佐為だけがいないヒカルの碁   作:上条 一

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第四話

「あのね、ヒカル……。今度の日曜日って時間ある?」

 

 さりげない風を装って、ヒカルの予定を訊くあかり。

 彼女はチラリと視線だけを動かすと、ヒカルの表情を窺っていた。

 

「んー……何でそんなこと訊くんだよ」

 

 現在、あかりが居る場所はヒカルの部屋。

 何故そんな所に居るかというと、碁会所に行ったあの日の帰り道。彼女はヒカルに囲碁を教えてほしいと言ったのだ。

 断る理由のなかったヒカルが了承の返事をすると、あかりは放課後や休日に彼の家を訪れて囲碁の勉強するようになった。そして現在も、ヒカルに教えてもらいながら碁盤に向き合っていたところ。

 

 ちなみに、碁盤と碁石が既にあるのはヒカルが祖父の家を訪れて、互先で勝利したら買ってほしいと言った結果である。ただ新品ではなく、祖父の使っていたお古ではあるのだが。

 

「これ、たこ焼きの割引券! お姉ちゃんの通ってる葉瀬中で創立祭があるんだって。奢ってあげるから一緒に行こうよ」

「創立祭……」

 

 そう言えばそんなこともあったな、とヒカルは懐かしい思い出を振り返る。

 

 この創立祭で筒井や加賀と出会い、中学生のフリをしてまで冬季囲碁大会に出るということがあった。

 決勝まで勝ち進んだ加賀率いる葉瀬中は、名門進学校でもあり囲碁が盛んな海王との勝負に。

 

 大将の加賀は早々に敗れてしまったが、副将の筒井が相手の凡ミスを上手く利用して一勝をあげると、加賀に嘘を吹き込まれた三将のヒカルが佐為に頼って勝利をもぎ取る。

 これで葉瀬中の優勝が決まったはずだったが、その直後にヒカルが小学生だというバレてしまい、葉瀬中は失格になってしまったのだ。

 

「十四時に葉瀬中の門の前で待ち合わせして――」

「いいけどよ、絶対に来いよな? 絶対だぞ?」

 

 何故か来ることを念押しするヒカル。

 

 実は前回、思い出した記憶の方でも同じようにあかりから誘われたことがきっかけで、創立祭へ行くことになったのだ。

 しかし、当時のヒカルは『女と二人で行くと笑われる』という思春期真っ盛りの理由で断ってしまう。だけど、どういうわけか当日になって気が変わり、待ち合わせ場所に行ったのだが……。

 もちろん、誘いを断られたあかりが待っている訳もなく、たこ焼きを食することが出来かなったという出来事があったのだ。

 

「え、いいの!? 行くよ絶対! ヒカルも絶対だからね!」

「――行く行く、俺も絶対に行くよ。ほら、詰め碁の続きやるぞ」

 

 あの時とはヒカルも変わっていた。

 それは単純に、中身が小学六年生から中学三年生になった、ということだけではない。佐為やアキラ、囲碁を通じて出会った様々な人物との交流が、彼に言葉では言い表せれない変化をもたらしたのだ。

 

 それに筒井や加賀に会いたいという気持ちもあったはず。

 筒井には囲碁部など多くのことで世話になり、加賀にも院生試験を受ける際に助けられるということが。

 彼らとまた出会うために、創立祭へ行きたいと思って不思議ではないだろう――。

 

 

 

 

 創立祭当日。

 季節は春を迎えるにはまだ少し早いのに暖かく、冬服でいると薄っすら汗をかいてしまいそうな祭り日和。

 ヒカルとあかり、二人は待ち合わせ通り十四時に落ち合うと、出店で買ったたこ焼きを頬張りながら校内を歩いていた。

 

「たこ焼きうめーっ! あかりももっと食べろよ」

「もうっ! 私が買ったんだからね?」

「ごめんごめん」

 

 和やかな雰囲気で語り合う男女の姿は見た目が小学生なので難しいが、もしかすると初々しい付き合い始めたばかりの恋人に見えるかもしれない。

 そして、恋愛に鈍感なヒカルは気付いていないが、あかりはデートを意識をしているのかいつもよりオシャレな格好をして、健気に頑張っていた。

 

「あっ、ヒカル! 碁をやってるよ!」

 

 食べ物の出店が多い中、机の上に囲碁セット一式と景品だけが置かれた異色の店。何か問題を出しているようで、見つけたあかりがヒカルに教える。

 若者達は見向きもしない店だが、中年の男性やお年寄りが机を囲んで集まり、意外にも繁盛していた。

 

「では、中級の問題です。これを……三手まで示して下さい」

 

 お店は、問題を出題している眼鏡の少年が一人で切り盛りしている様子で、近くに学生は見当たらない。

 眼鏡の少年――筒井は、どうやら詰碁の問題を出しているようだ。用意されていた椅子に座った客がうーんと唸りながら答えを考えていた。

 

「覗きに行くか」

 

 ヒカルはもちろん、それが筒井が開いている詰め碁の出店だと知っていた。

 

――あの時は確か……。そう、佐為が景品の『塔矢名人選詰碁集』を欲しい欲しいって、ねだるから参加したんだっけな。

 

 そんなことを考えながらヒカル達が近付いて行くと、先ほど唸っていた客が答え見つけたのか問題を解こうとしていた。

 

