空冷エンジンを唸らせ、双発のレシプロ機が飛ぶ。ガラス張りの機種が長く突き出しており、優美ながらも力強いデザインだ。四式重爆撃機、通称『飛龍』。日本陸軍双発爆撃機の集大成と言える機体で、機首のデザインは新幹線0系のモデルになったとされる。それが二機、間隔を取って飛行していた。
飛行目的は爆撃などではなく、輸送だ。二機とも後方にワイヤーが張られ、奇妙な形状のグライダーを曳航していた。翼の中央に箱型の操縦室の貨物室を備え、その外側では二本の胴体が尾翼と繋がっていた。双胴型の風変わりな滑空機であるが、これも日本軍が大戦末期に開発していた輸送グライダー・ク7『まなづる』だ。曳航機の推力で翼に風を受け、ふわふわと揺れながら曳かれていく。
航空科の男子生徒が慎重に操縦していた。何せ重荷を積んでいるのだから。
「だから、何をやる気なのか説明しろィ!」
二号機の機内で、亀子が通信機に向かって怒鳴る。額に汗が浮かんでいた。突然試合だと言われ、戦車で学園艦の飛行場まで連れていかれると、すでにグライダーと曳航機がスタンバイしていた。千鶴が校長に頼んで手配してもらったらしいが、『試合』の内容については未だに説明がなかった。とにかく大急ぎで戦車を積み込み、離陸したのである。
「アタシはウーソンたちとは違う! おめェのイソギンチャクじゃねェんだよ!」
「亀ちゃん、それ腰巾着」
ウーソンが静かにツッコミを入れるが、亀子は無視した。近くでは正副の操縦士がうるさそうに顔をしかめているが、お構いなしだ。
「おめェの言うことを聞くにしても、心の準備ってもんがあるんでェ!」
《分かった分かった》
千鶴の苦笑気味な声が聞こえてきた。彼女は一号機に搭乗し、前方を飛んでいる。機に搭載された無線機で会話するしかない。
《あたしの友達が隊長をやってる、タンブン高校ってとこのチームがな。今日初めての試合をやるんだよ》
「他所の話は関係ねェだろ!」
《まあ聞けって。チーム結成後初めての試合だから、隊長としちゃ何が何でも勝ちたいわけだ……》
タンブン高校は決号と同様、長年断絶していた戦車道を今年度復活させたという。千鶴がその友人からが伝え聞いた話では、隊員の士気は今のところ高い。初戦に勝って勢いがつけば、今後も進歩を続けることができるだろう、とのことだった。
しかし、その初戦の相手が問題だった。
《相手はサヴォイア女学園ってとこなんだけど、タンブンだけじゃ敵わない相手だ》
千鶴はきっぱりと言い切った。タンブン「だけ」では、という所で、亀子は嫌な予感がした。
《だから試合中に空から会場に乗り込んで乱入、タンブンを援護する!》
「さっすがお嬢! かっこいい~!」
「戦車乗りたるもの、義侠心は必要ね」
腰巾着二名が賞賛の声を上げる。彼女らはどこまでも千鶴に心酔しているらしい。グライダーを操縦している男子らまで「殴り込みかよ。パネェな」「いいねいいね」などと呟いている。慌てたのは亀子一人だ。
「待て待て待て! だったらもっと強そうなブツを……あんな小せェ棺桶で、ってか乱入ってお前、そんなことして……!」
「落ち着いて。これは正規の戦車道じゃないのよ」
イェンチンが肩を叩いてなだめた。『まなづる』の貨物室に積んであるのはいつも乗っている、二式軽戦車ケトだ。戦車の知識があまりない亀子だが、この戦車があまり強くないことは察していた。あくまでも訓練用で、実際に戦うとなればもっと大きな戦車、例えば車庫にあった四式中戦車チトなどを使うと思っていたのだ。もちろんあれはグライダーには乗せられないだろうが、輸送手段は他にもあるはず。それなのにわざわざ軽戦車で、しかも他人の試合に乱入……常識的な『武道』ではあり得ない。
