佐為だけがいないヒカルの碁   作:上条 一

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第二話

「そう言えば、あかりは金持ってるのか?」

 

 碁会所のある駅前ビルにやってきたヒカル。

 ここまで来てあかりがお金が持っているのか確認することを失念していた彼は、隣に立っている彼女へと問いかける。

 

「うん、五百円ならあるよ」

「そうか、じゃあ入るぜ」

 

 二人がエレベーターを使って碁会所のある階まで上がると、煙草の匂いが漂っていた。

 あかりは緊張しているようで周囲をきょろきょろとしながら、対照的にヒカルは堂々と歩いて碁会所の扉の前までやってくる。

 

「あら、こんにちは。どうぞ」

 

 自動ドアが開いたことで受付のお姉さん――市河が、入ってきた二人の子供に気付いて挨拶をする。

 子供が来るというだけでも珍しい場所。それなのに、臆せず入ってくる先頭の少年の姿に碁会所の客の視線が集まっていく。

 

「あのー、今って塔矢居ますか? 俺、アイツと打ちたいんだけど」

 

 しかし、ヒカルはそんな視線を気にすることなく受付に近寄ると、打ちたい気持ちが先走って早々にアキラについて問う。

 市河はアキラの名前が出たことに驚いた顔を見せ、逆に問い返す。

 

「えっ、アキラくんと?」

「うん、ちょっと確かめたいことがあるんだ――あ、居た」

 

 椅子に座って一人で碁盤と向き合っているアキラ。

 何やら集中している彼にヒカルはそのまま近寄ろうとするが、市河に止められてしまう。

 

「あ、あのねえキミ。まずはこの紙に名前を書いてね。それで棋力はどのくらいなの? アキラくんとっても強いんだからね」

 

 彼女の差し出す紙に名前を書きながら、ヒカルが笑って答える。

 

「あははっ、流石に小学六年生の塔矢には負けられねえよ」

「流石にって……あなたも似たような年に見えるけど?」

 

――しまった。

 ヒカルは思わず、心の中でそう呟いて後悔する。

 以前の記憶を取り戻した彼の感覚では、中学三年生の進藤ヒカルなのだ。しかし今は、アキラと同じ小学六年生であるということを思い出して汗を垂らす。

 

「あーいや、俺も小学六年生なんだけどさ……ははは」

 

 紙への記入が終わったヒカルは、誤魔化すようにアキラへ近付いて声をかける。

 市河に追及されてまた余計なことを言ってしまうのを恐れたのだ。

 

「なあ、一局打とうぜ」

「え……僕? 対局相手を探しているの? ――良いよ、打とう」

 

 突然、同年代の子供に声をかけられ、しかも対局を申し込まれたアキラ。驚きながら一瞬迷う素振りを見せるが、すぐに快諾する。

 

「アキラくんが良いなら構わないけど……あっ、お金がまだよ。子供は五百円ね。それと、後ろの女の子はどうするの?」

 

 市河はヒカルの後ろに隠れるように立っていたあかりに顔を向ける。

 

「どうする、あかり?」

「わ、私はその、ヒカルについてきただけで……」

 

 伊角や和谷と何度も碁会所へ通っていたヒカルとは違い、彼女は大人ばかりの慣れない空間に物怖じしてしまっていた。

 本当ならば今すぐにでも帰りたい気分だったのだが、ヒカルのことが気になってそれも出来ない。どうしようかと考えあぐねていると――。

 

「市河さん、今日は二人共サービスしてあげてよ」

 

 ニコッと市河に可愛らしい笑顔を向けるアキラ。

 彼女はそんなアキラに照れると手を頬に当てながら、アキラくんがそう言うならとサービスで今回だけ無料にする。

 

「ラッキー!」

「あ、ありがとうございます」

 

 これまた対照的に、単純に喜ぶヒカルと丁寧に礼を述べるあかり。

 

「奥へ行こうか。僕は塔矢アキラ」

「俺は進藤ヒカル。それでこっちが藤崎あかり」

 

 挨拶をして席に向かう三人の少年少女。

 周囲の大人達は目の前の碁盤に意識を傾けながらも、珍しいものを見る目でその姿を追っていた。

 

 

 

「棋力はどのくらい?」

 

 椅子に座ったアキラが、対面に座るヒカルにその実力のほどを聞く。

 

「たぶん……うん、結構強いと思うぜ? プロレベル? だから互先で打たないとつまらないぞ」

 

 打てばすぐに分かるのだから下手に隠しても仕方ない、とヒカルは素直に話す。

 するとそこに、他の席で指導碁をしていたアキラの兄弟子でありプロ棋士の芦原が訪れる。

 

「ほー、プロレベルとは大きく出たねえ。アキラ、ここはこの少年の言う通りに互先で打ってみたらどうだ?」

「え? でも……」

「せっかく来たんだし、一局打ってやれば良いじゃないか」

 

 あかりの対面の席に腰を下ろし、観戦するつもりの芦原。

 彼には同年代でライバルと呼べる人がたくさん居た。だけどアキラにはそういう存在が居ない。それはこれから先も囲碁の道を歩み続ける者として、すごくつまらないことだと思ったのだ。

 そして、もしプロレベルという話が本当なら、アキラの良きライバルになってくれるだろうと。

 

「うん……いいよ。じゃあニギるね」

 

 芦原に背中を押されたアキラは、互先を了承すると白石を握る。

 ヒカルも碁笥から黒石を取り出し碁盤の上に置く。

 

「よし、俺が黒だな! お願いします」

「お願いします」

 

 対局前の挨拶をする二人。そこであかりが、『えっ』と小さな声で呟く。

 碁盤に向けるヒカルの顔は真剣そのもので、幼馴染みであり――想い人のそんな顔を見るのは初めてな彼女は、思わず声を上げてしまったのだ。

 

 そんなあかりの様子に気付いた芦原が、キミは碁をやらないのかと話かける。

 

「私、今日初めて碁を知ったくらいで……。それにヒカルが碁を出来るのも全然知らなくて」

「へー、そうなんだ。それなら俺が少し教えてあげるよ……好きな人の好きな物ならやっぱり知りたいでしょ?」

 

 最後の方の言葉は、隣で対局している二人には気付かれない程の声であかりに囁く芦原。

 あかりはこくりと頷くと、先ほどの二人の真似をする。

 

「――お願いします」




05/14 23:40
芦原の一人称を「僕」から「俺」に訂正しました
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