぬ官能的な美しさを湛えている。

 

「良いではないか~」

「「・・・・・・あーれー」」

「やめなさい」

「でも、こうして皆でお風呂に入るなんて初めてじゃない?」

「そうだったかしら?」

「いつも拭いて済ませるだけですものね。汚れが付く事も滅多にありませんし」

 

極度の低温下にある第五階層は、所謂雑菌の類とは無縁の世界である。

もとより氷系モンスターである彼女達には汚れや臭いといった現象は起こりにくく、

入浴や身体を洗う習慣自体をそもそも必要としない。

 

これは彼女達や第五階層が特別そうだというわけではもちろんなく、

ナザリックにおいて所謂日常習慣の多くはアイテムによって賄われる場合がほとんどであり、

そうすることで収入と支出の絶妙なバランスを保ち、全体の維持コストを抑えている為だ。

 

故に第九階層に代表される種々の施設の利用は、あくまでも余暇的な意味合いが強い。

だからこそ「休日」にはうってつけでもあるのだが。

 

 

脱いだ服を丁寧に畳み、ロッカーに収める。

 

 

「そういえば、コキュートス様から入浴する際いくつか注意するよう言われていたわね」

「「・・・・・・たしか<場内で走らない>・<浴槽に浸かる前に身体を洗う>・<浴槽内で泳がない>・・・・・・あと何だっけ?」

「<ジャングル風呂には近付くな>とも仰っていたわ」

「それ、二度ほど念押しされていたわよね。何かあるのかしら?」

「まぁまぁ、百聞は一見にしかず!とりあえず行けば分かるさ!」

「いや、だから走っちゃダメだって」

 

 

一歩足を踏み入れれば、そこにもまた別世界。

第九階層の入り口から既に驚きの連続であったが、もう何もかもが凄過ぎてよく分からない。

 

たしか浴槽の種類は全部で9種。

ジャングル風呂に古代ローマ風呂、ゆず湯、炭酸風呂、ジェットバス、電気風呂、水風呂、チェレンコフ?風呂、そして露天風呂というラインナップ。

他にサウナや岩盤浴にリラクゼーションルームもあるらしい。

 

先ず一番目を引くのはやはり「チェレンコフ湯」だろうか。

煌々と青い光を湛えた浴槽は美しく、思わず感嘆の声が漏れてしまう。

これが水風呂だったら素敵なのに。

 

そして「ジャングル風呂」。

シンプルなタイル地の空間に鬱蒼と生い茂る場違いな緑が、遠目にも一際独特の存在感を放っている。

たしか、アマゾン河なるものをモチーフに作られたとパンフレットに書かれていたことを思い出す。

 

(こういう見通しの悪い場所を進むのは骨が折れそうだなぁ・・・)

ついつい茂みや草陰に潜む何者かを警戒してしまうのは、不可視看破の能力持ちの性だろうか。

さすがに風呂の中にまで、シモベが配置されているなんてことはなさそうだが――

 

――などとおっかなびっくり覗き見ていたのが悪かったのだろう、

不意に視界に飛び込んできたライオンの姿に、思わず身構えてしまう。

余りの精巧さに本物かと勘違いしたが、その口からはドバドバとお湯が流れ出している。

どうやらただの給湯口のようだ。

 

心臓に悪い。

楽しいものなら大歓迎だが、こういうギミックは本当に勘弁願いたい。

 

それにしてもよく出来ている。

人工物とは思えないリアルな作りに感心しつつ、その時ふとライオン像と目が合ったような、そんな気がした。

気のせいだろうが何となくいやなものを感じ、そそくさとその場を後にする。

 

「ビリッてきたぁ!!」

「ちょっと、何してるのよ」

「「・・・・・・シュワッてする」」

「止めなさいってば」

 

道々、様々に趣向を凝らせた風呂に後ろ髪を引かれるものの、どこも総じて熱い。

当たり前だが、普通の風呂は彼女達にはやはりハードルが高く感じられた。

 

まともに入れそうなのは水風呂くらいしかないのが恨めしい。

ゆず湯などはとても惹かれるものがあるが。

そういえば、受付嬢から露天風呂は男女混浴だと説明を受けたのを思い出す。いずれにしても今回はスルーだ。

 

「どうやらここね」

 

ようやく目的の水風呂に到達した。

外観は、特筆すべきこともない極々一般的な風呂のそれ。

とはいえ、先のジャングル風呂ほどではないが、6人が一度に入っても窮屈でない十分な広さはあるように見える。

周囲のそれとは明らかに異質な、湯気の一切立たない冷たい水が浴槽いっぱいに張られ、なみなみと揺れている。

 

