「運んでやったからには勝てよー!」
「負けたら迎えに来ないからなー!」
「学園艦まで泳いで帰れー!」
「水着持ってるかー!? 露出度高いやつ着ろー!」
グライダーを操縦してくれた男子たちの、温かい声援に見送られ、決号戦車隊は出発した。たった二両の戦車隊は途中でタンブン高校のオペレーターと出会い、戦況について情報を入手できた。二式軽戦車ケトは軽快に走行し、キルゾーンに指定した窪地へ向かう。カタログスペックの最高速度は50km/hだが、戦車は最高速度を持続させることはない。エンジンへの負荷が大きすぎる。それでも二両の操縦手は可能な限り迅速に走らせた。優秀な操縦手は地形に合わせ、車長の指示がなくても最適の操縦を行うのである。
窪地に到着後、二両は千鶴の指示でカモフラージュを始めた。持参した偽装網をかけ、なおかつ窪地周囲の稜線から砲塔だけを出し、やってくるであろう敵戦車を待ち伏せる。これが一弾流の基本戦術だ。
「教えた通りにやれば上手くいくさ。しっかり周りを見て、敵の位置に気をつければいい」
千鶴に優しく肩を叩かれ、亀子も覚悟を決めざるを得なかった。のっぴきならない所まで引き出されてしまったのだ。彼女のおよそ十六年の人生の中で、逆らえない人間に出会ったのは初めてだ。しかも、それは自分と同年齢の少女なのだ。
「旗がついてる奴を倒せば勝ち、なんだよな……?」
「いや、大将首はあたしらの物じゃない。これはタンブン高の戦いだ」
毅然と言い放ち、千鶴はニヤリと笑った。見えた白い歯は綺麗に並んでおり、顔立ちも整い、肌は滑らかで美しい。ポニーテールに結った髪も艶やかだ。これで大人しくしていれば、大和撫子だの美少女だのと呼ばれることは間違いないだろう。自分と違い、生まれもそれなりに良いはずなのにと亀子は思った。
しかしその瞳に宿る闘争心は、おおよそ女性的とは言い難いものだった。
「あたしらはここで待ち伏せして、フラッグ車以外の敵をまとめて三両は食う。プリッキーヌーたちが反撃する機会を作れればいいのさ」
「三両まとめて? こっちは二両じゃねェか」
「こいつを使う」
手にしたサイダーの瓶を軽く叩く。続いて彼女は自車の乗員たちへ目を向けた。瓜二つの、無愛想な双子の姉妹だ。
「
「はい、お嬢」
「了解、お嬢」
最小限の返答をし、砲手・
亀子にはこの場の空気が、どことなく浮世離れしているように感じた。
タンブン高校は林の中を必死で逃走していた。木々がある程度視界を遮るため、敵の攻撃をなんとか回避できている。学園艦の演習場に狭い地形が多いため、このような場所での操縦技術は磨かれていた。
「千鶴が助けに来てくれた!?」
オペレーターから送られてきた吉報に、プリッキーヌーは驚きの声を上げた。中学校時代、共に戦車道をやっていた友人である。この試合の前にもいくらかアドバイスは受けたが、そのとき言われた言葉を思い出した。
決して諦めるな、粘れ。そうすれば天祐もあるだろう……と。
その天祐とやらを自分で起こすのが、千鶴流ということか。
《林を抜けて窪地へ出るようにと言っていました! そこまで頑張れば助けてくれるそうです!》
「
オペレーターに感謝の言葉を告げ、自車の乗員、そして追従する九五式二両に向けて叫ぶ。
「援軍が来たよ! 勝負は終わってない!」
「やった! 隊長の功徳の賜物ですね!」
「頑張ります!」
メンバーの士気は上がった。一ノ瀬千鶴という戦車乗りのことを、プリッキーヌーから聞いていたからだ。友の来援に喜びながらも、プリッキーヌーは自分が隊長としての義務を果たさねばならないことを再度認識した。千鶴の性格は知っている。万一彼女に任せて逃げ出そうものなら、砲口をこちらに向けかねない。ましてや自分の功徳にならない。
最初の奇襲で脱落した仲間たちのためにも、やらねばならない。決意を新たに、プリッキーヌーは窪地目指して戦車を走らせた。
それに対し、サヴォイア女学園の追撃は執拗だった。乗員たちはヘルメットの
先頭を行くL6/40軽戦車は盛んに発砲していた。この戦車の砲塔は左側に偏っており、20mm機関砲ブレダM35を搭載している。軽装甲を強いられるタンカスロンでは非常に効果的な武装だ。