「まず、黒がツケだろう。で、白が……こう」

「白がこっちに打ったら?」

「あ、そうか! ハハ、難しいなー」

 

 しかし、答えは間違っていたらしく残念ながら景品獲得はいかなかったようだ。

 客が去っていくと、筒井は周囲に集まる大人を見渡して、次の挑戦者は居ないかと声をかける。

 

「あかり、お前やってこいよ」

「え、でも、私まだ初心者だし……」

「大丈夫大丈夫。あのぐらいの詰碁なら、この前教えたのと同じレベルだからさ」

 

 まだ囲碁を勉強し始めて間もないあかり。

 だけど地頭が良いのか理解が早く、プロであったヒカルに教えられている影響もあって、簡単な詰碁なら既に解けるようになっていた。

 

「それなら……。あのー、次、いいですか?」

「はい。では、これはどうですか?」

 

 あかりは筒井に了承を得ると、筒井の向かいの席に座る。

 彼が出した問題は、黒石で囲んでいる白石を全部取るには、どう打てば良いのかというもの。

 あかりは目を瞑りながら少し考え込むと、閃いたのかパッと目を開いて指を差す。

 

「ここ! ……だと、思う」

 

 勢いよく答えを示したあかりだったが、最後で不安になり声が小さくなってしまう。

 すると、背後に立つヒカルへと振り向いて、間違っていないか聞きたそうな顔を見せるが、ヒカルは敢えて何も言わず無言を貫くのだった。

 

 そして、筒井が正誤を発表する。

 

「――正解っ!」

 

 おおっ、と周囲の大人達から拍手や感嘆の声を漏れる。

 筒井から景品のポケットティッシュがあかりに渡されると、あかりは立ち上がって正解したことを喜ぶ。

 

「やったー!! ヒカルもやってみたら?」

「そうだな……じゃあ、詰碁集がもらえる一番難しい問題出してよ筒井さん」

 

 元々は挑戦する気のなかったヒカル。自分が参加するのはある意味反則行為なのでは、と考えていたのだ。

 しかし、あかりの喜ぶ様を見て昔を懐かしく感じてしまった。一回だけ……しかも一番の難しい問題なら良いか、と考えを変えて挑戦することに。

 

 だけど筒井は、無謀ではないかと思い口を開く。

 

「そんなの解けたら塔矢アキラレベルだよ。やっぱり簡単な問題の方が……って、どうして僕の名前を?」

「えっ! いや、それは――そう、俺も囲碁やるからさ! どこかの大会で見たことあったんだよ!」

 

 また以前の感覚で、まだ知らないはずの名前を言ってしまうという失敗してしまうヒカル。

 嫌な汗が背中に流れ、咄嗟にそれらしき嘘を並べて乗り切ろうとする。

 

「そうなんだ。本当に一番難しい問題をやるんだね? じゃあ……どうぞ」

 

 すると筒井は思い当たる節があるようで、ヒカルの嘘にあっさりと納得。そして、碁盤に詰碁の石を置いていく。

 ヒカルはふぅと息を吐き出すと碁盤を見るが、すぐに答えが分かり指を差す。

 

「――ここだ」

「――ここだろ」

 

 同じ所を差す一本の指と煙草。

 煙草は碁盤に押し付けれていて、焦げ跡が残ってもおかしくないだろう。

 

 盤面を集中していたみんなが一斉に顔を上げると、そこには『桂馬』や『飛車』といった将棋に関係する文字が描かれた羽織りを羽織った男が。

 自身の持ち物であった碁盤を傷つけられた筒井が、椅子から立ち上がって怒る。

 

「ああっ! 何をするんだ、加賀!」

「ケッ、囲碁なんて辛気くせーもんより将棋の方が百倍面白いぜ! なーにが塔矢アキラだ。あんな奴……」

 

 加賀と呼ばれた男は、悪びれる様子もなく悪態をつくと、威圧するようにヒカルの方を向く。

 しかし、ヒカルは臆することなく加賀を見ると、景品の『塔矢名人選詰碁集』を指差し宣言する。

 

「これは俺のだからな!」

「はぁ? んなもんいらねーよ」

 

 実は前回は、横入りした加賀が先に問題を解いて、景品を手に入れてしまうということがあった。それだけで終わるならよかったのだが、この話にはまだ続きがある。

 景品を受け取った囲碁と塔矢アキラが大嫌いな加賀は、詰碁集に『塔矢』の名が入っていると気付くや否や、目の前で破り捨てたのである。

 

 だから、今回はそうはさせるかと考えたヒカルが、先に自分物だと宣言して加賀に触れさせないようにしたという訳なのだ。

 

 しかし、今回も塔矢の名前に気付いた加賀。

 彼は、ただ嫌がらせをするためにあることを思い付くと、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 

「やっぱり俺も欲しくなったぜ。同時に解いたんだから俺にも権利はあるよな? おい、よく見てな――」

 

 そう言うと、加賀は碁笥から一つ白石を取って握る。そして軽く上に投げると、白石を隠す様に左右の手を目にも止まらぬ速さで動かし始めた。

 すると、いつの間にか視界から白石は消え、代わりに握られた二つの拳があった。

 

「――小僧、石は今どっちの手の中にあると思う? 当てたら詰碁集は譲ってやるよ」




長くなったので一度ここまでで投稿しますが
もしかすると、これから書く続きの話とまとめるかもです。(おそらくすることはありませんが、した場合には報告させていただきます)
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