外と比べると若干温度が高い浴場内、ここまでただ歩いて来るだけでもすっかり汗だくになってしまっている。

抗い難い水の誘惑に、このまま頭から飛び込んでしまいたい衝動に駆られるが、主人の言を思い出し留まる。

 

「えっと、先に身体を洗ってから・・・だったわね」

 

焦る気持ちを抑えつつ、それぞれ洗い場に座ると数度かけ水をし、手拭いに石鹸をつけ身体を洗う。

 

腕から始まり、首からうなじ、そして耳の裏側と丁寧に擦っていく。

 

普段の、着物を半脱ぎの状態で拭くのと違い、全裸だとダイナミックに洗えて気持ちがいい。

ふと、誰かが隣に座る気配。

 

「ふんふんふ~ん♪」

「何?」

「背中でも流してあげよっかな~って」

「そう?ならお願いしようかしら?」

「じゃ、後ろ向いて~」

 

ひんやりとした二つの柔らかい感触がひたと押し付けられ、そのままヌルンヌルンと上下する。

 

 

「・・・・・・」

 

 

上下する度、はッはッと弾む息がかかる距離がとても近い。

 

「どう、お客さん?気持ちいい?」

「・・・普通に洗ってくれないかしら?」

「てへ☆」

 

周囲を見れば、それぞれに二人組で和気藹々と身体を洗い合っている。無論、普通に。

思えば、こんなことも今までに経験しなかったことだ。

 

「ありがと、今度は私が洗ってあげるわ」

「よろしくー!」

「下は自分で洗えるわね?」

「この際、お願いしちゃおっかな?」

「調子に乗らないの」

「てへへ☆」

 

身体を清め終わると、いよいよ湯船 ―水風呂だが― に向かう。

 

片足ずつ、爪先から徐々に身を沈め、そのまま肩まで浸かる。

 

待ちわびた瞬間。

火照った身体を包み込むように凍み入ってくる水の冷たさがとても心地良い。

溜まった疲れやここに至るまでの緊張も、何もかも抜け落ちていくようだ。

 

「はぁ~~~~~~」×6

 

申し合わせたように同時について出た溜息に、思わず全員で顔を見合わせ笑ってしまう。

 

「もう少し広いと良かったけど、でも仕方ないかしら?」

「そもそもメインで浸かるところじゃないしね、水風呂って」

「そうね、そう考えたら全員で入っても余裕があるなんて十分広いと思うわ。足だって伸ばせるし」

「「・・・・・・はふぅ~」」

「気持ちいいねぇ~」

 

一人が、おもむろに氷の塊を作り出し、それを寄越す。

水面を滑るように走る氷塊を抱き止めると、ひんやりとした感触が肌に吸い付く。

 

「あ~、いいわ。コレいい」

「コキュートス様お勧めの氷枕だよ!」

 

言いながらもう一つ氷塊を生成すると、気持ち良さ気に頬擦りをする。

 

カランカランと音がする方を見れば、

大量の氷の粒を周囲に浮かせ、互いの身体に擦り付け弄んだり、

散らせた水飛沫を凍らせ、粉状にしてパラパラと降らせてみたり、

薄い氷の板を作り、団扇代わりに扇いだり―

 

めいめい、思い思いに水風呂を堪能していた。

 

「このままずっとこうしていたいくらいだわ」

「本当ですね、第五階層にもこういう場所があったらいいのに」

「それって、仕事に身が入らなくなっちゃうかもよー?」

「当然、分別はきちんとつけるつもりですよ?むしろその為に普段の勤めにも一層身が入るんじゃないでしょうか?」

「安上がりねぇ・・・」

 

普段では決して出来ないような話で盛り上がる。

こんなに色んな話をしたのは初めてではなかろうか。

第五階層守護者にして、自らの直属の上司の身辺を警護する親衛隊として、互いによく見知った同士。

そう思っていた。いや、その程度の認識だった、というべきか。

 

今こうして、改めてこの気の置けない仲間達の知らなかった側面を垣間見るにつけ、

どれだけ狭い感覚で仲間を、そして世界を判断していたのだろうかと思い知らされる。

 

「「休日」か・・・」

 

「どうかした?」

「ちょっとね、今日のこと少し思い出してただけ」

「早くも回想モード?」

「茶化さないでよ。・・・・・・改めてさ、ここが私達の守る場所なんだなって」

 

そう、ここがナザリック地下大墳墓。私達が守るべき場所。

様々な種族が共に暮らし、それぞれに務めを果たし、そしてこの墳墓全体を支えている。

あの受付嬢も、エクレア様も。同僚達だってそうだ。

不敬な考え方かもしれないけれど、そこにNPCとシモベの別などないのだ。

 