砲塔内で無骨な機関砲を操作するのはあどけない顔立ちをした、おさげ髪の少女だった。チューブで吊るされた座席に体重を預け、隣に座る操縦手に指示を出しながらも獲物を狙う。
「O bella ciao, bella ciao, bella ciao ciao ciao」
リズミカルに口ずさみながら、彼女は九五式軽戦車に狙いを定めて撃った。砲に残された三発の20mm弾が吐き出され、空薬莢は自動的に保弾板に戻されていく。放たれた弾の一発は砲塔側面を掠め、睡蓮を模ったタンブンの校章を削った。しかし行進間射撃の上、相手の回避運動もあって直撃はしなかった。
八発分の空薬莢が保弾版ごと排出され、おさげの少女は次の保弾板を手に取った。外したにも関わらず、薄桃色の口元に笑みを浮かべている。
「カプチーノさん、ご機嫌ですわね」
「ええ、それはもう!」
右手側の操縦手に、快活な返事をする。サヴォイア女学園一年生隊員、通称カプチーノ。彼女の心は今まさに湧き立っていた。まだ新しいヘルメットに、黒々とした羽を得意げに飾り、この一時を楽しんでいた。すでに崖を下っての奇襲で、6t戦車一両を仕留めている。
「エスプレッソ様が先陣破りを命じてくださるなんて! この調子で戦功を……」
《カプチーノ。あまり無闇に撃たないように》
澄んだ声を聞いて、彼女は弾かれたように手を止めた。
「も、申し訳ありません! エスプレッソ様!」
《焦ることはありません。林を抜ければ狙いやすくなりますから》
彼女の言葉通り、タンブン高校の三両は林を突破しつつあった。木々の合間から開けた窪地が見える。視界は良く、エスプレッソの言うように照準はしやすいだろう。機関砲なら動き回る目標にも当てやすいし、ブレダM35は元々、三次元的に動く航空機を狙うための物だ。
ここで勝負を決める。サヴォイアの全乗員がそのつもりでいた。
《念のため、敵の伏撃を警戒》
エスプレッソの言葉に、カプチーノは疑問を感じた。確かに小高い稜線に囲まれ、茂みも点在するその窪地なら、待ち伏せには丁度良いだろう。タンブンの保有車両は七両で、そのうち四両はすでに片付けた。伏兵に割く戦力はないはずだ。彼女は正規の戦車道はともかく、
プリッキーヌーの6t戦車、二両の九五式軽戦車が林を抜けた。カプチーノは即座に、八発の砲弾がセットされた保弾板を装填する。先に装填してはついつい撃ちたくなるため我慢していたのだ。
コッキングレバーを引いて初弾を薬室へ送り込み、照準を合わせる。そうしているうちに彼女の車両も林の出口に達した。まずは九五式から撃破すべく、唇を一舐めして狙いを定める。
そのときだった。
《カプチーノ! 退がりなさい!》
照準に集中していた彼女は、エスプレッソの命令にすぐ対応できなかった。一人乗り砲塔の弱点が出た。照準中の彼女は自車の近くに人間がいることに気づかなかったのである。そしてその少女が、手にしたサイダー瓶を投げつけてきたことにも。
次の瞬間、カプチーノのL6軽戦車は炎上した。
伝統と格式を重んずる日本戦車道において、
その一つが、生身での肉薄攻撃である。ガソリンエンジンの戦車には火炎瓶も十分通用する。機関炎上により白旗判定の出たL6/40を見て、千鶴は持っていた信号銃の撃鉄を起こす。空へ向けて赤い光球が放たれた。
「撃て!」
体の震えを抑え、亀子は叫んだ。ハルダウンした二両のケト車が発砲する。窪地の左右から、林を抜けてきた敵を挟み込むようにしての待ち伏せだ。37mm砲が火を噴き、衝撃波が少女たちの髪を揺らす。
放たれた徹甲弾は狙い違わず、二番目に飛び出してきたL6、そしてL3ccに命中した。軽量の豆戦車はぐらりと傾き、やがて白旗が飛び出す。
「当たったぜ、ウーソン!」
歓喜の叫びを上げる亀子。しかしすぐに甲高い風切り音を立て、周囲に20mm弾がかすめてきた。サヴォイア側は発砲炎を見つけて即座に位置を割り出し、制圧射撃を行ってきたのだ。亀子は慌てて車内に顔を引っ込める。これでは本当に亀の子じゃないかと思い、表情が喜びから怒りに変わる。
サヴォイアの戦車は連射の利く武装を活かし、伏せているケト車を撹乱しつつ前進してきた。砲塔から僅かに顔を出してそれを確認し、亀子はイェンチンに命じた。
「突撃しろ! あいつら畳んじまえ!」