しかし千鶴たちがやろうとしているのは、武道としての戦車道ではなかった。
「
「乱入戦なんてしょっちゅうだよ。楽しいよ~」
気楽そうなウーソンに対し、説明を聞いた亀子は小刻みに震えていた。喧嘩慣れはしている。現に相手が複数人の男でも、残らず叩きのめして足蹴にしてやった。
だが今度は違う。あの棺桶に入って、同じような相手と撃ち合うのだ。あくまでも競技なので車内は特殊カーボンで守られ、弾が乗員室まで貫通しないようになっている。それでもあの狭い空間で火器を使って戦うのは、生身の喧嘩とは違う恐怖感があった。ましてや彼女は、戦車に乗り始めて一週間しか経っていないのだ。
それに対して、千鶴らは何故こんなに楽しそうなのか。
「黒駒さん。人間、苦しいことはいろいろあるけど、一番苦しいのは“強くなること”よ」
優しく諭し、肩を撫でるイェンチン。だがその淑やかな笑みにも、剣呑さが漂っていた。
「だから、一緒に苦しみましょう」
「てめェ……!」
「切り離しまで、あと五分!」
操縦士の叫びが、少女たちの会話を遮った。窓の外を見ると、眼下はすでに陸地で、草原が広がっている。このどこかで、すでに戦車戦が始まっているのだろう。
「総員着席、着陸準備!」
もはや逃げることはできない。二人に促され、亀子は席に着いた。
一方、操縦している男子たちは真剣な眼差しで計器を、そして前方を飛ぶ曳航機を見やる。荒れた不良学校でも、航空科や船舶科の生徒は真面目に働いていることが多い。もっとも、一概に他の不良よりモラルが高いとは言えない。飛行機乗りにも船乗りにも、善人・悪人の差はある。だが少なくとも専門分野に対してだけは誠実・謙虚だ。そうでなくてはいつか、生きて地上に戻れなくなる。空や海はそういう世界なのだ。
いよいよそのときが来る。操縦士は『飛龍』からの通信に耳をそばだてる。
《切り離し五秒前……四……三……二……》
カウントが始まった。その直前に副操が振り向き、戦車乗員らがシートベルトを締めたか確認する。切り離しから着陸まで、あまり間はないのだ。
《幸運と健闘を祈る》
その言葉を最後に、『飛龍』と『まなづる』を繋ぐワイヤーが外れた。双胴グライダーが機首を下げ、降下に入る。千鶴の搭乗する一号機も同様だ。先細のテーパー翼で揚力を得て、大気中を滑っていく。
「着陸地点確認。侵入を開始」
亀子の不安を他所に、鶴は戦場へ舞い降りていった。
そして地上では、すでに戦車が這い回っていた。急な土手の下を七両の軽戦車が進軍し、陣頭の隊長車には小さなフラッグがはためく。
先を行く四両は英国ヴィッカース社製の、6t戦車B型。戦間期の戦車だけにリベット留めの無骨な装甲で、回転砲塔は車体左側に寄っている。武装は47mm砲だ。開発された当初としては先進的な機構を盛り込んでおり、多数の国に輸出されている。
それから少し距離を置いて続くのは、日本製の九五式軽戦車だった。6t戦車の構造を参考にして作られたもので、脆弱な装甲ながら、当時の日本戦車としては高い信頼製を発揮した。こちらは三両、いずれも砲塔を後ろに向け、後方からの襲撃を警戒している。
フラッグ車の6t戦車の砲塔から顔を出し、隊長は丸い目で仲間たちを一瞥した。隊列運動はそれなりに整然とできている。訓練の成果だ。車内にはほのかに白檀の香りが漂い、開け放たれたハッチからも流れ出ている。無骨な戦車上にも関わらず、穏やかな陽気と相まってのどかな空気が漂っていた。