無論、自分たちに与えられた役目を考えれば、そんな"感情"は必要のないものかもしれない。

 

求められているのはあくまでも盾としてのそれ。

侵入者を排除し、あるいは可能な限り戦力を削ぎ、時間を稼ぐ。

その為にこの身を犠牲にすることに何ら躊躇いは無いし、疑問も持たない。

他の雪女郎達とて同じだろう。

 

それでも、これまではただ漠然と、そういうものだと認識していた諸々が、

こうしてナザリック地下大墳墓という場所の一端に触れる機会を経たことで、より強く実感できる。

自分たちがこのナザリック地下大墳墓の一員であることを。

 

愛すべき仲間達。

この仲間達と共にあれば、仲間達の為であれば、

自分はきっとどんな強大な相手にだって臆することなく立ち向かえる。

 

そんなことを考えた時、心の奥底から暖かいものと同時に、

沸々と熱い感情がこみ上げて来るのを感じた。

 

「・・・そうだね」

 

ここにいる全員がそれぞれに肌身で感じているに違いない。

今この瞬間という、かけがえのない貴重な一時がもたらしてくれた未来への決意を。

 

 

 

 

 

楽しい時間は、しかし過ぎるのも早いもの。

 

「さて、名残惜しいけれど・・・そろそろあがりましょうか」

「そうね、あんまり長居し過ぎるのも気が引けるものね」

「十分涼みましたしね」

 

「ねぇねぇ、折角だから一回だけ他のお風呂にも入ってみない?ジャングル風呂とか!」

 

「「・・・・・・え」」

「ダメよ、コキュートス様からあそこには絶対行かないようにと言われてるじゃない?」

「2回ほど念押しされていたものね。きっと何かあるのよ」

「また余計なことして使用人の方々にご迷惑をかけてはいけないわ。今日のところは水風呂だけで満足しておきましょう?」

「でもぉ~・・・」

 

 

「・・・分かったから、そんな目で見ないでくれる?」

「いいの?」

「但し、ジャングル風呂以外よ?」

「ちぇ~」

「こればかりは譲れないわ。それに何かイヤなのよ、あそこ。特にホラ、あのライオン像」

「あー、気味悪いよねアレ。今にも動き出しそうなリアルな感じとか」

「確かに、いつでも襲いかかれるように静かに観察されているような怖さがありますね」

 

単なる凝った給湯口だとは思うが、

それでもコキュートス様の警告の正体はこれではないかと邪推してしまうような、妙な不気味さがある。

さすがに考えすぎだろうけれど。

 

「だったら――」

 

 

 

――「古代ローマ風呂」。

壁一面にモザイク文様があしらわれた、石造りの重厚な浴場だ。

当然ながら先ほどの水風呂とは違い、張られているのはれっきとした熱湯。

それが証拠にもうもうと湯気が立ち上り、辺り一面を白く染め上げている。

 

「第一回!チキチキ我慢大会 in 熱湯大浴場~!」

「「・・・・・・何・・・・・・その」」

「ポロリもあるよ♪」

「全裸でポロリもないでしょうに」

 

「ちょっと・・・熱くないかしら?」

「大丈夫だって!いざとなれば冷気のオーラでさ!」

「「・・・・・・そこまでして入る意味ってあるの?」」

 

正論過ぎる。正直全く気が乗らない。

つい情に負けて折れてしまったことが悔やまれる。

折角水風呂を堪能した後に、何が悲しくてこんな度胸試しめいた真似を。

 

(まぁ、その時はもう一回入り直せばいいかな・・・その場合って、また身体を洗うところからしないといけないのかしら?)

 

ガッチリと、絶対に逃がさないといわんばかりに互いに肩を組み、浴槽の縁に並び立つ。

 

「押さないでよ!絶対に押さないでよ!」

「じゃあ全員で、せーので入ろう!」

「「・・・・・・"の"で行くの?・・・・・・"せーの"って言い切ってから行くの?」」

「"せー"で溜めて、"の"でジャンプでしょ!」

「一回練習しましょう」

「せー・・・NO!!ちょっと早いよ!!てか危な!!」

「せーのっ!・・・・・・こんな感じかしらね?」

 

「じゃ、行くよー・・・

 

「せーのっ」×6

 

タイミングを完璧に合わせ、勢いよく湯船に飛び込む6人。

間髪いれず、完璧なタイミングで湯船から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「ヴうぁ熱っぅうあぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁあっっっ!!!!!!」×6

 

 

 

 

 

 

 