「無茶よ。今は一旦稜線の陰に」
さすがに経験者であり、千鶴の舎弟ならぬ舎妹なだけあって、イェンチンは冷静だ。命令に反して戦車を交代させ、稜線の陰に身を隠す。
そうしている間にタンブン高校もなんとか稜線を越え、亀子たちの後方へ抜けていった。作戦の第一段階は成功。後は敵戦力を食い止めるようにと千鶴に命令されている。
「勝手なことをしたら、お嬢が怒るよ」
ウーソンに窘められ、亀子は言葉を詰まらせた。だがこのとき彼女の心中には、千鶴を怒らせたくないというよりも、嫌われたくないという感情があった。何故かは分からない。他人に嫌われることなど慣れていたし、どうでもいいことのはずなのに。
そんな複雑な葛藤も、飛び交う鉄の焔の前に掻き消されてしまう。涙目になりながらも外を見るべく顔を出したとき、エンジン音に気付いた。
「敵だ! 一時……二時方向!」
熟練度の高い車長ならもっと早く気付いただろう。残った一両のL6/40軽戦車がいつの間にか稜線を越え、亀子の側面、それも五十メートル以下の至近距離に回り込んでいたのだ。
しかし優秀な操縦手を乗せていたのが救いだった。イェンチンは即座に全速で後退させ、相手の初撃を空振りに終わらせた。履帯の跡が地面に弧を描いていく。三発立て続けに放たれた20mm弾は全て回避した。
「右! 右に砲塔回せ!」
恐怖心などどうでもよくなってきた亀子は、指示しながら一度砲塔内に戻る。徹甲弾を一つ掴み取り、一式三十七粍戦車砲に押し込んだ。ウーソンは命令通りに砲を回転させる。だが相手も置物ではない。L6の姿が照準器の枠に収まるも、すぐに逃げていく。
「後ろに回りこむ気だよ!」
「えっと、ナントカ旋回! 右に!」
今度はイェンチンも命令に従った。しかも「ナントカ」という部分に自分で「信地」という単語を当てはめ、制動レバーを使って左の履帯のみを回転させる。
車体がスピンし、砲身が敵の方を向いた。
「撃て撃て!」
撃発。砲が再び火を噴いた。しかし相手はその瞬間に増速したため、徹甲弾はその背後を通過した。砲口の向きから発射タイミングを計ったのである。
再び、イェンチンが有能さを発揮した。自車の発砲と同時に、即座に急発進したのだ。そのお陰で再び機関砲弾を回避できた。立て続けに放たれるが、蛇行運転で回避する。
「黒駒さん、相手は何発撃った?」
「あ? ……七発、かな」
突然の問いに、亀子は辛うじて答えられた。確か最初に三発撃たれ、今しがた四発飛んできた。それを聞いて、イェンチンは持ち前の知識から意見具申を行う。
「最初に相手の弾倉が満タンだったなら、後一発で弾切れになるはずよ」
それを聞いた瞬間、千鶴から教わったことを思い出した。装填の隙を狙え、である。
「なら弾切れにさせて、体当たりしてやれ!」
「オーケー」
半分は自棄になって出した命令だったが、イェンチンは微笑んで応じる。早く決着をつけなくては、車長の経験不足がもろに出てしまうのだ。
操縦席のハッチを開けて良好な視界を確保し、突撃に移る。チューンナップされた統制型一〇〇式ディーゼルエンジンが唸りを上げ、排気管から小さく炎が見えた。敵の砲口がこちらを向くのを、イェンチンはしっかりと確認する。
そしてタイミングを見計らい、車体を左へ振った。履帯が地面と擦れ、千切れた草を撒き散らしながら旋回。それとほぼ同時に相手は一発撃っていた。それはケト車の砲塔後部を掠めたが、弾痕は特殊カーボン層まで届かず、撃破判定は出ない。直後、L6は後退を始めた。見込み通り弾が切れたのだ。
「行けェ!」
ケト車が一気に加速する。快速の二式軽戦車はたちまち距離を詰め、肉薄。車長が保弾板を装填していたL6/40は回避が遅れたが、こちらの意図を察して逃げようとする。しかしイェンチンの操縦は的確に相手の動きを捉えた。
「歯を食いしばって!」
刹那、二両の鉄獅子が衝突した。ケト車は敵の側面に突っ込み、L6軽戦車の車体がぐらりと傾く。しかし相手もエンジンを吹かして争ったため、横転させるまではいかなかった。離れようとするL6に、イェンチンはさらに車体を寄せ、側面同士をぶつける形で組み合う。