「プリッキーヌー隊長、いい天気ですね」
砲手が柔和な微笑を浮かべ、見上げてくる。隊長も同じように微笑んだ。
「そうだね。晴れたから地面もしっかりしてて走りやすいし」
「視界がいいから砲撃もちゃんと当てますよ。私、敵のフラッグ車を倒して見せますから!」
「うん、その意気その意気!」
タンブン高校の戦車隊は今回が初陣だ。しかし隊長のプリッキーヌーは経験者で、戦術についてもある程度理解がある。相手のサヴォイア女学園はイタリア製戦車を使い、防御主体の戦法で戦うという。すでに相手が陣地を構えたり、戦車を伏せそうな場所に目星をつけてある。その側面へ回り込み、襲撃するという作戦だ。
プリッキーヌーは母校のタンブン高と、共に暮らす学友たちを愛している。皆穏やかで、誰に対してもまず微笑みを浮かべ、相手を気遣う。学園艦で食べる辛味の利いた料理も、艦上の寺院も、皆好きだ。しかし生徒の気質として、『飽きやすい』という弱点があることも理解していた。もし初戦で大敗を喫するようなことがあれば、皆やる気を失ってしまう。何としても、この戦いを勝利に導かねばならない。
だが、そんな彼女の思いとは裏腹に、不吉な足音が迫っていた。
《敵襲!》
悲鳴に近い報告を聞き、はっと周囲を見回す。しかし自軍以外に戦車の姿はない。
「どこから!?」
《う、上です!》
あり得ない報告だった。戦闘爆撃機が襲ってくるわけでもあるまいに。
しかし実際に上を見上げて、プリッキーヌーは目を見開いた。自分たちの左手側には小高い土手があり、そちらからの攻撃はないと踏んでいた。稜線の上から攻撃しようとしても俯角が足りないはず。
だが今、彼女の目に映ったのはまさしく敵の戦車隊。急斜面を滑り降りて迫ってくる、イタリア戦車の群れだった。
「避けて!」
咄嗟に操縦手の肩を蹴り、戦車を右へ回頭させる。それとほぼ同時に、敵は撃ってきた。L6軽戦車の20mm機関砲が火を噴き、弾の雨が降り注ぐ。後衛の九五式戦車にもCV.33豆戦車が襲いかかった。
プリッキーヌーは砲塔にしがみつき、自車のすぐ脇を弾丸が掠めていくのを感じた。だがすぐ後ろにいた三号車は回避しようとして二号車に衝突、足を止めてしまう。その途端、二両の上面装甲に弾痕が穿たれる。ブレダM35機関砲は元が対空用なだけに高初速で、6t戦車の装甲では歯が立たない。
プリッキーヌーが振り返ったとき、二両はエンジンから出火し、白旗判定が出ていた。さらにそれを避けようとした四号車まで、20mm弾の餌食となる。その横を、後続の九五式のうち二両が全速力で通り抜け、隊長車に追従した。
《副隊長車もやられました!》
九五式軽戦車の報告を聞き、プリッキーヌーは愕然とした。七両いた戦車隊のうち、残ったのは自車と九五式二両だけなのだ。
「なんてことに……!」
「隊長、指示をッ!」
操縦手の悲鳴を聞き、はっと我に還る。諦めるわけにはいかないのだ。サヴォイアの戦車は続々と土手を下り終えた。下手をすれば転覆し兼ねないような急斜面を、だ。サスペンションに相当手が加えられているのだろうが、操縦手の技量も並大抵のものではない。
イタリア製の狼たちは、獲物の生き残りを追う。L6の20mm機関砲もさることながら、CV.33も通常の機関銃ではない。ゾロトゥルン20mm対戦車ライフルに換装した、L3cc仕様だ。軽装甲を強いられるタンカスロンでは重大な脅威だ。