想像を絶する熱さに命の危険を感じ、咄嗟に冷気のオーラを全力で展開。

 

 

瞬間、浴場が凍る。

 

 

比喩ではなく、凍ったのだ全てが。

 

浴場に漂う湯気も、蛇口から滴る雫も、給湯口から流れ出る湯水も、――給湯口さえも分厚い氷に覆われていく。

 

レベル80越えの氷系モンスターが全力で展開した冷気のオーラ×6だ。

およそ浴場内に存在する水分という水分は、その全てが抗い得ざる冷気に晒され瞬く間に凝結し、さながら巨大な冷凍倉庫内へと変貌してしまった。

 

雪女郎達はというと、そんなことに構っている余裕はない。

 

まるで減量苦に耐えかねた満腹ボクサー、

あるいは長期間砂漠を放浪した挙句オアシスの幻影を見たサバイバーの如き必死の形相で水風呂にUターン。

そのままペンギンのような姿勢で頭からダイブするも、当然ながら水風呂も凍結していた為、

結果、ピンボールよろしく浴場中を右に左にドカドカと跳ね回る有様。

 

 

「あqz2ws43え5dc46fbtg87yんふ8kじ!!!!!!」

 

「おげぇぇぇ!!!」

 

「「――――無理無理無理!」」

 

「皆逃げるべき!ここは雪女郎が入っていい場所じゃない!!」

 

 

・・・本来、常温下においても体温との温度差で結露を生じさせる程の低体温である雪女郎。

アイテムによって耐性を保持していた為、ここに来るまでの間は特に問題は起こらなかった。

ところが服を脱いだ際、そのアイテムまでうっかり外してしまったのだ。

 

それでも常温程度であれば、激しい運動でもしない限り活動に支障はなかったかもしれないが、

湯船に浸かるなど、彼女達からしてみれば真っ赤に熱せられた鉄の服を着せられたようなものである。

 

さしもの雪女郎達もこれには平静を保つことができなかった。

 

茹でたタコのように全身を真っ赤に腫れあがらせた妙齢の女性が全裸で床に突っ伏すというアレな光景の中、

ぜぇぜぇと肩で息をしつつ口々に罵詈雑言をのたまう。

 

「「・・・・・・これほどとは思ってもいなかった」」

「河が見えたわ」

「ていうかそもそも誰よ、お風呂なんて勧めたの?」

「こ、コキュートス様・・・」

「あなたでしょ!」

「コキュートス様もアレに入られたんでしょ?平気だったのかしら?」

「平気じゃなかったから、水風呂のみを勧められたのでは?」

「コキュートス様は耐性をお持ちですもの。ここまでの自体はさすがに想定外だったのじゃないかしら?

 現に無理はするなとも仰っておられたわ」

「場合によっては無理をする状況が想定される場所を勧める時点で・・・いえ、何でもないわ」

「ある意味コキュートス様らしいよね・・・」

 

ハハハ・・・と乾いた笑いが漏れる。

 

「「・・・・・・それにしても・・・・・・どうしたらいいのコレ?」」

 

改めて周囲の惨状を目の当たりにし、一様に表情が凍り付く。

 

「と・・・とにかく、オーラは解除しましょう。あとは解けるまで待機・・・かしらね」

「その間に誰かが来たら?」

 

無言のまま、提案者に向けられる冷たい視線。

 

 

「ご、ごめんなさぃ・・・」

 

 

・・・まったく、最後の最後でとんだお土産が付いてきたものだ。

まぁこういうのもあるいは「休日」の醍醐味なのかもしれないけれど、

死の予感が過ぎるようなお土産は勘弁願いたい。

 

 

 

 

 

 

「只今戻りましてございます」

 

第五階層大白球(スノーボールアース)内。

主人であるコキュートスに、今日一日の「休日」の報告を済ませた雪女郎達。

 

「十分楽シンダヨウダナ」

「はい、お陰さまで。特にコキュートス様お薦めの水風呂は大変心地良く、皆満足しております」

「ソウイエバ、じゃんぐる風呂ニハ行ッテミタノカ?」

「?・・・いえ、お言いつけの通り、ジャングル風呂"には"入っておりません・・・」

「ソ・・・ソウカ。ソウダッタナ。・・・ウム、ナラバ良イ。デハ、今晩ハユックリ休息ヲ取リ、マタ明日カラ務メヲ果タシテクレ」

「はっ!失礼いたします!」

 

・・・一瞬ばれたかとも思ったが、違ったらしい。

何故か少し残念そうな主人の声音を怪訝に思いつつ、ともあれまた明日からの務めに備えるべく気合を漲らせる雪女郎達。

以前までであれば「ようやく解放された」そんな安堵からの待望の職場復帰だったのだが、今日は少し違っていた。

 