L6は装填を終えたらしく、再び20mm機関砲をケト車へ向けようとする。だが距離が近すぎるため、砲身がケト車の砲塔でブロックされてしまう。何とかして砲口を向けるべく距離を取ろうとするも、イェンチンはしつこく組み付いた。
一弾流『漆膠の身』。決して離れず、相手に密着し続ける技術。元は宮本武蔵の兵法にある教えだ。
ケト車の37mm砲も同じように、近すぎて相手の砲塔に引っかかってしまう。それでも一弾流にはこのような状況で使える手がある。
「亀ちゃん、これ!」
ウーソンが亀子に差し出したのはライターと、ガソリン入りのサイダーの瓶。マジックで大きく『AT』の文字が書かれ、口には布で栓がされている。今まで割れないよう、綿で包んで弾薬箱にしまわれていたのだ。亀子はそれらをもぎ取るようにして受け取り、砲塔から身を乗り出した。
硝煙燻り、履帯に土煙の噛む戦場で、もはや彼女の恐怖心は麻痺していた。それに変わって沸き起こってきたのは快楽にも似た高揚感。それに突き動かされるように、スカートの裾から健康的な太ももを露出させて砲塔上に上がる。揺れる車上でバランスをとりながらも、サイダー瓶の布に火を点けた。すぐに燃え上がり、オレンジ色の焔が風に揺れる。
「エンジンにぶつけるんだよ!」
ウーソンが念押しした。敵戦車を見下ろし、亀子は火炎瓶を持った手を振りかぶった。
「アタシの奢りだ、よッ!」
瓶は放り出された直後、L6軽戦車の後部……エンジンルームの上面を直撃した。たちまち飛散するガラス片、そして火のついた燃料。亀子がウーソンに足を引かれて車内に戻ると、イェンチンは即座に戦車を離した。二式軽戦車ケトは炎上しにくいディーゼルエンジンだが、いつまでも組みついている必要はない。
L6はたちまち炎上した。乗員が下車して消火に当たるも、砲塔上にはすでに白旗が揚がっていた。これでL6/40軽戦車は全て片付いたのだ。
やった。
亀子がたまらない快感と熱に酔ったそのとき、ケト車は側面に被弾した。立て続けに二発。20mm弾、ただし機関砲ではなく、対戦車ライフルの物だった。L3ccに搭載された、スイス製のゾロターンS-18/1100。その威力は二式軽戦車の側面など容易く撃ち抜く。一発目は入射角が浅く弾かれたが、二発目は厚さ12mmの装甲を貫通した。
ガツンという衝撃が伝わり、やがて亀子らの愛車はゆっくりと足を止めた。軽い音を立て、砲塔から白旗が出る。
「こちら二号車。一両食ったけどやられちゃった!」
唖然としている亀子に代わり、ウーソンが報告する。千鶴からはすぐ返事が返ってきた。
《亀は漏らしてねーか?》
「うん、大丈夫そう……かな?」
ウーソンは念のため、彼女の股間をまさぐって確認した。それによってハッと我に返る亀子。
「何しやがんだスケベ!」
「うん、大丈夫だった」
顔を真っ赤にしてスカートを押さえる彼女を他所に、無頓着に報告する。イェンチンもくすくすと笑っていた。撃破されたにも関わらず、悔しさの類はないようだ。
《亀、よくやった。後はゆっくり観戦してろ》
その言葉を最後に無線は切れた。静かになった車内に砲声が聞こえてくる。
ハッチから顔を出したが、稜線の陰からは窪地の状況が分からない。元よりじっとしているのは苦手なタチだ。すぐさま降車し、見える位置まで駆けて行った。先ほどの攻防で冷静さを得たのか、流れ弾を警戒して匍匐前進し、稜線から顔を出す。
そこで繰り広げられている光景に、亀子は息を飲んだ。
二両のCV.33の通常型、そして対戦車ライフル搭載のL3ccが二両、計四両の敵が残っている。その間を縫うように走り回る、二式軽戦車ケトの姿があった。機銃四門、対戦車ライフル二門に狙われるなか、それらの射線を見切って的確に回避する。ケトの滑らかな車体が、草の上をさながらフィギュアスケートの如く走り回る。豆戦車に包囲されても相手に回転砲塔がないことを利用し、車両の合間を縫って脱出した。
亀子の目にはまるで踊っているかのように見えた。それ以上に目を引いたのは、砲塔上で号令をかける千鶴の姿だった。敵の動きを常に見切り、未来が見えているかのように攻撃を避ける。好戦的な表情と野蛮さの中に、何処か高貴を感じさせる凛々しさがあった。
時折放たれる砲火が千鶴の横顔を照らし、ポニーテールを靡かせる。戦車は踊り続ける。亀子はそれを、美しいと感じてしまった。