右手側を見ると、森が広がっている。戦車向きではない地形だが、軽戦車なら通れるし、上手く動けば相手を撒けるだろう。
「右へ転回、森へ逃げ込んで! 諦めちゃダメだよ!」
プリッキーヌーは劣勢な状況下で砲塔から身を乗り出し、自分の姿が仲間に見えるようにしていた。少しでも士気を鼓舞するためだ。
追撃するサヴォイア側は他の車両よりやや遅れて、フラッグをつけたCV.33が土手を降りた。武装は通常の機関銃で、対戦車仕様ではない。車長ハッチから顔を出すのはヘルメットを被った少女で、ウェーブのかかった茶髪を肩まで垂らしている。目立つのはそのヘルメットで、右側面に黒い鳥の羽を束ねて挿してあった。イタリアのベルサリエリ兵がつける
黒い羽毛とは対照的に、彼女の頬は透き通るように白い。口元に品の良い笑みを浮かべながら、彼我の戦車を見守り、指示を下す。
「フラッグ車を倒すのは最後に。敵の全車両を殲滅します」
口調こそ穏やかだったが、言葉の内容には一切の容赦がなかった。履帯が土煙を巻き上げる中、涼しい表情で戦局を見ていた。
より優れた火力のL6やL3ccではなく、通常型のCV.33に乗っていることが、場慣れしたタンカスロン指揮官であることを示している。二人乗りの軽戦車は索敵・操縦指示・射撃・装填を車長一人で行う。隊長ともなれば自軍と敵の動き、状況の推移に常に気を配り、作戦指揮を行わねばならない。つまり射撃の機会は減る。それならば高火力の車両は部下に任せ、指揮に専念した方が合理的なのだ。
しかし大将首さえ取れば勝てるフラッグ戦で、「敵を全滅させろ」と命じるのは合理的とは言い難い。
「エスプレッソ様、そこまでなさる必要がお有りですか?」
操縦手が尋ねた。話しながらも両手でレバーを操り、しっかりと前を見つめて操縦を続ける。彼女もまた羽飾り付きのヘルメットを被っていた。
隊長・エスプレッソは逃げる敵戦車を見据えながら、くすりと笑った。
「タンブン高校の生徒は少々、粘り強さに欠けると伺いましたの。生半可な気持ちで我々の土俵を汚されては、あまり良い気分ではありませんから」
「つまり完膚なきまでに打ち負かし、潰れるようならそれまで、と」
エスプレッソは頷いた。彼女たちサヴォイア女学園はいわゆる『お嬢様』たちだが、邪道とされるタンカスロンに取り組んでいる。目的と信念があってのことだ。半端な覚悟でこの道に足を踏み入れる者がいれば、目を覚まさせてやるのがむしろ親切だと考えている。
だがそんな彼女たちとて、戦車戦を心から楽しむ一面を持ち合わせていた。
「再び立ち上がってくるのであれば、新たな好敵手として歓迎しましょう!」
戦いの高揚感に熱くなり、だがそれに身を任せることなく、逃走する敵の行方を冷静に分析する。どうやら森に逃げ込むつもりらしい。木々の下は涼しくて良い……そんなことを考えながら、全隊に追撃続行を命じた。
正規の戦車道より自由な野試合とはいえ、戦車のみで戦うことには変わりない。エスプレッソもプリッキーヌーと同様、上空を警戒することはなかった。そのため、二機のグライダーが頭上を横切ったことには気付かなかった。
お読みいただきありがとうございます。
本編優先と言っても、せめて戦車戦はいくらか書かねばと思いまして。
タンカスロンの「乱入OK」って、かなり面白いルールだと思うので、それを活かしていけたらと。
あと私は元々航空機からミリオタの道に入ったので、史実で実現しなかった二式軽戦車の挺身降下も書いてみたかった題材です。
では、ご感想、ご批評などあればよろしくお願い致します。