「う――ん、どれもこれもパッとしないなぁ」
「ねえ、もう出ようよヒカル。気味悪いよ」
季節は冬。吐く息は白く染まり、頬を撫でる風がとても冷たい。
そんな時期に、半ズボンを穿いて祖父の家の蔵を物色するヒカルと呼ばれた少年は、金目の物が見つからないことに落胆する。
そしてもう一人、彼を追いかけて蔵にやってきた少女は、薄暗く埃が舞っている不気味な様の蔵から出たがっていた。
「うだうだ言ってないで、あかりも何か探せよ――お!? これなんかイイんじゃないか?」
ヒカルは囲碁を打つための碁盤を見つけて声を上げる。
「かなり古そうだな。じーちゃんが昔使ってたヤツかな? 今はお宝ブームだから、こりゃ高く売れるぞ」
「いいの? 勝手にそんなことして……」
「いーのいーの。こないだ社会のテストで八点しか取れなくてさ、小遣い止められてんだ」
少女――あかりの心配など他所に、ヒカルは見つけた碁盤を取り出して持ってきていた布でゴシゴシと磨こうとする。
しかし、その瞬間――。
「あ、あっ、あ……頭がっ!」
ヒカルは唐突に頭が割れる様な痛みに襲われる。
あまりの痛さに持っていた布を手から落とすと、頭を押さえる様にうずくまりながら苦しみ始めた。
「あ、たまが……う、あああああああっ!!」
「ひ、ヒカルっ!? 大丈夫!?」
遂には叫び出して痛みを訴えるヒカル。
あかりはどうして良いか分からず、彼の名前を何度も叫ぶ。
「ヒカル! ヒカル! ねえ、ヒカル!」
「ぐっ……何かが、頭に――」
ヒカルは痛みに襲われながら、何かが自分の中に流れ込んでくるのを感じた。
それは、辛く切なくて悲しい……だけど温かくて楽しい日々の、とても大切な『記憶』が。
「さ、い――――佐為!」
そして、彼は思い出す。
在りし日の佐為との思い出を、塔矢アキラとの思い出を。他にも囲碁部や院生、プロ試験などの様々な思い出が蘇る。
「一体、どうなってんだ」
全てを思い出すと同時に痛みは消えていた。
ヒカルは頭をフラフラとさせながら立ち上がると、佐為と出会った碁盤を見る。
「ヒカル……? もう大丈夫なの?」
あかりは突然苦しみ出したヒカルが何か呟いたと思ったら、真剣に碁盤を見つめて動かない様子に涙を浮かべながら心配する。
だが、やはり彼は碁盤を見つめたまま固まったまま。
「私、誰か呼んでくるね!」
そう言って彼女は足早に蔵から出て行く。
残されたヒカルは、じっと碁盤を見つめながらこの異常事態について、混乱した頭を必死に回しながら考える。
居なくなったと思っていた佐為を伊角との対局中、己の碁の中に見つけ――アキラに『ずっとこの道を歩く』と伝えたあの日。そしてプロ復帰後、名人戦一次予選一回戦で本当の意味での初対局だったアキラとの勝負。途中、自分しか知らないはずの佐為という存在を彼も見つけた。
対局の後は夜遅くまで検討をして、家に帰宅した頃には疲労困憊になっていたので風呂も入らず眠りに就いて――。
そう、夢を見た。佐為との夢だ。
言葉を交わすことは出来なかったが、代わりに佐為は扇子を渡してくれたのだ。
そして夢から目覚めることなく気が付くと、佐為と出会ったあの日あの時の――小学六年生の自分になっていた。
だがしかし、何もかもがあの時と同じではないということがヒカルを余計に混乱させた。
「碁盤に血の跡がない……」
それはつまり、佐為が居ないということ。
「まさか、全部夢だったって言うのか?」
何が現実で、何が夢なのか……ヒカルは自分の頭がおかしくなったのかと頭を抱えて悩む。
「いや……そうだ、碁! 夢なら俺が碁を打てるわけがねぇ!」
彼の頭の中にはこれまで培った囲碁の記憶がしっかりとあった。以前の――佐為と出会った時は、興味すら持っていなかった囲碁の記憶が。
そして記憶に間違いがなければ、プロ棋士としての実力があるということ。
「こうしちゃいられねぇ! じーちゃんは弱いから……塔矢だ!
塔矢と打てばはっきりする!」
名案が浮かんだとばかりにヒカルは手を叩く。
現在の自分と同じ年齢でありながら、既にプロレベルの実力があるアキラと対局すれば自らの棋力も分かると考えたのだ。
アキラと打てる場所を考え、初めて出会った駅前の碁会所を思い出すと、彼は蔵から飛び出す。
すると、あかりがヒカルの祖父を連れて蔵の前まで来ていた。
「おい、ヒカル。頭が痛くて苦しんでいたと、あかりちゃんが言っておったが」
「もう大丈夫だよ、じーちゃん。それより俺、今から碁会所行くからさ!」
「ヒカルが碁だと!? いつの間に勉強しておったんじゃ」
「や、やっぱりヒカルおかしいよ。病院に行った方が良いんじゃ」
ヒカルの発言に驚く祖父と心配するあかり。
「大丈夫だって! あ、今小遣い止められていてお金持っていないんだった。じーちゃん、五百円で良いからくれよ」
「そ、そりゃかまわんが。ワシと一局打たんか?」
「今日はダメ。俺、碁会所で打ちたい奴が居るんだ」
孫に断られ、がっくりと肩を落として五百円を渡す祖父。
ヒカルはありがとうと言うと、さっそく碁会所に行こうとするが……。
「私も行く!」
「え、碁会所だぜ? おっさんばかりだぞ?」
流石に碁に興味も持っていない小学六年生の少女を、碁会所へと連れて行くことを躊躇うヒカル。
「だ、だってヒカルが心配だし……」
「まあ、良いけどよ。じゃあ行こうぜ」
そう言うと、ヒカルはあかりの手を取って歩き出す。
「あっ……」
「どうした?」
「な、なんでもない!」
顔を赤らめる少女に気付くことなく――。
処女作なので至らない点も多いと思いますが、よろしくお願いします。