「きっとこれが「休日」の本来のあり方だったのね」

「そうね、そんなことも理解できずに苦行としか感じていなかったなんて・・・自分が恥ずかしいわ」

「アインズ様のご深謀とご配慮、狭い見識でしか物事を考えられない私達では思いつきもしなかったことですよね」

「「・・・・・・また・・・・・・行きたい」」

「使用人の方々にも、今度は堂々とこっちから挨拶をしたいよね!」

 

彼女達の目に灯る情熱の色。

初めて第九階層に赴き、そこで様々なNPCの、あの受付嬢やエクレア達の仕事振りに触れ、

そして多くを学び経験した彼女達にとって、明日からの務めはこれまでとは全く違った、

これまで以上の意義と使命感をもって果たされるはずである。

 

 

 

雪女郎(フロスト・ヴァージン)達が退室した後、部屋の主は思案気に顎に手をやり、ポツリと呟いた。

 

「フム・・・イイ訓練ニナルカト思ッタノダガ・・・」




るし★ふぁートラップ回避!な浴場話。

オーバーロード二次創作SSの第三弾。お楽しみ頂けましたでしょうか?

ナザリックにおける各階層にあって、最もバラエティに富んだ=ネタの宝庫な第九階層は大浴場が今回の舞台。
大浴場といえば原作8巻の見所の一つですが、同じく第8巻に登場するのが、今回メインを張ってもらった雪女郎の皆さんです。

雪女郎が登場するのは第8巻の、マーレが回覧板を届けに第五階層を訪ねたくだりと、
もう一つ、DVD(あるいはブルーレイ)1巻付属の特典小説「王の使者」にて、
不可視化を看破する能力を持つ旨アインズ様の口から語られるのみに留まりますが名前だけ出てきます。

ちょい役も甚だしいアレですが、女性型のシモベに限っていえば、
他には吸血鬼の花嫁に嫉妬の魔将、それと彼女達くらいですから印象にも残ろうというものです。
あとレベル80超えというのも素晴らしいですね。何よりエロいのが素晴らしいと思いますよ!
別にエロい描写は原作にはないんですが、雪女郎=雪女のイメージがそもそもにしてエロいから仕方ないね!

そんな、いわゆる「雪女」のイメージである"和"っぽい古風な出で立ちを浮かべながら書きましたが、特に着替えシーン等には、そういった古き良き趣きを感じてもらえたらいいなぁなどとオッサンくさいことを。

せっかくなのでそれぞれにキャラ付けを試みてはみたものの、
どうにも戦闘メイド達のそれと被ってしまって結果えらく中途半端な有様に。
そもそも同種のシモベにそこまであからさまな個性・個体差なんてものが生じるのか不明ですが。

というよりシモベ達の性格等は、何を拠り所に設定されているのか気になりますね。
ゲームのままなのか、プレイヤー側による多少の色付けが可能なのか。
嫉妬の魔将などは、あの守護者統括の取り乱す様を見かねて意見するくらいの知性(度胸?)があるみたいですし。


「最も近い浴場は・・・・・・シャルティアのところ?・・・・・・怪しまれるけど・・・・・・背に腹は替えられないわ。あなたたち、私の服を部屋から持ってきて!大至急よ!」

(・・・っほ)

先ほどは一瞬殺されるかと冷や冷やしたが、どうやら無事に遣り過ごせそうだ。
個人的には汚れがどうとか以前に、これから湯浴みを終え更に着替えにかかる時間となると、
100%入れ違いになること必至だと思われるのだが、アルベド様にはアルベド様なりのお考えがおありなのだろう。多分。
いずれにしても、シモベ風情が首を突っ込むべきではないな。

(何より、この人にはこれ以上関わらない方が身の為・・・)

強欲の魔将、そして憤怒の魔将が互いに見合わせ、胸を撫で下ろしかけた時だった。

「・・・・・・アルベド様、大変失礼ですが、そのままの格好の方がよろしいのではないでしょうか?」
「・・・・・・何を言っているの?」

(何を言ってるんだコイツー!!)×2



・・・まぁ嫉妬の魔将のことは置いておくとして、
シズみたいな喋りの雪女郎がいるのはその辺のキャラ付けの名残といいますか、ご愛嬌ということで一つ。
それをいったら一介のシモベが第九階層に出入りするなんてあるんだろうかというアレもご愛嬌。
レベル80超えが風呂の湯如きであんなに取り乱すかよとかもひっくるめてご愛嬌なのです!

10巻、楽しみですね(唐突)


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