森の中に砲声が轟き、履帯が土煙を巻き上げる。戦闘区域から離れた草原では数人の少女が額を寄せ合い、卓上のパソコンで戦いの成り行きを見守っていた。ワイシャツにスカートという出で立ちの女子高生だ。正規の戦車道ではない野試合故に、こうして乗員以外にオペレーターを用意することもできる。
だが彼女たちの表情には焦りの色が浮かんでいた。自校の戦車隊が今まさに敗走しているのだ。有効な打開策を考えつく者はおらず、それどころか諦めの空気さえ漂い始める。
ふと、一人の少女が後ろを振り向いた。接近してくるディーゼルエンジンの音に気付いたからだ。交戦区域とは逆方向だったが、やがて稜線を踏み越える履帯が見えた。凹凸の少ない小ぶりな車体、そして円筒型の砲塔。旧日本陸軍式の土地色、草色、枯草色の迷彩で塗られ、空冷ディーゼルがリズミカルな音を立てている。砲塔に備えるのは37mm戦車砲だ。
続いてもう一両、同じ車両が姿を現わした。視線が集まる中、二両の軽戦車は少女たちからある程度離れた場所で停止する。直後、片方の砲塔から車長が飛び降りた。髪をポニーテールに纏めた、凛々しい風貌の少女だ。茶色いジャケットはいくらか煤けているもののまだ新しく、胸には芙蓉の花を象ったマークが描かれている。瞳をぎらつかせ、口元に笑みを浮かべながら、彼女は大股で歩み寄る。
「お前ら、タンブン高校の連中だろ」
エンジン音にかき消されないよう、大きな声で問いかける。オペレーターたちは戸惑いながらも、学校の慣習に従い、微笑みを浮かべて頷いた。
「そうよ。貴女は……?」
ポニーテールの戦車長はその問いに答えず、パソコンの画面をじっと見た。間に合ったな、とポツリと呟く。画面には地形図と、彼我の残存戦力が表示されており、それも瞬時に頭へ叩き込む。
次いで、オペレーターの一人に目をやった。小柄で長髪の少女がヘッドフォンを装着し、通信機を操作している。
「お前らの隊長に伝えろ。決号の千鶴が加勢に来た、ってな」
「……隊長の友達!?」
少女たちは目を見開き、表情がパッと明るくなった。戦車長は歯を見せてにやりと笑ってみせる。十分美少女と言ってよい容姿だ。しかし口調と相まって、どことなく荒々しさ、そして剣呑さを纏っている。だがその笑顔に悪い意味はなかった。
「今の状況は?」
「敵の奇襲を受けて、四両やられた。残り三両はあの森の中を逃げてるの」
指差す先を見ると、遠方の森から土煙が上がっていた。戦車が木々の合間を疾駆しているのだ。
「よし、森を抜けて窪地へ出るように言え。そこまで耐えれば勝たせてやる!」
一方的に告げ、戦車長……一ノ瀬千鶴は踵を返した。再び愛車に駆け寄り、軽やかな足取りで装甲板を踏んで、砲塔へと登る。
二式軽戦車ケト。空挺作戦を想定したフラットな車体が特徴の戦車だ。装甲は薄く火力も貧弱だが、戦車道において良好な機動力は有用だ。ましてや
「決号戦車隊、交戦区域へ向かう! 前へ!」
ディーゼルエンジンが唸り、二両のケト車は前進した。オペレーターたちの横をすり抜け、一路草原を駆ける。速度は次第に上がっていき、時速50kmに達した。小さな起伏をシーソー式サスペンションで踏み越え、軽快に走っていく。丁度逆風だったため、ハッチから顔を出す戦車長には強い風が当たった。操縦手もハッチを開けており、ゴーグルで目元を保護して戦車を走らせる。日本戦車の特徴である四本の操縦レバーのうち二本を巧みに使い、手足のように操っていた。
ポニーテールを靡かせ、千鶴は風の心地よさを感じる。前方に見える森と、そこから巻き上がる土煙を見やり、喉の咽頭マイクに手を当てた。
「この先の窪地で待ち伏せし、サヴォイア女学園の戦車を攻撃する」
《了解、お嬢!》
仲間たちから力強い声が返ってくる。咽頭マイクは声帯の振動を拾う仕組みなので、雑音が入らないという利点がある。騒音の中で戦う戦車乗員や戦闘機パイロットには必需品であり、重機のオペレーターなども使用する。
「敵戦力はイタリア製のL6軽戦車三両、CV.33が五両。CVの内三両はスイス製対戦車ライフル装備の、L3cc仕様だ」
覗き見したパソコンから得た情報を、僚車へ伝える。情報は重要な武器であり、それがなくては戦車に乗っていても徒手空拳と同じだ。孫氏の残した『彼を知り己を知れば百戦危うからず』の言葉は、二千年以上経った現在でも変わらない戦場の摂理だ。
《……なあ、鶴公》
僚車の車長が呼んだ。振り向くと、相棒は二号車の砲塔から顔を半分だけ出している。モグラ叩きのモグラか、亀のような風体だ。
《対戦車ライフルってのは確か、本当は戦車にあんまり効かないんだよな?》
「大戦後期の中戦車とか、重戦車にはな」
答えながら、ケト車の砲塔を拳で軽く叩く。打撃音はエンジンの音にかき消された。
「こいつみたいな軽戦車じゃ耐えられない。むしろ連射が効く分、近距離じゃ普通の大砲より有利だな、紙装甲同士なら」
そう告げると、二号車長は無言になった。ただ生唾を飲み込む音が咽頭マイクに拾われ、千鶴の耳に届いたのみである。
「怖がることはないって、亀。ちゃんと特殊カーボンでコーティングされてるから、車内まで弾が抜けることは……」
《そういう問題じゃねェよ、ベラボーめ!》
亀と呼ばれた少女は千鶴に向かって叫んだ。よく見ると顔立ちは整っているものの、目つきが悪い。不良少女という言葉がよく似合う容姿だ。だがその目に少し涙を浮かべてもいた。
《こんな棺桶に押し込んで、訳分かんねェことに引っ張り出しやがって! ッてか何でおめェは笑ってられるんだ!》
「お前にも今に分かるさ。まあ安心しろって、万一戦闘中に漏らしても笑わねーから」
《おいウーソン、席代われ! あのバカ後ろから撃ってやる!》
《あはは、ムリムリ。亀ちゃんが撃ってもお嬢には当たらないよ》
砲手とゴタゴタ言い始める副官を見て、千鶴はクスリと笑う。自分の初陣を思い出したりもした。だがある意味、千鶴にとってもこの一戦は初陣だった。
決号工業高校戦車隊長としての、初の一戦である。